空間そのものを爆砕しようかとういうほどに破滅的な攻撃の応酬が続く。
「ストーンエッジ」、「ボディプレス」、「かみくだく」、「しっぺがえし」、「ジャイロボール」、「ゆきなだれ」。
手数や巧みさという点で数々の戦闘経験を有するギルの方が一見押してはいるものの、アクジキングの体力は未だ底すら見えはしない。まさしく異次元の頑強さだった。
(――あと何発打てばいい!? ギルはその間もつのか!?)
(――あと何発耐えればいい……!? アクジキングも不死身ではないのですが……!)
互いに焦りが頭をよぎる。即座にそれは戦闘のための思考に戻るが、しかし結局のところ重要なのはそこだ。最終的に勝つのは体力が残っている側である。
ギルの攻撃は強力だが、アクジキングの弱点を突ける攻撃というのはあまりない。「ばかぢから」は強力無比だが少なくないリスクが生じる攻撃でもある。使うならば詰めの一撃だ。「げきりん」はミストフィールドによって威力が減衰させられるため事実上使用は不可。崩れ始めればそのまま押し切れるが、その兆候はまだ見えない。
対するアクジキングも幾度か攻撃を当てることができているが、防御能力が格段に上昇しているメガバンギラスでは倒し切ることはできず、未だ手が緩む気配は無い。攻撃は依然苛烈だ。
(一手、進めますか)
ランスはボールを手に取った。意識を割く対象が増えることは望ましくないが、膠着状態を破るには手を増やす他無い。
「ジバコイル!」
「!」
ほんの一瞬の間隙の中、ギルの体を「ラスターカノン」が貫いた。
超重量級のポケモン同士による激突の最中という極限の緊張下でありながら一瞬でも意識を他所に飛ばした代償は小さくない。指示を受けられなかったアクジキングの体には「ストーンエッジ」が直撃している。ダメージは決して小さくなかった。しかし同時に、ギルの目は「ラスターカノン」の光によって
「グゥィィィイイイイイイイ」
思い切り反動をつけて放たれる、両の触腕の「アームハンマー」。その一撃はギルの体を大きく吹き飛ばし、氷の床を砕き地面を滑る。
「そこです! やりなさいアクジキング!」
「チッ……!」
そこでアクジキングが跳躍する。短い脚をいっぱいに使い、持ち前の筋力によって空高くまで踏み込んだ。
「ヘビーボンバー」、その威力はゲームとは異なり単純に使用者の重量によって決まるものだ。アクジキングの体重はおよそ900kg。考えうる限り最大級の威力を誇るその技が生み出すエネルギーは、空間を歪めるほどの威力を生じさせていた。
その中でアキラは――動かない。なぜなら、もう既に
「ヂュイ」
「!!?」
「グィィギィィイイイイ……!?」
その姿が見えたのは、ランスの視界の端。極めて小さな黄色の影。
これまで、彼女が戦力としてあまり用いることこそ無かったが、しかし戦術の裏で文字通り糸を引いていた世界最小級の虫ポケモン、
(――どういうことです……!? まさか、いや、バカな、これは……!?)
直接的な戦闘力には乏しい、少なくともそういう認識はあった。そしてそれ自体は事実だ。
電気を自ら作り出すことはできない。エネルギーの総量も大きくない。
だが、糸。その一点に限って言うなら、チュリのそれは数トン以上の衝撃であろうとも受け止めて絡め取ることができる。
単純な能力だけならデオキシスやチャムの方が余程早いだろう。しかし、小さいというのはそれだけで小回りが効き、視認性も落ちる。トレーナーから指示を受けるために普段かけているリミッターを外せばただの人間の目には黄色い線にしか映らないことだろう。
そうして張られた「クモのす」は、確かにアクジキングの落下を食い止めた。
トレーナーに愛情を注がれたポケモンは強い。人道に反する行為でも平然と行えるランスであっても、そうした「愛」というファクターがポケモンに与える影響というものは理解していた。
世界にはそれこそ、たった一匹のピカチュウが伝説のポケモンを倒したとか、ウリムーただ一匹で挑戦者をまとめて倒してのけたとかいう事例もあるのだ。
とはいえそれは長い経験からくる努力の産物だ。……少なくともこの光景を見るまではそう思っていた。
