ヨウタたちの世界におけるポフィンやポフレといった菓子類は、なにもポケモンしか食べられないわけではない。
塩分や糖分、脂質を落として作る分、人間の口には合いにくいペット用のお菓子などがあるように、これらも基本的に人間の口にはなかなか合わないというだけで、食べられないわけではない。
ポケモンの世界における菓子類は味のはっきりしている「きのみ」を混ぜて作るため、性質はこちらの世界におけるペット用のそれとむしろ真逆。苦かったり、酸っぱかったり、時には火を吹きそうなほど辛かったり……たとえ上手く作ったとしても、舌に合うとは限らないのだ。
「ベロと脳がびっくりする……!」
そして案の定、ヒナヨはポフィンの洗礼を受けていた。
クラボのみを使用して鮮やかに赤く染まったそのポフィンは、一見すると可愛らしい。しかしひとたび口に運べば、果実本来のピリッとした辛味が舌を刺す。
マズいとは言わないが、しかしこちらの世界のマフィンを思い描いていた彼女は、見事にそのギャップに打ちのめされることとなっていた。
どれ、と軽くつまんでみたアキラも少しだけ顔をしかめる。甘味が無いわけではないが、やはり特徴的なのはピリリと辛いクラボの果実だ。
「身の分厚い獅子唐みたいな感じだ。本来は香辛料として使われたりしてんのかな」
使いようによっては人間用にしても美味しく仕上げることができるだろうが、料理人ではないアキラはそういった手法に詳しくなかった。
ともあれトレーナーの方はあまり口に合わなかったわけだが、ジヘッドの方はそういうわけでもない。パクパクと、クラボのポフィンを二つの頭で特に抵抗感を持つことなく食べていた。
食料が一つしかないと二つの頭同士で奪い合いになるのがジヘッドという種の特徴だが、それを解消する方法はごく簡単だ。同じ食べ物を二つ用意すればいい。野生の環境下、獲物が一つしかないという状況であるから問題なのであって、彼らをちゃんと統制できるトレーナーがいるならばそうした問題が起こることは稀であった。
他方、二匹で一対というある意味似たような性質を持ち合わせているシャルトたちの食事は非常に穏やかだ。というのも、ドロンチが頭に乗ったドラメシヤを全力でお世話するという本能を持つためだ。求められれば自分のポフィンも分けてやり、優しげな目で食べ終えるまでを見守る。血縁こそ無いが、それはどことなく親子関係のようで、互いに食料を奪い合うような関係性からは程遠い。
そして更に一方、ハミィは――ただ一心不乱に食べ進めていた。
もそもそもきゅもきゅもぐもぐごくん。はむはむはぐはぐ。
飲み込むために少しだけ止まる以外はほぼノンストップだ。その体格と比しても驚くほどの量を胃に収めている。
それでもなお食欲が止まる気配は見えなかった。食べた端から消化しているとでも言うのだろうか。既にポフィンは四つ目に突入していた。
「はぐはぐはぐはぐ」
「もきゅもきゅもっきゅ」
「何を対抗してるんだお前たちは」
そして
ほとんどが甘いポフィンであるのは、やはり辛味や苦味、渋味が強いポフィンでは人間の口に合わないためだろう。時折酸味の強いものに当たって舌を出して驚きを露にしているが、食べられないというようなものはそれほど無い。そこは色合いで見分けているのだろうとアキラは察した。
「ここしばらく甘いものとか食べらんなかったし、今を逃したらいつ食べられるのか分かんないもん」
「そうよねー。この中にいる間はまだ余裕あるけど」
アキラの手掛けた地獄のような特訓さえ乗り切れば、それこそ今のようにお茶をして休む程度に時間的な余裕はある。
が、ひとたび外に出れば、そこはもう真の意味での「地獄」だ。休む時間など、まして甘いものを食べるような時間もありはしない。
しかしアキラは、「いや」と一つ指を立てた。
「この戦い、ここから出たら一日で終わらせるぞ」
荒唐無稽な一言に、その場の全員が固まった。やや場違いな感のあるハミィの咀嚼音だけが、しばらく鳴り続ける。
アキラはその反応を見て小さく息を吐いた。
「
「……マジ?」
