携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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いつの間にかシャドーダイブ

 

 

 この戦いが終わったら云々という話をすると、近くその人間は死ぬ、という話がある。

 俗にいう死亡フラグである。

 希望に満ちた未来を予感させた上で、その人物に死という絶望を与えて叩き落す、言うなれば「落差」を一種のお約束として物語に取り入れたことで起こる現象だが、では果たして自分たちはどうか、と、食卓を囲む一同を見回して朝木は考えた。

 

 例えばこんなことを考える朝木自身は、そもそもこの戦いが終わった後就職先が無いし、そもそも職歴の空白期間もそこそこ長い。バイトこそしていたがそれだけで、正社員になれるものかどうか分からない。控えめにいっても先行き不透明だった。

 他の者はどうか、と言うとこちらは大した起伏が無い。東雲は自衛隊の通常業務に戻るだけだろうし、ナナセもユヅキもヒナヨも学生だ。ヨウタは元の世界に戻るだろう。

 アキラに関しては記憶を取り戻そうという目標以外が無い。こちらは朝木と似たような状況にあると言えるだろう。

 何か参考になるようなことは無いだろうか。そんな思いのもと、朝木は皆に向かって口を開いた。

 

 

「俺この戦いが終わったら職探すんだけどみんなは?」

「メシの時にそんな世知辛いことを言わないでくれよ……」

 

 

 最初にこの話に反応を示したのは、何だかんだ言って最もお先真っ暗、書類上高校中退、中卒無職のアキラである。

 特に将来のことを考えたくないのは彼女だ。一般常識は備えることができたが、別に学力が備わっているわけではない。残った知識の中にそれらしいものはあるものの、結局二年も前の記憶なので大学入試を受けるにはまるで不足している。

 

 

「まず勉強して高認受けて……ああ、でもポケモンいっからなぁ……どうなるんだろう、社会情勢」

「……ど、どうなるんでしょう……」

 

 

 次いで渋面を作ったのはナナセだ。彼女に関しては香川の大学に在籍こそしているものの、今後同じように講義が行われるとは限らない状態になっている。何せ香川周辺の死者は、四国全体の平均から見ても異常なほどに多い。中にはそれこそ、大学の教授などが含まれているようなこともあるだろう。組織の再編も行わなければならない。

 ナナセも年齢を見ればそろそろ卒業、そして就職が見えてくる頃合いだ。この時期に大学卒業ができるかどうかということになると、非常にまずい。

 

 

「「「職が……」」」

「……じ、自衛隊はいつでも候補生を募集しておりますが」

「三十路目前の俺にそこまでの体力を求めんな?」

「わたしもちょっとな……多分馴染めない……」

「考えておきますが……」

「自衛隊は人気が無いのだろうか……」

「人気が無いっていうか……ねえ?」

「キツいってイメージが強いよね」

「そうか……」

「あとアキラは単純に軍隊の規律とか向かなさそう」

「わかる」

「だからちょっとなっつってんだよ話聞いてる?」

 

 

 アキラも自覚はあった。と言うよりも、ここまでの戦いの中で自覚せざるを得なかった。

 彼女は基本的に単独行動で真価を発揮するタイプである。やや協調性に欠けるきらいがあるというのもあるが、ただただ単純に能力が高いせいで「これは自分一人でやった方が効率的なのでは?」と考えてしまうのも大きい。

 ヨウタはそんな三人の様子に苦笑いした。

 

 

「そこまで急ぐことかな……」

「急ぐことなんだよ! ヨウタ、今のわたしの状態を冷静に見てみろ」

「え、何さ」

「ばーちゃんの年金を食い潰してる中卒のニート」

「ダメだアキラちゃん冷静になるな!」

「落ち着いてください……二十歳手前ならまだ言い訳はききます……!」

「言い訳っつっちゃってんじゃん! 言い訳って言っちゃってんじゃんッ!」

 

 

 ヤダーッ! とアキラは小さな悲鳴を上げた。

 社会的評価がどう、というよりも彼女の場合は祖母に迷惑をかけ通しという点について気に病んでいる。言い訳をしたところで家計を圧迫している事実は変わらない。そこまで面の皮が厚くない彼女にとってこれはちょっとした死活問題だった。

 

 

「このままじゃ働き口が無いぃぃ」

「ポケモン関係の仕事就いたら?」

「ねえよこっちの世界に!」

「無いことも無いじゃない。ポケモンセンター」

「ポケモン(実物)関係じゃないじゃん……」

 

 

 残念なことに、この世界におけるポケモンセンターとは、基本的にポケモンのファングッズを販売している小売店のことを指す。これから新しく需要が生まれるであろうポケモン関係の職に就く、という着想自体は間違っていないのだが、いかんせんそこに至るまでのハードルが高い。

 新産業というものを根付かせるには、それなりの手順と手続きが必要になってくるものだ。野球を例にとっても、プロ野球を統括する日本野球機構という、政府所轄の法人が存在する。果たしてポケモンバトルがスポーツであるのか、動物愛護法や条例に抵触しないか、多角的な面から見て法整備も行わなければならないことを考えれば、数年、あるいは十年単位で見なければならない事業になってくるだろう。

