携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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罪過きりさく悪の刃

 

 

 天から降り注ぐ流星が止み、砂埃が晴れた時、その中心にいたギャラドスは地に体を横たえていた。

 最高威力の攻撃を間断なく浴びせた結果だ。これで倒れる気配すら見せないとなれば、まだ神経を削り続ける綱渡りじみた戦闘を継続しなければならないのだ。倒れる姿が見えると、ようやく息もつける。

 

 

「倒した……よ、ね?」

「わかんない」

「うぐうっ!!」

 

 

 余計なことを言わないようにとフラダリの指をもう一本折るユヅキだが、その瞳はギャラドスの元に緩やかに集いつつある何らかの「気」を捉えていた。

 その発生源はゼルネアス。やろうとしていることを把握した時点で、ユヅキの額に冷や汗が浮かんだ。

 

 

「ナっちゃん! ゼルネアスがまだ!!」

「まだやる気!? もういい加減にしてよぉ!!」

 

 

 もうこれ以上戦いたくないしポケモンたちにも戦わせたくない。悲鳴を上げる彼女に、フラダリは脂汗を流しながらもほくそ笑んだ。

 

 

「ゼルネアスには……戦闘不能になろうとも……ギャラドスへ生命エネルギーを送り続けるよう命じている……!」

 

 

 それはある意味、やって当然と言うべき措置ではあった。

 最後の最後の保険。正真正銘の切り札であるからこそ、なんとしてでもこの場に留めんという強烈な執念だ。

 ――しかし、そのエネルギーの流れは、途中で打ち切られる。

 

 

「……何? 何故……何故だ!? 何が起きた!?」

「ジガルデ……」

「……ジガッ」

「じゃないわね……となると……」

 

 

 ゼルネアスとイベルタルを押さえつけているジガルデは、片方の翼を横に振って自分ではないと示した。

 ならば誰が――となれば、もう決まっている。

 

 

「クセロシキのおじさんかな」

「……クセロシキが、だと? 馬鹿な!」

「別に、馬鹿なことじゃないと思うよ」

 

 

 崩落したのは基地最奥部だ。それ以外の場所は未だ原型を留めており、基地各所の研究施設はそのまま利用できる。ゼルネアスの洗脳に使ったのだろう設備も同様だ。

 何でもいいからなんとかしろこの野郎、という曖昧にも程があるヒナヨの言葉に、彼は見事に応じてのけたのだった。

 それによってゼルネアスは自我を取り戻し、ジガルデに押さえつけられるまでもなく、目に見えて大人しくなっている。

 

 

「あなたともう話したくないし、そろそろ黙って」

「モ――――」

「がはっ!!」

 

 

 ユヅキはコスモウムをボールから出してフラダリの頭に叩きつけた。

 10cmという小ささに対して、999kg以上(カンスト)という極まった超質量。人間相手に叩きつけるにはいささか過剰すぎるためユヅキも加減はするが、それはそれとして今すぐ意識を断ち切ってしまいたい意図もあったため、血が流れようともお構いなしである。

 ヒナヨは引いた。

 

 

「ゆずきち……やるならやるでもーちょい穏当にできなかった?」

「ヤだ」

 

 

 単純故に根深い嫌悪を滲ませてユヅキはそう答えた。

 

 

「無理とかじゃなくてやだって」

「ウチあの人嫌いだもん」

 

 

 大量殺人犯という時点で、ユヅキの中ではフラダリの評価は底値を割っている。ユヅキの方がやや子供っぽい反抗心の発露だが、この点は姉妹して共通した考え方をしていると言えるだろう。

 

 

「んでもなー……私は、なんて言うのかな。もしかしたら、出会いに恵まれればもっと違う道もあったのかなって」

「そう? ウチはあんまり思わないかな」

「なんでよ」

「お姉が記憶無くす前に言ってたんだけど、過激なこと言い出す人は特別な経験があってそういう考えに行き着くんじゃなくて、最初からそういう考えの人なんだって」

「ふむ?」

「いろいろ理屈こねくり回してるように見えても、それに論理的な筋道つけようとしてるだけで考えを改める気は無いから、いつか必ずその考えに行き着くし変わらないだろう、って」

「人によるんじゃないの? そんなの。私結構人に流されて意見コロコロ変えるわよ」

「そうかなー」

 

 

 一見和やかにも思えるような言葉を掛け合いながらも、そこに油断の色は無い。まだフラダリとパキラを倒しただけなのだ。

 持ってきておいた頑丈な糸で彼らを拘束。「げんきのかたまり」を使って一時的に体力を取り戻したルリちゃんに下っ端を含めた全員を固めた後は、ドララがそれを見張る役についた。