「大マジだ。一秒たりともレインボーロケット団に猶予を与えたくない。わたしたちが海の魔物を倒すことができるほどの戦力を持ったと認識されたら、その時点で逃げる準備をされてもおかしくないからな」
「それもそうね……」
「再度この空間を展開してもらって
「……うん、なるほど!」
「理解してないのに理解したフリするのやめなさいよゆずきち。で? その不可能ということに目をつむればカンペキな作戦はどう実行するの?」
「後で小暮さんと詰めるけど、まあ、多分なんとかなるだろうと思う。二人にはフラダリを倒してほしい」
「クッソ重大な責任押し付けにきたわね……」
「ジガルデいるから仕方ないよ」
実情として、仮にでもこの特異個体のジガルデのトレーナーになったヒナヨでなければ、ゼルネアスとイベルタルの二匹を従えるフラダリに対抗することは不可能だ。
そこに加えてユヅキも……とすると額面上は過剰戦力のように見えるが、相手はフラダリだけではない。幹部のほとんどは未だ健在であり、少なくとも四天王としての実力を備えるパキラもいる。それを踏まえた上で割り振るなら、この二人を、という判断になるのだった。
「お姉とか、みんなはどうするの?」
「ヨウタと朝木とで突入してサカキの野郎ブチのめす」
「ゲーチスは?」
「あんなのもののついでだついで」
コレに付き合わされるレイジさんも大変ね、とヒナヨは引き攣った笑みを浮かべた。実際に付き合わされたヒナヨだからこそ分かる。タワー潜入の時でも死ぬかと思ったのは一度や二度では済まなかったのだ。そこに今度はオマケにヨウタまで入って来る。本当に死ぬんじゃなかろうかと彼女は不安を抱いた。
確かにゲーチスは今、最大戦力のダークトリニティを失い、失敗を繰り返し危うい立場に置かれてはいる。それでもトレーナーとしては一流の部類に入り、頭脳が衰えたというわけでもない。今度は確実に殺そうとしてくるとなれば、油断できる相手ではない……はずなのだ。世界広しと言えども、彼を「ついで」扱いできるのはヨウタやアキラたちくらいのものだろう。
「ショウゴさんとナナセさんは?」
「小暮さんは司令塔。東雲さんは防衛。防衛をおろそかにしたらあいつら、絶対隙突いて街襲いにくるぞ」
マグマ団とギンガ団が味方について、アクア団が実質的に壊滅した今、残るはレインボーロケット団本隊と、プラズマ団、フレア団の三組織のみとなる。
逃走するという選択肢こそ残されてはいるが、それをさせないための奇襲だ。先んじて次元転移装置を破壊さえすれば、あとはレインボーロケット団に「戦う」以外の選択肢は残らなくなる。そうした場合の抵抗はこれまでの侵略の比にはならないほどのものが予想されるが、それを食い止めるのが東雲たちの役割となる。
なんだかんだ、彼もヒードランを含め二匹もの伝説のポケモンを手持ちに加えているのだ。防衛に専念するなら、たとえヨウタであっても手こずることだろう。
しかし。
「……なーんか、残党とか残りそうよね、それでも」
計画そのものは順当なものだ。理解もできる。仮に成功すれば、レインボーロケット団は確実に壊滅に追い込めるだろう。
……が、彼女の頭に浮かぶのは、ゲームでもやたらとしぶとかったロケット団残党の姿だ。団そのものが敗北したなら、彼らは散り散りになって市井に身を潜め、雌伏の時に甘んじることだろう。やがて時が満ちれば再び暗躍を始め、新たにロケット団として復活を遂げるというのは想像に難くない。
これは彼らの実態が、理想を掲げていたり、世界を変革したり、あるいは支配しようと考えているような組織
加えて、そういった人間が一般市民を取り込み、もしくは既存の犯罪組織と合流して大きな力をつけるということもありうる。これはヨウタやユヅキでも予想できていることだ。
しかし、アキラはそんな想像を払うように、軽く手を振った。
「浜の
「摘み取るとかじゃないのね……」
「んなお優しい人間に見えるかよわたしが」
「無いわ」
正確な評価として受け入れるアキラだが、それはそれとして少しだけショックではあった。
