携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

101 / 133
海神の意思はのろいに似て

 

 

 時に。

 レインボーロケット団の中で最も特異な立ち位置にあるのは、いつでも切り捨てられる立ち位置にいるマグマ団とアクア団でも、タカ派最右翼のフレア団でも、唯一成功を収めることなく潰えた組織(・・・・・)の最高幹部であるアルドスでもなく、ギンガ団のアカギである。

 彼はサカキに忠誠を誓っているわけではなく、侵略に積極的な態度を示しているわけでもない。さりとて組織に多大な貢献をしているわけでもない。指示を出せば唯々諾々と従うだけの有体に言ってしまえば「ただいるだけ」というような異質さを堅持している。

 

 それは、彼らが元いた世界が失われ、既に「心の無い世界」と化しているため、これ以上行動する気力が失われているためか。

 あるいは、それこそが組織の性質であるが故か――いずれにせよ、レインボーロケット団の一員として見るなら、彼らは極めて異質な集団であると言えた。

 

 高知県高知市。現在、この街はギンガ団に実効支配されている。

 ――そのはずなのだが、そこに暮らす人々の営みは止まっていなかった。政治機能こそ麻痺し、緊急事態故に街の中に緊張感こそ漂っているが、彼らの日々の営みが止まることは無い。

 当初、ギンガ団の支配下に置かれた人々は、そういう見せかけなのだろうと感じた。

 しかし翌日、翌週、と時間が経っても依然として体制は変わらず、彼らは積極的かつ暴力的な支配を避けて、ある意味では非常に穏便な支配体制を敷いていた。

 あるいはそれは、より素早く効率的に支配を成し遂げるためのギンガ団の方策であったのかもしれない、とはいえ、いずれにせよ、そうして日々を過ごすごとに、人々は良くも悪くもこの支配体制に慣れていた。

 

 それだけの独立性を維持できているのは、ディアルガとパルキアという桁外れ、かつ今回の侵略において重要な役割を担っているポケモンたちを擁していることが一因として挙げられるだろう。

 ディアルガとパルキアを手中に収めているギンガ団、その首魁であるところのアカギは――平時のそれとは異なる格好で、飲食店にいた。

 黙々と鰹のたたきを口に運ぶ彼の姿に、妙な威圧感こそ覚えても「ギンガ団のアカギ」であると気付く者はいない。服装がその人物の帰属する集団を示す最も分かりやすい指標であるということもあるが、何より侵略者であるはずの彼が、このような場所で当然のように名産品に舌鼓を打っているなど、想像すらできないからだ。

 

 アカギは、かつて彼が不要と断じた人の「心」が色濃くうかがえる喧騒の中、静かに思索にふける。

 思い出されるのは、この戦いが始まるより前、アローラで彼がアサリナ・ヨウタと戦った時のことだ。

 

 

 ――ボクはヨウタをお助けするロト!

 

 

 それは、ポケモン図鑑の中に入り込んでいたロトムが語った言葉であったか。

 彼、あるいは彼女は、間違いなく自らの意思によってヨウタに寄り添い、その力となっていた。

 自由意志のもと、命令を拒絶する権利を持ちながら、その「心」によって人と共に歩むことを選んでいた。

 

 

(…………)

 

 

 アカギは、その姿をひどく眩しく感じた。

 かつてアカギが少年であった頃、失わされた(・・・)ものを、あの少年は無邪気に、そして大切に抱いている。その事実に、アカギは何か、胸の中でチリチリと燃え立つのを感じた。

 その燻りの名前は――嫉妬、あるいは羨望と言う。

 その事実に気づいた時、彼は柄にもなく笑った。自嘲だった。あれほど「心」の無い世界を求めていたというのに、たった一匹のポケモン、たった一人の少年にこれほど揺り動かされているじゃないか、と。

 

 

BOSS(ボス)

 

 

 その時、不意に近づく気配に、アカギは表情を消した。

 アカギと同じくギンガ団の特徴的な制服を脱ぎ、ごくありふれた服装をした線の細い男――サターンだ。

 もう初夏も間近だというのに長袖であるのは、先日タワーでの戦闘に巻き込まれた際にできた傷を隠すためだろう。実に不運な事故だった。

 サターンは他の客に気取られぬ程度の位置にある席につき、小声で報告を行い始めた。

 

 

「アオギリとカイオーガに異変が。宝珠(たま)を二つ取り込み、カイオーガも……映像が途切れて曖昧ですが、何か異様なものに変貌しました」

「そうか」

 

 

 ギンガ団はその技術力を用い、極めて遠距離からの操作が可能なドローンを製作、それらを四国中に放って独自に情報を収集している。

 今回の久川町襲撃に関してもモニタリングは逐一行われており、状況は彼らも把握していた。その精度はレインボーロケット団本隊から贈られたあるアイテム――あいいろのたまを手にしてアオギリが正気を失って以降、より高められてもいた。

 

 

