携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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こんげんのはどうが涸れ果てる刻

 

 

 アキラが海水を消失させるのに使った手は、なんということはない。デオキシス複製体(シャドー)を広範囲に大量に展開。迫ってくる水を全て「テレポート」によって山中などに飛ばした――という、力業である。

 複製体(シャドー)に割り振ったサイコパワーは、彼らがその役目を終えるとともに回収されている。デオキシス自身はほぼ万全の状態と言っていいだろう。

 疲労の極致から抜け出したとはいえ、未だ体には倦怠感が残っている。アキラは一つ窮地を脱したことに安心しながら、埠頭の先端で軽く息をついた。

 

 

「やれるか?」

「△△」

 

 

 アキラの問いかけに、デオキシスは得意げに――というのはアキラにしか感じ取れないが――応じる。

 そうして互いの腕を合わせて前に踏み出そうとした、その時だった。

 

 

「ぬあっ!」

「ぐええぇ!」

「ひゃああ!」

「…………」

「はい?」

 

 

 唐突に、背後――漁港の方から悲鳴と共に何やら複数の重量物が落ちてくる音がすることに気付く。訝しみながら視線を向ければ、そこには全身を水で濡らした東雲とヒナヨ、そしてユヅキとナナセが積み重なっていた。

 

 

「ぴゅい!」

「――、――」

 

 

 彼らの上には、どこか誇らしげに跳ねるコスモッグとほしぐもちゃんがいた。どうやら彼らが四人を回収したのだろうと推測できる。

 それに加えて周囲にはモンスターボールが散らばっている。これは彼らが回収した結果だ。朝木やヨウタがこの様子を目にすれば納得もいくが、いかんせんアキラは今まさにやってきてどうやらカイオーガが大変なことになったらしいということしか知らない立場だ。彼女は小首を傾げた。

 

 

「何してんだみんな……?」

「ゲェッホガッホウォェッ」

「あの……怪物の、起こした……波に……コホッ、飲まれて……」

「えふっ……た、助かったよぉぉ……ありがとうほしぐもちゃぁぁーん……」

「醜態だ……ッ、か、カメックスたちのボールは……!」

「……えー……と」

 

 

 アキラは、口々に思い思いの言葉を吐いたり咳をしたりといった四人に苦笑を向けた。いくら彼女でも四人の話を聞き分ける能力は無い。加えて思いもよらぬ事態に気が抜けかけている。およそ、会話をしている暇も無かった。

 

 

「もう行くけど」

「あ、ちょ、ちょ待ちヴォエ」

「引き留めるなら息整えてからにしろよ……」

「さ……策……策あんの……?」

 

 

 息も絶え絶えでありながら、ヒナヨの指摘にはアキラの側がやや苦い顔を返す。

 彼女の考えは基本的に、行き当たりばったりかつ捨て身で安全性にも難がある。成功率こそ高いが、ほぼ確実に何らかの被害も伴うことだろう。ヒナヨはそれを、レインボーロケットタワー襲撃の際に心底思い知っていた。息を整え、そのまま続ける。

 

 

「相手は、今までと格が違うのよ。付け焼刃の策じゃ逆に呑み込まれて終わりよ。私らみたいにね!」

「…………」

「ナっちゃん、ナナセさん落ち込んでる!」

「私らみたいに!!」

「こんな状況でちょっと楽しくなってんじゃねーよいいから話を続けろヒナ」

「あっはい。……あのね、もしやるなら、核になってるアオギリをどうにかするしかないと思うの。けどそれは正直難しい」

「だろうな」

 

 

 海の魔物は既に、凍結状態から抜け出しつつある。

 加えてその巨体は、軽く周囲を見回してもなお、その全容の半分ほども見えていない。あの質量を乗り越えてアオギリを撃ち抜くというのは、ほとんど不可能に近いだろう。

 だが、そうではあってもアキラにはこの状況からでもやれることはいくらか残っている。やらないわけにはいかなかった。

 

 

