携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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クラック・アンド・サイドチェンジ

 

 

 香川県高松市、高松城――その地下。フレア団が不法に占拠し、改造を行ったのがこの場所である。

 フレア団、ひいてはフラダリと彼が掌握するイベルタルとゼルネアスは、存在そのものが戦局を変えうる。

 言うなればある種の戦略兵器のようなものだ、とナナセは捉えており、これを排除……ないしは足止めすることこそが、一連の戦いにおける最重要目標になるのは明白だった。

 

 

「……ていうかあいつら、どいつもこいつも地下改造しすぎでしょどうやってんの!?」

「さあ?」

 

 

 そしてその作戦の要を任されたユヅキとヒナヨは、アキラたちと同様にデオキシスの手引きで黒い穴(ワープホール)を通ってその地下通路を走っていた。

 ここまでに何度も超技術によって造られたレインボーロケット団秘密基地を潰しはしてきたが、慣れたわけでは決して無い。むしろ、見れば見るほどなぜこのような意味の規模の基地を建築しているのか、更にそもそもを言えば地下をこんなに堀り抜いてこの後の四国各地はいったいどうなってしまうのか。そういうことを考えるような立場にはいないが、一般市民の目線でも気になることは気になるものだ。

 ユヅキは至極ドライに目の前のことだけ考えているから言葉少なめだし、ここにいるのが仮に彼女の姉でも似たような反応を示すだろう。ヨウタはある程度共感を示してくれるので話し相手として助かったものだった。

 ユヅキもアキラも、共通して戦闘となると自らの感情を抑圧し、徹底的に敵の排除を行う。平時であればノリも合わせられるしヒナヨも友人として好きなのだが、こういう時のユヅキたちのことは苦手だった。

 そんなヒナヨの内心を知ってか知らずか、ユヅキは緊張を孕みつつもどこかぼんやりした表情でぽつりと一つ呟いた。

 

 

「面倒だし壊して進んだ方が良くない?」

 

 

 指差しているのは、地下の空間と空間を隔てる壁だ。現代では見られない建築様式はまさしく異世界的で、材質はひと目見ただけではよく分からない。

 とはいえタワーで完膚なきまでに破壊していたことを考えれば、今のユヅキたちのポケモンでも難なく破壊できるだろうが。

 もっとも――。

 

 

「作戦通りにいかないでしょ、それじゃ」

 

 

 フレア団――正確にはフラダリを撃破する、というのはこの戦いにおいて絶対に必要なことだ。

 タワーの奇襲で混乱しているスキを突いてフレア団基地に侵入、アキラに次ぐ感知技能を持つユヅキが索敵を担当しつつ、なんとかしてフラダリに接近、可能なら闇討ち、または通常の戦闘で撃破することでイベルタルとゼルネアスを奪取……というのが作戦の大筋なのだが、ここで大きな騒ぎになれば当然、奇襲の優位は失われる。

 それは分かってるけど……と、ユヅキは唇を尖らせた。

 

 

「でも、多分もうバレてるよウチら」

「……おっゲェ」

 

 

 ヒナヨは吐きそうになった。

 作戦が既に破綻している。

 

 

「やだもぉぉ~……! こういうのアキラの領分じゃないのぉ!?」

「お姉のことなんだと思ってるの?」

(ダンス)ってる不運(バッドラック)を力技で叩き潰す系女子」

「う~ん……うう~ん……」

「不服そうな顔してもさぁ。今までの所業考えてよ。ていうか何でゆずきちそんなこと分かるの?」

「……勘?」

「あー……勘ね」

 

 

 こういう時の彼女の言う「勘」の信憑性は高い。彼女は単に、細かな違和感や見て聞いて感じ取った情報を具体的に言語化できていないだけなのだ。それらをひとくくりにしてとりあえず「勘」と表現しているだけのことで、しっかりと根拠はある。

 思えば周囲に人間はおらず、混乱の只中にあるはずだと言うのに騒ぎが起きているわけでもない。道すがら会戦ということにもなってない。何かがあるのでは、と思わせるには充分だ。

 

 

「やっちゃおうよ。ねっ?」

「う~ん……だね。やっちゃおっか」

 

 

 結論が出るのは早かった。

 ユヅキはゴルムスを、ヒナヨはむーちゃんをそれぞれその場に出し――むーちゃんが巨体のせいで通路の形に押し固められそうになる。

 

 

「じゃ、このまままっすぐで」

「行っちゃおう!」

 

 

 むーちゃんの筋肉が膨れ上がり、窮屈そうに縮めていた身を開放するように伸びをした。同時にその周囲の壁が音を立てて砕けていく。

 軽く空間ができた――というか強引に作り上げた――ことで、さて技を使って突き進もうとした、そのときだった。

 