「――ま、悪人は多少増えるし悪事も過激化するだろうけど、じゃあ警察や自衛隊が指咥えてみてるだけかって言うとそうじゃない。東雲さんの例も踏まえて、治安維持にポケモンの力を借りるようになるだろうし」
加えて、一般市民もポケモンを持つようになれば、その分「善意の協力者」の数も増える。何ならヨウタのようにポケモンバトルに関わる仕事に就こうと徹底的にポケモンたちを鍛える人間も出てくるだろうし、犯罪者たちも迂闊に一般市民に危害を加えられなくなる。
過渡期の混乱は避けられないだろうが、なんだかんだと最終的には元とそう変わらない程度の治安に落ち着くんじゃないか。アキラはそう考えていた。
「何ならわたしも警察になる」
「犯罪者が死んじゃうからやめなさいよ」
「て……手加減くらいできるわ!」
手加減を「する」とは一言も言っていないことに気づいたのはユヅキだけだった。
今の異常な腕力を失った状態なら加減を考える必要が無いというのもあるが、悪人に容赦する姉の姿が一切想像できなかったというのもある。いくら悪党と言えども無駄に怪我をさせてしまうようでは警察官として失格だ。
正義感と能力はともかく、気質が向いてなさそうだなーと考えたユヅキは、後でそれとなくやめておくよう言おうと冷静に判断した。
残ったポフィンの欠片を口に放り込む。と、彼女はふと、ハミィがうつらうつらとしていることに気が付いた。
「すみぃ……」
「ありゃりゃ」
すぐに穏やかな寝息に変わり、机の上ですやすやと眠り始める。
よく運動し、よく食べたとくればあとはよく眠る……というのが生物としてあるべき姿ではある。欲求に素直なその姿に苦笑しながら、ユヅキはハミィを自分の膝の上に乗せてやることにした。
氷殻が痺れるほど冷たかったので直後に毛布を挟み込んだ。
「ハミィちゃん寝ちゃった?」
「みたい。う~、膝冷たぁい」
「じゃあ膝に乗せるよりは毛布にくるむだけにしといた方がいいんじゃ……」
「いーのっ。お姉だってビリビリするの分かってるけどチュリちゃんとお風呂入ったりするじゃん」
「それはちょっとニュアンスが違うんだが」
「Mなの?」
「それも違う」
バチュルはふかふかの毛に覆われた蜘蛛型のポケモンだが、一般的に見られる蜘蛛と比べると
が、今はそれもアキラの仕事だ。多少ビリビリしてもやる必要はあったし、そのことを気にするようなことも無かった。それもこれもポケモンたちへ向ける親愛の賜物だ。
「……それより、ハミィも寝ちゃったことだしな、特訓の方は――」
「ドロロ? ロロ?」
「ジヘッ」「ヘッ」
シャルトやジヘッドがほんのわずかに期待の眼差しを送る。
デオキシスのバリアを破るために消耗したエネルギーは少なくない。休憩続行? だよね? そう言わんばかりの二匹にアキラは微笑みかけた。
「じゃあ次は戦闘機動をするデオキシスのバリアを破ろう!」
「チー!」
「ヘァェ」「ェッド……」
違う。そうじゃない。
そんな感情が込められた二匹の声が虚しく響いた。
〇――〇――〇
東雲ショウゴは職務に対して忠実な自衛官である。真面目でよく働き、人を守るという意志のもと行動し続ける。
一時迷走していた時期こそあったが、あの頃は精神状態もおよそまともではなかった。今となっては一刻も早く忘れたい黒歴史の類である。
そんな彼は、自身を狂わせた元凶となったグラードンと対峙していた。
「カメックス、『ハイドロカノン』!!」
「カメェェェェッ!!」
「グルァ――――」
カメックスの砲塔から、レーザーの如く圧縮・収束された莫大な量の水がグラードンへと放たれる。並みのポケモンならばまず確実に倒せるだろうという一撃だが、グラードンにとってそれは「特筆すべき脅威」というわけではなかった。
「ソーラービーム」の驚異的な熱量が水を残らず蒸発させていく。東雲はその光景に落胆こそ覚えなかったが、小さな苛立ちに似た感情を覚えていた。
「……くっ」