「あんたのやろうとしてることは分かるわ。けど、火力が足りないと思うの」

「中心部までたどり着けさえすれば、相手はただの人間だろ?」

 

 

 言って、鯉口を切る。

 屈強なだけの人間であれば、彼女はそれこそ一般人とそれほど変わらず対処できる。アオギリもそこそこの体格がある男だが、腕を斬るくらいは問題なくやれるはずだ。

 対して、ヒナヨはその驕りに対して首を振った。

 

 

「甘い。あいつは一つ取り込むだけでもポケモンを蹴散らせる衝撃波を発生させられる宝珠(たま)を二つも取り込んでるのよ。まともに当たったら負けるかもしれない」

 

 

 これには流石にアキラも言葉を返せなかった。一連の攻防もあって、より現実が見えているのはヒナヨの方だ。その上に、知識量も彼女の方が圧倒的に多い。

 ヒナヨは足元に落ちていたジガルデのボールを拾い上げた。

 

 

「三分……ううん、二分稼いで」

「二分か」

「二分でいいわ」

 

 

 告げて、現れるジガルデだが、その挙動はどこか困惑に満ちている。

 伝説のポケモンの威厳もあったものではないが、状況から考えれば致し方ない部分もあった。

 

 

「その二分でジガルデを100%(パーフェクト)フォルムにする」

「!?」

「できるのか?」

 

 

 この発言に一番驚いていたのは、当のジガルデである。

 (コア)から発する命令によって細胞体(セル)が動き、ジガルデのもとに集結するという事例はあるが、四国中に散らばっているものを集めようと思えば、距離の問題もあってどう頑張っても十分はかかるだろう。それを五分の一の時間でやるなど、正気の沙汰ではない。

 ジガルデは無理だと示すように体をうねらせたが、二人は無視して話を続けた。

 

 

複製体(シャドー)、五十体くらい動員できるわよね」

「――そういうことか。デオキシス、いけるな?」

「▽▽」

 

 

 瞬時に空に数十体の複製体(シャドー)が浮かび、それぞれ別の方向へ向かって飛翔していく。ジガルデは依然困惑しているが、いいから早く、という圧力を受けて(コア)からの命令を発しざるを得なくなっていた。

 

 

「そっちはそっちで頼む!」

「待ってくれアキラさん、加勢は――」

「時間を稼ぐだけならわたしたちだけでいい! それよりコイツを!」

「!?」

 

 

 アキラから受け取ったボールに目を向けたその瞬間、東雲の目が見開かれる。なんてものを! と非難の声を向けかけるが、もうその頃にはアキラたちは「テレポート」して東雲たちの前から消え失せていた。

 次に彼女らが姿を現したのは、キュレムが滞空している場所にほど近い空だった。眼下では海水がグツグツと音を立てて煮えており、先程と同じように自らの体を「ねっとう」に変えて海の魔物が凍結から脱していくのがうかがえる。

 アキラの姿を認め、朝木は半狂乱になって喚いた。

 

 

「遅いだろ! 思わせぶりに言っといて遅いだるォ!!」

「ヒナにつかまってたんだよ!」

「ヒナヨに!? みんなは大丈夫だった!?」

「平気だ。作戦も貰ってきた。――少し時間を稼ぐ。漁港で合流してくれ」

「――分かった」

 

 

 一人でやろうなんて無茶だ、と言葉をかけようとしていた朝木の口をふさぎつつ、ヨウタが代わりに応じる。キュレムは一度休ませなければ実力を発揮できない状態に陥っているし、ヨウタにしろ朝木にしろ、現状で海の魔物に有効打を与えられるような広範囲攻撃の手段に乏しい。有体に言って二人がお荷物であるということを、ヨウタは自覚していた。

 朝木に代行するような形でキュレムに地上へ降りるよう、ヨウタが指示を出す。それと同時に、デオキシスがその身を幾重にも複製し(わけ)た。

 

 

