携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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妄言(おしゃべり)拒否の戦陣

 

 

 高松市内、崩落した基地の跡地。ヒナヨは崩壊した天井から覗く太陽に目を細めた。

 青い空に、極彩色のオーロラ。以前なら忌々しさに舌打ちの一つでもしようものだが、あれがレインボーロケット団を逃さないための檻の役割を果たしていると理解すると単純に美しさを楽しむ心理的余裕も生じるものだ。もっとも、状況はそれを許してはくれないが。

 積み上がった瓦礫を粉砕し現れるのは、フラダリのコジョンドとパキラのシャンデラだ。続いて這い出てくる二人の姿に、ヒナヨは思わずため息をついた。ユヅキは何一つ感じるものが無いように、無感情な視線を向けるのみだ。あの程度で倒れるわけがないと理解しているためだろう。

 視界の端では、未だ暴れ続けるイベルタルを押さえつけるジガルデの姿が見られた。イベルタルが大人しくならない限り、戦線復帰というわけにはいかないだろう。

 

 

「――何故だ」

 

 

 今すぐにでも戦闘に発展しようかという緊張感の中、最初に口火を切ったのはフラダリだった。

 彼は心中の嘆きを隠すことなく顔を歪め、二人に向かって語りかけた。

 

 

「世界はやがて行き詰まる……全ての命は救えない。争わず奪い合わない美しい世界を作るには……命の数を減らすしか無い」

「…………」

「どの世界も同様だ。潜伏期間にこの世界を目にして……それをよく実感した。君たちは何を守ろうとしている? 今日よりも悪くなる未来をか?」

「ゆずきち、何か言ってやって」

「バカなこと言ってないで働きなよ」

 

 

 まるで世間話でもしているかのようにあっけらかんとした言葉に、ヒナヨは吹き出すのを堪えた。パキラの額に青筋が浮き、フラダリの口元に浮かんでいた笑みが消える。

 ユヅキは意に介した様子もなく、続けた。

 

 

「美しい世界なんてどこにも無いよ。『いつも現実は思い通りにいかない。だからどこかで折り合いをつけなきゃいけない』って、お姉もおばーちゃんも言ってた」

「それは倫理観に縛られた凡人の考え方だ。旧態依然とした唾棄すべき思考だ。そんな軟弱でくだらん考え方では、何も為すことはできない」

 

 

 ざわりと大気が揺らめいた。瞬間、ヤバい、とヒナヨは察した。

 刀祢姉妹は共通して「プッツン」するまでが長い。姉の方は一見常時キレているように見えるが、本気になるとあの比ではない――とヨウタから聞いている――ので、実のところ普段から殺意の波動(仮)を放出し続けてガス抜きができている部分はあるのだ。

 対して妹の方。普段から楽天的で怒り方も年相応――やることはえげつないが――で、姉に比べると比較的穏当。なように見える。しかし根本的なところで祖母の教えが根付いているためか思いの外似通っている部分は多い。

 共通して二人にとっての逆鱗と言えるのが、家族だ。中でも祖母を貶められた時には瞬間湯沸かし機もかくやという速度で「プッツン」する。オマケに性質(たち)の悪いことにどちらも怒りの質は冷たく静かだ。そういったところはびっくりするほどよく似ている。

 横から見ているだけだというのに寒気がするほどの闘気が噴出し、周囲の大気が10℃も20℃も低くなったような錯覚を覚えるほどだ。当然、その口から発せられる言葉も冷たく、鋭い。

 

 

「ふーん。それで何もかも切り捨ててやることが、無駄な努力(・・・・・)なんだ。ご苦労さま」

 

 

 ――対して。

 フラダリもまた、その物言いにキレた。

 

 

「新たな世界のための礎となった命を侮辱するか!?」

「くだらない妄想(・・)のために死んだ人たちが可哀想だとは思うよ。けど人間の数が減った程度で争いがなくなるわけないじゃん」

 

 

 燃えるような怒気が大気を焦がす。

 刀祢姉妹は揃ってある種の煽り屋だ。怒りが頂点に達するとまず端的に相手の急所を抉るような言葉を投げかける。単純にそう思っているというのもあるが、そうした方が怒らせやすいという理由もある。