 

 

「おっ」

 

 

 そんな折のこと。不意にユヅキが抱いていたコスモウムが発光を始めた。

 ――進化の光だ。

 

 

 ○――○――○

 

 

 

 降りかかる雷の雨の中を、黒龍(レックウザ)が縦横無尽に駆ける。

 メガシンカを一時的に解除した彼の目に浮かぶ感情は、憤怒。ただ自分に土をつけたUB(モノ)と同じにおいがするというだけではない。このデンジュモクと呼ばれた不埒者は空という我ら(・・)の領域を侵している。

 「ほうでん」し集中的に撃ち込まれる電撃を「しんそく」で躱し、ヒモ上の肉体全てをまとめて切り裂くかのような威力の「ドラゴンクロー」を叩きつける――。

 その姿を横目で捉えながら、アキラは氷の闘技場――朝木が気を利かせてついでに作ってもらった――の上でランスを睨みつけた。

 

 

「そこを退け」

「断る。これでも責任のある立場でしてね」

 

 

 漆黒の殺意への返答はまた、混じりけなしの拒絶感と嫌悪、そして殺意だった。

 牽制するように一歩踏み出すアキラに対し、ランスもまた一歩、横に踏み出して遠ざかる。理解しているのだ。この少女に近づかれれば終わりだと。敵なら立ち塞がらなくとも地の果てまで追い詰めて斬り殴り擦り潰す。あれはそういう怪異だとランスは認識している。

 また、そのことはアキラも把握している。故の牽制だ。やがてどちらからともなく氷の闘技場の外周を駆け始め、ほぼ同時に中心に向かってボールを投じた。

 

 

「リュオン!」

「クロバット!」

 

 

 地に足がついていたのは、ボールから出たその一瞬のみ。踏み込みと共に二匹のポケモンは急速に距離をゼロに近づけ、翼と拳とを交錯させた。

 「つばめがえし」、そして「かみなりパンチ」。

 これ以上悲劇を生み出さないためにと、トレーナーと共に狂気じみた執念をもってトレーニングを行っていたリュオンの拳は、重い。わずかに掠めただけだというのにクロバットの体は強烈な痛みを訴えていた。

 

 

「……!」

 

 

 対して、リュオンの側もクロバットの練度に驚きを見せる。

 海の魔物より前、最後に戦ったのはダークトリニティだったが、恐らくこのクロバットは彼らのポケモンよりも強い。

 ダークトリニティは戦闘要員として破格の能力を持つが、やはり彼らの本領は影での戦いだ。トレーナーを始末することが選択肢の第一候補として挙がることも多く、必ずしもポケモンバトルで勝つ必要すら無い。その鍛え方も文字通り「対人」に特化している。

 対して、ランスのクロバットは違う。対ポケモンを念頭に置いて鍛え上げた、純粋な戦士のそれだ。

 そう評価したリュオンはギアをトップに上げた。一匹(ひとり)で全員を倒すつもりで全力の八割程度の力で当たっていたが、消耗を気にしていては勝つものも勝てない。

 全開にした波動が暴風のように、周囲の冷気を吹き散らす。

 

 

「加減は期待できそうにないですねぇ……」

 

 

 アキラにとっての本命はサカキであって、それ以外は前座。ランス程度に苦戦してなどいられない――彼女はそう考えるだろうと推測していたのはランス自身だったが、そうではないことはこの一手で知れた。

 やると決めたら徹底的に目の前の敵を鏖殺する。それが彼女だ。最初の戦いでもその次の戦いでもそうだ。真に脅威なのは身体能力ではなく、その意志。独善的にすら取れる、ある意味ではランスたち悪党と似たドス黒い色味を帯びた感情の発露である。

 なまじよく知る性質だからこそ、ランスにとっては想像が至ってしまって恐ろしい。それを彼は思い出した。そしてだからこそ、それを踏み越えるべく手を尽くしてきたということも。

 

 

「クロバット、一度引きなさい!」

「距離を取らせるな!」

 

 

 クロバットが本来得意とするのは接近戦。しかし、特殊攻撃のレパートリーそのものは豊富で、制空権を取られればそれが一気にリュオンへと牙を剥く。

 しかし対するリュオンも百戦錬磨。クロバットならば朝木との模擬戦で幾度となく矛を合わせており、その行動ならばすぐに把握できる範囲のものだ。

 リュオンは地を蹴って跳ぶと、空中で波動を放出して更にもう一度、クロバットの直上へと跳び上がる。そして――直下へ向けて「はっけい」を放った。

 