「そっちが海ならこっちは人()戦術ってワケだ」

▲▲▲▲▲▲▲▲(面白くない冗談だ)……」

「ほっとけ」

 

 

 どこか白けたようなデオキシスだが、指示や命令もなく、彼らは即座に、そして規則正しく煮えたぎった海へと飛び立つ。それに応じるように、海の魔物が再びその首をもたげた。

 海につかり、海水を支配下に置いた魔物は先程よりも更に巨大化している。全長にして先の倍、2kmは優に超す巨体を備えていた。

 規格外の質量には違いない、が――処理しなければならない情報が増え、その分動きは鈍重になる。当然、先手を取ったのはデオキシスの方だった。

 

 

「『サイコブースト』!」

 

 

 アタックフォルムへと変化(フォルムチェンジ)を遂げたデオキシスが、そのサイコパワーを薄く、そして鋭く引き伸ばし――鞭のようにして撃ち放つ。その一撃は海の魔物の腹部をなぞるようにして削り取り、か細く、しかし確実に直下の海に繋がっていた海水の供給ラインとも呼ぶべき数本の「線」を断ち斬ってのけた。

 

 

「仕上げだ」

 

 

 アキラが号令を発したその瞬間、複製体(シャドー)たちは一斉に「テレポート」を行った。

 転移先はいずれも、海の魔物に対して文字通り目と鼻の先ほどの距離だ。包囲するように陣を組んだ彼らは、即座にその掌を海の魔物へとかざし――隙間なく、そして一斉に「ひかりのかべ」と「リフレクター」を展開。その大質量は、空中で固定され一切の身動きが取れない状態にまで追い込まれていった。

 

 

「よし、狭めろ!」

「▽▽」

 

 

 次いで、全方向から加えられる念力により、海の魔物はカイオーガの姿を保ち切れずに球体の姿へと変貌していく。

 その途中、アキラは不意にその中にあってはならないものの姿を認めた。

 

 

(あれは……)

 

 

 ダークルギア。そして――もはや生きているとは思えないが――アルドスの着用していた衣服だ。

 消化(・・)されてしまったのか、あるいは衣服を身代わりに逃げ出したのかは知れないが、いずれにしてもこの場に取り残されてしまったダークルギアの姿に、アキラは僅かな憐憫を覚えた。

 

 ただ、それで手を緩めることは無い。

 ルギアはそもそもが深海に生息しているポケモンだ。今この状況でも生きてはいるし、この状況から脱してさえしまえば、ダークポケモンでなくすことも視野に入る。そして、その全ては勝利して初めて成し遂げられることであった。

 

 

「シャルト!」

「メェ~」

 

 

 そこでアキラが繰り出したのは、しかし、戦闘に向いているとは考え辛いドラメシヤ(シャルト)だった。

 シャルトに動揺は無い。幼い声音で、しかし強く海の魔物に向かって鳴くと、すぐに水の中へと向かって飛び込んでいく。

 ドラメシヤはかつて海に生息していたポケモンが幽霊に姿を変えたものだ。シャルトはその根底に染みついた水中への適性を確かめるようにほんの少しの間アキラの前で泳いでみせると、大丈夫だということを示すように、普段下に向けている手を上に向けて見せた。

 

 

「デオキシス、補助頼む! シャルト、『かげぶんしん』!」

「▽▽▽」

「メェ~!」

 

 

 そして、シャルトの姿が百にも分裂を遂げる。それは本来自然に覚えることは無く、人為的な介在があって初めて覚えるいわゆる「タマゴ技」である。野生であったシャルトが覚えるはずは無いのだが、デオキシスの補助によってそれも成し遂げられていた。

 そうして現れたそれらは全て、デオキシスの能力によって複製された言わばドラメシヤ・複製体(シャドー)だ。耐久力こそ紙のように脆いが、能力はシャルトに――ドラゴンとしての身体能力に準じている。

 

 

「『りんしょう』!」

「「「メェ~♪」」」

 

 