「アオギリは当初反逆を企てていたはずですが」

「『宝珠(たま)』は超古代ポケモンとの精神的接続を確立し彼らを操る術を与えるが、ポケモンの側を縛る(・・)ことは一切しない。精神的に繋がっているということは、ポケモンの方からも人間に干渉できるようになっていると言えるだろう」

「……奴は主導権争いに負けたと」

「そうなるな」

 

 

 言いつつ、アカギの頭にはある種、それとは真逆の想定が浮かんだ。そもそも「争い」に発展することすら無かったのではないかとうことだ。

 アオギリの思想は、カイオーガの「海を増やす」という本能に対して相性が良すぎる。

 「べにいろのたま」では、目覚めさせ、人間にも制御できる程度にまで力を抑制することしかできなかったはずだ。それでも元の世界ではその状態でなお世界に海を増やすという大望を成し遂げているのだが、では、その力を増幅させ、あまつさえカイオーガの精神に触れることのできる「あいいろのたま」を得た時、彼はどう感じるだろうか。同志と――恐らくは一方的に――感じているカイオーガと真に互いを理解し合えるのではないかと、少なくともそう思ったことは間違いないはずだった。

 そして、高い同調率故に、アオギリという一個人の精神は、超古代の海神に呑まれ、塗りつぶされ、乗っ取られた。

 レインボーロケット団に協力しているのは、その本能を満たすために都合がいいからだろう。

 

 

「戦況はどう転ぶ?」

「所感でよろしければ」

「構わない」

「――誰が勝とうとも、その過程でこの島は確実に沈みます」

「それほどのものになったか」

「エネルギー総量は二乗(・・)。形質から考えるに、海に沈めば周辺の海水全てを飲み込んでより巨大化し、また、自ら海水を生み出し増殖することすらできると思われます。ここから外に逃せば、恐らくは地球そのものを沈めることすら可能かと……」

 

 

 大袈裟に聞こえる話だが、ギンガ団は表向きエネルギー事業を手掛けていた。恐らくレインボーロケット団における各組織のどこよりも、彼らはエネルギー分野に関しては詳しいだろう。加えてこの予測を立てたのは技術開発に精通するサターンだ。アカギはそれを確実に起こり得る事実と認めた。

 

 

「滅ぶな。全てが」

 

 

 この世界の人間たち、だけではない。レインボーロケット団も含めて文字通り「全て」が海の底に沈む。その確信を得たところで、アカギは箸を置いた。

 

 

「私自ら出る」

「助力は」

「ジュピターとマーズ、それから精鋭団員を数名連れていく。サターン、君にはモニタリングとデータ解析を任せたい」

「承りました。BOSS、ご武運を」

 

 

 アカギは返答代わりに立ち上がると、店員に会計を申し出て足早にその場から去っていった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 ――「それ」が何か、ヨウタたちははじめまともに認識することすらできなかった。

 目に映るのは一面の透き通る蒼だ。一見すればそれは、ただ海の水が浮いているだけにも見えよう。

 しかし、それには確かな「形」がある。

 原始の姿に回帰(カイキ)した姿を超えた、その先の何か。母なる海そのものとも呼ぶべき、生物としての形を留めずして至った、究極のα(はじまり)の姿。

 

 それは、「海」そのものと化した、魔物(カイオーガ)だった。

 

 ぞわりと、その場にいた誰もが、肌が粟立つのを感じた。何が起きているかを認識する前に、何か常軌を逸した事態に直面しているという、本能から生じる焦燥と恐怖に苛まれている。

 明らかに尋常のものではない感覚に最初に反応できたのは、臆病であるが故に敏感に反応を示せた朝木だけだった。

 

 

「キュレェェェェム!!」

 

 

 反射に近かった。

 半ば恐慌状態に陥ったかのような彼に対し、依然としてキュレムはその体から放出する冷気のごとく、冷然としている。だがそれ故に、反応は早い。魔物がその身を蠢動させんとした――直後、キュレムはその体表面の大部分を凍結させていた。

 一拍遅れて、その脅威を知識として認識しているヒナヨと、本能よりも理性の方が上回ったヨウタが動き出す。

 

 

「戻れコケコ! みんな、迂闊に手を出すな! 退いて体勢を立て直す!」

「了解……!」

 

 

 流石にここで軽口を叩くことは、ヒナヨにも憚られた。

 もはや、あの魔物は「動く」という一動作のみで災厄を撒き散らす自然現象の化身と化している。幸いな――誰もそう捉えてはいないが――ことは、現在のカイオーガの体組織はゲンシカイオーガの「海水に近い」それと異なり、「海水そのもの」である点か。故に、ポケモンの状態だった時と比べて遥かに凍結させやすく、加えて、表面を凍結させてしまえばしばらく身動きが取れなくなっているようだった。

 カプ・コケコを下がらせたのは、消耗のせいもあるが、それ以上にこの凍結した部分を殴り壊してしまうのを避ける意味合いもあった。

 

 

「易々と逃すものかッ!」

 

 

 ――そしてこの機を逃さなかったのは、ヨウタたちだけではない。仔細は分からなくとも、何か味方がパワーアップしたらしいということは、アルドスにも察することはできている。