 怒りを抱いた人間は、特殊な才覚が無い限りそれを力に変えるようなことはできない。ほとんどの場合で、力みを生じさせ、行動を直線的にする毒にしかならない。

 だからこそ彼女たちはそれを打ち込む。思想家であるフラダリにとって、自身の大望を愚弄されるというのは自分の全存在を否定されるにも等しかった。

 そして、ヒナヨはそこに更に揺さぶりをかける。

 

 

「ま、そうよね。独り善がりの妄想だわ。人間が増えたらまた皆殺しにするの? その時まであんた生きてるの?」

「……ゼルネアスの力があるなら、それも可能だ」

「あっそ。でもあんたたちみたいな連中を許さない人たちはいくらでも出てくる。私達みたいにね。それを全部皆殺しにしていくわけ。なるほど。あんたたちの言う美しい世界っていうのは、死体の山なワケね!」

「――それ以上の愚弄は許さないわ。シャンデラ!」

「ゴルムス!」

「シャーン……!」

「ゴ」

 

 

 シャンデラが極めて高密度の「シャドーボール」を放つのに対し、ゴルムスが前に出て「シャドーパンチ」を打ち込むことで威力を軽減、相殺する。

 戦闘再開――それを察したヒナヨは、瓦礫の下からのっそりと顔を出したむーちゃんをボールに戻すと代わりにマイちゃんを出し、勢いよく飛びかかってくるコジョンドに対応してもらう。

 

 

「愚弄?」

 

 

 そして。

 実のところ、より強い怒りを秘めているのは、ヒナヨだった。

 

 

「愚弄してるのはあんたたちでしょ。世界も、人間も、積み重ねてきた歴史も何もかも! 戦いってものが少しでも減るように作られた制度や仕組み、人の努力を踏み躙って唾吐きかけてるだけじゃない!!」

 

 

 奥更屋ヒナヨは、自衛官の娘だ。

 父親が家にいないというのは日常茶飯事で、そのことを気に病んでいた時期もあるし、今も完璧に割り切れているとは言い難い。

 ただ、それでも彼女は父親のことが好きだった。父は人を守るために仕事をしているのだと考えると、寂しさも我慢できた。

 

 彼らが日々鍛えているのは何者にも負けない力を備えるため。力を備えるのは、「この国に戦いを仕掛けよう」という人を一人でも減らすため。

 戦うために努力しているのではない。誰かが戦いを起こす気を無くさせるため――それは「争いを無くす」ための一つの手段だと、ヒナヨは父に語られていた。

 あくまでそれは彼女の父親の持論だが、彼女にとってそういう考え方ができる父親の存在は、誇りだった。

 だからこそ、安易な方法で争いを無くすことを訴えるフラダリを嫌悪する。人命を軽視する彼を軽蔑する。

 世の中には善人がいると同時に悪人がいるということも理解している。善良な人間ばかりであってほしいがそうでない世界の現実があることも理解している。

 それでも、その全員が生きてくために「争い」を減らそうと努力している人たちは確かにいるのだ。

 

 ――それを上から目線で嘲弄することは、絶対に許さない。

 

 

「世界のため人間のためなんて御為ごかしもいいところじゃない! 美しい世界がどうのこうのって、あんたの勝手な価値基準を人に押し付けないで!」

「世界の流れを決めているのは、複雑に混ざりあった人間のエゴだ……! 価値観の押し付けなど、世界を作る上で誰もがやってきたこと!」

「過去の価値観に縛られるべきじゃないってほざいてる人が過去の価値観を盾にするんだ。こっすい大人だなぁ」

「あなたももう黙りなさい!! シャンデラ、『れんごく』!」

「『ゴーストダイブ』!」

 

 

 シャンデラの持つ紫色の火炎が突如として勢いを増し、凝縮された火球としてゴルムス――ひいてはその背後にいるユヅキへと向かう。

 フレア団などの組織にとって、敵トレーナーを狙うというのは至極普通で、当然のことだ。リーグ戦など、スタジアムのような場所で行う公式戦ならばいざしらず、影に隠れて攻撃を回避する「ゴーストダイブ」のような技を使えばトレーナーがまず先に攻撃を受けることになってしまう。パキラはそれを理解していた。