チュリはその領域に既に片足を踏み入れている。事実上、ランスに発破をかけてしまい彼を強くしたのがアキラであるとするなら、アキラを強くしたのは地獄のような四国の環境、ひいてはそれを作り出したランスということになる。皮肉なことだが、互いに互いを高め合う結果となっていた。
「怪物が……!!」
「怪物だって」
「ヂーヂッヂ」
――こんなちっぽけなポケモンを怪物と呼ぶか。
おかしそうに、チュリはアキラの頭の上で小さく鳴いた。
やがてぶちりぶちりと少しずつ糸が音を立て千切れ始める。アクジキングが暴れ始めたためだ。だが、既にここまでで数秒は時間をかせぐことができている。
それはつまり、ギルが体勢を元に戻すには充分ということだ。
「ギル、やれ!」
「ギッガ、アアアアアアアァァッ!!」
「グアアアアアアアアアッ!!」
先の「アームハンマー」による強烈なダメージで血を吐きながらも、ギルはアクジキングの足先に手をかけた。
糸が千切れかけている。ならばそれで構わない。どうせ近づいてからがギルにとっての本領だ。
氷の床に叩きつけるようにして、引きずり「落とす」。こいつだけは必ず倒す――その意志のもと、その胸の奥に押し込めた凶暴性を全てこの一瞬に解き放つ。
――「ばかぢから」。
「ギイィィィラアアアアアアアァァアッッ!!」
叩き潰し、押し込み、打ち砕く。
闘技場そのものまでもを破砕し、徹底的に押し込むことで埋めるを通り越し――自滅覚悟で地上へと叩き落とす。
「『じしん』ッ!!」
「グァッ……!?」
「グウゥゥゥァアァアアァァァァッ!!」
そして、地上に到達すると同時に、落下の勢いをそのまま上乗せした「じしん」の威力がアクジキングの全身を貫く。
やがてアクジキングの姿が、ボールのセーフティ機能によってその場から消える。同時に、ギルの受ける反動も決して生半可なものではない。全身の外殻に罅が入り、メガシンカが解除されその場に倒れ込む。ほどなく、ギル自身もボールへと送還された。
「ま、さか」
連戦と奇襲で体力も消耗しているだろうに、宣言通りに彼女らは単独でウルトラビーストを仕留めてのけた。その事実にランスは目を見開いた。
強い強いとは感じていたが、ここまでのものとくればもはや規格外。
(――やはり、この少女だけは……サカキ様のもとへ行かせる前に消耗させるべきだ……!)
理想は殺し切ること。しかし当初の奇襲ではそれが叶わなかった以上、なんとしてでも彼女を消耗させなければならない。
ガスにしろ何にしろ、全てはアキラがサカキと戦う前に彼女を消耗させるためだ。しかし、消耗しているにも関わらず、その瞳は地獄の炎を映しているかのように紅に揺らめき、ランスを射抜いている。
よもや、この一連の攻防は彼女を手負いの獣に変えてしまっただけではないのか。そうした思いがよぎるものの、ここで方針を変えるわけにはいかなかった。
「まだです……! ジバコイル! 『ほうでん』!」
「バリバリィ」
ジバコイルは既にボールの外に出ている。アキラもチュリを出してはいるが、それは先の搦め手のための起用。ギルのように巨体で攻撃を防ぐことはできない。ならば「ほうでん」のような全方位攻撃を放てば、その威力を直接受けることになる。
「う、あぁっ!!」
果たして、アキラはその一撃を受けてしまった。
ランスとの接触を回避するためにも全力で駆け続けている疲労と元から受けていた傷によって体力を奪われたことで、「ほうでん」の僅かな余波を受けた程度のものではある。しかし普通の人間はたった0.1
勝った。その確信が脳裏によぎった時――――。
「パァァァァッッ!!」
「何っ!?」
「コイッ!!?」
ジバコイルの全身を炎が包んだ。
「かえんほうしゃ」、あるいは「だいもんじ」……いずれにせよその威力はジバコイルを一撃で沈めるほどのもの。
どこから、という疑問が湧き出すと共にどうやって、という疑問が同時に吹き出す。
全身を電撃に晒しておいて何とも無いなどということはありえないはずだ。――はずだったのだ。
「……侮った……な……」
わずかに視線をずらせば、そこにはアキラが落としたらしきボール、それも既に開かれたものがあった。
彼女自身も片膝をつき、片目の眼窩から煙が上がっている。しかし確かに生きている。しかしそれはおかしな話なのだ。文字通り地に足のついていない今の彼女が電気を流す先が無いのだから。
「どうやって……!?」
