携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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心火灯すれいとうパンチ

 

「ニドクイン、『ふぶき』」

「――ガブリアス、突っ込め! 『ドラゴンダイブ』ッ!!」

 

 

 それは、じめんタイプの、そして「とくこう」の低いポケモンが放ったものとしては明らかに規格外の「ふぶき」だった。

 濃すぎる密度が視界を奪い、尋常ではない冷気がトレーナーの体温をも奪い、根本的な力量(レベル)が違う、と確信させられる。

 一発一発がまさしく必殺。なぜ悪党がこうまで練り上げてんだ、と朝木は内心で慟哭した。

 それでも彼は恐れる己の心を一喝する。退けば死ぬ。退くくらいなら死ぬ。彼はあえて一歩前に出た。

 

 

「そこだッ!」

「グルッ……!」

 

 

 全身を凍えさせながらも、朝木は極めて小さな隙間を見抜いた。

 この吹雪はポケモンの発生させた面攻撃であると同時に、容易にコントロールすることはできない「現象」でもある。故に、一見しただけでは分からない一定の指向性や癖、あるいは濃淡が存在する。ガブリアスは全速力で指示された場所へと飛び込み、ニドクインに肉薄してみせた。

 サカキは思わず瞠目した。信頼関係が結ばれているとは言い難いにも関わらず、気に入らない相手(サカキ)をぶっ飛ばすという一点のみで通じ合い、指示を成立させていることは元より、一歩間違えれば確実に凍死する領域に踏み込む胆力も凡百のトレーナーとは確実に一線を画する。

 

 

「ガアァァァッ!!」

「クアアァッ!!」 

 

 

 直後、ニドクインの「メガトンキック」とガブリアスの蹴りが激突する。

 これでブロスターに続き、二匹目の脱落だ。ふ、とサカキが鼻を鳴らしたその時、全身を震わせたニドクインが膝をついてボールに送還された。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 いくらガブリアスが種族的に強靭だとはいえ、「ふぶき」で弱りきった今の激突に威力など乗っていないはずだった。

 ありえない、という驚きが頭によぎるよりも速く、大地のサカキの感性がその攻撃の正体を看破する。

 

 

「『じしん』のエネルギーを直に叩き込んだか!」

「どうだろうな……!」

 

 

 この技術を常用できるほど鍛えたアキラのポケモンたちとは異なり、朝木のガブリアスの一撃は曲芸じみた初見殺しでしかない。そもそも「じしん」をまともに使えるポケモンは他におらず、心理的にも既にもはや使()()()()()()状態にまで追い込まれていた。

 圧倒的格上であるが故の油断を失った相手に、奇策は通用しない。

 キュレムはミュウツーと対峙し、空中戦を繰り広げて横槍を入れることを防がれている。

 彼は震える手で次のモンスターボールを掲げた。

 

 

「臆する気は無いか」

「ビビってイモ引いてられるほど賢くねーんでな……!」

 

 

 そんな小賢しい自分は少し前に捨てた。

 だからこそ、絶大な戦力差があろうとも、格好悪かろうとも、みっともなくとも、立ち向かうことを決めたのだ。

 朝木のモンスターボールから飛び出したマニューラが、高速でサカキ本人を狙い回り込む。しかし、それをこともなげに止めたのは、二番手となるニドキングだった。

 

 

「『にどげり』」

「『みきり』!」

 

 

 空気が爆ぜるそのすれすれを、マニューラは滑った。

 サカキのニドキングにとって、これは小手調べもいいところだ。だというのに、一撃でも貰えば死が見えると錯覚するほどの威力と重圧が秘められている。

 「みきり」は無敵の回避手段ではない。それを示すように、丸太よりも太いニドキングの足が徐々にマニューラを捉え始める。

 

 

「時間稼ぎのつもりかね?」

「当然だろクソッタレ!」

 

 

 朝木にとっての勝利条件とは、自分自身の勝利ではない。結局のところ「サカキを倒す」、この一点さえ完遂できるならそれで十分なのだ。

 足止めを食らっている最大戦力のアキラがこの場に来ればそれでいい。彼は、自分では勝てないにせよ、仲間たちならば絶対に勝てるという盲信にも近い信頼があった。

 

 

「諦める気もねえがよ!」

「ニュッ!」

 

 

 三度目の「にどげり」を回避したその時、マニューラの腕にまとわせた「こごえるかぜ」が直にニドキングの顔面に吹きかけられた。

 視界を奪う、というのは通常のバトルにおいても有用な、しかしあまり褒められたものではない戦術だ。しかし、悪の組織の長であるところのサカキにとって、その手のダーティな戦術はよく慣れたものでしかない。当然、ニドキングも視界を封じられている中での戦闘方法も会得している。

 マニューラの戦法は主にその鋭い爪を用いた接近戦。それを封じるために尻尾が振るわれ強制的に距離を取らされ、「あばれる」ことで相手を近づけさせない。

 紛れもなく有効な定石だ。――故に、読み切れた。

 瞬時に距離を取ったマニューラは「こうそくいどう」で「かげぶんしん」を作り出し始めた。

 

