アキラの容態が落ち着くのには、数分ほどの時間を要した。
唐突な出来事に驚きを向ける一同の中、唯一正確に彼女が恐慌状態に陥った原因を把握できているのは、ヨウタだけだった。
「ロトム、あれって」
「新種のウルトラビーストみたいロト。けど、あの目。アキラが前に言ってたことを考えると……」
「……アキラは、記憶を失う直前にあいつに接触してる」
アキラの境遇を正確に把握しているのは、異変の以前から時折連絡を取っていたユヅキと、本格的に事態が悪化して語るどころではなくなるよりも前に本人から事情を耳にしていたヨウタだけだ。
彼女の話では、ほとんどは消え去った中で唯一、ある記憶が焼き付いているという。黒い怪物と、ステンドグラスから差し込んでくるかのような原色の光、とアキラは語っていた。
あいつだ、とヨウタは確信した。ヒナヨたちから「ネクロズマ」と呼称されていたことを思い出しながら、ヨウタは背中にじっとりと汗が流れるのを感じた。
(……強い、と言うより、怖い、だな)
その要素が見えてくれば、自ずと推論の材料は整う。
ならば、以前の「刀祢アキラ」は――――。
「なら、それは……もしかして、あのレックウザと同じように……」
言葉にこそならなかったが、それを読み取った者は少なくない。東雲は露骨に顔をしかめ、ナナセは顔を俯け、ヒナヨはその悍ましさに思わず口元を手で覆っていた。
と。
「そんなことはどうでもいい……!」
「おま」
直後、話題にのぼった張本人がそこに現れ、未だ青い顔色ながらも明確に彼らの心配を切り捨ててのけた。
これが以前の彼女ならばもっと無理をしているところだろうが、流石に彼女も懲りたのか、その足取りは朝木の肩を借りた緩やかなものだった。
それはそれとして、協力せずに止めろよ、と言いたげな視線が朝木に突き刺さる。彼はそのまま目を逸らして無言で抵抗した。
「アキラさん、大丈夫なんですか……?」
「……なぜ連れ出したんですか、朝木さん」
「悪い、けど
詰め寄る東雲への返答は、毅然としたものだ。ただ流されてだけのものではなく、明確に理由がある。
「症状としては典型的な
「……それだと、完全に無意識で過呼吸になるということになります。より悪いのでは……?」
「そうとも言える。けど、乱暴な言い方すると、PTSDって気の持ちようなんだよな……」
「本当に乱暴な言い方ですね」
「認知機能療法とか、認知処理療法ってのがあってな。PTSDの原因を分析したり、あえてそういうものと向き合うことで、恐怖を克服する手技なんだが――」
「△△△」
と、その時、デオキシスが動いた。彼は腕からオーロラを出すと、そこに先程目にした黒い怪物……ネクロズマの投影を始める。
止める間も無く行われる突拍子もない行動にギョッとする一同に対し、しかしそこで顔を上げたアキラの瞳には――極めて明確な殺意が宿っていた。
「でぃぃやぁっ!!」
「△▼▼」
そうした瞬間、アキラは彼女を支えていた朝木の腕から抜け出して、デオキシスが作り出した虚像のネクロズマに電光交じりの飛び蹴りを叩き込んでいた。
その鋭い動きに、先ほどまで人の手を借りなければ動けなかった少女の面影はない。焼き焦げた地面がはっきり「殺す」と伝えていた。
「……まあ、つまりは、こうなるわけだ」
「頑強すぎんでしょ」
「大丈夫そうですね……?」
そもそも、アキラは目の前を人を殺されたり、
――結論を言えば、PTSDこそ発症したものの、考えを切り替えることで即座にそれを自力で治療した、ということになる。
自分の問題については頓着しないアキラであった。
――ともあれ。
「……アキラが復活したし、作戦会議でも始めようか」
ひきつった笑みを浮かべながらされたヨウタからの提案に頷き、一同は東雲のクレベースの背を円卓代わりに集合した。
「クレベース、もう少し……そうだ、よし、そこで止めてくれ」
「ベェェ」
クレベースの平坦なはずの背中は今、氷結能力によって、剣山を模して変形している。即席の3Dマップだ。
どうだすごいだろうと言わんばかりに誇らしげな表情をしてみせたクレベースを、ユヅキが偉い偉いと撫でまわしている中で、作戦が練られ始める。最初に発言したのはナナセだった。
「今回の作戦の主目的は……レックウザを救出することです。ネクロズマの捕獲は……」
