ポケモンがゲームでしかなかった頃、究極技というものは威力こそ高いがとかく使いにくい技の代名詞的存在であった。
理由の一つは、技を使用した後の反動だ。ターン制のRPGであるポケモンにおいて、「1ターン動けなくなる」というデメリットの大きさは計り知れないものがある。
加えて、同程度の威力を出せる技も、多くはないが存在している。「ハードプラント」に対しては、「リーフストーム」や状況によっては連発可能な「ソーラービーム」。「ブラストバーン」なら「ふんか」や「オーバーヒート」などがそれにあたるだろう。「ハイドロカノン」に並ぶ技はほとんど無いが、いずれにしてもこれらの技は共通して「2ターン使うなら別の技を二連発した方が強い」という欠点があることには変わりない。
ともあれ、それは対戦に主眼を置いているゲームとして、ある程度ゲームバランスを保つために必要な措置ではあるのだ。
――では、現実世界であればどうなるか。
「『ブラストバーン』!」
「シャアアァァッ!!」
ポケモンの技というものは、それぞれの個体に応じて発現方法が変わる。チャムの場合は、メガシンカに慣れたことと
凝縮したエネルギーが炎に変換され、高すぎる温度によって周囲の空気までもがプラズマ化していく。
そうして放たれた一撃は――山の一角を、文字通り
射線上の物質が融解し、あるいは蒸発して消し飛ぶ。それは以前、彼らが目にしたグラードンの「ソーラービーム」を彷彿とさせるほどのものだ。
ほどなくして、崩された地形が緩やかに音を立てて修復されていく。パルキアの能力によるものだった。
その威力の高さもあって、究極技の特訓では周囲の被害は冗談では済まないほどのものになる。ヨウタたちの世界であれば広大な土地やバトル専用の
「どう思う?」
ともあれ、これこそが海の魔物を攻略するカギになることは間違いない。先の破壊規模を踏まえても精神的衝撃は大きく、朝木や東雲、ナナセなどの大人は愕然とした感情を隠し切れずにいた。
「かめはめ波っぽい」
「かめはめ波だよね?」
「何? かめ……?」
「お願いだから別のところに着目してな?」
対する年少組は直感的に見たままの印象の方が強かったらしく、着目したのは主にチャムの動作の方だった。威力が高いことは彼女らの中では前提でしかなく、あとは自分たちのポケモンがそれを習得できるか否かが重要であるらしい。
「事実上、グラードンの『ソーラービーム』と同じくらいの威力があるな……火力に限り、伝説のポケモンに匹敵するものが得られたと見ていいだろうか。朝木さんはいかがですか?」
「俺に聞かれてもつえーとかすげーとか言語野の衰退した言葉しか出せねえ」
「習得難易度はいかがですか……?」
「感想くらいのものでいいなら」
「お願いします」
十二時間近く必死になって習得を目指して試行錯誤してきたアキラだ。半ば手探りだった分その手ごたえも確かに掴んでいる。彼女はそうした感覚を思い返しながら答えた。
「過程はともかく、最終的に重要になるのは、どれだけポケモンたちと心が通じ合えてるか。それによって習得の早さも変わるし、難易度って言うなら、人によってマチマチ……だと思う」
「つまり、
「……とも言う。撃った反動で数秒かそれ以上行動不能になるような技だし、場合によってはエネルギーの過剰な消費で気を失うこともある。そんな時、トレーナーはフォローしてくれるのか? 後を任せられるか? そういう信頼が求められる……と思う」
無論、それだけの技を扱うためにはそれ相応の肉体的頑強さや器用さが要求されるが、それは全て技を習得するための「前提」として当然持っておくべきものだ。
アキラの言う信頼とは技を習得するため、ポケモン側に踏ん切りをつけさせる――最後の最後に必要になるものだ、ということになる。あくまで彼女個人の意見であり、他にやりようはあるだろうとヨウタはそこに補足を入れた。
「できそうかな?」
「…………」
「なんなのレイジさんのイエスともノーとも言ってない感じの顔」
「ナっちゃんも同じ顔してる」
「…………」
「何だそのイエスともノーともあえて言わない感じの顔は」
