ここで確実に
その意志を胸に、アキラとランスは再び駆け出した。
痛みで力が入り、血が噴き出す。リュオンが気にしたように一瞬背後を向き、「いやしのはどう」を発動しかけたが、当のアキラがそれを許さない。
彼女はリュオンと同様、波動によって周囲を感知することができる。所詮片目が潰れた
要は勝てるかどうか。それだけだ。
「『どくガス』!」
「こっち狙いか! 『サイコキネシス』!」
マタドガスの体から勢いよく吹き出す毒ガスだが、それらはまとめて波動を利用したリュオンの「サイコキネシス」によって叩き返されていく。
狙いは間違いなく、傷を負ったアキラへの直接攻撃だ。マタドガスの毒が傷口に入り込みでもすれば、今のアキラではそう遠からず戦闘どころか命が危うい状態に追い込まれることになるだろう。
「焦りましたね! ――『かえんほうしゃ』!」
「!」
しかしそれ故に、予測されている、ないしは対策を立てられているという事実を予測しやすい。
放った毒ガスそのものははがねタイプのリュオンに一切効果がない。だからトレーナーに攻撃する……という先入観を布石にした、
肉体そのものがガスタンクとなっているマタドガスの繊細なガス操作により自らは被害を受けない中、徹底的にリュオンだけに狙いを定め着火、起爆する。
「
超広範囲に及ぶ、焼夷弾じみた可燃性ガスの延焼。敵のポケモンを倒すのに威力ばかりを重視した一点突破は必要ない。全身が炎に包まれればそう遠からずセーフティが働いて勝手にボールへ戻る。
――だが、彼女たちはその思惑すらも
「『みずのはどう』」
「!」
ランスのマタドガスの技が最適なら、リュオンのそれは最速。ダメージを最低限に抑え突き破る、ただそれだけの攻撃だった。
広範囲に向け攻撃が行わているということは一か所あたりの密度はそれほどでもないということだ。一瞬の放出で炎の壁には穴が穿たれ、リュオンがその中心に飛び込み突き破る。
流星のように駆け抜け、
「ドッ……ガァァァ!」
――直後、これが自分の意地だと言わんばかりに、マタドガスは「だいばくはつ」を起こした。
「くっ!?」
「ぬう……!」
ランスの指揮を介さず自らの意思で行われた自爆。以前にアキラが見たものがよりにもよって死亡前提の「だいばくはつ」であったため身構えてしまうが、これは体力が最大限残っている中での、ポケモンの技としての「だいばくはつ」である。場違いにも、彼女は僅かな安心を抱いた。
しかし、どちらにせよ奇襲であることは間違いない。爆風が周囲に広がり、アキラどころかランスまでもを巻き込んで吹き飛ばしていく。イクスパンションスーツの性能頼りで体術の素養に乏しいランスが転がっていくのに対して、アキラは即座に体勢を立て直した。リュオンがボールに戻ったことで戦闘不能に陥ったことを把握。切り返すべくボールを握る……が。
「こふっ……!」
そこで、彼女は急激な呼吸困難に陥った。
血を吐くほどのものではない。しかしこれは――。
(無色透明の毒性ガス!)
マタドガスが「だいばくはつ」を起こしたのはただリュオンへの反撃のためだけではない。自らの内に溜め込んだ混合ガスを、アキラへ吹きかけるためだったのだ。
高い即効性があるためか、既に彼女の体は末端から痺れが生じていた。
その場で即座に思考を回し、二重、三重の罠を張る。ランスが四国襲撃の立役者であることなどはアキラが知る由も無いにしろ、彼の頭が異様に回ることは改めて理解できた。だからこいつとは戦いたくなかったんだ、と苦しげな息が漏れる。
対するランスの内心はと言えば、疲労困憊。彼も間違いなく妙手を打ち続けアキラへダメージを与え続けられているのだが、むしろ精神は常に削られ続けている。
そもそもどんな手を打っても二度、三度程度なら真正面から粉砕するほどの地力があるのだ。戦術も戦略もあったものではない。常に成長肥大化し続ける戦略兵器とでも戦っているような気分になる。こんなものと戦ってもどうすればいいのだというのが本音だ。
しかし他の幹部と当たればまず確実に、丁寧に擦り潰されるだけで終わりだ。大した痛痒も与えられまい。故に自分がやらなければならないのだろうと、ランスは冷や汗を垂らした。
(私が二体目のマタドガスを持っていることは知れている。定石を考えれば彼女が次に出してくるのはガスに対処できるポケモン……そのはずだが……)
それは「はず」でしかないのだ。
彼女は定石を知っているからこそそれを破ることにも何ら躊躇しない。逆に必要なら定石通りの手を打つことにも躊躇は無い。どちらがより効果的か、一瞬で判断して確実に敵を殺しに来る。そういうトレーナーだ。
では対策が意味をなさないかと言われると、今こうして咳き込んで苦しんでいるあたり、そうではない。正面から叩き潰すことのできる作戦は多くとも数個。対応力の更に上を行くことができれば、あるいはこのようにダメージを与え、ポケモンを倒すこともできるかもしれない。
「行きなさい!」
「……頼む!」
ここでランスが選択したポケモンは――やはり、マタドガス。