現状、東雲のポケモンたちはヒードランとグラードンを除けば平均的な能力がそれほど高くない。それは前線に出るよりも避難や防衛をこそ主題としていたこともあり、実戦経験に乏しくなってしまったという弊害のためだ。無論、重ねた訓練の数によって一般的なトレーナーと比べれば非常に高い実力を兼ね備えているが、実際のところジムリーダークラスの能力を持つ最高幹部には及ばない。首領格でさえ正面から降すことのできる実力を備えるようになったアキラたちを間近に見ている分、それは焦燥感という形で如実に表れる。
今の技は、「ハイドロカノン」と言うにはやや及ばない。あえて表現するなら、強い「ハイドロポンプ」という程度のものだろう。
「東雲君、大丈夫かよ……」
「……え、ええ」
そんな東雲に語り掛けたのは、全身汗だくで擦り傷だらけの朝木だった。彼のジャローダもまた究極技の習得に至らず、長時間続けての特訓を行っていたのだ。
基本的に、くさタイプの究極技の習得方法は、スパルタである。カメックスのように丁度いい相手――グラードンのように「打ち込みやすい相手」がいるならまだしも、そうでない場合は適切な相手、的というものが必要になる。
そこで選ばれた手段というのが、「ハードプラント」の撃ち合いだ。死なないよう努力はしてくれるが、寸止めはしてくれない。必死になって撃ち返さなければ命の危険すらある。
それ自体は朝木の選んだことであるため彼自身に文句は無いが、それはそれとして精神的・肉体的疲労感は半端なものではなかった。
されどその中であっても、朝木は東雲の顔色を見て、問いかけるべき言葉を投げかける。
「やっぱ許せねえか、グラードン」
「……そうですね」
グラードンを「的」として特訓を続けているのは、単にグラードンがそうするに都合が良い能力を持っているからというだけではない。東雲にしては珍しく、それは純然たる私怨から来る行動だった。
無論、内心ではそれは違うだろうと訴えかける理性もある。あくまで命じた者の責任であろうと。しかしそれでもなお、止められなかった。
「グラードンは俺の同僚と、上官と、後輩と――親友を殺しました。あの時のことは、今でも夢に見ます」
「……だろーよな」
「おかげで昔、堅苦しい俺の態度を気にした親友のことを思い出し……あいつの口調や態度を真似するように」
「あの時の珍奇な態度それかよ」
有体に言って当時の彼の精神状態は正常ではなかった。親友を亡くした喪失感から彼の生前の言葉を真に受けすぎ、下手な模倣までしてその死から目を背けようとしていたのだ。ある意味、東雲もアキラと同様PTSDに罹った人間であった。
今は職務に就いているからこそ精神状態もなんとか安定しているように見えるが、実際のところ、この戦いが終わった後にどのような精神状態に陥るのかが読み切れない。朝木はそうした点で心配を抱いていた。
「まあ……友達亡くしたってのは……何か言えるこっちゃねえな、俺友達いなかったし……」
「絶妙に哀しいことを仰らないでいただけますか」
「いいんだって、今はみんなダチだろ? ……いやちょっと小暮ちゃんからは嫌われてそうだけど」
「それに関しては朝木さんが役割を果たそうとしないということがありましたので」
「あれは正直悪かったよ……」
苦笑しながら、反省を示して言葉を返す朝木だが、東雲はなんだかんだとナナセたちが彼を見直しつつあるのを知っている。以前のこともあるので素直に評価することに抵抗があるだけだ。
今となっては、必要も無いのにこうしてメンタルケアに気を割くほどの余裕すら生まれている。既にこのチームの中でも屋台骨と言って過言ではない。
「アキラちゃんの時もそうだったけどよ、急ぎすぎるのが一番良くねえぞ」
「理解はしていますが……」
「おう。んじゃちっと休むこった。俺らはもうちょっとやれ……」
「ジャロロロ……」
「あ、ない? 無理? そう……」
言いつつ、朝木はジャローダを背負ってヨウタたちの元へ向かっていった。
直後に代わるようにして、心配そうな顔をしたナナセが東雲に近づいてくる。彼女が手に持ったお弁当らしきものを目にした東雲は、自分も心配されているのか――という実感を得ながら、それに応対することにした。