ウルトラビースト・ネクロズマという未知の脅威を前にヨウタが選んだ戦術は、単純かつ単調とすら言えるものだ。
継戦能力に優れるライ太が物理攻撃で牽制し、ラー子とモク太が間断なく光線技を浴びせ続けること。以上である。
「モク太、『ソーラービーム』! 照射五秒で止めて! ラー子はその直後に『はかいこうせん』!」
「クァァァァ――――!」
「フラァァァ……!」
「ノッ……グァ……カッ……!」
ライ太に攻撃が当たらないよう空を駆け巡りながら光線を照射し続けることで、ネクロズマに吸収というプロセスを踏ませ続けて「放出」をさせない。
ポケモンリーグチャンピオンという、一種のショービズの世界における頂点を目指す人間には似つかわしくない冷淡に過ぎる対応だが、同時にその有効性と実行するにあたっての難易度は非常に高い。相手の行動の機先を制し続け、技を放出するポケモンたちの限界を見極め続けなければならないのだ。一歩間違えれば最前線に立つライ太は元より、ヨウタやモク太たちもまとめて食い殺されかねない。今のヨウタの集中力は極限に達していた。
「右から来る! 『バレットパンチ』!」
「――――!」
「カッ……!」
振り上げた巨腕の付け根に、銃弾の如き速度と威力の一撃が叩き付けられてネクロズマの腕の動きが止められる。直後、上体を反らしたライ太の体スレスレを掠めるようにして「ソーラービーム」がネクロズマの顔面に照射された。
ダメージそのものは微々たるものだ。特性上、「ソーラービーム」のエネルギーの殆どは食われ続けているため、先にライ太が負わせた傷も見る間に癒えていく。
「嫌んなるなぁ……」
ダメージを与えること自体は目的ではないとはいえ、こうも攻撃が無為に終わると焦燥感も抱くというものだ。どのくらいエネルギーを蓄積できているのか? それを掴むための指標すらも、ヨウタには与えられていないのだ。うんざりした思いを抱えながら、彼は大きなため息をついた。
「僕らの相手最近こんなのばっかりだ……!」
イベルタル、海の魔物、そして今回のネクロズマ――総じて、一癖二癖もあるどころか、特異すぎて一例として挙げることすら憚られるような「伝説」ばかり、ヨウタは相手にしてきている。仲間たちの中でも最強であるヨウタのパーティが強敵を担当するというのは理にかなったことだが、こう何度も、そうした「強敵」の枠を飛び越えて「災害」とすら呼べる相手に立ち向かうのは、いくら彼でも堪えるものがあった。
(アキラは……!?)
問題はアキラの方だ。彼女がレックウザを保護し、ほしぐもちゃんたちが進化に至りさえすればあとはネクロズマをウルトラホールに押し込んでしまうだけ――なのだが。
「またか!!」
案の定、上空からは彼女が当然のようにレックウザに襲われているのが視認できた。
彼女はポケモンたちからもやや好かれ辛い性質がある。チュリとリュオンは初対面で襲い掛かられたし、ギルは元々敵だった。やや特殊な出会い方をしたチャムとシャルトと、精神のリンクがあって互いに意思が通じ合っているデオキシスの三匹はともかくとしても、実質、初対面からアキラに対して友好的だったのはベノンだけだ。このザマでレックウザを保護してくるから待っていろ、と言われても、言い方は悪いが期待できるものではない。そもそもが不幸体質なのだ。友人として、仲間としてその手腕に信頼を寄せることはできるが、信用はできないのが彼女である。奇しくもその立ち位置は朝木に似ていた。
「リノ――――」
「!」
と、そうして意識が散漫になった瞬間を狙いすましたかのように、ネクロズマの口元から光が漏れる。
伝説のポケモンにとって、いわゆる「普通」のポケモンは本来大した脅威ではない。そもそもの身体能力がその「普通」のポケモンにすら劣る人間など猶更だ。
文字通り、ネクロズマは一撃で十分なのだ。それだけで少なくともヨウタを殺しきることができるだけの威力を秘める攻撃は放つことができ――――。
「――だろうね!」
「フラァッ!」
似たような流れの中、油断によって一度大怪我を負ったことのあるヨウタは「そう」なる可能性を誰よりも危惧し、想定して訓練を積んできた。
ヨウタと、彼が乗るラー子を狙って放たれたのは、彼らを蒸発させてなお余りあるほどの熱量と規模を誇る原色の光線だ。ネクロズマの眼部に灯るプリズム体内部の乱反射によって増幅されたエネルギー。それを、ヨウタたちは進行方向に対して螺旋を描くような軌道のバレルロールによって回避してのけた。
高速戦闘のさなか、急激に軌道を変えたことによってヨウタの身に強いGがのしかかるが、彼はそれを半ば強引に軽減しながら再びネクロズマを視界に収める。
(アキラの介入は期待できない! 僕たちだけでやる!)