 ――そして、海の魔物の中央に位置取るアオギリを包囲したシャルトたちは、その脅威の肺活量をもって、常識外れの声量で鳴き声を上げた。

 全方位に向けて同時に放たれる音波が海水を凄まじい勢いで振動させていく。水中において、音波の電伝達速度は地上のそれよりも圧倒的に速くなるものだ。

 とはいえ、様々な要因もあって音波による攻撃というものは、地上でのそれと異なり直接的な破壊力を伴うとは言い難い。故に選択したのは――固有振動数を突くことによる固体の破砕。百体を超える分身をその場に作りだしたのは、「りんしょう」という技の性質をより高めるためのみならず、輪唱――つまり、一定の周期で音域を変化させることで、より的確に宝珠(たま)の、あるいはアオギリ自身の固有振動数を衝くことで、より確実にカイオーガとの分離を狙うかたちになる。

 そうしてしまえば、恐らくアオギリの命は無いだろう。が、それでもここでそうしなければ、まずはこの近辺……ひいては四国全域が海に沈む。そこで出る犠牲者の数は数千か数万か。殺さなくとも済む事態に対しては罪悪感と嫌悪感が勝る彼女だが、そうしなければならないという現状なら躊躇する気は無かった。

 水中を音が駆け回り、透明な壁に振動が振れる度に反響して更に増幅する。本来、こうした攻撃法を利用した場合内部にいるシャルトも危険ではあるのだが、彼女はゴーストタイプのポケモンだ。ノーマルタイプの「りんしょう」は効果が無く、物理現象である振動の影響も受けることはない。

 

 

「!」

 

 

 やがて、海の魔物の中心部にいるアオギリの片足が、音を立てて弾けた。

 現実味の無い光景だ。しかしそれは確実に海の魔物の怒りを買ったらしい。ただの水の球体と化し表情を作ることのできない魔物に代わり、その器と化したアオギリが表情を憤怒に歪ませる。それを目にしたアキラは、哀れみで僅かに目を伏せた。

 人間であれば、このような事態に陥れば苦痛を覚えるだろう。苦悶の方がより強く表出し、あるいは驚愕で目を見開くということもあるかもしれない。だが、今のアオギリからうかがえるのはただ、憤怒のみだった。あまりに「人間」の感情の動きからかけ離れたそれは、既にアオギリというひとつの人格が失われていることを否応なくアキラに確信させていた。

 

 

「……?」

 

 

 ――早急にこの狂気を終わらせなければならない。

 そう確信した彼女だったが、しかし直後、僅かな違和感を覚えた。

 人体という器の固有振動数を突いたというのに、破裂したのは足だけだ。皮膚や筋線維、骨といった個々の部位によって振動数の差はあるだろうが、だからと言って部位ごとに浸透する度合いが異なるということはまず無い。

 

 

「――戻れシャルト!」

 

 

 そうして即座に、彼女はシャルトをボールに戻した。それに合わせてデオキシスが補助して作り出していた複製体(シャドー)も姿を消すが、その寸前、海水がにわかに蠢き――複製体(シャドー)の一部が消失するより先に、握り潰された(・・・・・・)

 

 

(体内はどう動かすも自由自在というわけか……!)

 

 

 つまり、固有振動数による攻撃の仕組みを理解すると同時に、体内の海水を振動させることで相殺、あるいは振動そのものをかき乱すことで攻撃を防いだということだ。

 元が油断を突いての奇襲だ。アキラ自身は作戦失敗について何ら感情の動きを見せることは無かった。

 この作戦への対処を海の魔物が編み出しているその間に、ヒナヨが指定した二分というリミットはやってきていたのだから。

 

 

「デオキシス! やるぞ!」

「△△」

 

 

 直後、デオキシスはその姿をスピードフォルムへと変貌させて、アキラと共に飛翔した。

 瞬時に側面へ向かって回り込み、右腕を突き出して突撃を敢行する。その掌の先には――黒い靄(ワープゲート)が渦巻いていた。

 直撃すると同時に、瞬時に海の魔物の体を構成する海水を転移させ消し飛ばす応用技だ。肉体の半分を転移させ千切り飛ばすようなことをすれば、文字通りの一撃必殺となりうるような攻撃である。普通のポケモンに対しては過剰火力過ぎて用いることはできないが、相手が質量の怪物でありなおかつ多少肉体を損耗しようとも関係ない海の魔物ともなれば話は変わる。

 

 ――このまま行けば、存在の核(あいいろのたま)を抉り取られてしまう!

