携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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なしくずしの追跡劇

 チャムを戻し、一旦会議室から離れ、男の襟首を引っ掴んで別の場所を探す。

 ラウンジ……は、人の目があるかもしれねえ。応接室……は、カギがかかってるか。

 しょうがねえ。便所でいいや。どうせ女子トイレなら誰も入ってきやしねえ。

 適当なところで首根っこを掴んで適当に立たせて、と。

 

 ――電磁発勁(最弱)!

 

 

「起きろ」

「ぐべええええええっ!?」

 

 

 普通の人間相手にはまあ充分だろう程度の、強烈な電気の刺激によって、急速に意識を覚醒に導かれる男。目を白黒させてこちら見るのを確認すると、オレは片腕を背後に回し、指を取ってトイレの壁に押し付けた。

 

 

「ぐえっ、な、なに……!?」

「黙れ。無駄口を叩くな。余計なことを言ったら一本ずつ指を圧し折る」

「!!?!?!?」

 

 

 一つ脅しをかけるだけで、男はガタガタと体を震わせるだけの置物と化した。

 想定通り……だが、あまり喜ばしいことでもないな。世の中をひっくり返そうとしてる思想犯や、ロケット団に忠誠を誓っている狂人の類なら、ここで変に狼狽えたりしないはずだ。あえて言うと、そういう連中はもっと目が爛々と輝いている。

 ズバットへの態度といい、どこか中途半端な感は否めない。さっきのおっさんが言ってた通りの「裏切り者」だと言うのなら、それも頷けるが……。

 

 胸糞悪い。それが正直な気持ちだ。

 

 

「名前を言え」

「あ、あ、朝木レイジ……」

「お前が『裏切り者』か?」

「………………」

「答えろ」

「そ、そうだ! いっ……指! 指を放してくれぇっ!」

 

 

 脅しのために、右手の指で摘まんでいた小指を一旦放してやる。腕は背後に回したままだ。このまま解放してやるわけにはいかない。

 

 

「ポケモン用のメディカルマシンはどこにある」

「め、メディカルマシン……?」

「ポケモンセンターで使う回復用の機械だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、思い出す――」

「五秒だ」

「嘘だろ……!? ああ、い、一階だよ! 多目的スぺ――――」

「仲間のいる場所に誘き寄せるつもりなら、その考える脳の無い頭をスイカみたいに潰してやる」

「――――――外の車の中!」

「よし」

 

 

 これ以上無駄な時間はかけていられない。逃げること自体は難しくないが、囲まれてこちらの位置が特定されても困る。

 あくまで今は隠密行動だ。そもそもこの建物自体ガラス張りなのに、オレがまずそっちを見てなかったと思ってたのか、コイツは。

 

 

「見張りは」

「わ、分かんねえよ! お前らが来たせいで配置も変わってる! っていうか外が一番警戒やべえよ!」

「チッ……」

 

 

 それも道理か。オレたちも混乱を狙って検問所を襲撃したわけだし、警戒用のシフト……それが無けりゃ、相応に重要な場所を守るように動くはずだ。

 と、なると……。

 

 

「お前。朝木」

「な、なんだよ」

「下に降りる。ついてこい」

「はあっ!? 何で俺が、かっ!?」

 

 

 再び指を取り、折れる寸前のところでぴたりと止める。見る間に朝木の額に脂汗が浮いたのを見て、続ける。

 

 

「ロケット団の連中の警戒を弱めるためにお前を使う。来い。いいな」

「わ、分かった……!」

 

 

 エレベーターは……使う頻度が高いだろうし、目立つ場所にしか無いな。となると……まあ、多少の無茶は仕方ない。

 

 あとの問題は、ヨウタか。とりあえず、オレのスマホはロトムにチューニングしてもらってるから、通信くらいはできそうだが……陽動が成功してたとして、今通話できる状態かどうか……。

 

 

「かけてみるしかないか」

 

 

 片手で朝木を押さえたまま、スマホを操作してヨウタを呼び出す。数秒とせずに通話に応じる声があった。

 

 

『まだ無理っぽいロト! 追われてる!』

「そうか。こっちはメディカルマシンの場所は分かった。時間、かかりそうか?」

『もうちょっト……』

「なら先に確保しとく。無理はしないでくれ」

『言っておくロト』

 

 

 ……こうなってくるとしょうがないか。場合によっては、正面突破も必要になる。

 覚悟はしてたことだ。やるしかない。

 

 

