レックウザの外皮は、その蛇のような外見とは裏腹に非常に硬質だ。
そんなレックウザの頭にまたがっているアキラは、穿いている薄手のレギンスが擦り切れて腿が痛むのを感じた。
体術で負担を軽減するにしても、限界はある。血が滲み始めるまではまだ遠いだろうが、そう遠くないうちにそうなる可能性は否定できない。
(――でも、感触の割に柔軟だな)
レックウザの体はいくつかの「節」に分かれている。時に竹のようだとも例えられるその外見故に、アキラもその節ごとに硬質な外殻で体を覆っているものだと考えていたのだ。
その考えはそう間違ったものでもなかったが、レックウザの動きを阻害することなく見た目が歪むようなこともないことから、任意で伸縮する特性も備えているのだと彼女は推測していた。
(もっとも、それが分かったところで「ドラゴンってすごいな」って話にしかなんないんだけどな……)
その特徴にしても、伝説のポケモンだからか、それとも普通のポケモンもそうなのか……場合によってはポケモンが全般的に持つ特徴だったりもするかもしれない。
そこまで考えて、アキラは今までの戦いよりもずっとどうでもいい思考に耽っているな、と少しだけ反省した。
彼女の苦手分野は、対話と説得だ。不言実行を旨とするが故に口数は少なく、最近はやや緩和される傾向にあるが自分にも他人にも厳しい性格は未だ健在のため口調もキツく、オマケに人生経験の欠落から語彙も少なめだ。典型的な「拳で語る」タイプであるアキラにとって、話術を習得するのは喫緊の課題と言えた。
(どうする? 褒めるか? いや、タイミングが悪い、神経を逆撫でするだけだ)
きみ、いいウロコしているね。うちのパーティにはいらないか。
そんな文句が浮かんだが、アキラは即座に
(今まで通り、「知ったことか」で済ませていい相手じゃない。苦手だけど、相手の立場に立って考えろ――)
アキラは基本、他人への共感性に欠けている。これも人生経験の欠落故のことだが、散々に指摘され責められれば気にもするというものだ。
普段と異なる点があるとするなら、共感を向けなければならない相手が守るべき弱者であるのに対して、目の前にいるのが本物の、生粋の強者であるということだろう。
――だが、それ故にむしろその気持ちはアキラにより
尋常ではない攻撃性に、度を越えた視野狭窄。自分の場合はどうだっただろうかと考えて、アキラはまず――デオキシス以外のポケモンを
アキラを除く全員が、一律に虚を突かれたように一瞬動きを止める。「じゅうりょく」こそ止まっていないものの、驚きで体が硬直したレックウザには空を飛ぶという発想が失われていたようだった。跳躍して目の前に躍り出たアキラに、レックウザは面食らったように目を見開く。
――何もしない、と伝えるにしても、まずはこの状態から脱する必要がある。
それは彼女自身が経験したことだ。
アキラは記憶を失って少しして、混乱の極致に陥ったことで、自分の力に対する自覚も無いままに癇癪を起こしかけたことがある。それを行動一つで止めたのが、彼女の祖母だ。
それもなんのことはない、ただアキラの前に身を晒した、それだけのこと。人知を遥かに超えた膂力の前では当然ながら、ただの人間では身が持たない。実際に腕や指の数本も折れて――そこで初めて、彼女は正気に戻れた。泣き、喚き、許しを請うた。祖母は何のことは無いという風に振る舞い、アキラを抱きしめて受け入れた。彼女が祖母のことを強く尊敬している原因となった一件だ。
それに、倣う。
無論、血縁という確かな繋がりがあったからこそ、正気に立ち返るほどの衝撃を受けたのだ。その手段をそのまま用いることはできない。
ただ、それに相応する衝撃を与えることは、彼女にも可能だ。
「傷つける気も戦う気も無い。わたしはただ、おまえと話がしたいだけなんだ」
拳をほどき、落ち着いた声音でしっかり、はっきりとその言葉をレックウザへと告げる。