フェアリータイプであるリージョンフォームのマタドガスは、アキラのポケモンの多くに対して相性が良い。
――問題は、対峙する相手が規格外そのものの存在であったことだろう。
「バァァァァン」
「ド、ドガッ……!」
強靭、巨躯。
ただ巨大というだけでなく、弛まぬ鍛錬によってその戦闘力を伝説の域にまで高めた切り札――ギルだ。
マタドガスは高さ3メートルという巨体を誇るが、ギルはそれよりも更に巨大だ。威圧的に唸り声を上げる彼に萎縮しつつも、マタドガスは逆に威嚇するように煙を吹き出した。
「――『ミストフィールド』!」
「『ストーンエッジ』!」
まるきり躊躇のない破滅的な突撃を前に、マタドガスはまず噴出孔から莫大な量の蒸気をその場に撒き散らした。
ギルが現れたことで、周囲には薄く砂塵が舞っている。アキラの手持ちの内、レックウザを含め三匹がドラゴンタイプ。そう考えれば布石という意味合いもあるだろうが――。
(視界を塞ぎに来たか……)
もっとも、アキラに対して影響は無い。波動によって周囲の状況が把握できているからだ。
しかし一方で、ギルはそうした素養がない。基本的に視覚に頼って戦う以上、彼の攻撃の精度はどうしても落ちる。結果、「ストーンエッジ」の一撃は、氷の闘技場を砕くのみに終わった。
直後、マタドガスがガスの噴出を推進力としてギルの懐へと飛び込んでいく。
「ここです、『ワンダースチーム』!」
「ギル!」
「ドゴガガァアアア……アア!?」
「ギラッ!」
「なっ……!?」
その瞬間を待っていたかのように、カウンターのようにギルの足が正面に向けて勢いよく伸ばされた。
ただの蹴り……であるかのように見えるが、実際のところは、ギルの筋力によって技にまで昇華された事実上の「メガトンキック」。反動によって跳ね飛ばされたマタドガスは闘技場の床に叩きつけられ攻撃の機を逃してしまった。
「『はかいこうせん』!」
「グルァァッ!!」
――そこへ叩きつけられるのは、一条の光線。
黒と紅に彩られた一撃によってマタドガスを巻き込んで床が崩壊していく。しまった、とランスは自身の失策を悟った。
肉弾戦を主体とする……という印象が強いアキラのポケモンへの対策として、いざとなれば敵の目の前で「だいばくはつ」をするよう言いつけているが、距離を離されてしまえば「だいばくはつ」も何も無い!
ならば「みちづれ」を。そう思考しようとした時、彼は既にマタドガスがボールに戻っていることに気がついた。
(間接攻撃が比較的苦手なはずのバンギラスの攻撃で一撃か……!)
ギルは一つ息をつくと、その場で即座に体勢を立て直した。
まともに反動を受けてすらいない。あまりに肉体的に頑強すぎるためだ。これではまずいのではないか、とその威容に対して辟易とするランスに対して、アキラは深く息を吐いた。
だからこそ、彼女は軽く手をかざし、指をくいと曲げて挑発した。
「出せよランス。ウルトラビーストを」
「……何です?」
「出せっつってんだよ。デンジュモクだけじゃないだろ」
確信があった。
アキラがこれまで戦った裏切り者の現地人がウルトラビーストを所持していたことを考えれば、その上役についたランスがウルトラビーストを持っていると考えることが自然なことだ。
マッシブーン、テッカグヤ、ズガドーン、そしてフェローチェ。完全に足止めとして起用されているらしいデンジュモクはともかくとして、アキラには心当たりがあるポケモンがそれら以外に一匹いた。
「――持ってるんだろう。アクジキングを」
「…………」
その想像は、的中していた。
明かしてすらいないような情報を看破されたというのは、ランスにとって望ましくない事態だ。表情に出しはしなくとも、その波動の揺らぎはアキラにも如実に感じ取れる。
アクジキング。その能力は以前彼女が実際に戦って身に沁みて理解している。どれほど攻撃を加えてもヨウタがやって来るまで倒し切ることもできなかったのだ。攻撃能力も極めて高く、当時のギルを一撃で倒しきることができるほどの能力を秘めていた。ポケモンたちをしっかりと鍛え続けているらしい今のランスの手持ちとなっているとなれば、その実力は更に上昇していることだろう。
万が一にも他の面々と戦わせるわけにはいかないのだ。
「後悔しますよ」
「お前がか?」
「減らず口を……」
同時に、互いの腕が掲げられる。
片やボール、片やメガリングという差異はあるものの、そこからポケモンが現れるのと光がギルに結びつくのはほぼ同時だ。
眩い光が周囲を包み込み、刹那の間隙が生じる。そして次の瞬間、闘技場の中央で組み合う巨躯が二つ、現出した。
「ギィィィアアアアアアァァァッ……!!」
「ドォォグイィィィィ……!!」
押し合いは――互角。
ギルとアクジキングの間に、今となっては力の差はほとんど存在しない。
「10まんばりき」の圧力とただただ鍛えに鍛えた「ばかぢから」。ただの押し合いであろうというのにそれだけで死人が出かねないほどの力場が生じる。
(どれだけ鍛えたのか……! メガバンギラスになると力は互角……ですか……!)