「行くぞ」

「行くぞって……お、お、おい、正気か!?」

「正気に決まってるだろ」

 

 

 狂気に浸されて勝利は掴めねえ。

 必要なものは常に、冷静な判断力だ。窮地にあってなお揺るがない心だ。

 怒りは視界を曇らせる。焦りは視界を狭める。驕りは思考を鈍らせる。最大の敵は常に己自身。

 

 勇気と蛮勇は別物だが、時には無茶と知りつつ前に進む必要がある。それを知る以上、オレは正気のまま前に進むことを決めている。

 

 

「チュリ」

「ヂッ」

 

 

 再度チュリをボールから出す。チュリは威嚇するように朝木へ毛を逆立てた後、オレの頭の上に登った。

 

 

「『いとをはく』。こいつに貼り付けた後、こっちにくれるか?」

「ヂュッ!」

「うえっ、何だ!?」

 

 

 朝木の首筋にチュリの吐いた糸がくっつく。ポケモンの「すばやさ」を落とすほどの粘着性を誇る糸だ。並大抵のことでは外れない。

 小さくない違和感に身を縮める朝木へ、オレは続けて告げる。

 

 

「逃げたり、最悪のタイミングで離反されないようにするための対策だ。一瞬でもそういう素振りを見せたら、電流を流す」

「ひっ……お、お前、そんな気軽に……!?」

「味方でもなんでもないヤツに何を躊躇する必要があるんだ?」

 

 

 ヨウタはいい顔しねーだろうけどな。でもあいつはあれでいいんだ。まっすぐなままで。

 あの年齢でルール外のダーティな部分まで気は回らないだろうし、回さなくていい。そういうのはちょっとでも年上のオレの役割だ。

 

 一方の朝木は、顔を青くして俯いていた。

 

 

「どうしてこんなことに……俺はただ……死にたくないだけなのに……」

「知るか。いいから来い。死にたくなけりゃ協力しろ」

 

 

 面倒くさいなこいつ。

 古今と洋の東西を問わず裏切り者への対応なんてたかが知れてるだろう。

 イスカリオテのユダは惨死したし、カエサル暗殺のブルータスは戦死。明智光秀なんて言わずもがなだ。仮面何某や戦隊の追加戦士は……あれは置いとこう。人類対人類の例と人類対怪物だとどうしても色んな部分で違ってくるしな……利権が絡まなかったり、子供向けの舞台でそういう話をするわけにもいかなかったり……。許す心や罪を償う気持ちというものを養うにはそういう描写は欠かせないし……。

 と、そっちは置いといて。

 

 再びラウンジの方に出て、メディカルマシンがあると思しき車を確認する。朝木に問えばあの白い……キャンピングカー? のようなものがそうだという。

 なるほど、移動式ポケモンセンターってところか。いい発想だと思う。奪われる危険性を除けば。

 

 

「行くぞ」

「は? 行くってどうやって――」

「見りゃ分かる」

 

 

 目標を正確に見定める。ここからならそう遠くはない。あとは下にいるロケット団員だが――どう対処してくるかにもよるな。

 オレは片腕に気を込め、思い切り――ガラス張りの壁を、ブチ破った。

 

 

「はあああああああ!?」

「……ッ」

 

 

 思ったよりは硬い……強化ガラスか? だが、この際構わない。壊すことはできた。

 轟音と共に砕け散るガラスが階下に降り注ぐ。何事かと目を剥き、何が起きたかを理解して慌てふためき逃げていくロケット団員たち。その姿を、のんびりと眺め続けているわけにはいかない。オレは朝木の腕を掴み取った。

 

 

「え」

「行くぞ」

「そんな、まさか、お前そんな、馬鹿、いや、嘘だろ? ちょっと待て冗談だ――」

 

 

 何やら慌てふためいているが、ここで聞いてやる義理なんてどこにもない。

 オレは思い切り駆け出し――車に向かって、跳んだ。

 

 

「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああだあああああ!!」

 

 

 断末魔にも似た叫びがこだまする。尾を引くような音を聞きながら、空中のガラス片を蹴り加速。軽く姿勢を変えて着地の衝撃を殺しながら、オレは駐車場のど真ん中へと着地した。

 

 

「あ゛あ゛あ……――――あれ、俺生きてる……?」

「死にたかったのか。手伝わんぞ」

「死にたくねえよ!! てか何でお姫様抱っこ!?」

「細かいこと気にすんな」

 

 

