携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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さいはいは計算のもとに

 

 

 フレア団は敵の到来を悠然と待ち構えていた。

 彼らにとって現地勢力の奇襲・強襲ははじめから予想されていたことだった。

 現在のレインボーロケット団の残存戦力は、おおむね三つの勢力に分けられる。旧ロケット団、プラズマ団、フレア団だ。いずれも異なるベクトルの脅威であり、たとえ代表であるサカキを倒したとしても、いずれかの組織の長が残っていれば、悪の組織の再建もありうる。

 やるならば、徹底的にだ。全員を倒してしまわなければこの先の未来に不穏分子を残すことになる。そうなることは、普通の人間は望むまい。

 故にフラダリはそれを読み切った。タワーの奇襲が行われた時点で自らの周囲の防備を固めることを決めたのだ。

 

 

(さすがはフラダリ様……そしてこの私の作戦も……完璧だ……!)

 

 

 見渡す限りにひしめく赤服とそのポケモンたちを眺めて、白服の幹部はひとり胸中でほくそ笑む。

 作戦の遂行にあたって、いくらフラダリが敵の到来を予感しても数百人もの人間を一斉にアジト最奥部の空間に布陣させることは不可能だ。どうしても時間を稼ぐ必要はある。

 そこで幹部が推薦したのが、クセロシキである。彼が近頃フレア団の活動(・・)に対してどこか懐疑的な思いを持っていたことを、幹部の男は知っている。あれほど研究に打ち込んでいた男がなんたるざまか、と思わないではないが、人の心は移ろうもの。恐らく、彼の心は既にフラダリから離れているだろう。

 そのような人間はもはやフレア団には必要無い。事実上捨て駒同然の時間稼ぎを任じられたクセロシキは、唯々諾々とそれを受け入れた。

 

 そうこうしているうちに数分。基地通路各所へのトラップの設置や団員の布陣も終わり、万全の体制が整っていた。

 ――この戦い、もはやフレア団が敗北することは無い。彼はそう確信し、陶酔するように天井を仰ぎ見た。

 

 

 そして彼はその二秒後、突如として壁を突き破って現れた規格外の巨体に轢き潰され、呆気なく意識を失った。

 

 

「むう?」

 

 

 何かあった? とばかりにむーちゃんは少しだけ視線を後ろへ向けようとして、やめた。どうせ有象無象の雑兵だ。大層なものでもない。

 

 

「むっむむううううう!」

「ぐぁああああ!」

「ひいいい!」

「ギャンッ! ギャアアッ!」

 

 

 更に一歩を踏み込む。前方の床を凍らせて滑走、ドリフト走行の要領で手当たりしだいにトレーナーとポケモンをなぎ倒していく。

 質量とは即ち力だ。海の魔物を間近で見てきたヒナヨはそのことをよく心に刻み込んでいた。この場において最大のポケモンは、通常の倍近い体格のむーちゃんであることは間違いない。一見ふわふわに見えるがその皮と脂肪の下は筋肉の塊で、少し鍛えた程度のポケモンや人間では到底太刀打ちできない。ただの突進によって蹂躙されるというのは、フレア団側にとっても恐ろしい事態だった。

 勢いに気圧され、多くの団員がたたらを踏む。その中にあって、例外的にただ二人、一切の気負いも無く悠然と立つ者があった。

 

 

「――来たか」

「ええ」

 

 

 フラダリ。そしてパキラ。

 サカキに次ぐ強者にして、ともすると世界にとってはサカキ以上の脅威となりうる――言わば、「最凶」の二人だ。

 やや遅れてやってきてゴルムスと共に団員を殴り倒しながら、ユヅキはアキラがフラダリに対して殺意を剝き出しにしていたことを思い出した。それほどまでに――彼は一種の「死臭」を漂わせていた。この男をここで放置してはいけないと、全身の感覚が訴えかけていた。

 

 

「パキラ! フラダリ!」

「ゴルムス、『シャドーパンチ』」

「ゴ」

「あっ、ちょっ」

 

 

 ユヅキに遠慮や容赦といったものは無い。悠然と歩み出てきてくれているなら、なおのこと結構だ。油断しているところに致命的な一撃を入れれば、それで勝ち。戦いは終わりだ。

 ゴルムスの両腕がうなりを上げて空を切る。その延長線上に生じた影がまっすぐにフラダリたちへと飛び――それらは直後、現れた二匹のポケモンによって吹き散らされた。

 

 

「ガアァゥッ!!」

「グルルルルゥ……」

 

 

 ♂と♀、それぞれ特徴的な鬣を備えた二匹のカエンジシである。

 ノーマルタイプを備えたこの二匹に対して、ゴーストタイプの技は効果が無い。それを目にして、しかしユヅキは何ひとつ反応を示さなかった。こうなって当然だろうと理解していたからだ。