ポケモンたちにあまり敬われていない(とは言っても仲は徐々に良くなった)朝木が自信に欠けるのはともかくとしても、ポケモンに対する愛情については揺るがないヒナヨがこのような反応を見せるのは、やや意外なことであった。
「ペルルって、そんなに気難しいやつだったっけ?」
「そうじゃないわ。あ、エンペルトって種族単位で見れば」
「蘊蓄は今はいいよ……」
「何よ語り足りないんだけど……まあ、今はいいわ。ホラ、私むーちゃん取り戻すためにいろいろやらされたじゃない。そんなのに付き合わされててるんだから、内心ヤな気持ちになっててもおかしくないんじゃないかって思うのよ」
「お姉、ど-思う?」
「自意識過剰」
「何でよぉぉぉ!?」
横から割り込んできたやや冷たい言葉に、ヒナヨは涙目になった。
「うちのギルを見ろ。 わたしはあいつをボッコボコのめちゃくちゃにしたけど、今では普通にメガシンカできるくらいにお互い信頼できてるぞ」
「それって結局特殊な事情があったからじゃない」
「そうせざるを得ない事情があったっていうのは同じだろ? だったらお互いによく話し合って」
「いやアキラちゃんじゃないんだから『話し合う』のは無理だろ……」
「意思疎通はできるからヒナが思ってることちゃんと言おう」
「うん」
「あとは、真摯に向き合っていけばいい。ペルルはきっと結果で応えてくれる」
「そうね……うん、ありがとう」
軽く笑みをこぼすアキラに、ヒナヨは例を言いつつも訝しげな表情を浮かべた。
アキラがこのような気を抜いた表情でいること、その上に修行を目前にしてなお気を張り詰めてすらいないことが、ヒナヨからするとあまりに彼女らしくなく思えたのだ。何か雰囲気変わった? と問いかけるも、しかしアキラは首をかしげるばかりだ。自覚は無いようだった。
「……アキラさんの言うことももっともだ。人には誰しも後ろ暗い部分や負の面というようなものがある」
「あんまり後ろ暗いところが無さそうな人に言われても説得力無いんだけど」
「そういうこと言って腐すなよヒナ。わたしだってそういうことはある」
「後ろ暗い過去が丸ごと消えちゃってる人に言われても説得力無いんだけど」
アキラと東雲は揃ってうなだれた。
とかく、日々正しくあろう、人々の規範であろうという意識の強い二人にこの手の話は向かないようだ。不器用な二人を見てナナセは顔をしかめた。
その上最も後ろ暗い経歴があろうという朝木はヒナヨと同じく自信のないグループである。仕方ない、とヨウタは自分の過去を思い返した。
「僕、五歳くらいの頃にライ太とバトルごっこしてたら知らない人んちの生垣切っちゃって、そのまま黙ってたことがある」
「……私、いまだに講義中に隠れて関係ない本読んでます」
「ウチ喧嘩した男の子の手足折っちゃった」
「一人だけやたらバイオレンスなんですけど!?」
「よく考えろ、悪人と見りゃとりあえず腕ぶった斬りにかかるアキラちゃんの妹だぜ……?」
「そうね」
「待ってくれ! 人を妖怪みたいに言うのはともかくユヅを悪く言うんじゃない!」
「そっち否定しないの?」
「まあ妖怪だよなぁ」
「妖怪よね」
「二人もノるんじゃないよ!」
しかし有体に言って、風のように駆け抜けて腕や足を切り裂いていくその姿は、見る者が見れば妖怪・鎌鼬のそれと大差無い。
そして実際、レインボーロケット団から見ればアキラはまさしく妖怪かないしは都市伝説の怪異そのものだった。見たら死ぬ類のそれである。
「というか話の趣旨が変わってるじゃないか! 悪いことくらい誰でもしたことあるから、これから償うなら深く気にしすぎると良くないってことだよね!?」
「おお」
「アキラがそんな納得しちゃうの!?」
「やっぱ雰囲気変わった?」
「変わったな……」
「お姉元はこんなだよ」
「そうかな……いや、そうだね……」
この中で記憶を失う以前のアキラを知っているのはユヅキだけだが、記憶を失って以後、日常におけるアキラの様子を知っているのは彼女の祖母とヨウタくらいのものだ。
そうして以前の彼女に照らし合わせると、そういった気質が無いとは言い切れない。激戦に対応するために、その精神が歪んでいたのは確かだ。
