携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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つめとぎは再起のために

 ポケモンの技の中で、究極技というものはやや定義が面倒なものだ。

 「ハードプラント」、「ブラストバーン」、「ハイドロカノン」の三種が究極技であることは疑いようの無い事実だが、そこに「ボルテッカー」が加わるかどうかという点は度々議論の対象となる。人によってはそこに更に「りゅうせいぐん」もまた究極技の一種ではないかと提唱し、場合によっては更にエネルギーの放出によって一時的にポケモンが動けなくなるという特徴から「はかいこうせん」や「ギガインパクト」、「がんせきほう」などもそうではないかとする者までいる。

 そのため、学会でもこの手の議論はなかなかに紛糾しており、技研究の第一人者であるククイ博士も難儀している――。

 

 

「今大事なのは究極技の定義じゃなくてなぜ究極技が必要なのかだろ」

「お前たちは貴重な時間を何に使うつもりだ?」

 

 

 ――そんな議論に発展しかけたヨウタとヒナヨを引き戻したのは、アカギと、隔離された空間から彼が連れ戻したアキラの冷ややかな言葉だった。

 こいつら初対面のくせにやけに息が合うわねなどと内心で吐き出すヒナヨだが、その事実について触れると更に面倒なことになると思い口を噤んだ。

 思えば、彼らはストイックな面といい、無駄に生真面目で思い悩みがちな面といい、共通項そのものは少なくないのだ。本人たちに言っても否定されるだけだろうが。

 

 

「選択肢は多い方がいい。究極技だろうとそうじゃなくても、習得する価値のあるものは何でも積極的に取り込むべきだ。わたしたちの知らない技もあるみたいだしな」

「それもそうね。……聞くけど、海の魔物はいつまで封じ込めておけるの?」

「一時間だ」

「ダメじゃん!! 全ッ然間に合わないじゃん!!」

 

 

 ここまで、アキラが隔離された状態で数分ほどが説明に費やされている。それでも数十分ほどは時間があるが、それも雀の涙としか言いようが無いところだ。

 格別に才能に溢れた図鑑所有者のような人材であればそれでもやってのけるのだろうが、彼らの才能はそこまでには至らない。

 とはいえ、アカギもそれは理解している。今も悠長に会話に時間を使えているのは、まだ時間的に余裕があるということを知っているためだ。

 

 

「安心しろ。ディアルガの能力でこの空間の時間をコントロールしている。この空間で五分過ごしても、外では一秒しか経っていない」

「精神と時の部屋かよ」

「単純計算で……十二日ちょっと、ですか」

「長いな……」

 

 

 ここまで、彼らにそれほどの長期に渡って猶予が設けられたことは無い。自然と小さな困惑が生じたが、他方、期間の短さに眉根を寄せていたヨウタは他の面々との認識のギャップに混乱していた。

 

 

「みんなおかしいよ……修行って普通、もっと余裕を持ってやるものだよ……」

 

 

 連日連日の戦闘と、長くても数日程度も取れない休養期間のせいで誰もが感覚を狂わせているのをヨウタは感じ取った。

 そもそも、この世界にポケモン育成のセオリーというものは確立されていないも同然だ。頭の中茹だってるのかと言いたくなるような気の狂った手法で、ポケモン――と自分自身――を徹底的に鍛え上げているアキラは例外としても、他の五人のポケモンの能力には小さな問題がある。というのも、彼らは基礎的な能力を鍛え切れておらず、膨大な戦闘経験とのギャップが生じてしまっているのだ。頭の中で想定した動きができないというのは、戦闘においては間違いなく不利な要素のはずだ。ヨウタ個人としては、ここで基礎固めの時間を取りたいというのが正直なところだった。

 が、逆に考えればそれだけの期間を与えられているというのは、現状から考えれば破格なことだ、前向きに考えよう、とヨウタは気持ちを切り替えた。

 

 

「しかし、その究極技とやらはどう習得するものなんだ」

「わざわざウチらを連れてきたってことは、何か方法はあると思うけど……どうするんだろ?」

「これだ」

 

 

 その疑問に応じてアカギは懐から金属の輪を取り出した。異なる経緯で究極技を修めたヨウタは首を傾げるが、それに見覚えがあったヒナヨは小さく「あ」と声を上げた。

 