 しかし、対するユヅキがここまで経験してきた戦いとは、悪の組織に対するそれだけだ。相手が卑怯な手を打ってくるなど前提でしかなく、その多くは「ポケモントレーナーの」意表を突くことにのみ特化している。彼女らにとっては来ることが予測できている攻撃でしかないのだ。

 ――だが、パキラほどのトレーナーがそれを理解していないはずもなかった。

 

 

「シャンデラ!」

「シャァァァァン」

 

 

 シャンデラが体を揺らすと共に、火球がその矛先をヒナヨへと変える。

 戦うに際して、よりやりやすい(・・・・・)のは彼女だ。ユヅキほどの身体能力も無く、コジョンドに対応するために出したマイちゃん(アマージョ)もくさタイプ。これが通りさえすれば、確実にどちらかは仕留めきることができるはずだった。

 火球が迫るのを目にしたコジョンドが距離を取ると共に、マイちゃんはヒナヨに攻撃を受けさせまいと彼女の前に飛び出した。

 

 

「――マイちゃん、やるよ! 『なげつける』!」

「マァァ――ッ!!」

「!?」

 

 

 結果として「れんごく」が直撃する。が、その動きは一切止まらない。巻き添えを喰らわないために距離を取っていたコジョンドだが、それは同時に邪魔ができない程度に距離を置いてしまった、ということでもある。

 全身を焼きながらも投げられたそのアイテムは、矢のようにシャンデラを射抜くと、その場で弾けて強い衝撃を残した。

 

 

「何を……まさか!」

 

 

 シャンデラの動きが止まる。遠目には分かりづらいものの、たしかに今、間違いなくシャンデラは気絶した。

 パキラは元四天王だ。一瞬のことではあっても、アイテムさえ目にすればそれがどういうものかを把握することはできている。

 

 

(「おうじゃのしるし」!? まさかそんなバカなこと――)

 

 

 だからこそ、パキラにとってそれは小さくない衝撃だった。

 「くろいてっきゅう」や「どくバリ」といったアイテムなら使用例こそあるが、基本、使えばアイテムが必ず壊れる(・・・・・)「なげつける」という技で「おうじゃのしるし」という流通数が少なく、その上軽く小さなアイテムを使用した例はあまり無い。パキラでさえ、それと認識してよく思い返してみなければ記憶が出てこない程度には特異な事例だ。対処法はすぐには浮かばない。

 対するヒナヨは、ゲームにおけるポケモンの対戦環境において長い間しのぎを削ってきた身である。現存する技の特徴は常に頭に入っている。なにせこの世界のポケモンの技というのは、データ上でいくらでも検証が可能なのだ。この場において躊躇など微塵も無い。

 加えて、パキラにとって問題となったのがマイちゃんの存在そのものだ。嗜虐的でプライドが高いアマージョが身を挺してまでトレーナーを守る。ここまではまだいい。しかし勝利のためとはいえ自ら捨て石になるというのは、彼女にとって想定外の事態だったのだ。

 

 一瞬の間隙が生じたパキラだが、彼女の意識を引き戻したのは「ゴーストダイブ」によってシャンデラが戦闘不能になるその直前だった。

 

 

「よし!」

「シャンデラ!」

「シャァ…………アアン!」

「ン……ゴ……!?」

「!?」

 

 

 ――同時に、ゴルムスもその場に崩れ落ちる。

 戦闘不能になってボールに戻ると共に、彼の胸元から開放された極小の「シャドーボール」が天へと消えていった。たった一撃、それもあれほどの小ささで巨大なゴルムスが戦闘不能に追いやられたという事実に、小さな驚きを抱く。

 

 

「鍛え方は悪くないけれど、所詮は促成栽培……まぐれと作戦勝ちで調子に乗るのはやめなさい」

「……へー」

 

 

 パキラの実力というものを、ヒナヨは多少測りかねている部分があった。

 アニメではいまいちその実力を見ることができず、ゲームでは四天王の中でも戦いやすい部類と評価されている。一方で漫画においてはチャンピオンを手球に取り、半殺しにしてしまうほどの実力が示されたりもする。

 今現在、ポケモンを二匹沈めることができていることから考えても流石に絶対に勝てない相手(マスク・オブ・アイス)と言うほどではないにしろ、ポケモンたちの実力だけは相当なものだ。