アキラは半ば強引に話題を切り替えるように、「で」と強めの語気で注目を引いた。
「究極技の話だけど、たぶんこれだけじゃ決定打にはならないと思う」
「そうですね……伝説のポケモンの攻撃に匹敵するとは言っても、匹敵するまでです……。同等の威力がある『コアパニッシャー』と『ソーラービーム』を連発しても、なお倒しきれなかったことを考えると……」
「だからできるだけのことはやる。デオキシス」
「△△△△」
「おおっ」
待機していたデオキシスが、その腕からオーロラのような幕を発生させる。そこに映し出されたのは単なる鮮やかな色彩ではなく、先にアキラたちが特訓を行っていた場面だった。
まず最初に映し出されたのはリュオンだ。その突き出した腕から白銀の光が放たれ、進行方向に存在する全ての物質を消滅させる。「てっていこうせん」の習得を成し遂げたその瞬間の光景だ。
次いで映し出されたのは、天から青白く燃える複数のエネルギー塊を
「最初の技は『てっていこうせん』、はがねタイプのポケモンが習得できる技だ」
「徹底抗戦……?」
「鉄蹄鋼線……?」
「鉄釘光線……?」
「すげえ、全員が全員ニュアンスの違うこと言ってる」
「そんなこと言ったら『りゅうせいぐん』だっていくつか
一般的に、「りゅうせいぐん」の語源は「流星群」であると言われるが、「流」の一字を「竜」に読み替えられるともされている。
いずれにしても小難しいことはいい、とアキラはそれを切り捨てた。
「二つ目はみんな知ってるな、『りゅうせいぐん』。この二つもみんなのポケモンに覚えてもらう」
「前者ははがねタイプ、後者はドラゴンタイプの技だが……」
「並行してモノズの育成も進めなきゃいけないみたいね」
現状、誰のパーティを見ても、最低限どちらかの技を習得できるポケモンはいる。成長段階の問題からモノズとシャルトはまずは進化を目指す必要こそあるが、今回の準備期間はそうした実力不足を埋めていくという側面もある。やるか。やろう。そういうことになった。
さて、ポケモンの修行、ないしは特訓の手法は多岐に渡るが、共通して言えるのはどれもさしれ面白みや楽しさを感じられないということだ。
致し方ないことではあるが、基礎的な能力を伸ばすにしても新しい技能を習得するにしても、最も重要なのは反復作業だ。
理論として捉え、体に覚えこませ、実証し、有効性を身をもって実感する、ないしはさせる。――その繰り返し。
ポケモンとしては、新しい技を覚えたらトレーナーにそれだけ褒めてもらえるということで多少はモチベーションも維持できるが、それも「多少」のことだ。感性そのものは人間に近いこともあり、長時間同じことを繰り返せばそれだけ「飽き」が来る。
「――しかし、あの三人のポケモンたちはよく訓練を続けるものだな……」
そんな中、東雲は変に心を動かすことなく、ごく自然なことのように訓練を続けるアキラとユヅキ、ヨウタの三人を見て感心したように息をついた。
自衛官である東雲は、訓練とそれに伴う痛苦をよく知っている。国防を担う以上、それは当然のことだと捉えている彼だが、だからこそ、過酷な訓練に普通の人間、あるいはポケモンが耐えられるということはなかなか無いということを理解している。
時間的な余裕がなかったこれまでの戦況なら、目前に迫る死を何としてでも遠ざけるために、ポケモンもトレーナーも死に物狂いで修業ができていた。
が、今は良くも悪くも、それなりの余裕が生まれてしまっている。そうなれば、心理的にはやはり「
実際に、東雲の手持ちポケモンたちは時折気を抜いてしまっているようで、数時間ほどが経ってなお、技の習得には至っていない。ああ、と納得したようにヨウタは苦笑いした。
「僕もアキラたちにやりようを教わっただけで、普段はここまで身が入ってないよ」
「参考までに、どういうことか聞いても?」
「摸擬戦を増やしたんだ。なんかさ、ポケモンたちも人間と同じなら、自分の実力を証明する場が欲しいだろーって」
「そういうものだろうか……」
「なぁーんかそれ分かるわ」