「許可できん。奴は世界を渡る能力を持っている。あれより先の未来が無いであろうレックウザとは異なり、本来の時間軸で何らかの影響を与える者がいる可能性は――」
言いつつ、アカギはアキラを一度見て、また視線を戻した。
「
「それが丸ごとなくなると、未来に良くない影響が出るってわけね」
「そうだ。ディアルガは可能な限り、時を操る能力を用いて辻褄を合わせようとするが、恐らくはそれにも限界はある」
「恐らく? 実証したわけではないのか?」
「我々ギンガ団が『エネルギー開発を専門とする企業として』出した結論だ」
「過去を変えすぎると、辻褄を合わせるために大量のエネルギーが必要になる……または発生する。結果、ディアルガに大きな負担がかかる……という認識で、よろしいですか?」
「それでいい」
故に必要なのは、過去への干渉を最小限に留めること、過去の住人と接触することを避けることなどだろう。
そうなると、相手が相手ということもあり、実際に過去へ行ける者は限られる。
「――では、ヨウタ君とアキラさんの二人で、作戦に当たっていただきます」
「分かったよ」
「了解です」
単純な戦闘力に長け、ネクロズマを抑えこむ役割のヨウタと、隠密と隠蔽、探知に長けていて、レックウザを救出する役割のアキラ。申し分ないを超えてやや過剰にも思えるような布陣に、東雲は片眉を持ち上げた。ナナセはそれも予測していたように、続けて小銭をレックウザたちが出てきた地点に立てて置いて見せた。ウルトラホールを示しているようだ。
「……ここには最大規模のウルトラホールが開いています」
「――そうか、コスモッグ……!」
「……はい。ほしぐもちゃんたちを進化させる道筋が立ちます」
これまで彼らが目にしてきたウルトラホールは、サカキがポケモンをこの世界に呼び込むために開いたものを除けば、ほとんどは1メートルあるかどうかという極めて小規模なものだった。それが今回は、レックウザの丸太のような胴を通してなお余裕があり、更にネクロズマによって押し広げられてさえいる。
この好機を逃す手は無い。やや緊張した面持ちで、アキラは隣で立っているユヅキから二つのボールを受け取った。
――だがこの時、同時にアキラには確信していることがあった。
これ、自分が関わってる以上はロクなことにならないのでは? と。予想外の事態が起きるのは、もはや規定事項だった。
半目で朝木にサムズアップを送れば、彼は諦めたように医薬品とポケモンたちの準備に向かった。
アキラも、とりあえずで自分の身を捨てるような真似は慎むようにしようとはしているが、相手はウルトラビーストの、それも「伝説」の一角であるネクロズマだ。イベルタルから予想外の反撃を受けてヨウタが重傷を負ったように、怪我を負うという可能性自体は消しようがない。そして僅かでも可能性があってしまえばアキラは大抵その小さな可能性に行き当たるのだ。彼女は苦々しい顔になった。
「……あそこに出てくるに至った経緯と、あのメガシンカを抑制した能力が、気にかかるところですが……」
「あの感じだと、おなかすいたからって風だ……よね? ナっちゃん?」
「そうね。物質っていうか、生物? を光に分解するなんて力があるなら、そういうことだと思う」
「あの能力は?」
「……イベルタルもそうだったけど、あれはそういう『生態』じゃないかな。光と密接に結びついたエネルギーを吸ってるんだ。見たところ、媒介になってる技は『チャージビーム』……だと思う」
「直訳すれば充電光線――か。確かに、他のポケモンが使う『チャージビーム』も、見た目こそ電撃を光線にしたようだが……あれも周辺から電気を吸収したことで、結果的にああいう見た目になっているだけだからな」*1
「あれってそうなんだ?」
「よく見ればポケモン側に吸収されていくのが分かる。機会があれば見てみるといい」
「あー、つまりあの光線が黒かったのって」
「周囲の光を吸収しているから、結果的に黒く……と言うよりも、暗くなっていたということだろう」
「興味深い話ですけど、それ後でいいですか?」
学術的にはどうあれ、今必要なのは「だからどうするか」ということだ。アキラも話に興味が無いとは言わないが、現状での優先度は低い。
「……空腹で出てきたのなら、ここでお腹を満たしておかないと、別の世界でこれと同じ被害が出る、ということになります。その対策も……同時に、行う必要がありますね」
「分かりました」
「でもアキラ、どうする?」