しかし、届きはしても――レックウザは受け入れない。無防備に、不快な気持ちにさせられる人間が目の前に躍り出たのだ。その矮躯を砕くべく尾が振るわれ――空を切った。
レックウザの頭に疑問が満ちる。
アキラは、目の前の少女は一歩たりとも動いてはいないはずなのだ。「じゅうりょく」を発し続けているデオキシスからも、サイコパワーの高まりは感じられず、介入は無い。
ありうるとするならただ一つ。――
確かに、レックウザも「このくらいで充分だろう」と高をくくって手加減をしていた部分はある。それ故に可能か不可能かで言えば、可能であったのだろう。どうやら指や手首に尋常ではない負荷がかかって砕けたという点を除けば。
アキラは、脂汗を流しながら再びレックウザへと呼び掛けた。
「戦うつもりで来たわけじゃないんだ。話を……聞いてくれないか。頼むよ」
不愛想な顔つきながらも、どこかハラハラした心境でデオキシスはその様子を見定めた。
今の攻撃はどうあれ死ぬような強さのものではなかったし、アキラにも対抗手段があったから、見守るのに徹することはできていた。しかし二撃目となるとどうなるか分からないというのが実情だ。いつでも介入できるよう、ディフェンスフォルムに
果たして――レックウザが選択したのは、「様子見」だった。
心を打たれたのではない。単純に異様だったのだ。あの
アキラはその複雑な内心までは読み取れないながらも、いったん止まってくれたことに安堵の息を漏らした。
同時に、戦いを終えたと認識したことで脳内物質が切れ、両腕が強い痛みを訴える。あらぬ方向にねじ曲がった指をもとの形に戻しながら、こりゃ帰ったら説教だなと彼女は小さく苦笑した。レックウザはその慣れっぷりに引いた。
――と、そんな折だ。
「ぴゅいー!」
「!」
先ほどまでアキラたちがいた方角……ほしぐもちゃんたちにエネルギーを吸収してもらっていたウルトラホールの前から光が漏れた。進化のエネルギーに満ちた眩い光だ。
「まさか……」
急いでそちらに足を向ければ、そこでは二匹のコスモウムが静かに地面の上に横たわっていた。
どうやらユヅキのコスモッグが進化したらしいということが見て取れる。しかし――。
(……ど、どっちがどっちだ……?)
喜ばしいことではあるのだが、いかんせん見分けがつきづらい。
元々彼らがいた位置は覚えているし、微妙な外見的差異もある。しかし、ユヅキのコスモッグはやや活発な方だ。ウルトラホールの前にいるにしても少し目をはなせばそのあたりをぴょんぴょんと飛び回るため、位置は参考にできなかった。
「ほしぐもちゃん……?」
「――、――」
「あ、良かった。これで分かる」
幸い、呼びかけさえすれば応じるようで、ほしぐもちゃんはアキラに自分の存在を示すように小さく思念を送ってきた。
対するコスモウムはそういう遊びと勘違いしたのか、ぴゅいぴゅいとアキラへ思念を送って来る。やはりほしぐもちゃんと違って溌溂としていて分かりやすいため好都合だ。微笑ましく思いつつも、彼女は僅かに違和感を覚えた。
「ほしぐもちゃんには、進化の兆しは無いかな?」
「――、……――」
「ん……?」
ウルトラビーストであるほしぐもちゃんの波動は読みづらいものの、それでもおおよそは理解できる。
誘導に従って視線を横にすらせば、コスモウムとほしぐもちゃんとの間に細く、しかし確かなエネルギーのラインが形成されているのが確認できた。どうやら、これを利用してコスモウムにエネルギーを供給していることが、ほしぐもちゃんが未だ進化に至っていない原因であるようだった。
「なるほど、できるだけ一緒に進化するつもりなんだな」
「――――」
ほしぐもちゃんとミュウツーの戦闘は痛み分けに終わっている。あの時以上の戦力が要求されるのは当然のことで、それをヨウタに次いで実感しているのは、あの時実際に最前線にいたほしぐもちゃん自身だ。