 

 球体の横腹に大穴を穿つその攻撃に強い脅威を感じた海の魔物は、そこで初めてアオギリという器を用いて恐怖の感情を示した。同時にこの状況に対処するための数少ない策を絞り出す。

 

 

「カァァァァッ!!」

 

 

 すなわち、「(アオギリ)」を通して宝珠(たま)の自然エネルギーを放出すること――「こんげんのはどう」の要領で、最接近するより先に純粋なエネルギーをアキラたちに向けて叩きつけることである。

 かくして、海の魔物は思惑通り(・・・・)に、「攻撃」という動作を通じて確実な隙をさらけ出す。その瞬間にアキラは叫んだ。

 

 

「『テレポート』!!」

 

 

 幻のように消え去る彼女を、海の魔物は茫然と見送った。

 多少身を捨てることを選べば確実に海の魔物の中からアオギリを排除できるはずだということもあり、本来ならありえないタイミングでの逃走だと言えた。だが、アキラたちの狙いはそこではない。

 

 

「オオオオオオオオオオオオォォォォ!!」

 

 

 刹那、咆哮が轟き、深緑の閃光が駆け抜ける。

 それが「コアパニッシャー」であると海の魔物が気付けたのは、先にゲンシカイオーガとしてその攻撃を身をもって受けたからだろう。しかし、絶大な熱量と理外のエネルギーは先の攻撃の比ではない。大雑把に見積もっても倍以上。ゲンシカイオーガをも揺るがしていた砲撃を更に研ぎ澄ましたその一撃が、デオキシスが作り出した大穴をめがけて飛び込んでくる。

 デオキシス・複製体(シャドー)を動員し、空に飛びだしたジガルデ・細胞体(セル)を回収、合体を遂げ100%(パーフェクト)フォルムと化したジガルデの放つ、乾坤一擲の狙撃だった。

 

 

「――――!!!!」

 

 

 海の魔物がそこで感じたのは、明確な存在の危機だ。「これ」を食らえばこの姿を維持できる保証はない。それどころか、果たして命すらあるかどうか。

 しかし、デオキシスは外壁に穴をあけただけで未だ透明な壁はある(・・・・・・・)のだ。逃げ場がどこにも無い!

 

 その事実を認めたその時――海の魔物は、「ポケモンとしての」能力を最大限に引き出した。

 自らの体を構成する海水を生体エネルギーを用いて変形、「こんげんのはどう」のそれを思わせる流れを用い、しかし包囲殲滅のために用いるのではなく、ただ一点に向かって幾千、幾万もの水流のレーザーを集約する。

 たとえ全ての力を解放したジガルデと言えど、ただ一度の砲撃によってこれを撃ち貫くことはできなかった。激突した莫大な水流と規格外の熱量は、その場に絶大なまでの水蒸気爆発を巻き起こし……海の魔物という総体にダメージを与えることに「のみ」、成功した。

 消耗はした。しかし、依然としてその存在は健在である。数百メートルほどにまで凝縮こそされてしまったが、それだけだ。消滅してなどいない。

 喝采を上げるように、低いさざ波が音を立てる。

 

 

「『ソーラービーム』ッッ!!」

 

 

 ――直後、その身にビルを蒸発させる(・・・・・・・・)ほどの熱量が迫った。

 天に日輪が輝いている。それはまさしく海の魔物の原型たるカイオーガと相反する存在、グラードンのもたらす「ひでり」がこの場に訪れていることを示していた。

 