 

「ちょ、ちょっと待つんだゾ!」

 

 

 ――不意に、ヒナヨたちの眼前に赤い服を着用したふくよかな男が躍り出る。

 フレア団大幹部、クセロシキ。その存在を認めた瞬間、ヒナヨの手は前方ではなく明確にクセロシキ自身を指し示していた。

 

 

「『こおりのつぶて』!」

「むぅぅぅ!!」

「うおおおおおおおおおお危なああい!!」

「チッ。仕留めきれなかったわ」

「ひ、人を見るなり命をとりにかかるんじゃないゾ!!」

「人の命奪い続けてるあんたらの言えたことか!」

 

 

 通路の脇に転がり込んでなんとか回避した彼の額には、大粒の汗が浮かぶ。ポケモンの攻撃など受ければ、腕の一、二本が折れるというどころではない。

 とはいえ当然の処置だ。ヒナヨは当然激しているが、対してユヅキの様子は静かで、じっとクセロシキの様子を見据えているのみった。

 

 

「ゆずきちも何か言ってやりなよ」

「戦う気が無いなら邪魔だからどいてほしいんだけど」

「いやそういうニュアンスじゃなくって。……戦う気無い?」

「そういうつもりは無いゾ」

「はああああ~?」

 

 

 まるきり意味の分からない状況だった。この局面、この状況で現れたフレア団大幹部――となれば目的は十中八九足止めのはずだ。

 ならば適当なことを言って混乱させようというのかと考えるが、それはクセロシキに対して殺気を向けないユヅキのことが気にかかった。彼女は戦いとなれば、アキラほどとは言わないまでも敵に容赦や遠慮をすることは無い性質だ。気を読むことにも長けているから敵意を感じれば即座に攻撃を仕掛けるし、何か企んでいようものなら躊躇はしない。その彼女が攻撃を命じていないとなれば、ヒナヨとしても続けて攻撃というのは気が引けた。

 

 

「クロキシのおじさんはなんのために来たの?」

「クセロシキね」

「クロレキシ」

「わざとやってない?」

「それでおじさん、何で?」

 

 

 問いかけるその瞳は、深淵を覗くかのような色味を含んでいた。

 歳にして二回りも離れた少女だというのに、そこから発せられる言いしれない威圧感はクセロシキをたじろがせる。

 不意に、彼はユヅキのその雰囲気の中に、自分たちを苦しめた白い少女の面影を見た。よく見れば輪郭などもよく似通っており、嫌でもタワーで目にした彼女の暴虐を思い起こさせる。

 

 

「……頼みがあって来たんだゾ」

 

 

 だからこそ、そこにクセロシキは強い可能性を見出した。

 

 

「フラダリ様を止めてほしいゾ」

「……はあ?」

 

 

 あまりに想定外の申し出に、ヒナヨは目を瞬かせた。

 無いでしょ、と頭のどこかで呆れが生じると共に、もしかすると、と原作(ゲーム)の知識を知っているが故の可能性にも思い至る。

 クセロシキは知的好奇心の塊だ。それ故に一度は実際に人の道を外れた研究も行ったが、ゲームにおいてはマチエールという少女との交流を通して、自ら国際警察に出頭するほどに倫理観を取り戻している。

 好奇心の虜である彼は、それが満たされさえすれば人並みの感性を持つこともできるのだ。特に、彼の大目的であった「最終兵器」がもたらす末路とイクスパンションスーツの運用を目にしたことで、ある程度落ち着いている可能性は高い。

 

 

「どういう風邪の引き始めなの?」

「風の吹き回し?」

「それ」

「……平易な言い方をすれば……怖くなったんだゾ」

「はあ?」

「おまえたちは、『最終兵器』を知っているか? ……だゾ」

「そりゃ……聞いたことくらいあるけど」

 

 

 あくまでそれはゲームや漫画における話だ。そうして描かれたものにしても威力が半端だったり情報が断片的だったりと、真に威力を発揮する場面を見たとは言えない。

 ユヅキなどは、そもそもが数年前にプレイしたきりのゲームだったため、完全に記憶の彼方だった。

 

 

「フラダリ様はあれでカロス地方の全てを吹き飛ばし……やがて全人類に矛先を向けるようになったゾ」

「……そう」

 

 

 様々な点でヒナヨの知識と食い違っているレインボーロケット団だが、これに関しても同じことが言えるようだった。

 彼女の知る限り、フレア団――正確にはフラダリ――は、「最終兵器」の作動直後、半ば拉致に似た形でレインボーロケット団に招集されていたはずだった。裏にシャドーが絡んでいたりしている時点で相違点が出るのは当然だとしても、ここまで明確にやりすぎた(・・・・・)状態というのは珍しい。

