携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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幕間④

 

 

 穏やかな時間は、ほどなくして終わりを迎えた。外界と隔絶されているおかげで猶予こそあるが、危うい土台の上に成り立っている猶予であることに変わりはない。心が落ち着くとともに、一同は再び特訓に戻った。

 

 

「よし、そろそろ始めよう」

「オッケー」

「おっす!」

 

 

 他の四人が特訓を続けている場所から少し外れて、アキラとヒナヨ、ユヅキの三人は、それぞれシャルトとモノズ、ハミィをボールから出して向き合っていた。

 究極技の習得は無論のこと急務だが、それに並んで重要なのは、ポケモンたち全員の実力の向上だ。

 個々のトレーナーによって最前線に出る回数が違い、また、ポケモンたちが手持ちに加わったタイミングも異なるため、その成長具合にもバラつきが出る。可能な限り差を埋めるためにも、特にこの三匹は優先して成長に導く必要があった。

 戦いに身を投じるきっかけが復讐心なだけに、チャンスがあれば前に出ようとするシャルト。元々がゲーチスのポケモンであったため、ポテンシャルこそ高いが警戒のためになかなか外に出せなかった上にそもそも怠け者であるモノズ。そして、やる気にはあふれており、愛らしい姿で和やかな気持ちにさせてはくれるが、そもそも単純に実力が足りないハミィ。いずれも最前線に向かうのは危険な面々だ。

 性急な進化こそ望まないものの、ともすると死の危険があるとなれば致し方ない。アキラは一つ気持ちのスイッチを切り替えて、デオキシスをその場に呼び出した。

 

 

「これからみんなには、ディフェンスフォルムになったデオキシスを突破してもらう」

「ノノッ!?」

「メェ~!?」

「ふんわ」

 

 

 事前に内容を聞かされていなかったシャルトとモノズがおののき、ハミィがやる気を示すようにてしてしと氷殻を地面に打ち付ける。

 ディフェンスフォルムのデオキシスは、ポケモンの中でもトップクラスの防御力を誇る。ゲームにおいては数値上、より堅固な防御能力を備えたポケモンもいるが、今、この場においては――空間をねじれさせてそもそも攻撃が届かないようにできるパルキアを除けば――最硬の防御力を持つのは間違いなくデオキシスだ。

 

 その防御を崩せと言う。

 シャルトはゆっくり体を薄く透けさせていった。特性「すりぬけ」だ。……が、アキラはそれを見越していたらしく、即座にデオキシスに指示が発せられる。

 

 

「『スキルスワップ』」

「▲▲▲」

「メェ~……」

 

 

 (アキラ)に容赦などというものはない。これでシャルトが壁を特性で強引に突破するということはできなくなった。

 

 

「こんな、どっかのてごわいシミュレーションみたいなボスチク特訓、効果あるの?」

「進化できるかはともかく、技の出力は上がる……はず」

「はずって」

「拳強くするために拳腕立てするような感じだよね?」

「まあ、そうなるな」

「拳法家同士だけで通じ合うのやめなさいよ」

「これだけじゃないから大丈夫だって。多分な」

 

 

 ともあれ、デオキシスを相手にした三匹の組手はすぐに始まった。

 シャルトがデオキシスの発した「ひかりのかべ」と「リフレクター」の複合バリアに「まとわりつく」のと同時にモノズが「かみつく」。更にハミィが「むしのていこう」を繰り出すが、バリアはビクともしなかった。

 続いてモノズが「りゅうのいぶき」を、ハミィは「こなゆき」を降らせシャルトが大声で「おどろかす」。それでもバリアは揺るがない。

 

 

「これ本当に大丈夫なやつ? ぶっちゃけ今私、すっごい和んでるんだけど」

「みんな一生懸命頑張ってるのにひどいよー」

「私だって言いたくないってば……アキラ、シャルトちゃん結構戦ってたわよね? 進化の兆候とか無いの?」

「ん? んー……そろそろ、だと思うんだけど」

 

 