 

 

「上ッ等じゃないのよ……!!」

 

 

 闘志を剥き出しに、ヒナヨは再びむーちゃんを、ユヅキはメロをボールから出し、備える。

 対するパキラが出すのはコータス。メロやむーちゃんが超質量・超重量を誇るのに対し、コータスは高さ50cm。一見すると頼りない風ではあるのだが、対峙する二匹は威圧感によってその三倍にも四倍にも大きく見えていた。

 

 

「――ゆずきち!」

「うん」

 

 

 姿を見せたコータスに対して、即座にヒナヨはユヅキに対して合図を出した。フラダリとパキラもそれに気付き、ぴくりと小さな反応を見せる。

 先の「じしん」が強く焼き付いた結果だ。どうあってもこれほどのポケモンが出たとなれば、連続での「じしん」に強い警戒を向けざるを得ない、というのはフラダリたちも理解している。

 故に、そこを突く。

 

 

「『すなじごく』!」

「む……!?」

 

 

 突如、地面がその形を失い、流砂と化す。

 足元から攻撃を行う、と見せかけて普通の攻撃を行う、と更に見せかけての足元。一瞬でも意識が逸れればそれで充分だった。

 

 

「メロ、『サイコキネシス』!」

「グロォォォ!」

 

 

 ばくり、と。突如として口を開けた流砂が、フラダリたちを飲み込んでいく。

 念動力で構築された砂の牢獄だ。これをそのまま絞めていけば、ポケモンはどもかくとしてトレーナーは耐えきれないだろう。

 しかし、どちらにしろこの程度で倒せるなどとは欠片も考えないのが彼女らである。

 

 

「このまま行く! むーちゃん、『ギガインパクト』!!」

「むぅぅぅぅ!!」

 

 

 徹底的に、叩き潰す。その意志のもと、むーちゃんの全身の筋肉が隆起し、剛力が足に込められ、山のような膨大な質量が全速力で吶喊する。

 刹那、爆発が起きたかの如く、大音響と衝撃とともに砂が周囲に撒き散らされ――。

 

 

「――今のは、想定よりも効いたぞ」

 

 

 ――現れるのは、全身をボロボロにしながらも健在なフラダリとパキラ。

 そして、未だ倒れぬコジョンドとコータスの姿だった。

 

 

「下がっ……」

「遅い! コジョンド、『とびひざげり』!」

「コータス、『ねっぷう』」

 

 

 フラダリが手ずから鍛え上げたコジョンドの渾身の一撃が、むーちゃんに突き刺さる。一拍遅れて氷に穴でも穿つかのような爆音が周囲に響き渡り……ボールのセーフティが起動。むーちゃんは再びボールの中に戻っていった。

 

 

「平気!?」

「うん、でもむーちゃんが……」

「いいのよ。ゆずきちたち守りきれたし、あっちもダメージ食らってる!」

「……分かった!」

 

 

 唯一の救いは、「ねっぷう」がむーちゃんの巨体で堰き止められ、メロに当たることが無かったことだろうか。

 ヒナヨの手持ちは既に残り二匹。小さく冷や汗が伝うのが分かりながらも、彼女は強気に唇の端を持ち上げる。

 確かに自分の手持ちポケモンたちは消耗が激しい。しかしその分ユヅキのポケモンたちは温存され、対するフラダリたちの手持ちも半分以上削っている。ここで引くわけにはいかなかった。

 

 

「さあ、て――――」

 

 

 問題は、残る二匹のうちの一匹、ドララが未だジヘッドの状態であることだ。

 天才性故にその能力は非常に高いが、果たして実戦でどれほど戦えるかというのは未知数な部分がある。

 メガシンカの使えるルリちゃんは、この状況下では紛れもない切り札だ。しかし、状況を考えれば有効に働く手はルリちゃんを出すということ――。

 どちらを出すにしても、メリットがありデメリットがある。そしてどちらも切り札になりうる能力を秘めている。

 

 一瞬の葛藤。その中で浮かんでくるのは、修行の時の光景とこれまでの戦いの道筋。そして、ある人物の言葉――。

 そしてヒナヨは、ある決断を下した。

 

 

「――――キミに決めた!」

 

 

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