 

 

「やがて人類の半数を死滅させるに至り……」

「どっかの青ゴリラ(サノス)か何かかあんたら」

「茶々入れるのはやめてほしいゾ」

「茶々入れないと凄惨すぎてやってらんないのよ!」

子供(ウチ)らに言われてもねぇ」

「……とにかく、そういうことがあったんだゾ。しかし……フレア団の目的を知っているか?」

「人類とポケモン大虐殺」

「いや、そういう……ああいや……大筋で見れば間違ってないゾ。けどこれだけは覚えておいてほしい。我々は『争いをなくすため』にその手段を取ったんだゾ」

「ハッ、争いをこの世界に持ち込んでおいてよく言うわ!」

 

 

 ヒナヨは心底軽蔑し、吐き捨てるようにそうぼやいた。

 そして意外なことに、クセロシキはその言葉に小さく首肯した。

 

 

「そこなんだゾ」

「んぬぁ?」

「争いを無くしたいがためにフレア団を組織したはずのフラダリ様が、よその世界の新たな争いの火種となっている……! 人の道を外れてでも研究はしたかった、けど……それはあんな……何もかもが失われた世界を見るためじゃないんだゾ」

「虫のいいこと言うねおじさん。それなら最初からおじさんが止めなきゃ。やらないのは何で? できない理由があるの?」

「できないゾ。ゼルネアスとイベルタルがいるという以上に……フラダリ様の実力はただのトレーナーじゃ太刀打ちできないほど……」

「違うよ」

 

 

 否定の言葉が漏れた瞬間に、ユヅキは踏み込んでクセロシキの巨体の目の前に迫っていた。

 ひゅ、と驚きに息が漏れる。ユヅキはそんな彼の胸元を指差した。

 

 

「お姉が言ってた。『どんなに正しいことを考えていても、動かなければ考えてないのと同じ』だって。力が無いなんて言い訳にもならないよ。フラダリを止めるのが正しいと思ってるなら、頼むだけじゃなくて手伝って。心に従って行動をして」

 

 

 その言葉には、有無を言わせず従わせるだけの力が伴っている。

 クセロシキは思わず何度も頷きを返していた。この威圧感と言いしれない恐怖を与えてくる殺気は間違いなく、「あの」少女の関係者だ。

 だが、その力強さがあるからこそ、このまま彼女らに任せ、自分は身を隠すという選択肢はここで失われた。

 

 

「怖いゾこの子」

「怖くなんのよ。戦場だから。あんたらが戦場にしたからっつった方がいい?」

「すまんゾ」

「謝られても困るわ。……代わりに聞いていい? 何で私らの方ができるなんて思ったのよ。バトルはそっちのが大ベテランでしょ」

「……われわれには無い力が、おまえたちにはある」

 

 

 クセロシキはしみじみと、どこか遠くを見るようにして呟いた。

 

 

「――絆。絆だな。それは見ることも存在することもできない概念だが……私はそれを否定しない。ポケモンがおまえたちを思い、おまえたちがポケモンを思うことで、そこには強固な絆が生まれているゾ」

 

 

 その言葉に対し、ヒナヨは驚きにぽかんと口を開けた。

 クセロシキの語るそれは、ニュアンスやシチュエーションこそ異なるがたしかに彼女にとって覚えのあるものだったからだ。

 

 

「ポケモンたちは、おまえたちを守るためにごくわずかな時間しか与えられていないにも関わらず際限なく強くなっていく。それは絆があってこそだゾ。われわれにはそれほどのものは無い」

「……ふーん」

「何をニヤニヤしてるんだゾ?」

「別に。どっかで聞いたことある台詞だからつい」

 

 

 似合わない言葉につい笑ってしまったというのもあるが、絆というワードは、クセロシキが改心した時に初めて出てくる言葉だ。これなら邪魔に入ってくることは無いだろうと確信できた安心感もある。

 やる気が湧いてきたヒナヨは、不敵に笑ってクセロシキに指を突きつけた。

 

 

「安心しなさいよ。フラダリは私達がぶっ飛ばして止めるから」

「……頼んだゾ」

「そっちこそ、何か手伝いなさいよね!」

「何かって何だゾ!?」

「ごめんウチらそこまで考えるの苦手で」

「話してたらだいぶ時間経っちゃったしこっちはもうとっとと突入するから適当に考えて何かやって! むーちゃん、『ギガインパクト』!」

「むむむうううう!」

 

 

 そして、前に出てきたむーちゃんの全力が漲る生命エネルギーと共に開放される。

 その一撃は――文字通り、一直線に地下通路を破砕し、彼女らの前に道を作った。

 

 

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