携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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 ポケモンの現代モノという表記を見てティンと来た結果書いてました。
 独自の設定も多々絡めていますが、お楽しみいただければ幸いです。




始まりはかみなりの如く

 

 

 ――空を雲が流れている。

 

 吹き抜けた風が、潮の特有の臭いを運んでオレの頬を撫ぜた。

 このなんとも言えないベタッとした感じが、オレはあんまり好きじゃない。汗をかいたときの不快感がそのまま体にまとわりついているような気がするからだ。

 

 本日の天気は晴れ、のち晴れ。空を覆う雲はほとんど見られない。ぽかぽかとした良い陽気だ。

 対照的に、オレの心はどんより曇り模様。ここ二年ほどずっとそんな調子なのだから、むしろそれがオレの標準(デフォ)と呼ぶべきなのだろうか?

 

 掌を太陽にかざしてみれば、そこにあるのは透き通るように細く白い「オレ」の腕。かつての「俺」の姿など見る影もないほどに替わり果ててしまった、少女のような小さなもの。

 見れば見るほどに嘆息してしまう。ああ、どうしてこんなことになってしまったのか――。

 

 

 記憶をさかのぼること二年半ほど前。当時15歳――高校に入って少し経った頃。俺は目を覚ますと女になっていた。

 何を言っているのかわからないと思うが、正直に言ってオレも何が起きたのかまるで分からない。

 色素の抜けきった白い髪。死体か何かを思わせるくらいに血の気を感じさせない青白い肌。頭一つ……半、くらい背の低くなってしまった自分の身長に違和感を覚え、ことあるごとにつまづいていたのは「こう」なってしまったばかりの頃のことだったか。

 今となっては慣れ切ってしまったが、それで慣れるオレはもうヤバいと思う。

 

 そして、どうしてこうなってしまったのか、それを示す記憶もまた、オレには存在しない。

 それどころか、それ以前に経験した過去の記憶さえ、断片のようになってしまっていている。

 ある種の記憶喪失と言うべきなのだろうか。肉体が変化したことによる作用だろうか。いずれにしても日常生活を送るには不便なことこの上なく、加えて言うならこの激烈に曖昧な記憶のせいで、「もしやオレは自分が過去男だったと思い込んでいるだけの精神異常者なのではないか?」と一瞬思いこんでしまうほどだ。

 

 

「――――いや、違う」

 

 

 ……カッコつけて言葉にしてみても、今この時点でオレがそうだという事実は変わらないのだが。むしろ少女特有のソプラノが耳について、何だか最近はこの声にも慣れてきたな――なんて事実に対してイラッとした。

 少なくとも「俺」が行方不明になっていることは事実だ。曖昧であってもオレは過去の自分の言動を記憶しているし、親も行方不明になった「俺」を捜しているし、そんな親に会いに行ったらふざけてるのかと門前払いを食らう程度には確かに存在している。しているのだ。泣いてない。

 

 なんとか祖母(ばー)ちゃんには信じてもらって、ばーちゃんの家、父さんの実家に住まわせてもらえているけど……地に足がついてないような、ヤな感覚があった。

 

 そういう一方で、失われた記憶に代わるように、ある奇怪な映像(ビジョン)が頭の中にある。

 

 闇の中に灯る、ステンドグラスのような輝き。

 黒い怪物。

 

 この幻影は、オレがこんな体になったことと関係してくるはずだ。

 ……そう信じて行動して二年。未だ、確かな成果は得られていない。

 立場も戸籍も所属も、あらゆるものが宙ぶらりんというのは、思っていた以上にキツいということは分かったか。未成年とはいえいつまでもばーちゃんのスネかじり続けてるわけにもいかないし。

 

 喋ってても、体を動かしてても、徐々にそれに違和感を覚えなくなっていくというのは、ちょっとした恐ろしさがある。

 このまま馴染んで元に戻れなくなるんじゃないだろうか。そうじゃなくとも、元に戻ろうとする気持ちすら、いずれは失って……。

 

 

(……ダメだ、一旦帰ろう)

 

 

 良くない考えが浮かんだところで、オレはそう決断した。

 ここのところずっと根を詰めていたし、気分転換に散歩に来たが、どうやら逆効果だったらしい。調べものをするにも、東京か、せめて近場の都会である広島か岡山、福岡の方が都合は良いかもしれない……なんて思いが増すだけだった。

 

 虚しさを吹き飛ばすように、ハンドスプリングの要領で思い切り跳ね、起き上がる――と、次の瞬間、頭に小さな衝撃と、ちくりという何かが刺さったような痛みが走った。

 

 

「ん? ……おぐっ!?」

 

 

 次いで、全身に走る痺れと痛み、熱……まるで電流が走ったかのような。いや、まさしく全身に電流が走っている!