 

「撹乱が通用すると思ったか! 『じしん』!」

「ドッッ!!」

「ぐあぁ!!」

「む――ニドキング!」

 

 

 全方位に攻撃したにも関わらず、悲鳴が一つきりという状況に、サカキは即座に反応を見せた。

 ニドキングもまた、サカキのポケモンとして十分、十二分な力を有している。視界が戻ったその瞬間に、技の反動も意に介さずサカキを守りに向かった。

 朝木に限った話でもなく、ポケモンとのファーストコンタクトが最悪の状況だったこの世界の住人の認識は、「バトル」ではなく「戦闘」である。故にトレーナーを狙うなど日常茶飯事であり、反則や禁じ手という概念すら存在しない。隙が生じたなら、攻撃して当然のものだ。

 

 

「『れいとうパンチ』!」

「ニュッ!!」

 

 

 それは、寸分狂わず()()()()()()突き刺さった。

 サカキを守ることにリソースを費やしているからこそ生じる隙を突いた一撃だ。打撃音が大きく響き、衝撃が空を突き抜ける。

 だが、それでも――それでも倒れないからこそ、サカキは組織の頂点たりうるのだ。

 同時に、それを分かっているからこそ、朝木レイジはここでサカキと相対している。倒せなくて当たり前だと理解しているからこそ、手を緩めることを放棄していた。

 

 

「ラアアアァァッ!!」

 

 

 マニューラの裂帛の気合と共に幾重にも攻撃が叩き込まれていく。拳法に習熟したアキラとそのポケモンたちの技の冴えは、近いところでよく見ていたので知っている。

 技術は、「わざ」を効率化し、その威力をより高める。見て学ぶ、という武術の基礎段階に到達したマニューラのわざの威力は、普通のポケモンとは一線を画する。

 

 ――それでも。

 

 

(倒れねえ……!?)

 

 

 じめんタイプに対するこおりタイプの攻撃は、威力が倍加する。それを何度も打ち込まれ、しかしニドキングは倒れない。

 単純な能力差か、上手く打撃をいなす技術か、それとも格上としての執念か。王者(キング)は、己が倒れることを許さない。

 

 

「下がれマニューラ!!」

「遅い! 『だいもんじ』!」

 

 

 結果的に深追いになってしまったことを悔やむが、既に遅い。サカキの指示によって放たれた「だいもんじ」がマニューラを包んで焼き焦がす。

 一方、マニューラも単にやられ放題というわけではない。冷気を出して火を強引に掻き消すことでこの一撃から逃れ、わずかな体力を残すことに成功する。飛び出したのは朝木のいる方向だ。彼もまた、飛び込んでくるマニューラにまとわりつく火を己の体で無理矢理に消し止めた。

 

 

「ニュヴウ……!!」

「っ……やれるか!?」

「……!」

 

 

 火傷の痛みに歯噛みしながらも問いかければ、マニューラは意識を朦朧とさせながらも、しかしはっきりと頷きを返した。

 本当にこのまま戦わせていいのか――とよぎる迷いを振り払う。どれだけ嫌でも恐ろしくとも、今戦わねば未来はどこにも無いのだから。

 

 

「よく頑張ろうとするものだ」

「当たり前だろ……! 俺が……大人(おれら)が頑張らないで誰がやるんだ……!」

「より強い者に任せればいいだろうに」

「そうやって任せっきりにしたから、子供が苦しんでるんじゃねえかよ!!」

 

 

 彼は何度もその様を間近で見ることになった。

 それは朝木の力不足というある種の致し方ない面こそあるが、一方でそれを仕方ないと定義づけすることはもう彼にはできなかった。

 自分は弱い、だから何もしない――そして自分よりも遥かに幼い子供たちが傷つくことに見て見ぬふりをする。

 かつて医の道を志したからこそ、彼はもうその選択ができない。

 

 

「一回間違ったからって二度も三度も間違ってたまるかっ!」

 

 

 「一度間違えた」その姿を一番近い場所で見ていたからこそ、マニューラはその心の移り変わりを知っている。だからこそ、その言葉に奮起する。

 当初の朝木は酷いものだった。心は腐り、ポケモンたちにもナメられ、完全に折れきっていた。しかし、そんな彼が今は最強の敵に啖呵を吐けるほどにまで至っている。どれだけ傷ついても立って敵に立ち向かえる強固な心を手にしている。

 触れたものに凍傷を与えるとされる爪を持つマニューラの魂は、今最も熱く燃えていた。

 

 

「その力は惜しい。我々の軍門に再び降るつもりは無いか?」

「くどい! 俺はあの子たちにもう二度と恥ずかしい俺を見せはしねえ!!」

「――残念だ。ニドキング、『ロックブラスト』!」

 

 

