携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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氷原にしおみずが満ちる

 

 

 カイオーガの巨体を、蒼い光が包み込む。

 メガシンカの光と似て非なる回帰(カイキ)の光だ。その発現を目にした瞬間、ヨウタは咄嗟に叫びを上げていた。

 

 

「コケコ! 『かみなり』ッ!!」

「コッコォォ――――!!」

 

 

 コケコの放つ雷が上空へと向かい、雨雲を通じて集約され絶大な威力となって蒼い「繭」へと降り注ぐ。その着弾を認めたヨウタは、しかし直後に小さくうめき声を上げた。

 光の繭がひび割れる。内から殻を突き破るようにして現れたのは、全身を透明な蒼に染め、海水を噴き出し荒れ狂う波を巻き起こす海の化身――ゲンシカイオーガだ。

 その姿を見せた瞬間、周囲の黒雲は更にその色を深めた。雨は激しさを増し、バケツをひっくりかえしたような……どころか、それこそ海をそのまま空から落としたような惨事となっていた。

 

 

「何だ、あれ……」

 

 

 ゲンシカイオーガは、どうやら殆どダメージを受けていない。しかしそれについて、ヨウタは頓着しなかった。どうせ相手は「伝説」だ。たった一撃で沈むなどとは欠片も考えていない。

 重要なのは、ゲンシカイキ直前に見たものだ。ヨウタは確かにアオギリの手が光っているのを見た。

 アキラの手が光っていてもまあいつものことかで済ませられるし、ヨウタの世界には念動力者(サイキッカー)も存在する。腕が光る程度なら非現実的とまで言える光景ではないが、アオギリにそんな芸当ができるという話を聞いたことは無い。

 加えて異様なのは、このゲンシカイキだ。彼はあいいろのたまを持っていない(・・・・・・)。トレーナーとしての直感で何かが起きるだろうと予期して行動はできたが、ゲンシカイキを成し遂げた理屈が一切見えてこない現状というのは、ヨウタにとって強く疑問を抱かせた――が。

 

 

(こういう時、アキラだったら「倒してから考えろ」って言う!)

 

 

 良くも悪くも、彼らは相互に影響を与え合う関係である。アキラの容赦の無さと躊躇いの無さもヨウタは学び取っていた。

 思考を無意味に割いて戦況を悪化させるのは最悪手だ。まずは目の前のことに対処しなければ生き延びることすらできない。

 

 

「コケコ、このまま攻撃を続けて! ミミ子、距離を取りすぎないで攻撃! ラー子、このまま肉薄しよう!」

「カカカカカ……クカカカカッ……! 安易に寄らせると思ったか! 『こんげんのはどう』!」

「!」

 

 

 アオギリの言葉の直後、カイオーガの周囲の雨水が空中で滞留を始めた。数にしておよそ数千。ヨウタとラー子、そしてカプ・コケコとミミ子を包囲したそれらが渦を巻いたのは、一瞬のことだった。

 しかしヨウタは「わざ」研究の第一人者たるククイ博士と長く接し、その薫陶を受けた人間だ。一瞬の間に、彼は状況を分析して見せた。

 

 

(データで見たことがある。あの技は言ってしまえば僕らを完全包囲して放つ水のレーザー! 回避……不可能! いや――――)

 

 

 次の瞬間、極めて正確にヨウタたちを狙った水流のレーザーが放たれる。その瞬間、ヨウタはラー子をボールへ戻した(・・・・・・・)

 

 

「コケコォッ!!」

「!」

 

 

 自然、ヨウタの体はその場から落下する。

 自由落下に任せた強引な回避だ。カイオーガの狙いは極めて正確だが、正確であるからこそ、想定外の回避方法には対応しきれない。

 腿を掠め、腕を抉り、服を貫くが、しかし、それらは本当の意味で直撃には至るものではない。血を流し苦痛に顔を歪めながらも、ヨウタは左腕を掲げた。

 同時、カプ・コケコがその全身を両腕の外殻で覆う。よもや安易な防御策か――と予期したアオギリだが、それを覆すようにして突如、地の底から黄金の光の柱が立ち上った。

 

 

「――『ガーディアン・デ・アローラ』ッ!!」

 

 

 カプ・コケコがその身を雷光の速度で天へと飛び立つ。「こんげんのはどう」による集中攻撃を一手に引き受け、空中で紙一重で躱したカプ・コケコは、それこそ雷が落ちるかのような勢いで光の柱へと飛び込んだ。

 そして、輝く柱がその姿を、黄金の光の巨人へと変えていく。ヨウタはその肩に乗るようにして着地した。ミミ子もまた、光の巨人の掌に包まれるようにして難を逃れていたようだった。