 アキラは今日にいたるまで数度、ポケモンたちの進化を目にしている。

 ポケモンが進化する際の気の流れ、波動の動きと言うものにも詳しいが、ではそうした兆候があればみんな進化できるかと言うとそうでもない。

 ほしぐもちゃんは先の例の通りウルトラホールという外部要因ありきでの進化だったし、そもそも明らかに進化できるにも関わらず進化したがらないチュリもいる。指標にこそなるが必ずしも正しいというわけではないのだ。

 特に、ドラメシヤ(シャルト)については、まだこの世界で知られていないポケモンのため、ヒナヨも含めその特徴は一切知らない。目安となる進化レベルも不明だ。

 とはいえ、数々の激戦を制したこともあり、流石にそろそろ進化してもいい頃だと、ヨウタやロトムも語ってはいた。

 

 

「それなりのきっかけが必要だろうな」

 

 

 言いつつ、アキラはデオキシスに意思を伝達する。

 ここまでの流れでは、ポケモンたちの攻撃は一切デオキシスに通用していない。ミュウツーの使ったバリアを模して、それに準ずるほどの強度を誇るものを展開しているのだから当然だ。

 が、それではやっていることは壁打ちと変わらない。技の完成度を確かめるには有用かもしれないが、「鍛錬」にはなりえないだろう。より重要なのは、試練を与えそれに打ち克つことだ。と彼女は考えた。

 

 

「みんな!」

「ノ?」

「メメェ~」

「あいっす」

「ここまでの攻撃で、みんながどのくらい攻撃できるかは分かった。これからデオキシスのバリアを、『頑張ったら壊せる』くらいに強度を落としてもらう。ここからが踏ん張りどころだぞ」

「メェ~!」

「モノノっ」

 

 

 発破をかけられたことで、三匹の攻撃が激化する。先程のそれよりも遥かに強力な攻撃の連打に、ようやくバリアがミシミシと音を立て始めた。

 

 

「ん、思ったより強いわね。それと、バリアが軋むのが早い。アキラ、これ強度設定問題ないの?」

「あれはデオキシスが面白がって内側から揺らしてるんだよ」

「子供かっ」

 

 

 普通のポケモンとは様々な部分が異なるデオキシスだが、彼は発生から数年と経っていない若いポケモンだ。

 精神がリンクしているアキラのおかげで落ち着いた風ではあるが、子供と言っても間違いではない年齢ではあるのだ。からかってみたり、ハメを外してみたりといった情緒は確かに持ち合わせている。

 

 

「お姉、どのくらい強い攻撃すればいいの?」

「限界をちょっと超えた先、くらい」

「……で、進化とかレベルアップを誘発させるわけね」

 

 

 加えて、そもそもデオキシスが音を立てて内側からバリアを揺らしていることは、何も単に遊んでいるだけではない。音を立てて「壊れるかもしれない」「もうちょっとで壊れそう」と誤認させて勢い任せに全力を超えた全力を出してもらおうという魂胆もあるのだ。

 人類は安易に限界を超えればそれだけで死に一歩近づきかねないが、ことポケモンに関しては、その常識外れの適応能力によって「限界を超えた先の状態こそが標準の状態である」、といった具合に肉体を適応させる。これによって技の出力が向上することもあるし、場合によっては進化に至ることもありうる。アキラたちの狙いはここだった。

 

 もうちょっと頑張れば行ける。もうちょっと頑張ればできる――そうした状態を維持し続けることは難しいが、こと訓練中の心理状態について、ユヅキとアキラは誰よりも詳しい。

 激励を交え、発破をかけ、時に休憩を加えて……しばらく。ばきり、とデオキシスのバリアが音を立てたところで、シャルトの全身が輝きだした。

 

 

「メェ~っっ!」

 

 

 同時に、シャルトの内に秘めたドラゴンタイプという種の莫大なエネルギーが弾ける。目が眩むような光の中、爆発じみた波動の放出を目にすることができたアキラからは、その先でエネルギーの大きさから極小のウルトラホールが強引に開かれるのが見て取れた。

 いったいどういうことか? そう疑問に思うのも束の間、その奥からやってきた小さな「何か」がシャルトと激突し、高出力の「りゅうのはどう」がデオキシスのバリアを破ったその直後、進化の光が収まり姿が露になる。