 そして当然、頭は回るが学も学歴もましてや後ろ盾など何もないアキラがその中で立ち回れようはずもない。奇跡的にうまくことが運んだとしても、果たしてどれだけのことができるかは不明だ。展望が暗すぎてどうしようもなかった。

 

 

「もうちょっと明るい話にならないかしらコレ……?」

「復興の話とかさ……」

「復興……復興支援も必要だな……」

「ああっ今度はショウゴさんが大変な表情に」

 

 

 自衛隊員である東雲にとって、四国内の復興支援は目前に差し迫った課題である。天災と異なりある程度破壊行為も秩序立った範囲で行われているものの、無視していいものではない。建築物への被害はそれほど多くなくとも、道が水没したり液化したりマグマに沈んだりと、あちこちに戦闘の傷跡が見受けられる。

 オマケに剣山にはクソみてェな塔が屹立しているし、自衛隊駐屯地が壊滅していることもあってそもそも自衛隊そのものが復興を必要としているレベルである。この戦いを通して、組織全体でポケモンの力を借りることに対して抵抗が無くなりつつあるというある種の唯一性はあるものの、直近の状況はむしろ相当に暗い。

 

 

「ああっ!」

「今度は何よ!?」

「ウチ中間テスト受けてない……」

 

 

 ヒナヨは立ち上がりかけたそのままの勢いでズコーッと転がっていった。

 差し迫った問題ではあるが中間テストとは。いくらなんでも一気に話のスケールが小さくなりすぎている。

 

 

「別にいいでしょそのくらい……この事件巻き込まれてましたって言えば考慮してくれるんじゃないの?」

「いや、マズいぜヒナヨちゃん」

「え、何で?」

「ユヅキちゃんの学力は知らねえけど、俺の知る限り他の教科はともかく数学だけは中学で躓いたら高校、大学でも躓きっぱなしになる」

「ええ……?」

 

 

 話の中、ナナセはついとわずかに視線を逸らした。

 

 

「因数分解や図形の計算式が作れないとずーっと引っ張るんだアレは。知り合いがそうなってドロップアウトした」

「怖……」

「……そうそう使うものではありませんし……。ですよね、東雲さん……?」

「え。いえ、我々は弾道計算などでよく用いますが……」

 

 

 ナナセはついに肩を震わせた。

 彼女は生粋の文系である。苦手分野に対しては(別にいいか……)とできるだけ目を逸らしてきた。そして実際に朝木の言う通りの有様である。泣きそうだった。

 

 

「高校になる頃には色々と手遅れだ。今更中学の復習なんて……つって抵抗が生まれて結局何もしなくなる。そんで最終的に、苦手意識抱えたままになるんだ」

「レイジくん……勉強教えてぇぇ……」

「あ、そうなる……?」

「わたしも頼む」

「そうなる!?」

「私も」

「ちょっと遠慮とかしない?」

 

 

 こういう時、医者の道こそ途絶えたものの、医学部卒というステータスを持つ朝木は非常に頼りになる存在だ。

 ただ、はたから見れば一人教えるのも二人教えるのもそう変わらないように見えはするが、実際のところはそうでもない。それぞれの習熟度や物覚えの良し悪しによって教え方も考える必要があるし、アキラなどは一足飛びに高等学校卒業程度認定試験を受けられる程度の学力を備える必要が出てくるからだ。

 当然、そこそこ間近に迫った将来の不安を思えば遠慮などしている場合ではないし、加えて、朝木は基本的に自分から歩み寄ることをしない。遠慮などしていてはいつまでたっても学力の改善など望めないのだ。

 

 

「戦いが終わったらな……」

 

 

 とほほ、と言いつつも、なんだかんだ満更ではないようで朝木は頭を掻いた。

 見目麗しい少女三人に囲まれるという点については何ひとつ心配はしていなかった。むしろアキラの存在のおかげで、何か粗相をしてしまえば彼女の拳が飛んでくるだろうということが確信できるからだ。

 彼とて健全な男である。そういう展開を夢想しないわけではないが、自分の身の安全の方が大事だった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 ディアルガとパルキアによって隔離されたこの空間に昼夜の概念は無い。

 それ故、基本的に疲労が極限に達して眠くなったら寝る……というのが修行の基本的な流れとなっている。先の食事を終えた後も、一同のほとんどはそのまま睡眠に移っていた。

 そうした中、睡眠中の五人から離れて、ヨウタとアキラの二人が木陰に隠れるようにして言葉を交わしていた。

 

 

「僕そろそろ寝たいんだけど」

「わたしだってそうだが、ちょっとだけ聞いてくれ」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながらやや不機嫌に告げるヨウタに、アキラは髪をかき上げながら応じる。

 眠いのは彼女も同じことだ。が、それでも先に言っておかなければならないことがあるのには変わりない。

 

 

「一匹、伝説……というか、『幻』の心当たりがある」

 

 