 

 

「むっ……!?」

「コオオオオオオオオオオ――――」

「ゴオオオオ……!」

 

 

 低く唸るような声と共に、守護神(カプ・コケコ)の剛腕が唸る。腹部を捉えた拳には莫大な量の電気が備わっている。海水のそれに近いゲンシカイオーガの体組織は全身に電気を伝え、痛烈なダメージを与えていく。

 全高(たかさ)に限ってはゲンシカイオーガの巨体と比べても遜色ないほどのものに至っている。その彼の一撃ともなれば、いかにゲンシカイオーガと言えども甚大なダメージは免れないようだった。

 

 

「ぐおっ……! なるほど、守護神(ガーディアン)……! 凄まじい力のようだが……」

「コケコ! このまま攻め続けて!」

「その力、いつまでもつ?」

「――――ッ」

 

 

 ゲンシカイオーガの放つ水流をものともせず片腕で薙ぎ払い、光の巨人が前に出る。腹部へと膝を入れ、そのままの勢いで天から落ちる雷の如きダブルスレッジハンマー。アオギリ自身は彼の手持ちポケモンであるペリッパーの足につかまってゲンシカイオーガの背から脱出していたようだが、驚異的なまでの電力によって多少の余波を受けたか、あるいは他の何らかの要因か、彼は強く顔をしかめていた。

 しかし、その口元には確かな笑みが浮かぶ。それは「ガーディアン・デ・アローラ」の制限時間がいずれやってくることを彼が察しているからに他ならない。

 

 

(流石に気付くか……!)

 

 

 「ガーディアン・デ・アローラ」は、あくまでZワザである。「技」でしかないという特性上、光の巨人を現出できる時間は――長くとも三分。明確な形を得るほどに強まったエネルギーは、長く維持できないのだ。

 

 

「――維持できるうちに倒すだけだ!」

 

 

 それでも、Zワザである以上その性能は相応のものだ。更なる巨体を得たことでやや鈍重になったカイオーガと比べ、本質的にエネルギー体であるが故に大きく行動を阻害されることが無い光の巨人の方が圧倒的に素早い。

 顎に蹴りを入れ、背から噴き出す「しおみず」をものともせず、遠心力を伴った腕を叩きつける。ゼンリョクバトルという祭事を通して、トレーナーとポケモンたちの技能の粋を直接目にして来たカプ・コケコの技術を費やした攻撃の数々は、確かにゲンシカイオーガをも打ち据え、その体力を奪っていた。

 

 これならば。ヨウタがそう思った、次の瞬間だった。

 

 

「――――――ォォォォ」

「!!」

 

 

 低く響く、得体のしれない音が周囲に響き渡った。

 まるで海の底から湧き出しているかのような、名状しがたいその「声」を耳にしたヨウタは、すぐさまカプ・コケコへと指示を送ろうとするも、その直前に彼らの立っていた氷原が、海中からひび割れ始める。

 

 

「オオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

 ――そして、黒い波動(オーラ)交じりの真空波が、光の巨人の左腕を貫いた。

 ヨウタと言えども、伏兵の存在を警戒していなかったわけではない。しかし状況が状況だ。視界のよく開けた海の上では、そう簡単に奇襲などできないだろうと高をくくっていたのも事実である。

 

 

(深海から……!?)

 

 

 想定外の一撃に、ヨウタは一瞬思考を手放しかけた。

 不可能、ではないのだ。指示を行う人間が水圧に耐えられないというだけで――それを克服する手段さえあるなら、ダークルギア(・・・・・・)の能力を用いた深海からの奇襲は確かに有効だ。

 だが、普通に考えればありえない。そのありえないという思考の隙を、彼らは突いた。

 浮上してくるダークルギアの背には、レインボーロケット団の技術の粋を集めた潜水服を装着したアルドスの姿がある。そこまでするか、とヨウタは歯噛みした。

 

 

「アサリナ・ヨウタ! 貴様はここで死ねッ! 『ダークブラスト』ォォ――!!」

「合わせてやろう。『こんげんのはどう』!」

 

 

 ヨウタたちの周囲を再び無数の水泡が包囲し、眼前でダークルギアがその肺一杯に瘴気と大気とを溜め込んでいく。

 今日までの快進撃も終わり。これまでだ――愉悦の表情を浮かべるアルドスだが、今にも「ダークブラスト」が放たれようかという時、不意に自分の体が動かしづらいことに気づく。

 急いで潜水服を脱ぎ捨てられたのは、目前に迫る脅威を予期できたおかげだろう。

 

 ――次の瞬間、彼らのいる空間の大気が音を立てて罅割れた。

 水泡が見る間に凍り付き、先ほどまでアルドスが着用していた潜水服が濡れた部分から氷の中へと閉ざされていく。

 