(確実に倒せるまで計算して鍛えたつもりでもこれか……! 悪党の癖にどれだけ鍛えてんだクソッタレ……!!)
アキラは、卑怯な手段を用いる人間というのは正面からの戦闘力に乏しいからこそ、そうした手段を用いるのだと認識している。実情を考えてもそれは正確な話で、少なくともこれまでのランスは単純な「力」をそれほど必要としていなかった。
それでも、必死になって鍛えた理由があるとするなら、それは単純な「力」をもってでしか倒せないと感じた相手がいると理解したからだ。
発破をかけたのは自分自身だ。そのことを認めた彼女は、小さく舌打ちをした。
「アクジキング! 『はかいこうせん』!!」
「ギル! ……いや、やれるな!?」
「グァァァァアゥ!!」
「ジッ、グォォォォォォォォオオオオオオ……!!」
アクジキングの攻撃の射出口は自由自在に変えられる。力比べのために両方の触腕が塞がっているというならそれで構わない。腹部がガバリと開き、中空に浮かぶ黒点のように集約された破壊エネルギーが重力を崩壊させるかのように空間を歪ませる。
直後、空間そのものを裂くようにして漆黒の光線が放たれた。
当たれば当然ただでは済まないことだろう。理解している。だからこそ距離を取る……少なくともそれが普通の選択だ。しかし、ギルはその中で更に
光線が体を掠め、表面組織の一部が剥離し消滅する。しかしギルはその巨体に似合わない身軽さで、滑るようにアクジキングの目前、腹部の口の目前にまで躍り出た。
「ガアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「グガアアッ!!」
側面から叩きつける、全力の「アイアンテール」。アクジキングの身がたわみ、横に「く」の字に折れ曲がりかける。
「距離を……いえ、打ち合いのつもりなら応じましょう! 『アームハンマー』ッ!!」
「お前……ッ!」
普通ならここで距離を取る。しかし、ランスもまた安全策を捨てた。以前目にした通り、アクジキングの「アームハンマー」の破壊力は、僅かな予備動作こそ必要になるものの、それこそ空間を削るほどの威力を誇る。
真正面からの打ち合いを望むなら、そうするまでだ。殺気に満ちたランスの目はそう訴えていた。
同時に、アキラへ向けられるもうひとつの目は確かに訴えかけている。「俺ならやれる」と。
故に彼女は、自らの相棒に向け絶対の信頼を載せて指示を発した。
「勝てギル!! 『ストーンエッジ』ィッ!!」
「グルルアアアアアアアアアアアアッッ!!」
アクジキングの右触腕とギルの水晶体が放たれるのはほぼ同時。半ばクロスカウンターめいた、そして普通のポケモンに直撃しようものなら確実に一撃で沈んでいるだろう一撃が互いの頭部に突き刺さる。
そこで先んじて体勢を戻したのはギルだ。
アクジキングに足りない絶対的な「格上」との戦闘経験の差によって、彼は己のダメージがどれほどのものになるかを把握していた。心が決まっていて、体の方が折れてさえいなければ、対処はできずとも身構えることはできる。
心で負けることだけは、絶対にしない。そう決めていた彼は、続けざまに右拳を中空に向けて振り下ろした。
視界が狭まったことで攻撃を外したか――そうランスが思った直後のこと。アクジキングの上空から無数の巨岩が落下する。「いわなだれ」だ。
「ここだ! 『じしん』!!」
落下した岩によってアクジキングの姿勢が下がる。それを蹴りつけ、あるいは踏みつけるようにしてギルが攻撃を叩き込んだ。
「じしん」の超振動を直接相手に向けて打ち込む高等技術だ。全身が沸騰するように震え、振動を殺しきれず宙に浮き右へ左へ上へ下へ、炸裂した衝撃がアクジキングを幾度も打ち上げる。
「グッ、ガアッ、グアアアアアアアアッ!!」
衝撃が駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける。
全身を引きちぎられるような力が直接注ぎ込まれたことでアクジキングはボロ布のように地に落ちた。ミシミシと骨が悲鳴を上げ、断裂した組織の間から体液が漏れる。
その中で――なお、アクジキングは、再び立ち上がった。
「……まだですよ」
「だろうな……」
半ば、確信はしていた。実際に以前、似たような攻撃をしてなお、アクジキングは立ち上がってきたのだ。最後の最後に決着を突けたのはヨウタのラー子が使った「りゅうせいぐん」だ。それだけしなければ、できなければ倒すには至らない。
だから。
「――今度は、わたしたちだけで仕留める。だろ、ギル」
「グウウウゥ……!!」
――絶対の殺意をもって、自分たちだけで再びその身を地に沈めよう。