決意を固めたヨウタは、ラー子の胴を腿でしっかりと挟み込んで両腕をフリーにした。
Zパワーリングとメガストーンが虹色の輝きを放ち、伸びていく。
高速軌道の中、視認の難しい状態での行動だ。しかし、それでもネクロズマは見逃さなかった。
(当然、そうなる)
そして、ヨウタはそれも織り込み済みだった。
逆手に握った懐中電灯の強い光を直にネクロズマの顔面に浴びせることで一瞬、その意識を自身に向ける。
ネクロズマは野生のポケモンだ。時にトレーナーがいないからこそ大胆な行動を取れることもあるが、伝説のポケモンとしての力を持つ――「外敵がいない」という特徴があるからこそ、その行動の多くは後先を考えない大雑把なものだ。
故に、優先順位を誤る。自分の邪魔をする鬱陶しい人間が目の前で餌を持って手を振っているのだ。叩き落し、殺せばそれで済む。一瞬でもその思考に至ってしまえば、一度もヨウタの方に意識を向けないということはできなくなる。
そして、その一瞬の隙を突いて――ライ太のメガシンカは完了した。
「ハァッ!!」
「クァァァッ!?」
背部の翅の付け根から放出されるエネルギーを用いた急加速でネクロズマに肉薄し、変形した鋏を全力でネクロズマに打ち付けて、ヨウタへの攻撃を阻止する。
目に見えてネクロズマの怒りのボルテージが上がっていく。黒い体色の内側から、警戒色にも似た眼部の赤い色彩が漏れていた。
――こういう場合は、大抵「良くないこと」が起きる。ヨウタは経験則でそう察していた。
イベルタルの時もそうだ。確実に翻弄し、着実にダメージを与え続けていると思っている時ほど、ふとした拍子に盤面そのものをひっくり返される。
「くそっ、アキラは……ほしぐもちゃんはまだ!?」
モク太がヨウタに代わってアキラのいる場所に視線を向けるが、すぐに首が横に振られる。
思わずヨウタは舌打ちした。ほしぐもちゃんが参戦すればいいというものではないが、ウルトラホールから流れ込むエネルギーを吸収し続けている二匹がウルトラホールの前から退かない限り、ネクロズマをウルトラホールの向こう側に押し返すことはできないのだ。
そして、ネクロズマをウルトラホールに放り込んだ後も、いつまでもウルトラホールを開きっぱなしにしておいていいわけではない。戻ってこれないように一度経路を塞ぐ必要がある。そうなれば、ほしぐもちゃんたちを進化させる千載一遇のチャンスは失われる。
(――コケコを出すべきか……!?)