 

「この……」

「いかん、ダークルギア! 回避しろ!」

「クソッタレどもがぁぁぁぁ――――ッ!!」

 

 

 半ばヤケクソじみた激憤と共に、天から墜ちるものがあった。

 神の鉄槌を思わせるほどの超質量、直径にして百メートルを優に超える大氷塊である。

 

 

「コオォォォ――――」

 

 

 それを作り上げた怪物(キュレム)は、天から落ちる勢いそのままに、ダークルギアに向けて自らの体ごと突っ込んだ。

 背に乗った朝木は風圧と冷気で死にかけているが、キュレムとしては知ったことではない。彼は命じられたままに、氷塊を振り抜くだけだった。

 莫大な質量が規格外の速度をもってダークルギアの翼を掠める。体が底冷えするような凄まじい寒風が、アルドスの体を揺らす。ダークルギアの念動力によって背に固着していて、加えて回避そのものは成功したというのになおこれほどの衝撃を与えてくるほどの存在に、彼は戦慄した。

 

 伝説のポケモンの助力を得られたとはいえ、たかだか数日を経ただけでこれほどの力を得るとは――そう考えた矢先のことだった。

 

 

「『コア――パニッシャー』ァァァァ!!」

 

 

 裂帛の気合と共に、ゲンシカイオーガの巨体を「Z」の字を模したかのような巨大なエネルギー体が貫いた。

 

 

「何だと!?」

 

 

 突き上げるように放たれた一撃は、空を覆う暗雲さえも貫き、その跡に次元断層の虹色を曝け出していく。

 伝説のポケモンの特性をも抑制するジガルデの能力、その発露だった。明らかな大戦果と言っていいそれを成し遂げながら、しかし、そのばに落とされたのはやや不満げな声だった。

 

 

「……100%(パーフェクト)フォルムなら一撃で終わらせられなかった? ねえってば」

「………………」

 

 

 絶好の奇襲の機会をうかがっていたヒナヨだが、現在の状況は最良とまでは言えない。ジガルデがこの倍以上の能力をちゃんと発揮できていれば、あるいはゲンシカイオーガを戦闘不能に追い込むことすらできていた可能性も否定できないのだ。過ぎたことで半ば愚痴に近いとはいえ、ヒナヨがつんつんと頭を突いてくるのに対して、ジガルデは困ったように頭を下げることしかできなかった。

 単純に、パーフェクトフォルムになるためには細胞(セル)が足りないのだ。広範囲に散らばっているものを戦闘時に瞬時に集めることなど、できようはずもなかった。

 

 

「三体目……!!」

「形勢逆……ア゛ァッ寒゛! ……形勢逆転だぞオ゛ラコンチクショウ!」

「レイジさん、ヒナヨ……ごめん、助かった」

「いいってことよー」

 

 

 エネルギーが千々に散逸した「ガーディアン・デ・アローラ」は、時間制限もあってこれ以上維持はできない。ヨウタは光の巨人が消えるのに合わせてカプ・コケコに掴まり、急いで朝木とヒナヨの合流に向かった。

 どんな状況でもいまいち締まりきらない朝木とは異なり、ヒナヨは軽口を叩きつつも冷静に状況を俯瞰している。そして恐らく、アオギリの豹変や突然のゲンシカイキなどの状況をより正しく理解しているのも、彼女だった。

 

 

「ヨウタくん、多分アオギリ、『あいいろのたま』……に繋がってるカイオーガの意思……みたいなのに呑み込まれてる」

「……道理で」

 

 

 ここまでの戦いの中、アオギリは一切メガシンカを用いなかった。既に同レベルのマツブサと矛を交えた経験がある以上、彼と同じことができないわけがないことは、ヨウタも承知している。

 では、なぜしなかったか。ゲンシカイキとの併用が不可能ということでも、例えばアキラのように意図的に切り替えを行うことで疑似的な併用はなるはずだ。となれば、しなかったのではなく、「できなかった」と考えるのが自然だろう。宝珠(たま)に人格が取り込まれると共に、サメハダーとの絆の形もまた、変質してしまっているのだ。

 

 

「対処方法は?」

「『物理的に』つながりを断つこと。光ってる方の手にピンポイントで攻撃できれば分離する……はずよ」

 

 

 あるいは、アキラが普段やるように腕を物理的に断ち切ることでも成し遂げられるのかもしれないが、ヒナヨはその可能性を追求することはしないでおいた。手段が無いというのもあるが、やや残酷だ。それを容赦なくやってのけるには、アキラと同レベルに心が擦り切れていないと難しいだろう。