 ひょいとその辺に放り投げる。オレだっていつまでも男を横抱きにする趣味はねえ。

 おぶると衝撃がダイレクトに来るし、かと言って米俵めいて担ぐのも同じく。どうしてもこうなっちまうんだよ。察せ。

 

 

「運転はできるか?」

「め、免許くらいは……けど、キーどうするんだよ!?」

「キー……まあ、なんとかなんだろ」

「なるかぁ!」

 

 

 ある程度ならなる。

 ポケモンセンターの設備を代行するってんだから、アニメやゲームの描写から考えると、電力消費量はかなりのものになる。サブバッテリーくらいはあるだろうが、本来はエンジンルームのバッテリーで動いてるはず。緊急時に対応するためにも、基本的にエンジンはかけっぱにしててもおかしくない。

 

 

「よし、いける」

 

 

 運転席を見てみると、そこにはやはり、つけっぱなしのキーとかけっぱなしのエンジンが。ヨウタが外で大暴れしてるから、その分回復が必要と見越していたんだろう。

 想定通りだ。

 

 

「……マジかよ……」

「マジだよ。そっち乗ってろ!」

 

 

 言い捨てて背部のコンテナ部分をこじ開けて確認する。

 

 

「むっ!? 貴様、昨日の――」

「邪魔だ!」

「こふっ!?」

 

 

 案の定、回復に戻って来ていたらしいロケット団員を叩き伏せ、外に放り出す。メディカルマシンは……あった。既にいくつかボールが設置されているので拝借してしまおう。

 起動は……方法が分からない。ヨウタかロトムに聞くしかないか……!

 

 

「発進しろ! ショッピングセンター方面!」

「ち……ちっくしょぉぉ!!」

 

 

 運転席に向かって呼びかけると、半ばヤケクソめいた叫び声と共に車が動き出した。

 車が無いと生きていけない地方の住人だ。運転となれば迷いは無いらしい。手を抜けば、オレに殺される。追いつかれれば、ロケット団に裏切り者として殺される。

 どっちも嫌なら生き残る道を模索する以外に無い。悪いが、このままこの状況は利用させてもらおう。

 

 

「追手は……いるか」

 

 

 開け放した背面のドアから車の屋根部分に乗り移る。

 アーボック、グラエナなどの進化が比較的早く、人を乗せて動くことのできるポケモンたちが、オレたちの乗る車を追いかけていた。

 

 

「チュリ、あっちに『くものす』!」

「ヂュッ!」

 

 

 だが、その動きは直線的で非常に読みやすい。指示した通りに放たれた蜘蛛糸は、奴らの足を止めてその場に釘付けにしてみせた。

 ……くそっ。経験値入らねえかな、これ。倒してないからダメか。

 

 十人ほどの足を止めたところで、追撃の手が緩む。どうやら、進化させるまでポケモンを育てた人間というのは少ないらしい。

 ほっと軽く一息つくと、今度はショッピングセンター方面から大きな音が聞こえてくる。ヨウタが戦っているようだ。

 朝木には聞こえてないかもしれないが、このまま上手くやれば合流もすぐだろう。そうすればすぐに市役所に捕まってる人たちも助けられるはずだ。

 

 ――そう思ったところで、不意に空気に冷たいものが混じったのを感じた。金属質で鋭い何か。嫌な予感を覚えて周囲に注意を向ける、と……次の瞬間、陽光を反射しない、黒々とした針状の何かが飛来する。

 

 

「――――!」

 

 

 流す……いや、触れるのもマズい! マフラーを外して薙ぐことで、黒い針を叩き落す!

 今のは……ただの針じゃない。専門の加工を施した暗器だ。オマケにそれを車の屋根にいるオレに正確に当てにくる技量――只者じゃない。

 

 

「何者だ!」

「奇襲は無意味か」

「なれば直接!」

「お相手仕る」

 

 

 問えば、応じる声が三つ。車に並走するようにして、周囲の建築物や道路標識を飛び移る影も――三つ。そのいずれも、黒衣を身に纏う白髪の男だ。

 

 

「ダークトリニティか!」

「然り!」

「その身柄、我らがもらい受ける」

 

 

 そして、無数の黒い金属が飛来する。

 先程と同じ針に、同じ材質のクナイ、手裏剣。いずれも何らかの薬液に浸されているらしく、金属のそれとは違うぬらぬらとした質感が見て取れる。

 

 ――毒だ! 間違いない!