 

「技教えのリング……」

「知っているなら話が早い。使い方は分かるな?」

漫画(じょうほう)が正しいならね」

「あの、ヒナヨ、僕それ知らないんだけど何なのそれ……」

「? 究極技習得のためのリングでしょ?」

「ヨウタ君誰に教わったんだ?」

「ククイ博士。モク太と一緒に教えてもらった」

「ククイ博士が? あの人、技教えたりできんの?」

「忘れたの? あの人技の研究者よ」

「何でヒナヨが言うのさ」

 

 

 ヒナヨはオタク気質のポケモン廃人である。知識を深めることも好んでいるが、それ以上に彼女はひけらかしたがりでもあった。目の前に餌が放り込まれれば食いつくというものである。

 

 

「……で、まあ、僕のバトルの師匠」

「師匠……あれ? そんな関係性あったっけ?」

「確かククイ博士ってアローラリーグ設立のための根回しでカントーに度々足運んでたんでしょ? その関係でヨウタ君の両親? お母さん? と度々会ってて仲良くなったって話だしその縁で御三家(モク太)をもらったはずよ。カントーにいた時かアローラで島巡りしてた時に師事してたんじゃないかしらそうじゃないヨウタくん?」

「だいたい合ってるけど、話したこと無いはずだよね? 何で全部知ってるの? メチャクチャ怖いんだけど」

「ナっちゃんちょっと聞いたら何十パターンも考察しちゃうから……」

「考察どうこうでここまでクリティカルに当てられる?」

 

 

 ヨウタは小さくない恐怖を感じた。

 この世界では自分の旅路がなぜか知られているということそのものはともかくとしても、実際には細かな部分で違いが生じる。人間関係であったり、会話内容であったり、場合によっては人格であったりもそうだ。が、その場に居合わせていないと分からないような、より細かい部分まで言い当てられれば肝も冷えようというものである。およそ仲間に対して抱く感情とは言い難いが。

 

 

「……えっと、なんだ。つまり、究極技は『人間が教えられる』って見ていいんだよな?」

 

 

 習得の経路こそ複数あっていずれも難易度は低くないが、それでも結局のところ「人間が教える」という前提はそう変わらない。極端なことを言ってしまえば技の習得さえ成し遂げられてしまえば、老人に教わろうが子供に教わろうが構わないというのがヨウタの考えだ。

 と――そこまで考えて彼ははたと気付く。それこそ、技の習得ということならアキラが最適なのでは、と。

 

 戦闘力と気性の荒さが目立ってしまってそれ以外の面が隠れがちだが、そもそも彼女は優秀な波動使いであり、同時に拳法の達人でもある。

 生体エネルギーの流れについては人一倍造詣が深く、広範囲に破壊を及ぼさず敵の体内にのみ留まる形の「じしん」や、広範囲に分裂させて絨毯爆撃のように降り注ぐ「はどうだん」の開発など、技の応用に関しても才能を発揮している。ともすれば彼女なら、究極技の指導役を担うことができるのではないかと、ヨウタは思い至った。

 元々、「技教え」と呼ばれる専門職に就いている人間でなければポケモンに習得させられない技の数々も、原理を自ら紐解いていた彼女が、時に実演するなどしてポケモンたちに習得させていたのだ。実績を考えれば究極技も、と考えるのはある意味自然なことではある。

 負担の増加は当然懸念されるが、それは他の面々も同じことだ。猶予期間の短さを補うためにも、ヨウタは鬼になって全員に特訓を施すことを決意した。

 

 

「他の技も覚えたいな……ロトム、わたしたちの知らない技のデータ見せてくれ」

「お任せロト!」

「――少し、待て」

「……?」

 

 

 アキラが提案し、ロトムがぴょこりと立ち上がったその直後、アカギが不意にそのような言葉を投げ掛けた。

 本人もほとんど無意識的に発していたのだろう。彼自身もまた自分の発言に困惑を覚えた様子で、しかし吐き出した言葉はもはや呑み込めまいとして続ける。

 

 

「……技の選定は私も助力する」

 

 

 当然、訝しむ者は少なくないが、それでもアカギのトレーナーとしての手腕は極めて高い。彼の危険性と有益性とを秤にかけた結果、最悪の場合自力で「何とか」すればいいか、とアキラは彼に協力を要請することにした。

