超古代ポケモンの制御の難しさは言うまでも無いことだが、中でもレックウザは格別だ。
理由の一つに、対応する「
レックウザを目覚めさせるための「もえぎいろのたま」というアイテムこそ存在するものの、それ単体でレックウザを制御することは不可能だ。純粋にトレーナーとしての技量だけで制御する必要があった。
「く、う――おおお……あぁ!」
加えて、誇り高く気性の荒いレックウザは、容易なことでは他者を乗せたがらない。いかにじゃじゃ馬に慣れたアキラであると言っても、体力が全快に戻った今のレックウザの全力機動には相当に堪えるものだった。
(気を抜けばフッ飛ばされる! 耐えろ!)
空を駆け回るレックウザの背で、外皮の凹凸を掴んでアキラは必死で襲い来る風圧と遠心力に耐える。ミシリと骨が音を立て、関節が外れかけ、絶叫がこぼれそうになる――が、そういうわけにはいかなかった。腕を噛んででも声を出すことだけは選ばない。
アキラはレックウザが特にトレーナーを「試す」ポケモンであると解していた。まず自分が認めた者でなければ背中に乗るようなことさえ許さず、仮に乗せたとしてもそれなりにでも気に入った相手でなければ心を許すことすらしない。
他の面々はある程度でも打ち解けることができはしたようだが、渦中のアキラはと言うとまるっきりダメだった。一度直接矛を交えたということもあり、どうしても心を通じ合わせてくれない。ともすると半ば殺しにかかってきているほどの有様である。
「グルルル……」
「うっ、だ、あぁっ!?」
突如、レックウザが空中でバレルロールのような動きを見せる。当然、アキラは遠心力で吹き飛ばされかけるのだが、彼女はあえて振り落とされる――と言うより自ら「跳ぶ」ことでその回転から逃れた。
器用に身をひねり、爪が割れ、あるいは剥がれるのも厭わず離れかけたレックウザの尾を掴む。前を見ればレックウザの黄金の瞳が、射貫くような強い感情をアキラに向けていた。
「フン」と、一息。鼻を鳴らすようなその仕草に対し、アキラは指の激痛で脂汗を流しながらも、余裕を示すように微笑みを向けた。
レックウザはキレた。
「コアアアアァァッ!!」
「なぁーんでぇー」
半分は脅すつもりなのだろう。レックウザはその長大な体を振り回し、8の字を描くようにして己の尾にしがみつくアキラを追いかけ回す。
遠心力に合わせて、割れたり剥がれたりした爪の先から血液が飛び散っていく。アキラの様子をハラハラして見守っていたところ、偶然にもその血液が足元に落ちてきた朝木は、状況を理解して瞬時に怒りのボルテージを上げた。
「クルァァそこの竹炭ドラゴン!! てめぇトレーナーにっていうかアキラちゃんに怪我させて平気な顔してんのはどういう了見だオラァァァ!!」
睨まれようが以下腐れようが襲われようが知ったことではなかった。この場にあってはもはやキュレムの動員すら辞さないという覚悟すら彼の怒声からはうかがえた。
対して、同じようにその様子を眺めるナナセは、内心「あの悲鳴ユヅみたいだな……」などと考えているヨウタに向けて、冷静にレックウザの様子を評する。
「……序列づけをしているようですね」
「って言うと?」
「犬……あ、いえ……狼のような。アキラさんは、同じ目線で話したがっているのですが……レックウザは……」
「自分の方が上だって示したがってるんだね」
よくある話ではある。実際にそれと似たようなことをされ、オマケに負けた朝木としては身に覚えがありすぎた。
しかし、では他人が自分と同じようなことをされて黙っていられるかと言うとまた別問題である。彼個人は少なからず自分に非があることを認めているため、ある程度どのような扱いを受けても仕方ないと感じられはするが、他人が同じ状況に陥るというのは我慢ならない。おいちょっと待てその子は俺よりよっぽどいい子だぞ――と叫びたくなる気持ちの方が大きくなるのだ。