 

「恨むぞ、俺にこいつを使わせたことだけは……」

 

 

 その胸部を解放し、余剰エネルギーを吐き出すジガルデの下。その全身で海の魔物への敵意を示すグラードンと共に立つ東雲は、苦々しい顔でそう呟いた。

 アキラが去る最後の最後で東雲が受け取ったマスターボール。それこそ、このグラードンが入っている――マツブサから受け渡された最後の切り札だった。

 同僚たちの仇を今度は自らの指揮下に置くことを苦々しく思いはするが、それでも有効な手であることには違いない。そして実際に、海の魔物は二度の波状攻撃を読み切れずにいた。

 

 

(――頼む、これで消えてくれ……!)

 

 

 表面的な言葉こそ違えど、この場にいる全員が同じことを考えた。

 しかし――その願いは、およそ最悪の形で裏切られることとなる。

 水蒸気爆発によって立ち込めていた霧が、次の瞬間、津波によって(・・・・・・)引き裂かれたからだ。

 

 

「馬鹿……な……!?」

 

 

 東雲は目を見開いた。

 確かに大質量の海水が空から落ちれば津波の一つも巻き起こる可能性はあるだろう。しかし、ただの海水ならデオキシスの能力で抑制は可能だ。アキラがそれを理解していて何もしないはずがない。

 つまり、これは海の魔物が引き起こしている現象ということになる。

 

 

「……ッッ、やられた!!」

「ナっちゃん、何が起きたの!?」

 

 

 その原因を、海を覗き込んだヒナヨは正確に、しかし事態が引き起こされるのに遅れて把握できた。

 

 

「――あいつ、取り込んだダークルギアのサイコパワーを利用してる……!!」

 

 

 ――ダークルギア。指示が無ければ(・・・・・・・)動くことの無い兵器。

 逆説的に、指示さえ出せば彼は動く。たとえそれが何者であろうとも、命令者がいなくなった現状、暫定的に命令を発する相手に盲目的に従うのだ。

 海の魔物は、元はカイオーガだ。故に、グラードンが現れれば即座にその存在を看破する。タイミングだけ言えばまず確実に攻撃は直撃しただろうが――そこで、魔物はポケモンのみならず、「人」の力を用いた。すなわち、器であるアオギリの力……声だ。

 音は水中において、大気中の数倍の速度で伝わる。外部からアオギリの体を強制的に動かすことでダークルギアに指示を発し、念力を用いて強引に「ソーラービーム」の軌道を逸らしたのだ。

 海の魔物は攻撃から逃れると、穴から這い出て眼下の海水に接続。その支配権を得て――津波を引き起こした。

 

 どこまで生き汚い、と血を吐くようなヒナヨの呻き声に、ユヅキはかける言葉が見つからなかった。

 どうすればここから逆転できる。どうすればこの津波を止められる――必死に思考を回すナナセだが、何一つとしてその答えは現れない。

 やがて、彼らの眼前に、高層ビルほどもある高さの津波が姿を現し……。

 

 

「『あくうせつだん』」

 

 

 ――――目の前の「海」が、消失した。

 

 突然の事態に誰もがその思考を止める。先のアキラの奇襲と異なり、その声は絶対にあってはならない、この場にいてはならない人物のものだった。

 消失した海の魔物の姿を探すよりも先に、その技の名を告げた者を捜す。と、さほど時間もかからず、特徴的な白い竜と、その背に乗る男の姿は見つかった。

 

 ギンガ団BOSS(ボス)、アカギ。

 警戒と敵意、そして殺意の渦の中で、彼は泰然自若としてその全てを受け止めていた。

 

 

「お前は――」

「まずは、場を移すとしよう」

 

 

 驚愕と共にヨウタが言葉を発しようとしたその時、アカギは機先を制するようにしてそう一言を発した。

 そして――次の瞬間、ヨウタたち七人とポケモンたちは、先の海の魔物と同じようにその場から消失(・・)した。

 

 

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