 

 

「チィ!」

 

 

 全力の電磁発勁による体細胞の活性化、負担は並外れているが、やるしかない!

 マフラーに通電、更に振り回して周囲に電気の旋風を巻き起こして吹き飛ばし、撃ち落とす!

 

 

「ッ……!」

 

 

 だが、ダメだ。数が多すぎる。その上相手の技量も有象無象の雑兵とは段違いに高い。どこに仕込んでいるのか、弾いても弾いても延々と投げつけてくる上に、一投ごとに補整を入れて確実に当てに来ている。そして、実際に――皮膚に触れる程度に、手を掠めた。瞬時に感じる強い痺れ。即効性にしても程があるが、ポケモン世界の毒だ。何でもありだろう。

 

 

「一人が百発放とうともお前は防ぎ、躱してのけるだろう」

「だが千発ならば! それが三人ならば! 必ずや届く!」

「そして当たれば、動きを止められる……」

「丁寧なご教示(インストラクション)どうも!」

もう一つ教えてやろう(インストラクション・ツー)!」

「『人間ではポケモンには絶対に勝てない』! ゆけっ、キリキザン!」

「キリキザン!」

「キリキザン!」

 

 

 ダークトリニティの三人が繰り出したキリキザンは、ヤツらの超人的な動きに難なく合わせてのけている。縦横無尽に屋根や街路樹の上を跳ねまわり、オレたちに追いすがってくる。

 オレは思わず運転席を覗き込んで叫んだ。

 

 

「おい朝木! もっと速く走れ!!」

「ムチャ言うなよ! 街中だぞ!?」

「最高に高めた集中力で最高の速度を出してやるぜくらい言えないのか!」

「貴重な集中力を削がないでくれぇ!!」

 

 

 ……逃げ切るのはムリか!

 そもそもこっちは交差点だとか丁字路に差し掛かったらどうしても速度を落とさなきゃいけない。対してあっちは建物の上を飛び回って最短距離でこっちを追ってくる。

 

 オマケに、ダークトリニティという連中はゲーチス直属の親衛隊。暗殺者的な側面も強いとはいえ、その実力は折り紙付きだ。キリキザンの進化レベルが52というところから見てもそこは疑いようがない。

 

 

「諦めろ、お前の負けだ」

「そこで止まれば痛みは無いよう取り計らおう」

「同行者にも手を出すつもりは無い」

 

 

 次の道は右折。更に次は左折。多分ヤツらはそのどちらかで追いつく。確かにこのままだと、ヤツらの言葉は覆しようがない。

 ――――だが!

 

 

「かもしれないが、一つ教えといてやる。ばーちゃんが言ってたんだ。『悪党に持ち掛けられた取引は絶対に信用するな』……義理や義務ってモノを蔑ろにしているから悪党に堕ちるんだ! お前らの言うことなんか、聞いてやるものか!」

「「「ならばそこで力尽きるがいい!」」」

 

 

 思い切り啖呵を切ったオレに、ヤツらは一斉にとびかかった。

 躱せば車が木っ端微塵。受け止めることは不可能。大怪我じゃ済まないだろう。

 八方ふさがり。詰み――だ。

 

 

 

 

 

 ――――そう思って一瞬でも気を緩めたのが、こいつらのミスだ。

 

 

「行けっ、ラー子(・・・)!」

「「「!!?」」」

 

 

 運転席側に飛びのきながら放ったボールから現れたのは、闘志を剥き出しにした、傷だらけの(フライゴン)

 絶好のタイミングで放たれた強烈な「りゅうのはどう」は、キリキザンとダークトリニティの三人をまとめて吹き飛ばすほどの威力を秘めていた。

 流石、ヨウタの育てたポケモンだ。

 

 

「……まだここからだ。何が何でも、ヨウタと合流させてもらうぞ……!」

 

 





現在の手持ちポケモン

・アキラ
チュリ(バチュル♀):Lv10
チャム(アチャモ♂):Lv8

・ヨウタ
ライ太(ハッサム♂):Lv75
モク太(ジュナイパー♂):Lv72
ワン太(ルガルガン♂):Lv73【たそがれのすがた】
クマ子(キテルグマ♀):Lv77 →街を守るため一時離脱
ラー子(フライゴン♀):Lv69 →アキラに一時的に貸与
ミミ子(ミミッキュ♀):Lv71
ほしぐも(コスモウム):Lv70

・レイジ
ズバット♂:Lv6
ニューラ♀:Lv8


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