 三倍近くにも伸びた体躯、より深い色となった体色、巨大化した頭部と、そこに乗り込むかのようにして体を寄せる――ドラメシヤ。

 

 

「え?」

「は?」

「うん!?」

「ロロッチ!」

「メェ~」

「ええええ!?」

「何この……何?」

 

 

 世話役(せわやく)ポケモン、ドロンチ。ドラメシヤの進化系であるそのポケモンは――背に一匹のドラメシヤを背負っていた。

 え、何コレ、と彼女らが首を傾げるのも当然であろう。そもそもその場にはシャルトしかいなかったのだから。

 彼らが知る限り、複数匹のポケモンが一匹のポケモンとして成り立っている例はいくつかある。チェリンボやタマタマ、東雲が仲間に加えたタイレーツなどもそうだ。

 ……が、目の前で進化すると共に「そう」なるというのは想定外のことで、一同は思わず目を見開いていた。

 

 

「……シャルト?」

「ドロロ……」

「あ、ちゃんとそっちなんだな……ってことはこっちのドラメシヤはいったい……」

「メメメェ」

 

 

 アキラが頭を撫でてやると、ドラメシヤ――元のシャルトよりもだいぶ小さい――は、溌溂としているシャルトと異なるぼんやりとした目つきでそれを受け入れた。

 横目でちらとデオキシスに視線を向けるが、彼の体には傷一つ無い。「じこさいせい」したような痕跡も無いことから、素で「りゅうのはどう」を受けきったのだということが見て取れる。余裕綽々といった様子に、シャルトは少しだけむっとしたように目を細めた。

 

 

「シャルトは少し休憩だな。次はモノズだ」

「あ、そういえばナっちゃん、モノズ、ニックネームつけてあげないの?」

「ふふん、もう決めてるわよ。サザンドラになるからドララね」

「ドラえもんのミニドラみたい」

「うごっ」

「……ペルルと同じ命名法則だな」

「そうね! 先にそっちに着目してほしかったわ!」

 

 

 ポケモンたちの名前を基にそこそこ捻った名前を付ける刀祢姉妹は、仲間内では実のところマイノリティである。

 ヨウタもナナセもニックネームは極めてシンプルだし、朝木や東雲はそもそもニックネームはつけない方針だ。そもそもこの姉妹の名前も(アキラ)夕月(ユヅキ)で印象を揃えているあたり、刀祢家の血筋がそもそも詩的なネーミングを好むところがあると言えよう。

 なんかちょっと安直という理由で人のご家庭の問題に口を挟まないでほしいわ、と軽くヒナヨは愚痴を吐いた。

 

 

「モノノ……」

 

 

 そんな中、モノズは進化を果たしたシャルトを見て「むむむ」とでも言いたげに唸った。

 一方的な話であるが、モノズは進化が遅かったシャルトに少しだけ仲間意識を持っている。しかし今日、モノズは明確にシャルトに一歩先を行かれてしまった。元々戦闘経験から来る差というものはあったのだが、これになんとなく不愉快な思いを持った。

 モノズは元々ゲーチスのもとで生まれたポケモンである。食事は美味いし甘やかしてくれるし世話もトレーナー自身が見てくれる。頭ごなしに命令されるようなことも無ければ、周囲のポケモンとの関係も良好、ということで気分で寝返ってヒナヨの側についたわけだが、本質的なところでそのプライドは高い方と言えた。

 

 

「モーノッ!」

「ちょっ」

「うぇ」

「嘘ぉ!?」

 

 

 そしてその才覚は、あのゲーチスの肝入りということもあって生半可なものではない。

 グッと体に力を入れて内在エネルギーを爆発。バシン、と進化の光を発すると、もう次の瞬間には双頭の竜――乱暴(らんぼう)ポケモンジヘッドへと進化を終えていた。

 

 

「ジッ!」「ヘドッ!」

「お前マジか……」

「えっ、何が起きたのコレ……」

「お姉、もしかしてこの子アレだよね」

「あ、ああ……」

 

 