「……電気なら……食ってくれるからな……」
「ヂィ……」
「っ!」
そんな中で示したのは、やはりこれもチュリだった。
普段チュリがアキラの頭の上にいるのは、居心地もあるがそれ以上に彼女が電磁発勁をするのに際して出る余剰電力を食べるためでもある。元々、体内の気を操作して電気を操ることができるアキラだ。ある程度までならば肉体を通すことでチュリを言わばアース代わりとして電気を逃がすことができる。
とはいえ、やはり電気を体の中に通していることからダメージは大きい。全身の筋肉が痙攣しているし、本来投げるべきボールも取り落とすような格好になってしまった。どちらにせよ外の状況を把握していたポケモン側――シャルトがそれを察して自ら外に飛び出たことで、カウンターに成功した。
ジバコイルが受けたのは「だいもんじ」。特性「すりぬけ」によって砕けた床を潜航することで攻撃を的中させたのだった。
「ドラパルト……だと……!?」
そして、それを為したシャルトは、彼らの知る姿から更に変じていた。
ほんの少し前まで、それこそ海の魔物と戦うまでのことは、ランスも情報を収集して理解している。つまりシャルトは、その戦いを経てドロンチからドラパルトへと進化を遂げたということだ。
「……だが、私とて意地がある! 行きなさい、フーディン!」
「フゥゥ……!!」
タイプ相性を考えても圧倒的不利な戦況だ。しかしランスが選んだのは抵抗だった。
最後の最後で逃げの一手を打つために残していたフーディンも、攻撃のために運用する。全てはロケット団の勝利のために。
「狙いはヤツだけでいい! これで殺せ! 『サイコキネシス』ゥ!!」
「フッ! ――――ゥゥウウ!?」
その時、フーディンの動きが突如として停止
――タイムリミットだ。
彼の頭にそんな声が響く。念動力の防壁すら突き破り直に届くほどのテレパシー、そのような強力な念力を扱えるポケモンなどただ一匹。
「デオキシス!」
「
「まったくだよ……」
地上でタワー崩壊に合わせ、ロケット団員の拘束を行っていたデオキシスが仕事を終えてやってきたのだ。
その瞳は無機質でありながらどこか腹立たしさを滲ませている。アキラと心が繋がっているデオキシスは、彼女が受けた苦痛を多少なりともフィードバックしてしまう。不快感は相当なものだった。
「だけど、これで……わたしたちの……勝ちだ」
同時、レックウザがデンジュモクの巨体を引っ張って闘技場へと降り立つ。そのままべしりと床に叩きつけられたデンジュモクは力なく倒れ込み、ランスのボールへと戻っていった。
どうだ、と言わんばかりにレックウザはアキラへ自慢げなかおをして見せたが、本人はそれどころではない。
「チュリ、デオキシス、拘束頼んだ……」
「ヂィ」
「▲△△」
疲労と痛みでへたりこみながらそう指示し、ランスたちを念力で動けなくした後に糸で雁字搦めにする。そこでようやく彼女は緊張を解いた。
疲れた。痛い。一眠りしたい。頭によぎる弱音を強引に捻じ伏せ、素肌が氷の床に貼り付いてしまう前にデオキシスの手を借りながら立ち上がる。
「……勝者の貴女がそのような格好で、私が事実上無傷ですか。まるで真逆ですね」
「わたしは……お前らを倒しに来たんだ。殺しに来たんじゃない」
「どちらにせよ同じことでしょう。この国の基準に照らし合わせても我々のしたことはテロリズム。死刑が妥当なところだ。死なせるために殺さないなど……」
「やかましい。わたしの勝手で殺せば……それはお前らと同じだ。お前たちは私怨で殺しはしない。法のもとで裁かれて――罪を償え」
「なんとまあ、甘いことを……」
「……だろうな。けど」
だとしても、強くなったのはそのためだ。
実力が拮抗していれば、ともすれば殺すしかない、死ぬしかないという状況に陥ることもありうる。
だから「殺さない」ということを選択肢に上げるために、徹底的に鍛える。今アキラにできることが暴力であるからこそ、それを徹底的に突き詰める。自分以外の誰かが、更に新たな選択肢を上げてくれることも信じて。
それは自分自身、人殺しになることを厭うということもあるが――そうなろうとした時に仲間たちが引き止めてくれたことを理解しているからだ。
「その甘い自分の方がいいって人たちがいるんだ。なら、わたしはこの自分を貫くだけだ」