「どうするもこうするも……エネルギーを食わせてやる、しか無い。『はかいこうせん』、『ソーラービーム』、『シグナルビーム』、『マジカルシャイン』……なんでもいい、光とエネルギーとが密接に結びついた技をぶち込み続ける」
「そうなるか……そうなるね……」
「東雲さん、強力な光源とか、用意できますか?」
「防衛用懐中電灯がある。渡しておこう」
東雲がヨウタに自分の懐中電灯を渡す中、ナナセは羨ましそうに懐中電灯を見つめた。サバイバルゲームが趣味の彼女にとっては、軍用品というものに憧れがあるようだった。
ともあれ、現状ではこれ以上ヨウタたちに渡すことができるものは無い。物資があればケミカルライトのように化学反応で発光したり、マグネシウムのように着火することで強烈な光を発する物品があれば……と東雲は考えたが、それも現状では手の施しようが無い。彼は一つ諦め混じりのため息をついた。
そうこうしているうちに準備も終わり、アキラとヨウタの二人はディアルガの前に立った。
ディアルガは先程よりも穏やかな表情で二人を見つめ、ほどなく、その身から発せられた光がヨウタたちを包み込む。
やがて、目に映る光景が極彩色の線のように移り変わる。「時間を遡る」という異質な事態を視覚によって明確に感じさせられたその直後、彼らは木々の茂る山――その上空へと躍り出ていた。
「うわあぁぁぁぁっ! 何でぇぇぇぇえ!?」
「まあ、こうなるよな……」
パニックに陥ったヨウタと対照的に、アキラは腕を組んだ状態で頭から落下しているというのに至極冷静だった。およそ想定内の事態である。彼女としては、地中に埋まっている可能性すら想定していたほどである。
「何でこんなことに!?」
「そりゃあ……地球って、公転軌道に乗ってるし自転もしてるだろ。座標を上手く合わせてある程度融通をきかせたとしても、多少ズレてもしょうがないんじゃないかな……って。むしろ位置的には正確で助かるよ」
「先に言えぇぇ!!」
「ベノン!」
ヨウタの抗議に聞かないフリをして、アキラはベノンをボールから出すことで、ネクロズマとレックウザが戦闘を始めるであろう場所へ向かって二人揃って地上スレスレを飛び始めた。
ベノンの目からは強い興奮からか、青白い光が漏れ出し弧を描いている。その異質な様子にヨウタは怪訝そうな表情をし、アキラは小さくため息をついた。
「ベノンはどうしたの!? 随分興奮してるみたいだけど!」
「分からん。さっきのネクロズマ見てから、ボールの中でもずっと興奮してる。っていうか、キレてる? ベノン、どう?」
「ゴァァァァァ――――」
「やっぱ怒ってはいるみたいだ」
「波動で言いたいこと分からないの!?」
「ごめん、ウルトラビーストはちょっと感じが違ってて分かりづらいんだ」
故にこそ、異質な生体エネルギーを発するウルトラビーストが、カプの神によって明確な「外敵」と認定されていると言える。
平時であればボディランゲージで意思疎通はできるのだが、こうしていざ緊急時となるとベノンの感情がニュアンス程度にしか読み取れないというのは不便なことだった。
「ベノン、今はダメだぞ!」
「グググッ……」
「何をそんなに怒ってるんだろう……」
「詮索は後だ、接敵する!」
「!」
疑問を抱いている中、激突する黒い二つの巨躯が二人の視界に映る。ベノンがその瞳の輝きを更に強くしたが、アキラがその胴を叩くことでベノンは落ち着きを取り戻した。
「打ち合わせ通りに!」
「分かってる!」
着地に合わせ、ヨウタとアキラはそれぞれ三つのボールを取り出した。現れるのはそれぞれヨウタがライ太、モク太、ラー子。アキラがデオキシスとチャム、そしてリュオンである。
チャムとリュオンがその場でエネルギーをチャージし、デオキシスがスピードフォルムにフォルムチェンジ。瞬時にネクロズマに肉薄し、膨大なサイコパワーに任せてネクロズマを空中へと打ち上げた。
「『ブラストバーン』! 『てっていこうせん』!」
「シャアアアアアァッ!!」
「ルゥァアアアアアアッ!!」
「――――ッッ!?」
――そこへ、怒涛の勢いで二条の光線が突き刺さる。
光そのものを放つ「てっていこうせん」と、超高温に達してプラズマ化した火炎というある種の光源である「ブラストバーン」だ。ネクロズマは半ば反射的にそれらを光エネルギーに転化し、吸収を始める。
(……やっぱりだ、想定通り!)