 とはいえ、なんとも知れぬ異質な存在に変異した魔物(モノ)を信用しきることはできない。彼は僅かにさ迷わせた視線をダークルギアに戻した。

 

 

「『ダークストーム』!!」

「んのっ……しつこいのよ! ゆずきち、合わせて!」

「ん! メロ、『サイコキネシス』!」

「ジガルデ、『サウザンアロー』!!」

 

 

 氷原に叩きつけるようにして、ダークルギアの両翼が嵐を巻き起こす。だが直後、ジガルデたちに届くより先に、「サイコキネシス」によって大気の動きそのものが強引に制限された。

 更に、ジガルデは全身から細胞体(セル)を一斉に剥離させ、その身を四足獣に模した高機動(10%)フォルムへと転じる。

 アルドスには、何事かと訝しむ暇すら与えられなかった。落剥した細胞体(セル)が瞬時に超硬質化し、ダークルギアに向けて凄まじい速度で突撃したからだ。

 本来風に飲まれるはずのそれらは、台風の目とも称するべき無風空間を通じ、ダークルギアへと殺到する。

 

 

「ぐおおおおっ!! このっ……!」

「今よ!」

 

 

 視界を蹂躙する深緑の色に弄ばれたのはほんの数秒足らずのことだ。それでもその間、確実にアルドスとダークルギアの視界は塞がれ、行動も抑制されることとなる。

 ヨウタたちはその間に合流し、それぞれのポケモンの力を借りて数百メートルほども離れた位置まで到達していた。

 やがて鮮烈な緑色の光条が、ジガルデの元へと還っていく。

 

 

「三体……いささか厳しいか……」

 

 

 アルドスは吐き捨てるようにつぶやいた。いかにダークルギアが強大なポケモンといえど、それと同格のポケモンを複数体相手取るにはやや厳しいものがある。

 

 ――では、そろそろあれ(・・)を解放するべきか?

 

 そう傾きかけた思考は、しかし直後に生じた本能的な恐怖によってせき止められた。そうした次の瞬間に、自分が死ぬ未来を幻視したためだ。

 何かがおかしい、と気付けたのはその時だった。

 

 ダークトリニティの姿が見えないことは、分かる。役割は終え、ポケモンたちは戦闘不能。そして彼自身も腕の骨を折っている。これ以上この場にいる必要も無いため、先の攻防に紛れて逃げ出したのだろう。

 では。

 

 

「アオギリはどこへ行った?」

 

 

 カイオーガが姿を変えてから姿を消したアオギリは、いったいどうしたのか。

 よもや宝珠(たま)の負荷に負けて消滅したわけでもあるまいが。そう考えカイオーガだったものを見上げると――彼は、「そこ」にいた。

 

 

「――――――」

 

 

 ――カイオーガの、()に。

 

 その選択も、ある意味当然のことではあるだろう。

 宝珠(たま)に秘められたエネルギーは膨大だが、それを活用するにはゲンシカイキの都度エネルギーを放出・吸収しなければならない。それは指揮者(トレーナー)が手綱を握ることができるようにするための最低限のセーフティと言えるのだが、今のカイオーガはそのあたりのタガが完全に外れている。肉体という枷も無い。それならば、自らの力の源泉を体内に……それこそ、トレーナーごと取り込んで外に出さないといいうのは、合理的な判断ではあった。

 海水に取り込まれてなお、アオギリは苦悶の表情一つ見せることなく、薄ら笑いすら浮かべている。死んでいるようにも見えない。

 その姿は、既に何かがヒトとして狂っていると、アルドスに確信させた。

 

 

「退くぞ」

 

 

 彼はダークルギアにそう呼びかけた。このような得体のしれないものに背中を預けることはできないと考えたためだ。

 ごく自然に、理性と本能とが同時に撤退を呼び掛けているほどの存在だ。味方というよりは第三勢力と考えるのがより正しい。

 ダークルギアがその黒い翼をはばたかせようとする――その時だった。

 

 バキ、と、魔物を戒めていた氷が音を立てて砕ける。水音と共に彼はその全てを解凍しながら呑み込んでいった。

 やはり、あれはカイオーガの形をしているだけの「海」そのものなのだと、そう感じ取ったアルドスは。

 

 

「――――ッ」

 

 

 直後、全身が総毛立つのを感じた。

 カイオーガは依然として正面、つまりヨウタたちが逃げ去った方を向いている。だがアレは確実にこちらを見ている(・・・・・・・・)と。

 そこで彼はようやく気付く。

 

 ――それも当然だ。アレには「眼」という機能もまた、海水に溶かしているのだから。

 

 つまり、あの魔物は全身で、そして自らが取り込む海水全てで、ものを見て、聴いて、感じている。そこに死角など、あろうはずもない。

 

 

「ダークルギア! 急い」

 

 

 その言葉は、最後まで続くことは無かった。

 直後、彼は海水に――魔物の放った「腕」とも呼ぶべき激流に身を絡め取られ、呑み込まれたからだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。