 そこまで激しいものではない。けれど、駆け抜けた電気のショックで目の前がちかちかする。思わず体が前に倒れ掛かる――と、その時、頭の上から砂浜の上に落ちていく、小さな黄色い毛玉のようなものを見た。

 

 ……何だ、あれ。

 

 10cmほどの、黄色い球体……に見える。見た目、モップの先端か何かのような……いや違う、そうじゃない。動いた。あれは……動物、なのか?

 手……というより、あれは前脚か。前脚が二本。後ろ脚も、どうやら二本。頭部と思われる場所には、サファイアのような色合いの目……らしきものが、二対、合計四つ。

 威嚇するように、そいつは目と似たような色合いの青い爪を叩き合わせた。同時に、爪と爪の間に電流が走った。

 

 

「……な、なんだこいつ……?」

 

 

 全身の体毛を逆立てているあたり、やっぱり威嚇はしているんだろう。ぬいぐるみのようなふわふわの毛や、掌に乗るようなサイズのあの小さな体もあって、コアリクイの威嚇のように愛くるしさの方が勝っているが……。

 

 

「ヂヂッ」

「わっ……と」

 

 

 そっと手を差し出そうとすると、指先を電撃がかすめていった。どうやらこの動物、電気を自在に操っているらしい。

 ……シビレエイやデンキウナギのような発電器官を持っているんだろうか? そう考えたのだが、どうにもしっくりこない。

 違和感の原因を探りながらそいつを観察していると、記憶の断片……いや、比較的新しい記憶の中から、この動物の正体と思しき存在に行き当たった。

 

 

「ヂッ……」

「…………」

 

 

 ……でも、そんなことがあり得るのか? あんまりにも非現実的すぎる。

 確かにこの動物にはそれらしい特徴はあるし、オレもそれを体感している。

 電気に、複眼。このカモフラージュを欠片も考えてないような体毛。人間を見て全身の毛を逆立てる様子からは、野生(・・)の動物に特有の警戒心が見て取れる。

 

 ここまで一致する符号があると……流石に、現実のものと認めなければいけないんだろうか。

 

 ……「くっつきポケモン」、バチュル。

 

 

 ポケットモンスター、ちぢめて、ポケモン。現代日本、どころか世界的に見ても有数の人気コンテンツ。初代にあたる「赤・緑」の発売以降、二十年以上も成長を続けながら人々に愛され続けている。今年も新作が発表された。

 だだ、言うまでもないことだが、ポケモンは創作(フィクション)だ。どれだけ市場規模が大きかろうと、現実世界にGOしてAR(拡張)してこようと、実写映画になろうとも、そこだけは変わらない。ポケモンは現実に存在しないものだ。

 ……もの、のはず。

 

 一瞬、もしかしてオレは、自分は過去男だったと思い込んでいるだけの精神異常者な上に、妄想を現実にまで持ち込んでしまったのか……なんて、弱気に弱気が重なった。

 ……いやいやいや、違う違う! オレはちゃんと男だった! つまり妄想じゃない! 違う、そっちは妄想! きっと、あれだ。大きなストレスのせいで幻覚が見えてしまっているだけだ。多分そういうやつだ。間違いない。

 

 

「妄想ならもうちょっと妄想らしくしてくれないかな」

「ヂッ!!」

「グワーッ!!」

 

 

 この野郎!! 本物じゃねえか!!

 当然のように顔面狙ってくるとかどうかしてんじゃねえのか!? 野生動物なら急所狙って当然!? そりゃそうか!!