ネクロズマは、「光」と深く結びついた技のエネルギーもまた吸収する。普通に戦う分には伝説のポケモンらしいあまりにも規格外で戦い辛い能力だが、羽ばたき一つで生命に死をもたらすイベルタルと比べればまだ大人しい能力だと言えよう。
その対処法は簡単だ。つまるところ――。
「ライ太、『むしくい』!」
「サァァッ!!」
「リノ……!」
――ごく単純な物理攻撃。
ガバリと開いたハサミがネクロズマの黒く硬質な外皮を捉え、削ぎ取るようにして挟み千切り取る。
火花と共に凄絶なまでの金属音が周囲に響き渡る。ライ太は広げた翅を強く振動させ、その勢いのまま上空へと向かってネクロズマ諸共に飛び出した。
また同時、ヨウタもラー子の背に乗ってモク太と共に上空へと向かう。1970年代という時代背景故に空撮技術が発達していないという事情があるからこそ使える、民間人と地形への影響を避けるための苦肉の策だった。
「ウルトラホールは……よし、開いてる! ほしぐもちゃん、コスモッグ!」
「――――」
「ぴゅい?」
他方、アキラはその姿を見送りながら、ほしぐもちゃんとコスモッグをウルトラホールの目の前へと出してやった。
見る間に二匹の表情が晴れやかになり、ウルトラホールの先から強いエネルギーを取り込んでいく。これまでに接触したどのウルトラホールよりも大きなエネルギー量にほっと一息をつくと、アキラは次いでレックウザへと視線を移し――
「……まあ……そうなるよな」
手負いの獣は、自らの身の安全を図るべく、まずは自らのテリトリーに踏み込んだ者を排除しにかかる。
アキラもヨウタもそうだが、彼らにとって二人はあくまでネクロズマとレックウザとの生存競争に乱入してきた闖入者でしかない。少なくともそう認識しているレックウザが不用意に近づいてきたアキラに敵意を向けることも、至極当然のことであると言えた。
がば、と開いた顎からドラゴンタイプ特有の青い火炎状のエネルギー体が覗く。それが「りゅうのはどう」であると気付くのに一瞬ほども要することは無かった。
口が動く。指示が飛ぶ――それよりも遥かに早く、根底での結びつきのある
「
「悪い」
吐き出される火炎は――その直後、「サイコキネシス」によって上空へと向かってその矛先を変えられた。
こうなることも、考慮には入ることではある。そうあってほしくはなかったが、願っても願っても「そう」なる可能性からは逃れられない。そのことを自覚して、アキラはスイッチを戦闘のそれに切り替えた。
全身から流れる血を止めないままに、レックウザがその首をもたげる。今にも空へと飛び立たんとするその姿には、痛々しさと共にある種の優美さがあった。
「デオキシス、悪いけど負担をかける」
「
「
「▲▲」
「リュリリィ――!!」
突如として、レックウザの体を縛り付けるものがある。過剰な「じゅうりょく」――普段、アキラが特訓に用いているそれを更に強め、戦闘用に特化したそれだ。
ダメージこそ無いが、こうなってしまえば空を飛ぶことはできない。上空へ向かえば向かうほどに強まる重力が肉体を締め上げ、血を「外側」へ向かって噴き出させる――自ずと、レックウザは地上戦を強いられることになる。
戦闘を前にしているにも関わらず、アキラの瞳は常の戦闘時に比べるといくらか穏やかで、少なくとも殺意は映していない。それでも「伝説」であるレックウザを前にしては下手な加減はできようもない。
自らの闘志を奮い立たせる意味も込めて、彼女はレックウザへ一言告げた。
「――悪いが、力づくででも大人しくしてもらうぞ」
・チャージビーム
ネクロズマが使うと発現形態が異なる点と電気を吸収しているという点は独自設定。電撃の束を相手に発射するというのが原作「チャージビーム」だが、本作では「そういう風に見える」技。