 これには流石のヨウタも眠気が吹き飛んだ。

 わずかに居心地が悪そうにしているアキラだが、そんな彼女の様子には気づかなかったのか、ヨウタは驚きのあまり彼女へと詰め寄った。

 

 

「ど、どど、どういうこと!?」

「落ち着け! ……あのな、正直わたしもあの、今更気付いて滅茶苦茶申し訳ないっていうかその、な」

「……?」

「――説明するより見た方が早いな」

 

 

 言って、彼女は靴先で自らの足元を――影を軽く叩く。

 すると次の瞬間、影の中から湧き出すようにして姿を現す者があった。

 体高にして約70cmほどの小さな人型の影。その姿を目にしたヨウタは、先の眠たげな様子が嘘のように目を見開いた。

 

 

「マー……!!?」

「おっと、静かに」

 

 

 アキラはそっと口元に手をやって、それ以上の発言を封じた。

 騒がしくすれば皆が起きてきかねず、休ませることができない――それは分かる。しかし、幻のポケモンとされるマーシャドーは、力を貸してくれるのなら相当な戦力になりうる。皆に知らせるべきだろう、とヨウタは内心の困惑をそのまま表情に出す。

 そもそもなぜこの場所にマーシャドーがいるのか? そもそもアキラはなぜマーシャドーがいることを知っていたのか? 先の困惑と共に様々な疑問が溢れ出していた。

 

 

「色々言いたいことはあるだろうけど、こっちだってついさっき知ったばっかりなんだ」

「いや、何でマーシャドーが……? いつから……?」

「何で、って言うならマーシャドーの生態のせいだな」

 

 

 軽く拳を握ってパシン、と空気を切る音を響かせる。直後、同じような動作でマーシャドーがパンチひとつで空気を弾けさせた。

 マーシャドーは拳法の達人の影に潜り込むことで、その動きをトレースし、自らのものにするという特性がある。そのためだろう、とヨウタはその動きを見て納得した。

 

 

「いつから、って言うなら多分最初から」

「最初?」

「ヨウタがうちに初めて来た晩。サカキがウルトラホールを開いたあれ……よりもまだ前かな? 飛び出そうとしてコケたことあったろ」

「え。ん? ……あ、あああ!」

「『あの時』のわたしなら、勢いあまってブッ飛んで行くことはあってもコケるようなミスはしない」

「言われてみれば! アキラがコケたの、あれから見たことない」

「それに、変な夢見てさ。今思い出してみるとあれ、映画でマーシャドーが見せてたそれに近くって」

「夢? マーシャドーってそんな能力あるの?」

「……え、知らない?」

「知らない知らない」

「まあそういう能力もあるみたいでさ」

 

 

 アキラの知るマーシャドーは、基本的に映画で登場した個体のみだ。描写だけ見ても相当に特異な個体であることは分かりやすいが、それ以外を知らないので他に言いようもない。

 この場では一旦話を置いて、ヨウタが続けて問う。

 

 

「でもなんで今になって出てきてくれたの?」

「それが……その、本当はもっと早く出てきてくれるつもりだったみたいなんだけど。なあ?」

「シャード……」

「うん。……イベルタルに『デスウイング』受けた時あったじゃん。あのせいで余波食らってつい最近まで寝込んでたんだと……」

「あ。ああ……あ、そうか、そうだね……」

 

 

 考えてもみればという話ではあるが、そもそもアキラがいくら一般人の倍以上の生命エネルギーを持っていたとしても、それはポケモンには及ばない。そしてポケモンが「デスウイング」を受けたとしても生命力を吸いつくされて石化する以上、彼女が一度「デスウイング」を受けてただ半分の生命エネルギーを持っていかれるだけで済む道理はない。ヨウタもその時点で疑うべきではあったのだ。

 ――ここで本来いるはずのないマーシャドーが関わってくることで、それらの疑問も解消される。幻のポケモンであるマーシャドーがエネルギー吸収の負担、その大半を肩代わりしたのだ。マーシャドー自身は影の中に身を潜めて体力を戻す必要こそ出てきたが、結果的にこれで両者共に石化するという事態は免れることとなった。

 

 

「でも、それならそれでみんなに知らせないと……」

「それなんだけど、今は黙っておきたい」

「何で!?」

 

 

 流石にこの判断にはヨウタもうろたえた。幻のポケモンがいてしかも協力的なら、ここはむしろ後々の連携のことも考えて早々に紹介しておくべきだと。

 アキラ個人も内心そうする必要があることは理解しているのだろう。故に話を切り出したときに言いづらそうな表情をしていたというのもあった。

 

 

「まあ、色々考えがあるんだ。ヨウタは聞かせても問題ないっていうか……逆に聞かせておかないとマズいっていうか」

「どういうこと?」

「今後の作戦に関わること。引き受けてくれるよな?」

 

 

 アキラの言葉には有無を言わせない力強さがあった。ヨウタが小さく息を吐きながら承諾の意を告げると、彼女は申し訳なさそうに目を伏せて、告げる。

 

 

「――ヨウタには一度元の世界に戻ってきてもらいたい」

 

 

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