「どっちが上もクソもねーだろうがよ……敵と命の削り合いしようかって時に味方にマウント取りに来てんじゃねーよ……」
「って言ってもね……レックウザは力が強すぎて、そんなこと気にするようなポケモンじゃないっていうか」
「……私たちが死んでも、レックウザは生き残れますからね……こちらの死生観に合わせることは難しいです」
生きるか死ぬかの瀬戸際で戦い続けているヨウタたちに対して、レックウザはいつ死ぬということすらも知らず、種としての強靭さも並外れたものを持っている。
無論、過去に飛んで救出しなければレックウザも死んでいたのだが、レックウザ自身がそんなことを知る由も無い。突然やってきて恩を売られたと解釈し、腹立たしく思っていることすらありうるのだ。と言うよりも実際にそう思っているからこそのあの態度であろう。
人間である朝木たちは、勝ち負けが生死に直結するからこそそんな悠長なことをしている場合か、と感じる。対してレックウザは、戦いを経験してすらおらず、勝ち負けが生死に直結しているわけではないので、まず目の前の人間が気に食わないという感情を優先する。
勝ちを見据えて何としてでも勝利を掴むべく足掻こうとするアキラに対して、勝敗も本質的にどうでもいいレックウザ。両者の間にギャップが生まれるのも当然だった。
「アキラちゃんは一回レックウザブチのめしていいと思う!」
「よくないよ……」
「ですが、一度でも自分の方が上だと示すのは重要では……?」
「逆ギレしそうだよ、レックウザ。っていうか、そもそもそういう方針じゃないんだから……」
「けどよぉ、アキラちゃんは大丈夫かよ」
「うーん……どうだろう。今はあれで済んでるけど、ポケモンと生身でやり合ったら当然……」
――当然、今彼女が陥っている状態のように、爪が割れ、皮が剥ける。
いずれその傷は全身にまで波及し、血が足りなくなって動けなくなることだろう。そうなればもはや耐えるどころの話ではなく、レックウザから振り落とされて終わりだ。
「グゥァウ! アアガッ!!」
「っ、った、痛っ!」
そしてまた、現にアキラは徐々にレックウザに追い詰められつつあった。
背に爪が食い込み、足を噛まれ血が噴き出す。味方であることを前提に、殺しはせずとも重傷を負わせ心を折ろうという動きだった。同時に、伝説のポケモンという猛獣よりも圧倒的に力が強い存在であるが故にレックウザはまともに加減がきかない。口元からちろちろと漏れるエネルギーが「りゅうのはどう」の放出を予感させる。このままではアキラのことを殺しかねない上に、射角が地上に向いているだけにヨウタたちも無事では済まない――そう断じたヨウタが介入のためにボールを構えた、その時だった。
「がっ……アアアアアアア!! テメェこのッ、いい加減にしろォオオオオオッ!!」
「!!?」
「!?」
「!?」
「あーやっぱり」
ついに、アキラがキレた。
万が一自分にだけ牙を剥くのなら、まあそれは仕方ないとアキラは考えていた。しかし、このまま仲間たちに手を出すことも厭わない、あるいは気にしないとなれば話は別だ。
彼女は短慮ではないが、短気である。自分の中で結論を即座に出せる程度に頭の回転が早いということもあるが、単純に考えるよりも行動する方がよほど話が早いということもある。
全力で波動を循環させると共に、体表に紫電が迸る。レックウザはこれに脅威を感じない。当たり前だ。人間が出せる程度の力が、ポケモンにどれほど通用するというのか。
――結論から言えば、彼女の放った掌底はレックウザの脳を揺らし、その神経に激痛を与えることとなった。
触れただけの一撃のはずだ。外皮に異常は無い。しかし現に痛みが伴っている。今のアキラは普通の人間だ。刀を持ってはいたが危険ということで今は地上に置いてきている。では、なぜ?
レックウザは僅かに高度が落ちる中で考えを巡らせる。いったいどうしてこのようなことになったのか?