 

 

「アキラ、僕らは離れた所で特訓してるよ」

「ああ、うん。後で合流する」

「じゃあみんな、今回はちょっと加減しないよ」

「え、前もそんな加減はしてなかっ……」

 

 

 朝木の苦言は捨て置かれ、ヨウタたちはそのままポケモンたちを表に出した状態で開けた場所へと去っていった。

 それを見届ける……というような暇は無い。ロトムは即座にアキラの視界に合わせて近場の木のウロにハマりこむようにして腰掛けると、順次、「あちら」の世界において知られている中でアキラの知らない技の動画の再生を始めた。アカギは窮屈そうに身を屈めた。

 鋼タイプのエネルギーを限界以上に高めて放出する技、宇宙から降り注ぐエネルギーを集めて岩タイプのエネルギーと共に射出する技などは含まれるエネルギー量なども極めて高く、威力そのものも究極技のそれに近しい。「ブラストバーン」などが通じなかった場合、あるいは更なる一手が必要になる場合に有効となることは確かだった。

 

 

「この技、あんたのポケモンは使えるのか?」

「可能だ。ダイノーズ」

「ノノノォォォォ……」

 

 

 青と赤に彩られた岩塊に砂鉄を帯びた、鷹揚とした雰囲気の――そしてどことなく見覚えがあるそのポケモンは、出てくると同時にどこか嫌がるようなそぶりを見せた。

 猛烈に嫌がるという風ではなく、単純に面倒くさがっているというその雰囲気に、アキラは首を傾げた。

 

 

「どうしたんだ……?」

「……エネルギーの消耗が激しい技だからだろう」

「必要でもないのに使いたくないってことか」

 

 

 アキラからすると、一度エネルギーの流れを見てこそポケモンたちに理論立って教えることができるため必要なことではあるのだが、そのあたりの機微が分からなければ何でわざわざ、と考えるのも無理はないか、と思い至る。

 浮遊しているダイノーズとアキラの目線はほとんど同じ位置にある。彼女はゆっくりダイノーズに近づくと、普段のそれと明らかに異なる優しげな声音で呼びかける。

 

 

「ダイノーズ、確かに面倒かもしれないけど、必要なことなんだ。わたしは実際に見ればその技がどういうものかが分かる。一度でも見せてもらえればそれでいいんだよ」

「ノォー……」

「このままだと何度も同じ技見せなきゃいけなくなっちゃうぞ。その方が面倒くさいだろう? 一回だけ。な? それで他のポケモンたちに教えられるようになるから」

「ズズズッ……」

「よしっ、頼んだぞ」

 

 

 その説得によって、ダイノーズはなんとか納得した様子を見せた。

 アカギは一人と一匹(ふたり)の様子に僅かな驚きを感じたように、口を小さく開けた。

 

 

「何だよ」

「……感情(こころ)を納得させるか」

「納得してもらわなきゃ協力してくれないだろ」

「従わせる、という考え方もあるが」

「かもな」

「否定はしないのか?」

「……どうだろうな。正直に言えば、否定したい」

「ならば、なぜそうしない?」

「暴力で敵をぶちのめして他人を従わせてる人間(わたし)に、そうするだけの権利は無いと思う」

 

 

 アキラは曲がったことや間違ったことや悪事を嫌悪している。そして、暴力という「悪事」をはたらく自分自身をもまたそうした人間と同列に扱い、同様に嫌悪している。

 故に彼女は刀祢アキラという人間を、ただの暴力装置であると定義する。知識(きおく)の無い彼女は、自分を祖母によって教え込まれた「正しさ」を執行するだけの存在で充分であると考えていた。

 

 

感情(こころ)の――問題か」

「道理と倫理の問題だよ」

「そこに納得という感情が介在している以上、感情(こころ)の問題には違いないだろう」

「かもしれないけど」

「アカギさん、やけに心にこだわるロト?」

「拘りもする――私にとって、その『心』に由来する人間の不完全な在り方こそが、何よりも否定すべきものだからだ」

「………………」

 

 

 アキラは刀を抜きかけ――やめた。アカギに戦意は無い。時に戦意や殺意の介在が無いままに敵を攻撃するという離れ業ができる者もいるし、アカギもそういった人間である可能性が否定できないが、少なくとも今この場で彼女を害するという前兆があるわけではないからだ。