だからこそ、可能ならば同時に進化を遂げることで、切磋琢磨して訓練を積み、互いに急成長を遂げるための時間を設ける……というのがほしぐもちゃんが理想として思い描いていたことでもある。既にエネルギーが臨界寸前に達していることから、実を言えばすぐにでも進化自体は可能だった。
――もっとも、状況がそれを許してくれるかは別問題であるが。
上空の戦闘音が激しくなっていくのを耳にしたアキラは、悩まし気にしながらほしぐもちゃんに呼び掛けた。
「……ごめん、ほしぐもちゃん。そうしたいのはわたしたちもやまやまなんだけど、そろそろヨウタがヤバい」
「――――!」
途端、その雰囲気が引き締まる。アキラは次いで背後のレックウザを肩越しに見据えながら軽く手を掲げて見せた。
その口元には薄く、どこか妖しさを感じさせる笑みが浮かぶ。
「話をする前に一つ、聞きたいことがある」
「グゥゥ……」
「おまえを『そんな』にした相手に、リベンジしようっていう気はあるか? ――レックウザ」
〇――〇――〇
常識外れの研鑽の果てに培われた紅の剛腕と、生来からそう生まれついただけの強者という理外の存在の巨腕が激突し、衝撃が大気を弾けさせる。
かれこれメガシンカを果たしてから十数度の打ち合いを経て、ライ太の両鋏は既に大きく損傷している。
対するネクロズマは、その体表に一切の傷が無い。一つ傷がついてもエネルギーを使うことでそのたびに修復しているからだ。
「モク太、ソーラー……ッ、いや、ダメか! だったらネクロズマの進路上に『ひかりのかべ』!」
「クルルゥ……!」
「ラー子、『シグナルビーム』!」
「フラァッ!」
「…………ッ」
ここまでくると、ラー子たちに既に「はかいこうせん」や「ソーラービーム」を撃つだけのエネルギーは残っていない。完全にジリ貧だった。
普通に戦おうと思えば、ともすると倒しきることは可能だろうか、とヨウタは考える。元からそうするわけにはいかないし、太陽光という無尽蔵のエネルギー源がある以上それも難しいかもしれないと考えて思考を打ち切る。
いくらなんでも時間稼ぎをするにしても限界はある。何度目か知れない「まだか」という絶叫じみた思考が駆け抜けたその時、不意にヨウタの視界の端で光が弾けた。
まるで、地上に太陽がもう一つあるかのような輝きに思わず目を奪われたのは、ネクロズマだけではない。ヨウタや彼のポケモンたちもまた、その光をよく知っていたことで一瞬、動きが止まる。
「ほしぐもちゃんが……進化を……!?」
「ギギッ……リリリァァァァ!!」
「!」
と、その時だ。突如として、ネクロズマはその身を震わせ、全身からレーザーを放ちながら脇目も振らず地上へ――ほしぐもちゃんに向かって突撃した。
尋常ではないその様子に一瞬面食らうも、ヨウタは即座に思考を切り替えてラー子の背を叩いた。
ライ太とモク太もボールに戻し、ネクロズマの後を追って急降下する。全力の機動によって発生する風圧で身が軋むが、気にしてはいられなかった。
そうして地上に転がり込むように降りたその時――ヨウタは、ネクロズマの体を貫く毒々しい紫の閃光を目にした。
ちょうど、突撃するようにしてほしぐもちゃんに向かって飛び掛かったところに、無数の光線の間を縫ってカウンターを叩き込んだような形になる。
それを成し遂げたのは、全身から蒸気のようにオーラを立ち昇らせたベノンである。先の接敵の時からネクロズマに対して剥き出しにしていた闘争心はより強くなっていた。その意を汲んだ形なのだろう、アキラが小さく苦笑しているのがヨウタからも見て取れる。
「アキラ! レックウザは!?」
「問題ない。それよりネクロズマをほしぐもちゃんに近づけさせるな! レシラムたちとキュレムみたいに吸収合体されるぞ!」
「なっ……それ先に言ってくれないかな!?」