 

「キィィィィ!!」

 

 

 体重の軽いクロバットはその衝撃と共に氷の床に叩きつけられ、体が跳ねた。

 

 

「『はどうだん』!」

「!? ……『ねっぷう』!」

 

 

 ランスとしては、こうした失敗は既に織り込み済みではあった。

 アキラは本人に天性の戦闘センスと経験、波動使いという特別な素養が備わっている。ポケモンバトルにもそれを応用しており、単純な読み合いの能力ならば歴戦のチャンピオンと比較しても遜色ないほどのものがあると言えよう。だからこそ、競り負けることそのものは予測の範疇でしかない。

 故に、取るべき戦術はとにかくここで何を置いてでも即座に切り返すこと。攻め急いだせいか、アキラの発する指示はクロバットに効果の薄い「はどうだん」。しめた、とランスは唇を持ち上げた。

 口から放出される熱気を巻き込んで、クロバットの羽ばたきが火炎混じりの熱風を巻き起こす――。

 

 

「ルッオオオオオオオォォォッ!!」

 

 

 ――されど、熱気を帯びた()は波動の()によって消し飛ばされる。

 身の丈を遥かに超える大きさに形作られた波動の玉が分裂し、拡散し、その数を数百、数千にまで増やし風を呑み込み強引に捻じ伏せた。

 攻め急いだのではない。その必要すら無い(・・・・・・・・)のだ。徹底的に鍛えに鍛え抜いた基礎能力を最大限に発揮できる技こそが「はどうだん」。この技こそがリュオンの起点なのだ。

 足から波動を放出し、足場とすることで「しんそく」でクロバットへと肉薄。氷の床についたところで展開された「ストーンエッジ」がクロバットを貫く。

 そして、これでもまだ終わらない。

 

 

「『サイコキネシス』……!」

「くっ!?」

 

 

 念動力の網でクロバットを捉えるや、リュオンは勢いよくクロバットの体を振り回す。叩きつけるようにして狙うのは、ランス自身だ。

 殺す、と明確に刻まれた一撃を辛うじて躱すが、そこに生まれた一瞬の隙にアキラは切り込んだ。

 一瞬の踏み込みと波動の放出と特殊な歩法、三種の相乗効果により彼女の姿を見失ったランスは、狼狽によってその場で動きを止めた。

 

 

「――――――」

「う、おおおおおおおぁぁぁっ!!」

 

 

 髪の一房が断ち切られる。

 一瞬の殺意の発露を感じ取り、瀬戸際のところで回避が間に合った形だ。四肢を叩き斬り、相手を徹底的に傷つけ心をへし折り破壊してでも殺さず(・・・)仕留める。彼女の基本にして必殺の戦術である。だからこそ躱せた――と同時に、それが何故躱されたのか、アキラには一瞬分からなかった。

 

 

(……今のは人間の挙動じゃない!)

 

 

 それを把握した時、彼女の頭に浮かんだのは少し前の自分自身、そしてこの世界の人間でありながらレインボーロケット団についた裏切り者。文字通り人間離れしたその動きには、それこそ確かに戦った覚えがあった。

 困惑は一瞬、その一瞬の間にランスはそれこそアキラが対応できないほどの挙動で肉薄した。

 

 

「イクスパンション――――」

「その……通りですよ!」

 

 

 有用性は既に実証された。しかし同時に、ただ単純にイクスパンションスーツを着用しているだけの人間では、体術の関係上絶対にアキラには勝てないことも実証された。

 だからこそここまで、ランスは一度たりともイクスパンションスーツを着用していることを悟らせないための動きをしてきた。全てはただ、近づいてきたアキラを確実に仕留めるためだ。

 かつてのアキラと同等にまで強化され速度を上げた拳が、迫る。

 

 

(――素人の大振りだ! 避けろ! 躱せる!! 躱せ!!)