 波動や気をある程度感知できているアキラとユヅキには、モノズ――現ジヘッド――が行ったことの異常さがはっきりと見て取れる。

 つまりモノズはあの瞬間、シャルトの体内で起きたエネルギーの変動をそのまま見様見真似で再現してみせたのだと。

 

 ポケモンの存在が現実となったこの世界において、レベルというものは基本的に可視化されない。仮にされたとしても、それは機械で読み取った時点での状態を示しているだけであり、「おおむねこのくらい」ということを示しているに過ぎない。内在するエネルギーの多寡、その放出量の如何によっては容易に変動するものでしかないのだ。

 リュオンを例にとると、普段の日常を過ごしている際には波動を外に放出する必要が無いため、肉体的な頑強さのみで判定され、レベルとしては50あるかどうか、というところになるだろう。しかし、ひとたび戦闘となれば内包する波動の放出によって、機械的に判定すればレベルは10も20も上昇して見える。

 ルカリオ(リュオン)はある種極端な例ではあるものの、他のポケモンでもそれは可能だ。

 が、まさか生来波動に触れてきたルカリオのようなポケモンではなく、まるで正逆と言っていい性質を持ったモノズがそれを成し遂げるとは。アキラたちは驚きで口が開きっぱなしになっていた。

 

 

「天才ってやつか……」

「6Vかしら」

「そういうの関係ないとこでの天才だと思うよ……」

 

 

 現実に個体値という概念は無いが、個体()はある。三つの首それぞれが別の技を放てるサザンドラや、口から火を吹くよりも腕から放出した方が強いチャムなどが顕著な例だろう。

 このジヘッドは、そういった意味で言うなら「潜在能力が桁違い」と言ったところだろうか。単純ながら稀有な素質を有している。グッと力を入れるくらいでそれを引き出すことができるあたり、それこそ安易な言い方をすれば「天才」そのものだ。

 

 

(一気にサザンドラまで進化するのは不可能みたいだけど、この分じゃシャルトが次もうひとつでも進化したら「やり方分かった!」とばかりにホイホイ進化しそうだな……)

 

 

 あるいは、ゲームなどにおいて微妙に進化レベルに達していないはずのカイリューやサザンドラがいた理由は、ゲームバランスの調整という側面のみならずそうした事情があったのかもしれない。アキラは小さく苦笑した。

 

 

「ふわぁ……」

 

 

 ハミィは、進化した二匹を見て目を輝かせると、もちもちと体を伸ばしてみたりぺたりと脱力してみたりした。

 しかし何も起こらなかった。

 

 

「みぃ」

「う~ん……何が足りないんだろうね?」

「ひらひら……」

「ロトムは、絆が深まれば進化するって言ってたけど」

「そこは問題ないと思うが」

 

 

 ユヅキとポケモンたちの関係は極めて良好だ。絆と言うならそれこそ深いものがあると断言できる。

 やはりこれも何かのきっかけが必要なのか……という考えと同時、あるいは基礎的な能力が不足していて、進化に必要な下限に達していないということもありうるかもしれない。

 ポケモンの進化には、ゲームの知識だけでは分からない不思議なことが多いものだった。

 周囲の二匹が進化したことで少しばかり焦るかもしれないが、焦りは間違いなく逆効果になることだろう。きゅう、と小さな腹の音を鳴らしたハミィを、アキラは優しく掌の上に招き寄せた。

 

 

「シャルトもジヘッドも無事進化したことだし、一度休憩に入ろう。ドラメシヤのことも気になるし……進化にエネルギー使ってお腹がすいてるかもしれない」

「分かったわ。ヨウタくんたち呼んでくる?」

「シャルトたちのエネルギー補給だけだし、そこまではしなくて大丈夫だと思う」

 

 

 言ってしまえば、進化のお祝いのでおやつの時間にする、というところだ。本格的な食事の時間というわけでもないため、全員を集めるのは逆に手間だった。

 三匹に渡されるのは、作り置きしていたポフィンだ。機材を用意したのはギンガ団だったが、ポフレやポロックなどの選択肢もある中ポフィンを選んだあたりは地域性ね、などと感じてヒナヨは小さく笑った。

 

 

 


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