 

 

「手荒い挨拶ね。親の躾はどうなってるのかしら」

「おばさんたちみたいな悪党は絶対に許さないように躾けられてるの、ウチ」

「――その憎まれ口に、顔も。あの子供にそっくりでまあ、憎らしいわ」

 

 

 パキラは先の戦いで、アキラに多少というどころではなくおちょくられている。監視者「Z」――ジガルデの存在を示唆されてあちこちをかけずり回され徒労を味わわされた挙げ句、そのジガルデは今やヒナヨがトレーナーとなって彼女らの前に立ち塞がっている。

嘘から出た真と言うべきか。皮肉な状況にパキラは舌打ちした。

 

 他方、ヒナヨは周囲――特に上に強い警戒を向けていた。

 ゼルネアスはこの際考慮に入れなくていい。が、イベルタルだけはなんとしてでも率先して戦闘不能にしなければならないのだ。

 数百人が戦闘を行っても問題無いほどに開かれた空間を設けたのは、部下を布陣するためだけではないと彼女は推測していた。吊り下げ式の照明こそ降りているが、それ故に照明よりの空間は暗く、何かが飛んでいたとしてもちゃんと視認できるとは限らない。自分ならまず確実にこれを利用してイベルタルを活かそうとするという確信があった。

 

 

「――――」

「!」

 

 

 その時、上方の空間に赤黒い光がわずかに見える。そうなればヒナヨの対応は決まっていた。ボールの開閉スイッチを押しこんでその場に叩きつけることだ。

 

 

「オオオオオオ!!」

 

 

 黒と翠の強い光。全身から覇気と闘気を放ち現れたのは、調停の巨神、ジガルデ。

 彼にとっては、まさしく本領発揮の瞬間だ。

 

 ――そして、その瞬間を待ちわびていたかのように、フラダリの口元が歪んだ。

 

 

「『ムーンフォース』――!」

 

 

 刹那、銀の光が何も無いはずの空間へと収束していく。

 ヒナヨの対応は、たしかに素早かった。トレーナーとして最大限の警戒を行い、確実になすべきことを為したと言っていい。

 しかし、それでも目に見えないもの(・・・・・・・・)まで警戒できるものではない。

 これは以前にも使用した手段。フレア団の技術の粋を集めた光学迷彩を利用した、完全不可視の奇襲だった。

 

 

「――――」

 

 

 いかにジガルデといえど、ポケモンとしてのタイプ法則から逃れることはできない。特性「フェアリーオーラ」の効果こそ減衰させられるが、伝説のポケモンとしても最上級の能力を持つゼルネアスに対して絶対優位というわけではなく、むしろフェアリータイプとドラゴンタイプという点で、普通に戦えばゼルネアスの方がやや優位に立ちかねない程度のパワーバランスとなっている。

 そのゼルネアスが放つ「ムーンフォース」となれば当然、ジガルデもただでは済まない。

 

 

かかったわね(・・・・・・)アホが!!」

 

 

 ――それを、ヒナヨはよく理解していた。

 そもそも彼女はかなりの長時間ポケモンというゲームをやり込んでいる。そののめり込みようはユヅキに廃人とまで称されるほどで、ポケモンのタイプ相性が頭に入っていないなどということは天地がひっくり返ってもありえないのだ。

 ゼルネアスの能力も把握しており、フレア団のできることもそれとなく理解している。あとは彼らのやり口を総合して考えれば、彼らのしてくることはもはや考慮というどころではなく前提条件でしかない。

 どうせ見えない場所に配置しているだろう。そして適当なところで奇襲をかける腹積もりだろう。確信に近い推測だ。

 

 

「ペルル! 『てっていこうせん』!」

「ルウルルルォットオオォ!!」

 

 

 最初から状況を想定していたヒナヨは、この場所に来るため壁を破壊する直前に、ペルルをボールから出して待機させていたのだ。そして、ジガルデはそのことを知っていた。

 イベルタルから放たれた紅の光が迫るのに合わせ、ジガルデが砲撃を放つ。そして、ゼルネアスが銀の光を前方に向かって撃つと同時に、むーちゃんが凍らせていた床を滑走することで高速で戦場に突入し、全身から漲るエネルギーを爆発させた。

 

 

「ぬぅ……!」

「――――」

 

 

 たとえ伝説であっても、ポケモンである限りその法則から逃れることはできない――それはジガルデもそうだが、ゼルネアスもまた同じこと。

 じめんタイプに対するでんきタイプの技や、ノーマルタイプに対するゴーストタイプの技といった例のように完全に無力化できるわけではないにせよ、ただ適当に撃つだけの技と比べれば圧倒的に有効だ。ましてそれが究極技に準じるものともなれば、いかにゼルネアスの技と言えど押し切ることはできない。

 