 サカキも一廉(ひとかど)のトレーナーだ。確実に倒したと思ったポケモンでも、その能力値がどれほど隔絶していても、なぜか起き上がってくるという例を知っている。

 それがただの偶然なのか、それともトレーナーとの絆のなせる技なのか、判別はつかない。しかし、確実にとどめを差すにはこういった技が有効だということもまた知っていた。

 一発、マニューラの腕が弾かれる。

 二発。頭冠に直撃し、たたらを踏む。

 三発。右側部に直撃した岩石がマニューラを回転させながら吹き飛ばす。

 四発。致命傷となる一撃が腹部に投げ込まれ――。

 

 ――マニューラは、朝木を悲しませまいと立ち上がり、五発目の岩を踏み越えた。

 

 

 「!!」

 

 

 最後の力を振り絞った一撃がニドキングの顔面を捉える。

 冷気が一気にニドキングを包み、その体力を奪い去り――直後、両者は同時にボールに送還された。

 もしもサカキが純粋なジムリーダーであれば、本気のサカキを相手にたった一匹のポケモンで一矢報いたとしてバッジを与えていたことだろう。無論、今はそうではない。薄く好戦的な笑みを見せたサカキが次に選んだポケモンが姿を表すのと、朝木がボールを投げるのはほぼ同時だった。

 

 

「ドサイドン!」

「ジャローダッ……!」

 

 

 重量級の二体が出揃い、氷のリングにヒビが入る。しかし激突には至らない。

 ドサイドンの攻撃能力は一般的なポケモンの中でも群を抜いて高い。迂闊に近寄ればほぼ確実に一撃で倒される。故にジャローダは迂闊に動けない。

 一方、重厚な甲殻故に素早さに関しては非常に低い。故に、まずは相手の行動を待つためドサイドンは動けない。

 性根が一般人でしかない朝木に戦いの機を読むようなことはできない。ただ、今この場に全力を費やすと決めた。やるのなら、先手が取れる今しか無い!

 

 

「ジャローダ、セット!」

「ロロッ!」

 

 

 読まれても構わない。なぜなら「これ」はそういう技だ。

 凝縮するエネルギーの塊を目にしたサカキのドサイドンは、瞬時に対応の構えを取った。

 

 

「ほう、面白い。ドサイドン!」

「グオ――!!」

 

 

 その掌に開いた穴からエネルギーが放出され、巨大な岩石が形作られる。

 「がんせきほう」――紛れもなくドサイドン最強の技であり、究極技にも比肩しうるほどの威力を秘めたある種の切り札。

 自分たちより明らかに後にチャージを始めたというのに、どう考えても溜めが早い。だが、互いの相性の問題は確実にある。エネルギーをチャージする早さを競っているのではない。

 

 

「――『ハードプラント』ォ!!」

「『がんせきほう』!」

 

 

 二つの究極技相当のエネルギーが解き放たれ、絡み合う。

 荒れ狂う木の根が氷のリングを砕きながらドサイドンに迫り、放たれた巨岩が木の根を逆に破壊する。

 ――弱点でこれかよ!

 漏れかけた弱音を必死に飲み込む。相反するエネルギーであろうともこれなのだとしても、それは諦める理由にはならない。なんとしてでも、この一撃を届かせなければならない。

 だから、この一撃は、「がんせきほう」を無視し左右から挟み込むような形でドサイドンを襲った。

 

 

「む!?」

「これでェッ!」

 

 

 ほぼ同時に、互いの攻撃が激突する音が響いた。

 ジャローダが崩れ落ち、ボールへと送還される――しかし一方、ドサイドンは倒れない。

 最大の弱点となるタイプの、それも究極技によってダメージを受けたのだ。ほとんど動けない状態に相違ない。しかし、彼もまたサカキを長年支えたポケモンである。

 ()()()()()()()()()()()、トレーナーのために己が倒れることを許さなかったのだ。

 

 

「く……そっ……!」

「今のは少し……ヒヤヒヤさせられたぞ……!」

 

 

 無傷ではない、しかし、残る朝木のポケモンはクロバットと、そしてこちらへの加勢ができないキュレムのみ。

 それでもまだ負けられない――そう決意した彼の目に、紅の色が映った。

 天から降る、火炎の翼だ。

 

 

「シャァァァァッッ!!」

「ドッ、ゴオオオ!!?」

 

 

 思わず、朝木の口元が緩む。上空からの一撃によって倒れたドサイドンの上に立つその姿は、紛れもなくこの場における最強の味方の相棒のそれだ。

 

 

「待たせてごめん。よくもたせてくれた」

「……へ、へへ。俺がケリつけても良かったんだけどな」

 

 

 強がりを吐きながらも、朝木は思わず安心の息をつく。

 先の激戦のせいで傷だらけにも関わらず、依然その姿は闘志に溢れていて、恐らく彼の知る誰よりも頼もしい。

 

 

「――お前だけは絶対に逃さん」

「逃げると思っているのか? このサカキが」

 

 

 この場で再び、刀祢アキラとレインボーロケット団のボス、サカキが相対した。

 

 




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