 

 

 脳内物質が噴出し、思考が加速する。

 こんなところで無意味に攻撃を受けて、よりにもよって最高戦力の一人であるアキラが戦闘不能になるなどあってはならないことだ。

 自身の身体に檄を飛ばし、全力で身体を反らす。

 

 ――直後、顔半分の感覚が消えた。

 

 

「あ゛ッ……ッづう、があああっ!!」

「くおおおおおおっ!!」

 

 

 血飛沫が飛ぶ。

 思わず溢れた悲鳴をかき消すように振るった刀を、ランスは転がって倒れ込むようにして回避した。

 脳内物質が噴出して痛みを覆い隠してこそいるが、掠めた一撃が顔面半分を叩き潰している。左目の視界が完全に消失していることから、血で目が塞がっているというレベルの状態ではないことは確かだった。

 

 

「リオッ!」

「ぬぅ……!」

 

 

 そこで異常を察して割り込むことができたのは、クロバットを先に倒すことができていたおかげだろう。

 腕を振るい床に叩きつけることで氷を散らし、波動を噴出してエネルギーの障壁を作り出す。ランスは大きく後ろに飛び退きながらボールを放り、二匹目のポケモンをその場に呼び出した。

 

 

「マッタドガァァァス」

 

 

 現れたのは、通常種のマタドガス。

 以前、「みちづれ」によってやられたことを思い出したためか、リュオンはわずかに顔を歪めた。

 

 

「狙ってたな、てめぇ……」

「狙っていたに決まっている。他の人間はともかく、あなただけはなんとしてでも仕留めなければならない! そのためなら小細工でもなんでも弄しますとも……!」

「…………く、そッ」

「くそ、というのはこちらの台詞ですよ……」

 

 

 アキラ相手でさえなければイクスパンションスーツの性能頼りに蹂躙できていたのだ。この場で彼女が来たことで方針変更を余儀なくされたランスの側も相当に焦らされていた。

 ここでアキラを殺せなかったのは間違いなくランスの失策だ。目の前にやってきたところを確実に殺すところまでが最大の目標だったのだが、獣じみた反射とランスの体術の拙さのせいでその目論見は潰えることとなった。

 彼女を相手にして殺せなかったというのはそれだけで致命的だ。

 片目を潰した? その程度(・・・・)のことで立ち上がらないわけがない。幻のポケモンの「だいばくはつ」を受け四肢を砕かれてなお不屈の闘志で勝利したような怪物だ。

 

 

「……あの時とは立場が逆転したようなものですね。同じだけの力を持ってみて、振るってみたいという欲が出るのを抑えられませんでしたよ」

「そうかよ……」

「あなたもそうではないのですか? 思えばずっとあなたは我々に憎悪を向け、怒りのまま力を振るってきた。平和な世界ではさぞ力を持て余していたことでしょう」

 

 

 これは推測と言うよりも、むしろ挑発の色合いの方が強い。

 正しいことのために戦っているというのが、彼女にとってのアイデンティティだ。ここまでの彼女の戦闘の記録を紐解けば、そこを突かれた場合には頻繁に怒りを見せている。故に、ここで怒らせれば接近してくるのではないかと考えていたのだ。

 

 

「あなたの負の感情は強すぎる。一般人よりも、むしろ我々と近いところがあるのではないですかねえ?」

「かもしれないな」

 

 

 しかし、アキラが怒りを見せることは無かった。

 自嘲するように、あるいはダメージの深さを示すように深く息をつく。

 

 

「本質的に、わたしは……悪人に近いと思う。暴力的だし、キレっぽいしな。必要なら他人も簡単に傷つけられる」

 

 

 彼女の情動は一般人のそれよりも更にもう少し幼い。その上、レインボーロケット団がやってきてからと言うもの常に不機嫌だ。一時期は思いつめて人を殺すところにまで至りかけた。

 だが、人を殺していないからと言っても、傷つけていることは事実だ。それに罪悪感を抱いていないわけではないが、だからと言ってそれで躊躇することも無い。およそ人道的には善人とは言い難いだろう。

 

 

「……だったら、その中でできることをするだけだ。わたしは犯した罪に怒りを向ける。――(おまえたち)を憎む」

 

 

 だが、それも正しい方へ向けることはできる。

 抜身の刃のような性質しか持ち得ないアキラであっても、平和のために道を切り開くことはできる。本当の意味で「正しい」人間のための礎になることができるのだ。

 

 

「お前達全員を地獄の果まで追い詰めて、一人残らずこの世界から叩き出す。そのためなら悪にでも何にでもなってやる」

「……そうですか」

 

 

 この少女は、揺るがない。

 そんなことははじめから分かっていた。ランスとしても揺るがせることができれば儲けという程度の認識でしかなかったのだ。

 彼女とは決して相容れない。そして悪意を内に秘めてこそいても、悪の側になびくことは絶対に無い。

 殺すか、斬られるか。結末はその二つに一つだ。

 アキラは顔面左側から流れ出る血を拭い、再び構えを取った。

 

 

「――まずはお前からだ」

「いいでしょう。来なさい……!」

 

 

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