 その言葉は、あくまで彼のスタンスを示すものだろう。そしてそれを耳にしたアキラが、どういった反応を示すかを目にしようとしている。

 

 

「……わたしは、多分その思想自体は否定できない」

「なぜだ? また、道理か?」

「そうじゃない。ただ、あんたもそうだし、サカキもそうなんだけど……考えてることそのものは、決して否定されるべきものじゃないと思うんだ」

 

 

 サカキの思いは突き詰めてしまえば深すぎる親の情が暴走したようなものだ。マツブサとアオギリも、人類やポケモンのためを思っての行動でもある。

 フラダリはいずれ行き詰まるであろう世界を憂い、アカギもまた心の不安定さに由来する人間やポケモンの不完全性を嘆き――より良い世界にしようとはしていた。

 

 

「支配欲で行動してるゲーチスはアレだけど」

「…………」

 

 

 名指しで唯一の例外として否定されるゲーチスにアカギは小さな哀れみを覚えたが、それ以上にアキラの言に同意した。

 

 

「発端そのものは真摯な願いだったんじゃないかな。その思いだけは、わたしが否定していいことじゃない」

「……その割に、普段の戦闘時の言動は」

「自覚はある。というか、わたし自身もごく最近になってから考えるようになったことなんだよ……」

 

 

 どういうことだ、と無言の圧力でアカギは続きを促す。

 

 

「……わたしは記憶喪失だからな。そういうこと考えられるだけの経験も知識も足りないんだ」

知識(きおく)――か」

 

 

 人間の価値観や判断基準というものには、その人間の人生経験や教育というものが大いに反映されるものだ。それが丸ごと抜け落ちている人間というものを、アカギは物珍しい目で見た。

 アキラはその目線が示す意味を波動によってよく理解している。故に彼が何かを告げるよりも先に言葉をかけた。

 

 

「珍しいモノを見るような目で見るな。知識が無いせいで判断力が欠如してるってことなら、子供も同じだろ」

「子供も……」

「アカギさんにもそういう時期はあったロト?」

 

 

 ロトムのその問いに合わせて、アカギの表情に強い寂寥感が差した。

 アキラにはその理由に察しがつかなかったが、直後にアカギの表情がどことなく穏やかになったのを目にして、余計に首を傾げることとなった。

 

 

「……無かった、と言えば嘘になるのだろう。私にも乳児期というものはあった」

「いや、そのレベルの話じゃなくて……」

「私は、物心ついた頃には既に『心』というものの不完全さを嘆いていた。この価値観は、幼い頃に――そうだ。友と呼べる(ロトム)を失ってから、確立されたものだ」

「……ロト?」

 

 

 そこで初めて、彼女はアカギがロトムに対して見せている繊細で複雑な表情と感情の正体を知った。

 同時にその在り方が極めて歪で、あるいは早熟でありすぎたがために今もまだその根は子供の頃のまま(・・・・・・・)なのではないかとも、疑問を抱く。

 アカギという男は極めて優秀で、才能に溢れた人間である。故に(ロトム)を失ったという最初の経験以降は大した挫折を経験することなく、成長の機会もそのきっかけを与える人間との出会いも与えられないままに、最初に打ち立てた目的にだけ邁進し続けていたのではないか、と。

 

 

「心が無ければ人は他者を虐げることも無い。苦しむことも、悲しむこともだ」

「ケド、そうなったら嬉しいって気持ちも、楽しいって気持ちも無くなっちゃうロト」

「その気持ちこそが、人を苦しめることもある。お前は分かっているのではないか?」

「……そうだな。悪人は自分の『楽しさ』とか『嬉しさ』のために人を陥れる」

 

 

 その事実を、レインボーロケット団という形でアキラはこの旅を通して幾度となく目にしてきた。

 平然と他人を陥れ、傷つけ、場合によっては殺すことすら厭わない人間たちの姿は、彼女に強い殺意を宿らせるに足る醜さを孕んでいた。故に彼女はアカギの言葉を否定することができない。

 

 

「その曖昧で不完全な(もの)が、やがて美しい世界そのものをも蝕んで壊していくのではないか。私には、それが我慢ならなかった……」

「だから、心の無い世界を作りたかったのロト……?」

「……お前は私を否定するか?」

 