 くそっ、毛先焦げちまっ……あ、でもちょっと元の色に近づいてて嬉……いや焦げただけだからダメだな……うん……。

 

 

「……現実……なのか……?」

「ヂッ……」

 

 

 恐る恐る声をかけてみると、当たり前だとでも言いたげに、短く鳴き声が帰ってきた。

 こいつ……バチュルは、どうやら現実の存在らしい。何とも言い辛いことだが、彼(彼女?)は小さな体を精一杯に使ってそう訴えかけていた。

 人の言葉が理解できる程度には、頭も良いようだ。

 

 ともかく、こいつが現実の存在だということは、文字通り骨身に沁みて分かった。けど、問題は何でこいつがこんな……現実に存在してるのかだ。

 ポケモンが現実に存在してるなんて話は聞いたことが無い。遺伝子操作の産物か……それとも完全な新種だったりするのだろうか。それとも実験動物がどこかから逃げ出した? しかしそれならそれで何故オレの頭の上に落ちてきた?

 

 本日の天気は晴れ、のち晴れ。いっそ憎たらしいくらいに太陽は照っているし、上空に異常無し。墜落する飛行機なんてものはどこを見ても存在しない。あるのはわけのわからんワームホールだけだ。

 本日の伊予市は晴れときどきワームホール。ところによっては雲がワームホールに吸い込まれていくでしょう。

 

 ……いや待て、オレは何を言ってるんだ。

 ワームホールってのはそもそも理論上の存在であって、現実に存在するものじゃない。人類が光の速度を超えたことは少なくとも今まで一度も無いし、仮にワームホールなんてものを人工的に作ることのできる技術が確立されれば、それだけで連日連夜ニュースになることは確実だ。いくら空によくアニメやマンガで見るような、あの漏斗型の謎空間があるからと言って――――あるじゃねえか。

 

 

「はぁっ!?」

 

 

 思わず二度見すると、確かに上空に極彩色の穴が開いていた。一秒ごとにその色味は移り変わり、内在するものの正体(せいたい)の一つも把握できない。

 それでも、「何か」が来る――そんな、不思議な確信を抱いていると、次の瞬間、空間に開いた穴の内側から飛び出してくる四つの影を見た。

 

 最初に飛び出したのは二つ。黒服の男と、見る者に強烈なプレッシャーを与える、筋肉質(マッシブ)な外見の白い人型。その両手からは目に見えない不可思議な力が放出され続けていて、ワームホールの中にいる「何か」を攻め立てているのが分かる。

 

 対して、白い生物の猛攻を、正面から突破する大きな影が一つ。いや――その背に騎乗するかたちで、もう一つ。

 日輪のような輝きを放つ、白銀の獅子とも形容するべき生物と、白を主体とした色味の、機械式のスーツを身にまとう少年。

 

 人型と、獅子。

 いずれも、知らない存在ではない。「現実では」見たことがないが、それでも、その姿形は知っている。

 

 メガミュウツーX。

 ソルガレオ。

 

 片や、言わずと知れたポケモン界における「最強」の一角。片や、ポケモンの中でも異質な能力と経歴を持つ「伝説」。

 いずれにしても、およそ現実では存在するはずのないもので。

 

 

(……まさか?)

 

 

 ソルガレオの能力は、ウルトラホールと呼ばれるワームホール(・・・・・・)を生成し、そこに広がるウルトラスペースを自由に航行することができるというものだ。

 つまりあのワームホール、ウルトラホールなのでは? ……いや、そのことは今はいい。そんなことよりあいつら、あのウルトラホール(?)から戦いながら出てきたよな……? 待てよ。あいつらこのまま戦う気か!?

 

 あいつらは自分の戦いに集中していてオレの存在に気付いている様子は無い。場所も時期も大外れだから、オレ以外に誰も人はいないが……。

 そう考えたところで、二匹のポケモンの強烈な念動力同士がぶつかり合い、周囲に大きな衝撃波がぶちまけられた!

 

 

「うわっ!?」

 

 

 猛烈な風を伴う衝撃波に、今のオレの体重では抗う術も無い。枯葉が風に舞うように、オレの身体は至極容易に吹き飛ばされてしまった。

 ――と、同時に目にしたのは、今の今までオレと相対していた小さな小さなポケモンが、オレと同じように宙に舞い上げられる姿。

 マズい! そう思うと同時、オレはバチュルの前脚を取って引き寄せて胸元へ抱え込んだ。同時に、着水。不格好ながらも、なんとか足のつく場所で踏みとどまれたようだ。

 

 

「かはっ……けほっ、だ、大丈夫か?」

「…………」

 

 

 衝撃を逃がすためか、体を丸めたバチュルは、少しだけ警戒心を緩めたような様子でオレを見上げていた。

 ……もっとも、その代償にオレの身体はびしょ濡れだ。季節外れの海水浴なんて頼んだ覚えは無いぞ、くそったれ。

 

 

「ほしぐもちゃん、『メテオドライブ』!!」

「押し返せミュウツー! 『サイコブレイク』!」

「!!?」

 

 

 あいつら、またぶつかり合う気か!? 一部気になることを言っていたが今ここで気にすることでもないか……!