 いずれにしても、ゲンシカイオーガとダークルギアの二匹と直接相対することになるヒナヨやヨウタたちでは、激戦の中で狙う余裕は無いに等しい。

 ヒナヨは一つため息をついて、通話状態を維持しているスマホを取り出した。

 

 

「――ってことなんだけど、そっち終わりました? 狙えそう?」

『……こちらは、はい。おおむね追い散らしました。狙うのは……少し、難しい、かと思います』

『小暮さんのレアコイルはまだ「ロックオン」を覚えるまで育っていない』

「あちゃあ。じゃあ……そうなると」

「一度倒す方が手っ取り早いだろうね」

「アキラたちから連絡は?」

『アキラさんから、ダークトリニティを二人倒したようですが、そこで体力が尽きて休憩中……ユヅキさんが、逃げた一人と戦闘中……と』

「何が起きたんだよ……」

「……な、なんかヨウタくんの勘が当たったっぽいわね」

 

 

 幸いなことにと言うべきか、ヨウタたちとアオギリたちとの相性は極めて良い。

 カイオーガの「こんげんのはどう」はキュレムが凍結させることで封じ、特性に由来する豪雨もジガルデの「コアパニッシャー」によって封じられる。加えて、レインボーロケット団側は知らないが、ジガルデの能力によってダークルギアを元に戻す可能性すら浮上しているのだ。「ガーディアン・デ・アローラ」が時間切れを迎えたこと以上に、この加勢の影響は大きい。

 そして、詳しいことまでは分からないまでも、アキラがダークトリニティに勝利している。彼女の復帰まで時間を稼げば、状況はより優位に傾くことだろう。

 確実に二人を仕留め、勝つ。その決意を固めた瞬間だった。

 

 

「――――っ!?」

「――――着いたか!」

「!?」

「な……!?」

「!!」

 

 

 突如として、戦場の中央に現れる影があった。数にして六。ユヅキと、彼女のポケモンであるメロとゴルムス。そして、残る一人のダークトリニティと、彼のポケモンであるボルトロスとオーベム――「テレポート」を用い、この状況を作り出した張本人である。

 

 

「おお――おお!! ついに来たかッ!!」

 

 

 アオギリはその姿を目にすると、突如として興奮の声を上げた。

 その原因がどこにあるかを察したのは、ヨウタがダークトリニティの手元に先に目にした(あお)い輝きがあるのを見たからだ。

 

 

「ッ、ユヅ!! 止めろぉぉぉっ!!」

「っ! メロ! ゴルムス!」

「ぐっ、おおおおおおおおお!!」

 

 

 ――二つ目(・・・)の、「藍色の宝珠(たま)」。

 ユヅキはヨウタの言うことに一切聞き返すことをしなかった。信頼故というのもあるが、何より彼女の本能が強く警鐘を鳴らしているためだ。

 その存在は明らかに常軌を逸している。ヨウタは当初、アオギリに取り込まれたそれは、レインボーロケット団によって回収されたマツブサのものだとばかり思っていたのだ。その想定が覆された。

 

 

「――『二つ目』は絶対にマズい!! 何が起きるか、想定すらできない!!」

 

 

 絶叫めいたヨウタの言葉に、しかしユヅキは頷く暇すら無かった。

 全速力でポケモンたちと共に走り出す。滑りかねない氷原の中にあってなお彼女の速度は尋常なものではなかったが、それでもダークトリニティは対応して見せた。頭部を狙って繰り出される蹴りを片腕を圧し折ってなんとか乗り切り、メロとゴルムスの剛腕を、ボルトロスとオーベムが身を挺して守り抜く。

 その間に、アオギリが動いた。彼はまっすぐにダークトリニティのもとへと走っていく。何か異質なものを感じたらしいカプ・コケコの放つ雷撃すら意に介することなく、その狂気を爛々と目に宿したままに走り抜き――全身をズタボロに変えながらも、しっかりと二つ目の宝珠(たま)を、その手にした。

 

 

「カカ――カカカカ――クカカカカッ! グガカカッ!! これでカイオーガ(わたし)はッ! 回帰(カイキ)を超えた――その先へッ!!」

 

 

 次の瞬間、アオギリの全身に紋様が浮かぶ。蒼い輝きが脈動するようにゲンシカイオーガへも伝わり、その身が再び蒼い殻に包まれる。

 「α」を模したかのような光が走り、重なり、歪み、やがてその内から音が鳴り響く。

 ――それはもはや、声ではなく、ただの「音」でしかない。流れることによって生じる水音だ。

 

 愕然とする彼らの前で、再び構築された外殻が罅割れる。

 そして。

 

 

 

 ――「海の魔物」が、顕現した。

 

 

 

 







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