アキラたちにとっては周知の事実であるが故に、なんとなくで伝え漏れていたものだ。しまった、と彼女はばつが悪そうにして言葉を詰まらせた。
そうした間にもほしぐもちゃんたちをボールに戻しておくというあたり、用意が良いのか悪いのか分からないな、とヨウタはため息をついた。
「リノ……!」
「絶好の寄生先がいなくなっておかんむりか? ――悪いが、こっちにもどうやらキレてるヤツがいるんでな」
「ゴオォォォゥ……!」
「合わせるよ」
「ああ。『りゅうせいぐん』!」
「『りゅうせいぐん』!」
瞬間、天より無数の岩塊がネクロズマに向け高速で降り注ぐ。
ラー子が体力の大半を消耗しているせいか、その精度はやや甘い。しかし甘いからこそ、ネクロズマ一匹に集約するような形ではなく、その周辺に絨毯爆撃を行うように細かな礫が叩き付けられる。
回避は――できる。その効果範囲こそ広くとも、隕石はそう大きいものではなく、隕石同士の間隔もまばらだ。
単に膨大な光エネルギーに任せて隕石を吹き飛ばすよりも、回避するほうがよほど効率的だろう。ネクロズマはそう考えたのだろう。実際、ネクロズマは肉体をわずかに変形させた上でステップを踏み、その攻撃全てを回避してのけた。
「
「クゥアァアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
――それこそが狙いとも知らず。
ラー子の攻撃は集約率が低くなっていたが、ベノンの攻撃はそうではない。先の攻撃の規模が拡散したのは、あえてそうしたからだ。
即ち、わざと回避させるための「道」を作り出したのだ。――「
「ク、クアッ――カアアアアアアアァァァ!?」
レックウザの顎がネクロズマの腕を噛み砕き、青い炎めいたドラゴンタイプ特有のオーラに覆われた両腕がその身を引き裂かんほどに強引に食い込む。
――「ここ」から「ここ」まで、ネクロズマを追い込んでくれ。手段は問わない。
アキラからレックウザに告げられたのはそれだけだ。故にレックウザも手段を選ぶ気はない。
「げきりん」に触れたネクロズマを「ドラゴンクロー」で引き裂き、断ち切り、ただ「しんそく」の速度で前に進むだけで生じる暴力的なまでの衝撃を叩き付ける。
「ここで決める……!」
そこで、アキラは自身の持つ全てのボールを取り出した。
ヨウタもまたそれに続いて、ボールを取り出し、投げる。
「ギリュィアアアァァァァッ!!」
物理的な威力すら伴うレックウザの咆哮。ネクロズマはその勢いに押されようやくある場所へと辿り着く。それは、先に彼が姿を現したウルトラホール、その目前だ。
レックウザの口元に膨大な黒いエネルギーが集約する。応じるように、ネクロズマも眼部の水晶体から莫大な光を眼前に投射。一定空間内を乱反射させることでその密度と熱量とを爆発的に増やしていく。
二つの光線が放たれる――その瞬間、更に規格外のエネルギーが、レックウザの背後から撃ち放たれた。
「ブラストバーン」、「てっていこうせん」、「ハイドロポンプ」、「かみなり」、「はかいこうせん」、「サイコブースト」、「ハードプラント」――彼らのポケモンが持ちうる全ての力を集約した力の塊そのものだ。多くは「光」を伴う技であるが故にネクロズマにとっては餌同然だが、衝撃そのものを消すことはできず、何より
「カ、カカカッ――ク、ア――――」
渾身の「プリズムレーザー」もまた、その渦に飲み込まれ、消失する。
「これではない」と、本能的に自らの求める光との違いを感じ取りながら、しかしネクロズマはそれに惹かれる心を止められなかった。
腕が持ち上がり、光がエネルギーとして吸収されていく。その中で水流と急成長した蔦に押され、ネクロズマはウルトラホールへと押し込まれていく。
本能が求める「何か」を探すように腕が掲げられたままに――されど、僅かに飢餓感が満たされた充足を感じながら。