 バチュルを胸に抱いて、姿勢は低く。片腕を砂浜に突き立てて衝撃波に備える――と、次の瞬間、再び衝撃が炸裂した。

 

 

「だああぁぁーっ!?」

「ミ゛-っ!?」

 

 

 さっきとは違って木っ端のように吹き飛ばされるようなことまでは無かったが、その分ダイレクトに衝撃が駆け抜けてくる!

 

 ――――バケモノかよ、あいつら!!

 

 バケモノだったわ。少なくとも種族値オバケだったわ。

 そういう意味じゃなくとも、どっちも設定面からバケモノには違いない。片や破壊の遺伝子の申し子。片や異次元の超獣。

 能力値とか、そういう次元の問題じゃない。生物としての格が違う。さっきまでの「わざ」の衝突とそれに伴う衝撃波のせいで――あるいはおかげで――そのことが肌で理解できた。

 

 それらを操る人間も、また怪物に近い。ミュウツーの念力で浮いている黒服の男……オールバックに、胸元の「R」の――虹色の――マークを見れば、ポケモンにおける代表的な「悪の組織」、ロケット団の首領(ボス)、サカキであることがよく分かる。

 対して、ソルガレオに騎乗している少年。あのスーツのせいでやや分かりづらいが、今聞こえた「ほしぐもちゃん」という言葉から察するに……彼はポケモンにおけるシリーズ、「サン・ムーン」、もしくは「ウルトラサン・ウルトラムーン」における主人公だろう。

 

 ここに来るまでにどれだけの攻防を繰り返してきたのかは分からないが、戦いの趨勢は、既に少年の方に傾いているようだ。

 

 

「くそ、いつまでもここにいるわけには……」

 

 

 何がなんやらわけがわからないが、いつまでもここにいては戦いに巻き込まれかねない。そう思って海から出ようとした――その瞬間、一瞬だけ、両者の視線がこちらを向いた。

 互いに驚きの色を含んでいたことは変わりないが、少年は直後に焦りを、サカキは喜色を表した。

 

 

「ミュウツー、『サイコウェーブ』!」

「! ほしぐもちゃん、あの人を!」

 

 

 ミュウツーの手から放たれた強烈な念動力の奔流が、オレとバチュルの方に向かってくる。

 高速で渦を巻く、超常の力の嵐。その威力のせいで、自然と紫電を纏い、飲み込んだものを引き裂いていくかのような猛烈な威力を秘めた一撃は――次の瞬間、オレたちの前に「テレポート」したソルガレオの放つ強烈な輝き――「ワイドガード」だろうか――によって受け止められた。

 

 一方で、それが死力を尽くした最後の一撃だったのか、ミュウツーのメガシンカが解除される。

 が……今の攻防の中で、サカキと少年の間には、ほんのわずかな距離が生じている。一息で埋めることができない程度の、ギリギリの距離だ。

 サカキは上から少年を見下ろし、少年は下からサカキをにらみつける。

 

 

「サカキ……!」

「そう睨まないでくれ。キミならばきっと防ぐだろうと読んでいた」

「白々しいことを!」

 

 

 激昂する少年に対して、サカキは余裕の表情を崩さない。追い詰めているのは少年で、追い詰められているのはサカキのはずなのに、彼らの様子を見る限りではその逆にも感じられる。

 攻撃は――できない。距離がそれを許さない。双方ともに中・長距離にいる相手を攻撃する手段は持っているが、それを放てばほんの僅かな隙が生じることだろう。「わざ」を外せば、その隙を突かれて負ける。

 仮に当てることができても、攻撃同士が交錯すれば互いに、同時に攻撃が当たってノックアウト……ということもありうる。もしソルガレオが少年の最後の手持ちポケモンなのだとすると……あまり考えたくないことだが、ポケモントレーナー同士のリアルファイトに発展する可能性だってありうる。そうなれば、体格で勝るサカキに少年が勝つ見込みは薄い。