それをなしたのは、波動――発勁だ。掌の先に乗せたエネルギーを遠隔で炸裂させることで、レックウザの体内に直接ダメージを与えたということになる。
無論、それは常人……と言うよりも、達人でもできる者は稀だろう。リュオンと共に修行する中で波動の扱いに長けるようになった彼女だからできる技術と言える。
「▽▽▽▽▽」
ポケモンやトレーナーたちが混乱に陥る中、最初に動いたのはあーあ、やっぱりなとでも言いたげなデオキシスである。瞬時にアキラのもとへ「テレポート」した彼は、その場で触腕を伸ばしてレックウザを縛り上げ――背負い投げのような要領で、地面に向かって投げつけた。
「グァアァッ!!」
「『ひかりのかべ』!」
反撃に放たれる「はかいこうせん」を、ディフェンスフォルムにその身を変えたデオキシスが受ける。
円形に展開された「ひかりのかべ」がエネルギーの奔流を受け流す。結果的にダメージの全てをそのまま流したデオキシスは、続いてアタックフォルムに変化して威嚇するかのように巨大な「シャドーボール」を自らの頭上に掲げる。
「そっちがその気なら徹底的にブチ折ってやらああああァァァッ!! ベノンッ! シャルトォッ!」
「こ、ゴアア……」
「チッチィ……」
落下しながらだと言うのにまるで怯んだ様子の無いアキラに、レックウザは引いた。
何なら今出したポケモンたちもまとめて引いたし、見ていただけのヨウタやナナセも引いた。唯一朝木はまずいことになったとばかりに天を仰いだ。二匹ものドラゴンポケモンを動員したとなれば、やることは決まっている。
「やべーな。逃げっぞ」
「ちょっと待って。レックウザが僕ら巻き込みかけたからアキラ怒ってるんだよね?」
「……アキラさんがこの辺りを巻き込みかねない攻撃をするということですか? ちょっと理屈が通らないのでは……」
「いやまあ、ンだけどよ。レックウザの攻撃だと逃げる間も無いだろ? けどアキラちゃんからの攻撃なら、ある程度タイミング測れるし、俺らが逃げる前提で攻撃することもできるわけで」
それを仲間への信頼と言い換えていいのかどうかは甚だ疑問であるが、アキラが一対多が得意でかつ、その戦闘規模が他の面々と比べてもやや桁外れなことは周知の事実である。
彼女がキレたとなれば巻き込まれないように一旦退避しておこう――と考えるのも普段の戦いの中では割といつものことで、戦いのスイッチが入ってしまっているアキラがその前提で動いてしまうのも、致し方ないことではあるのかもしれない。
もっとも、その前提を押し付けられてしまう側のヨウタたちとしてはふざけるなと言いたいところだが。
「『りゅうせいぐん』!!」
「あのバカ!!」
そして彼女が選択したのは、二重の「りゅうせいぐん」による絨毯爆撃。
既にシャルトが究極技に相当するそれを習得していたのはヨウタにとっても驚くべきことだったが、じゃあ今喜べることかと言われるとそうでもない。角度くらいは考えてくれるだろうが、だとしても「多少」だろう。
――即座に逃げ出した彼らの背後で、幾条もの光球が天から降り注いだ。
その後、結論から言えばアキラはレックウザとの和解に成功した。
そのために周辺一帯が焦土と化すほどの被害が生じたが、それすら彼らにとっては古い漫画でよくある河原での殴り合いと似たようなものだったらしく、全てが終わった後は健闘を称え合うかのように揃って地面に寝転がっていた。
互いに筋金入りの意地っ張りな性格故に、衝突して互いの実力を認めれば「戦友」にはなれるということであるらしい。
なお、言うまでも無いことだが、現在彼らがいる空間はパルキアが作ったものである。
利便性を保つため、修復こそされるものの、それにはパルキアのエネルギーが必要になってくる。しかし、レックウザとアキラの戦闘の跡となれば、それはもはや爆撃の跡か何かかと見紛うほどのものと化しており、修復のためのエネルギーは相当なものとなる。
これには流石のアカギも、アキラを淡々と叱りつける程度には怒りを見せた。
もっとも、方向性としては「貴重なパルキアのエネルギーを無駄にするな」と、ややズレた言葉ではあったが。
アキラはこれも一種の愛情の形なのだろうかと、叱られながらわずかに感じたのだった。
鬼ヶ島でお米作ったりしてて遅れました(小声)