 

 アカギの眉間に刻まれた、年齢に不相応な皺が彼の強い苦悩を物語る。

 ロトムは言葉を返すことができなかった。否定することは簡単だ。しかし、小さくない同情がそれを拒む。

 対照的に、アキラは僅かに言い辛そうにしつつも、しかしはっきりと己の意思を示した。

 

 

「わたしは、間違ってると思う」

「それはなぜだ?」

「――あんたの理想のために、大勢が犠牲になってる。それこそ悪人が他人を陥れることの実例だろ。わたしはそれを看過できない」

 

 

 同情はする。

 しかし、それはそれとして糾弾もする。はっきりした語り口を、アカギはむしろ興味深いと感じた。

 

 

「アグノムとユクシー、エムリットはどうなった?」

「…………」

「ギンガ爆弾とやらを使った時、どれだけの衝撃があった? ポケモンたちはその時どれだけ犠牲になった? ギンガ団としての活動の中で何人始末した? ……犠牲は避けられなかったのか? そうじゃないだろ。あんたが性急に動かなければ、もっとやりようはあったはずだ」

 

 

 アキラは思想を否定しない。それが我欲に基づいたものでない限り、他人が否定する謂われは無いと理解したからだ。

 そしてだからこそ、彼女はその過程で生じた犠牲を悼み、悪を憎む。

 彼女が殺意を向けているのはアカギ個人ではなく――彼の犯した罪だ。

 続くようにして、ロトムも意を決して口を開いた。

 

 

「ボクは……アキラみたいにはっきり言えないケド」

「…………」

「ボク、色んな人を見てきたロト。ヨウタに、ククイ博士に、リーリエに、アキラたちも。みんなそれぞれの時間(いま)を生きてて、一人一人の感じる空間(せかい)は違ってるの。みんなそれぞれの幸せがあって、目標があって、夢があって……それを誰かが理不尽に奪っていいとは、思えないロト」

「そうか……」

 

 

 アカギは、ロトムの言葉を反芻するように目を伏せた。

 それと共に、彼が占拠した高知で生きていた人間たちの姿が目に浮かぶ。困惑しながら、怯えながら、しかし必死に生きてきた彼らの姿を、アカギは間近で見てきた。故に、ロトムの言葉は強く理解できる――できてしまう。

 心は不完全で醜いものだ。しかし、全ての人間がそうであるとは限らない。

 それを認めることは、彼の理想を打ち砕くことであるというのに。

 

 

「アサリナ・ヨウタも、別の方向性から私を打ちのめしていたが……」

 

 

 アカギは、不意にアローラでヨウタと戦った時のことを思い返した。

 彼は自らのポケモンたちと強く心を通わせ、心の繋がりを力に変えて、アカギを打倒して見せた。彼の優しさに報いようとポケモンたちが奮起し、たとえ倒れかけたとしても絶対に通さないと立ち塞がるポケモンたちがアカギを撃破したことそのものが、ポケモンを自らの力の一部と見做している彼を否定することに繋がっている。

 

 

「君たちともっと早く出会えていれば――何か、変わったのだろうか……」

 

 

 そして今、それとはまた異なる形で、アカギは自らの過ちを見せつけられることとなった。

 自嘲の溜息が漏れるのを、彼は感じた――が、そんな彼を引き起こすように、アキラから言葉が投げ掛けられる。

 

 

「まだ遅くないだろ」

「……な、に?」

「人間は強くなれる。どんなに弱くっても、臆病でも、目の前の誰かのために必死に堪えて立ち上がって強くなれた人を、わたしは知ってる」

「…………」

「だから『もっと早く』なんて仮定してないで、今変わろう。遅くなんてない。わたしが尊敬するその人は――あんたよりずっと弱いのに、立ち上がるのが遅かったのに、変わることができたんだから」

 

 

 そう告げると、あまり普段彼女が口にしないような類の言葉であったためか、アキラは恥ずかしそうに顔を背けてダイノーズの方に向き直ってしまった。

 どこか遠くからくしゃみのような音が響いてくる。

 アカギは、自らの胸の奥にほのかに暖かいものが灯るのを感じた。

 

 

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