 

 当然、オレも動けない。この状況下でヘタに動けばそれだけで命取りになるからだ。

 

 

「どうやら、この場は退くしかないようだ」

 

 

 声を聞いただけなら余裕すら感じそうなものだが、サカキの額には玉のような汗が浮いている。ああやって余裕の表情を作っているのも、実は厳しいのかもしれない。

 ……だからって、直接アイツに殴りかかろうと思っても、その手前でミュウツーに阻止されるだろうが。

 

 

「ここであなたを逃がせば僕らの世界だけじゃなく、無関係な世界まで侵略される。絶対に逃がすわけにはいかない!」

「素晴らしい決意だ。出会った時は子供特有の無謀さと笑っていたが……今思えば、こうして追い詰められている理由も分かる。だが、私はまだ追い詰められただけで、負けて(・・・)はいない」

「負け惜しみだ!」

「いいや。痛み分けだ。証拠に、ここに来るまでにそのポケモンも随分消耗したはずだ。今のサイコウェーブを受けたのなら、もう限界も近いはずだ」

 

 

 少年は答えない。しかし、ソルガレオの後ろ脚の震えが、何よりもその事実を雄弁に物語っていた。

 

 

「そして」

「!」

 

 

 更に、サカキがオレを指差すと、ミュウツーは再びオレに向けて腕を掲げた。

 ……マズい。確かに今アイツはメガシンカを解除したが、消耗のせいで解除したのか――それとも自分の意思で解除したのか、それが分からない。

 もしかするとまだ体力は残っていて、虎視眈々とこの機を狙っているのでは? そう思った次の瞬間だった。

 

 

「――――『フラッシュ』」

「なっ!?」

 

 

 ――「ひんし(・・・)でも使える(・・・・・)ひでん技、「フラッシュ」。

 まさか、まだ抵抗する体力があるのでは――と考え、その動向を見逃すまいと目を皿のようにしていたオレたちにそれを防ぐ術は無い。強烈な閃光が炸裂。目を眩ませることに成功したサカキたちの気配が、一瞬で掻き消える。

 

 逃げた。

 

 その事実を認識すると共に、ようやく視界の明滅が治まってくる。

 ……砂浜に、サカキの姿は無い。この場に残されたのは、オレと、バチュルと、少年。そして夜空のような藍色の煙を全身から立ち上らせるソルガレオだけだった。

 

 

「くっ……大丈夫かい、ほしぐもちゃん。……ほしぐもちゃん!?」

 

 

 背に乗る少年の切迫した声に応じるように、ソルガレオは一つ、苦しげな……もしくは、申し訳なさそうにも感じる鳴き声を発し――その体を急激に縮め始めた。

 

 

「は?」

「わっ!?」

 

 

 煙が吐き出される。ソルガレオが縮む。いや、凝縮される。

 煙が晴れたその時、砂浜に立っていたのは、威風堂々とした立ち姿の白銀の獅子ではなく――夜空の中で輝く星のような、淡い輝きを放つ、夜色の鉱物のような存在だけだった。

 

 自然、少年も砂浜へと放り出される。衝撃の大半はスーツが吸収してくれたようだが、その表情からは大きなショックがうかがえた。

 

 

「ほしぐもちゃん……」

 

 

 彼の声は強い悲嘆に満ちていた。

 大敵とも呼ぶべき男の逃走を許してしまった自分の無力と、ソルガレオを退化……一時的な休眠状態になるまで酷使させてしまった、自身の采配を悔いているのだろう。

 

 一方で、オレの頭は困惑で埋め尽くされていた。

 荒れ果てた砂浜。ずぶ濡れのオレ。胸の中で震えているバチュル。戦いの中で閉じてしまったワームホール。眠りこけるソルガレオ休眠態(コスモウム)。呆然と立ち尽くす少年。

 

 

「……何がどうなってるってんだ……」

 

 

 誰かオレにこの状況がどういうことなのか、説明してくれ。

 特大の困惑を込めたひとことは、虚しく空に溶けていくだけだった。

 

 

 







 プロット先生は今のところご存命ですが、思いつきと剣盾の新情報次第で多分死にます。



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