一瞬その考えに至りつつも、すぐにヨウタは首を振った。
戦闘狂のカプ・コケコならば、時間を稼ぐ――というよりも、「楽しい戦い」を続けるためにあえて手を抜いたりして、戦いを続けようとすることもありうる。
しかし、あまりに制御に難がある。その上、雷の力を司る能力は、それを発するのに「光」を伴うためネクロズマに対してとにかく相性が悪いのだ。迂闊にボールから出すわけにはいかなかった。
エネルギーだけならば、そう遠からず「元の時間軸」のそれと同程度の量が吸収されていくことだろう。レックウザの内包するエネルギーは相当なものだろうが、メガシンカエネルギーはともかくとして肉体そのものを光に分解して吸収するという方式では、変換効率はそれほど良くないはずだった。
それでも、精神を削り続けるばかりの持久戦は終わる兆しを見せない。
〇――〇――〇
「しんそく」の突進が山肌を削り、木々をなぎ倒す。
吹き荒れる風が舞い散る葉や木片を巻き込み、レックウザと共に黒い烈風と化しその暴威を振るうべく、その矛先は「前方」へと向けられた。
「グルァァァァッ!!」
「クァァァァァッ!!」
それを真正面から食い止めたのは、「伝説」に対抗できる数少ない実力者、規格外の膂力を備えたギルだ。
特性「すなおこし」によって生じた砂塵が飛来する木片を削り落して防ぐが、レックウザ自身にダメージは無い。「エアロック」か、とアキラはギルの背後で呟いだ。
特性「エアロック」は、天候を変える技や特性を無効化する。が、少なくとも今この場においては、それは気流を操る能力として表れていた。風によって雲を呼び日を陰らせ、風によって雨雲を散らす。
その特性の果ての果てにある「
バチバチと、火花が散るような力比べは、そう長くは続かない。
既にネクロズマと戦って傷を負い、メガシンカのためのエネルギーも吸収されているため、レックウザの方が長期戦を嫌がったためだ。
押し合いのためにギルが押さえつけている頭を支点として、長大な体がうねり、しなる。鞭のような動きを見せたその時、尾先にエネルギーが集約しているのをアキラたちは見逃さなかった。
「『ドラゴンテール』が来る!」
アキラの警告に瞬時に反応したのはリュオンだった。先の「てっていこうせん」の反動で体力こそ半減しているが、その身はドラゴンタイプの攻撃を軽減するはがねタイプの
加えて、ただ振るわれただけの技ならば、その軌道は極めて直線的で
「ルオ――――」
まっすぐに、しかし常軌を逸する速度で向かい来る尾をしっかりと見据えながら、リュオンはその姿勢を低くした。一歩進むごとに低く、もう一歩進めば更に低く。地を這うような位置で「ドラゴンテール」を掻い潜ったリュオンは、自身と尾の位置が重なったタイミングで上下を反転、側転のような形でレックウザの尾を蹴り上げる。
アキラはそれに乗じて尾を潜ると、伸び切った胴に手をかけて跳躍――そのまま、レックウザの胴を駆け上がった。
「ギァァァァッ!?」
当然、その不可解な行動にレックウザは驚きと不快感を露わにした。ギルも少々驚いているようだが、彼はまだ精神的に幼い。戦うとなるとそれ以外の思考が頭から抜け落ちてしまうのは自然なことで、アキラの行動の意図を理解できないのもまた当然のことだった。
自身の頭の上によじ登った不埒者を噛み殺すべく、レックウザがその口を開き頭を揺らす。しかし彼女は意に介することなく、むしろどこか穏やかな様子で暴れ馬を乗りこなすようにして、器用に立ち回って躱していた。
「殺し合いをしたいわけじゃないんだ、大人しくしてくれ!」
告げるも、大した反応は無い。難物だな、と呟くアキラの口元には、珍しく苦笑が浮かんでいた。
彼女は基本、戦いの場で笑うことは無い。後ろに守るべき人間がおり、目の前に倒すべき敵がいる状況下で気を緩めることは、そのまま自分だけでなく守るべき人間の死に繋がるからだ。
しかし今、この場ではそういったしがらみは無い。レックウザも「倒すべき敵」ではなく、「意」を発して相手を威圧する必要もない。何ならアキラの意向を理解してくれさえすれば戦う必要すら無いのだ。多少は弛緩もしようというものである。
「力尽くで抑え込むしかないか……? いや……」
それ自体は何のことは無い、よくある話だ。アキラもある程度そうなることは覚悟しているが、しかし彼女は本能的な部分で「そうするだけではいけない」と感じ取っていた。
力で抑え込むだけでは、心は遠ざかるばかりだ。レックウザは絆の有無に関わらず、食らった隕石に内包されたエネルギーを開放することでメガシンカできる特異な能力を持つ。なんとかしてそれを使ってもらうことができれば間違いなく今後のための戦力にはなろう。
しかし、そのために押さえつけて自由意思を奪うというやり方を選んでしまえば、レインボーロケット団と同類にまで落ちるだけだ。
ならばどうするか――となれば、やはり、説き伏せる必要がある。
よりにもよって戦う以外に能のないわたしがか、と彼女は自嘲した。
「やるだけやるしかないか……!」
それでも、ただ倒すだけの戦いではないと知るアキラの気分は、殺意に満ちて張りつめている常日頃と比べていくらか軽かった。
野生の伝説相手の方がむしろ気楽に戦えるガール。