「朝木さ……どうされたのですか」
「疲れたらしくってのしかかってきやがる」
そこに割り込んできたのは、のしかかってくるジャローダを背負ったまま向かってくる朝木だった。成人男性と同等の体重があるとはいえ、その程度ならば背負うのも無理というわけではないようだった。
「俺も昔、覚えた手技を試してぇーとか思ってたことあるんだよ。好奇心で。無い? 東雲君。銃撃ってみたいとか」
「俺はありませんでした」
「あ、そう……」
「……恥ずかしながら、装甲車は弄りたいとは思っていましたが」
「そういうのでいいんだよそういうので! そういう好奇心、ポケモンにもあるんだと思うぜ。だからこう、できることとかやれることが増えたり……増えそうだったりしたら、それ試したいっていう気持ちも増すんじゃね? たぶんアキラちゃんたち、そういうのつつくの上手いんじゃねえかな」
アキラもユヅキも拳法家である。体術の習得のための練習、訓練といった事柄は長く経験しており、特にアキラは異常だった身体能力を制御するために、極めて密度の濃い二年を過ごしていた。そうした際の心理状態に詳しいだけに、それを制御する術にも長けているというところだろう。
「そういえば同期にもいましたね。銃を撃ちたいと言っていた…………」
「あー……っと、ショウゴさん、無理して言わなくていいよ」
「すまない」
顔をうつむける東雲に対して、ヨウタは言葉をかけ辛そうに視線を背ける。そんな中、朝木はふと気になったことを聞くためにヨウタに軽く耳打ちした。
「……なあヨウタ君、こんだけ気に病んでる東雲君に、何でアキラちゃんはグラードン渡したんだ?」
「多分近くにいたからっていうすごい投げやりな理由だと思う……」
「何も考えてなかったのかよ」
「何ならナナセさんとかユヅとかに渡すと思ってたんじゃないかな」
しかし結論から言えば、他の面々は色々とやらなければならないことがあったため、東雲にグラードンが渡るハメになったわけだが。
やはりアキラは他人への配慮に欠けていると実感した二人だった。
「とりあえず、グラードンどうにか誰かに渡そう……」
「それはやめておけ」
「どわぁ!?」
「アカギさん!?」
ともあれ、グラードンは他の面々の誰かに受け渡した方がいい――と考えていたヨウタたちのもとに、ぬるりとアカギが姿を現す。
驚くヨウタたちを尻目に、彼は東雲を……というよりも、彼の腰に据えられたボールの中のグラードンに視線を送りながら続ける。
「ポケモンに寄り添おうとする者ほど、超古代ポケモンは精神を取り込もうとする。戦力不足の解消のために『べにいろのたま』を利用してゲンシカイキするところまで戦術として考慮するなら、むしろ憎しみを向けるほどでなければ、カイオーガの二の舞になるだけだ」
「そうだったのか!?」
「そうだったの!?」
「ヨウタ君知らないのかよ!?」
「あくまで状況証拠から来る推論だ。間違っている可能性もある」
「はあ……」
「ま、可能性高いだろうけどよ。となると、やっぱグラードンを制御できる候補はアキラちゃんか東雲君か、ってくらいか……」
ちらりとヨウタは摸擬戦を続けるアキラとユヅキに視線を向けた。彼女たちはポケモンたちと一緒に縦横無尽にその場を駆け巡り、地形を破壊しながら壮絶な殴り合いを繰り広げている。これは本当に摸擬戦だろうか? 疑問こそ沸いたが、ヨウタはそれ以上追及することをしなかった。
と、そんな折、アキラはヨウタたちが自分たちに意識を向けていることに気づいたようだった。彼女は中途で摸擬戦を一旦止めると、全身に流れる汗も止めないままに彼らのもとに着地した。
「わたしのこと話してたか?」
「ん、まあ話してたけど。アキラ、グラードン預かる気無い?」
「グラードンか……ちょっとそれは、ヒナと話させてほしい」
「どういうこと? やっぱり、手持ちのキャパの問題?」
「とは違くて。――と、ちょうどよかった。アカギ、あんたに頼みがある」
「何だ」
怪訝な表情をする一同に向けて、アキラは予想外の一言を続けて放った。
「――ディアルガの力で過去に飛ぶってことはできないか?」