 

「ルゥゥゥ……!!」

「――――」

 

 

 暗い銀と燃えるような白。二つの光が激突し押し合い、周囲に衝撃を撒き散らす。

 やがて攻撃の趨勢は片一方へと傾くが、押し込んだのは伝説のポケモンですらないペルルの方だった。

 

 

「何!?」

 

 

 ポケモンの生体エネルギーの保有量は、種族やレベルによって大きく異る。ゼルネアスはポケモンの中でも――極めて特殊な例外を除けば――頂点に位置するだけのものを有している。当然ながらただのポケモンでは太刀打ちなどできるはずは無いものだ。それこそタイプ相性などものともしないはず。

 それがこうもたやすく押し返されるなど、ありえるのか――?

 

 

(……ゼルネアスに施した精神制御、あれか……!?)

 

 

 衝撃が響く中、フラダリは不意にその原因に思い至る。

 まともな精神状態であれば、ゼルネアスがフラダリの言うことなど聞くことは無い。故にダークポケモンやシャドウポケモンなどのデータを応用してゼルネアスの精神を制御し支配下に収めていたのだが、それがはっきりと裏目に出ているのだろうとフラダリは推測する。

 

 ――技の出力が上がらない。

 

 ゼルネアスの攻撃は、言わば広大なダムからホースを一本つないで水を出しているようなもの。対するペルルは、生命力こそゼルネアスと比較すれば子供用プールほどしか無いが、気力も何もかもを振り絞ってその水全てをぶちまけているようなもの。その差が如実に出ているのだ。

 伝説のポケモンに勝とうとトレーナーのために――クセロシキの言う「絆」を糧に、伝説のポケモンを打倒するべく必死に訓練を続けてきたペルルと、ただ道具や兵器としてのみ扱われたゼルネアスの差でもある。

 

 

「ルウウウウウ……トオオオオッ!!」

「――――ク、シッ――!」

 

 

 光がゼルネアスを貫いた。か細い悲鳴を上げその場に崩れ落ちるゼルネアスだが、ペルルもまた続くようにその場に膝をつく。

 限界以上の威力を秘めた「てっていこうせん」を撃った反動だ。ボールのセーフティが働きその姿がその場から消えていく。

 

 

「攻め急いだようだな……!」

「!」

 

 

 ――しかし、攻撃が直撃したはずのゼルネアスは、既に体勢を戻しつつあった。

 生命力を操る能力という都合上、ゼルネアスが本来得意とするのは長期戦だ。膨大な生体エネルギーにまかせて体力や傷を半自動的に回復し続ける。ほんの一撃攻撃を通したところで、それはわずかに時間を稼いだだけに過ぎない。

 無意味だったな、とフラダリは唇の端を持ち上げる。

 

 

「攻め急ぐ? バカね、計算に決まってるでしょ」

 

 

 ――その時、ヒナヨの指がくいと上に向けられた。

 無発声のハンドサイン。気付くと同時にジガルデが照射された「デスウイング」の紅の光の中を突っ切り、イベルタルへ向けて飛翔する。

 ある種の対抗存在(カウンター)であるジガルデに、生命力吸収能力は通じない。放出したドラゴンタイプのエネルギーを推進力に、地上の敵をついでとばかりに焼き払いイベルタルへ肉薄する。

 

 

「ク――――」

「ジッガアアァッ!!」

 

 

 反撃に出ようとしたイベルタルだが、直前にその首根を押さえられえ技の始動を潰される。ジガルデは直後、その勢いのままに反転した。その視線の先にあるのは――ゼルネアス。

 

 

「まさか――!」

「もう遅いってぇの! 『サウザンウェーブ』!!」

 

 

 流星のごとく、ジガルデはイベルタルを掴んだままにゼルネアスへと激突した。

 同時、イベルタルを拘束している側とは逆の腕に爆発的にエネルギーが収束する。

 

 

「ウオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

 ――そして、一撃。

 衝撃が床を砕き、地面にまで到達する。伝播したエネルギーが地表を撓ませ、まるで波のように脈打ち、床材を破壊しながら周囲を巻き込んで突き抜けた。

 

 

「ゆずきち、合わせて!」

「!」

 

 

 傷つきながらも二匹のカエンジシを抑えていたユヅキとゴルムスは、その言葉に一も二もなくうなずいた。

 周囲全てが敵という状況、誰に遠慮することも無いという局面となれば、やることは決まっている。

 

 

「ジガルデ、『グランドフォース』! むーちゃん『じしん』!!」

「ゴルムス、『じしん』!!」

 

 

 ――この日。

 レインボーロケットタワーに続いて、フレア団基地最奥部とその周辺もまた、粉微塵になって消滅した。

 

 

 





フレア団諸氏「地下でこの攻撃とか狂ってんのかこの子供達」
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