携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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並行世界間のサイコシフト

 

 

 圧力を伴った空気が満ちる。一般人でしかない朝木にとっては質量すら感じるほどの、一方で、戦いの場に身を置いてきたサカキにとっては心地よさを覚えるほどの重圧だ。

 殺気の嵐の中、倒れ伏したドサイドンがサカキのボールに送還される。手負いとはいえ、二対一。そして思わぬ粘りによって朝木が実質三体のポケモンを倒している。数の利は確実にアキラたちにあった。

 

 

「諦めろ。詰みだ」

「フフフ……随分一方的なものの見方だ。アサリナ・ヨウタはどこへ行った?」

「読みが外れて別行動だ。だが――この戦力でも十分だっただろ?」

 

 

 ヨウタは彼らの戦力のうち、最強の一翼だ。戦術的、戦略的にこの戦いに参加させない理由が一切無い。ならば別行動をしていることには特別な理由があるはずだ。

 ただの挑発とも取れる先の言葉。読み、というそれもまた判断要素になりえた。

 

 

「彼は、私が逃げる前提でウルトラホールで出待ちでもしているのかな?」

 

 

 一瞬、アキラの額にシワが寄ったのを、サカキは見逃さなかった。

 なるほど、局地的な戦闘に勝つだけならヨウタの力は絶対に必要だろう。だが、それだけではサカキには戦略的に絶対に勝てない。彼はウルトラビーストに依存しない世界を移動する手段を手にしているのだから。

 二度も同じように逃がすわけにはいかない。故に、出入り口を封鎖する。対策としては間違っていないだろう。

 

 

「それで、勝算があるのかね?」

 

 

 ――それは全て、アキラたちがサカキを逃走にまで追い込めるという前提があって成立するものだ。

 

 

「無くてここに来るわけねーだろ」

 

 

 アキラの腕にはめられたメガリングがその輝きを増す。トレーナーに過度の負担を強いるが故に、一日に多数回の使用は控えるべきメガシンカだが――ことここに至って躊躇する理由は無かった。

 既にこの日は三度目。幾度となくダメージを受けている彼女にとっては、慣れているとはいえ多大な負担だ。顔色がより一層悪くなる。それでも倒れること無く、その場で地を踏みしめて見せた。

 その目には、相討ちとなってでも、自爆してでも、刺し違えてでも、確実にサカキだけはここで討つという覚悟に満ちていた。

 ウルトラホールの向こう側にいるだろうヨウタに、既存技術で連絡は取れない。故にどうあってもこのまま戦うしかない。朝木は霞む視界の中、再びボールを構えた。

 

 

「ふむ……では、もう少し状況を複雑にしよう。ダグトリオ、『じわれ』だ」

「あ……?」

 

 

 この場で一度も目にしたことがないはずのポケモンに呼びかけるサカキに、朝木は眉をひそめた。

 よもやブラフかと訝しむのもつかの間、音を立てて氷のリングが砕け始める。二人の脳を緊張感が染め上げた。

 

 

「嘘だろ、いつの間にダグトリオなんて出してた!?」

 

 

 確かに朝木は眼の前の戦いに集中し、サカキから可能な限り目を外さなかった。しかし、「ふぶき」を受けた時などはその限りではなく、出せるタイミングは無数にあるのだ。

 戦闘時となれば自分も同じ状態になりうる。アキラもこれを責めるようなことを言う気は無かった。が、足場が崩れることは看過できないのも確かだ。

 

 

「オイオイオイオイ、冗談じゃねえぞ!」

「デオキシス!」

「△△△△」

 

 

 こうなれば、いちいち崩壊を止めるよりも一度崩してしまった方がいい。デオキシスのサイコパワーは非常に高く、ポケモンとトレーナーを同時に宙に浮かせたまま戦うことは難しくなかった。

 強引に閉じてダグトリオを圧迫、ダメージを与えて送還する手もあるが、相手にはメガミュウツーYがいる。伝説のポケモンという括りこそ共通しているが、よりサイコパワーに特化したメガシンカを遂げたメガミュウツーYに念動力では敵わない。デオキシスの強みはその変形能力による状況への即時対応と、黒い穴による技を介さない移動能力だ。正面から対抗せずとも強みを活かせばいい。

 だが――。

 

 

「ケェーッ!!」

「う、うお、何だこいつら!? クロバット!」

「バッ!?」

 

 

 突如、この場に現れた闖入者がアキラと朝木の思考を遮る。思わず、朝木はクロバットを出して抵抗を見せる。

 オニドリルだ。それも野生の個体には無い、洗練された動きを見せている。見れば、崩壊したタワーの脇に出た団員が群をなし上空のアキラたちを見据えていた。

 横槍を防ぐためにわざわざ空中に氷のリングを作り出して戦っていたというのに、これではいつ致命的な妨害が入るとも知れない。朝木とアキラは互いに視線を交わし、頷きあった。

 

 

「キュレム、来い!」

「チャム、デオキシス、行くぞ!」

 

 

 互いの役割を理解した二人は即座に動き出した。向かう先は、上と下。朝木は下に向かい横槍を防ぐための盾となり、アキラは上へ、一振りの刃となってただ敵を討ちに向かう。

 そして、開戦を告げたのは最速のデオキシス・スピードフォルム。数十の分身体(シャドー)に分裂し、放たれたのは同数の濃緑色の球体――「エナジーボール」だ。

 まずは数を減らす。空中で身動きの取りづらいダグトリオだが、メガミュウツーYのサイコパワーはそういった常識を超えてくる。埋まった氷ごと飛んでくるのは当然として、その状態を利用して攻撃を仕掛けてこられればただでは済まないだろう。

 

 

「防げ、ミュウツー!」

「ブッ壊せチャム!」

 

 

 故にサカキは堅実に手を打つ。メガミュウツーYはそのサイコパワーを用いて広く、強固な幾多の「ひかりのかべ」、「リフレクター」を張るが、同じエスパータイプのポケモンを扱う者同士、狙いは読めている。最速の「かそく」によって一気に距離を詰めたチャムは、一息にこの複合障壁を「かわらわり」して粉砕してのけた。

 ――ここまでは互いの読み通りだ。

 アキラのポケモンたちは全体的に高速戦闘に長けており、先手を取ることはサカキにも容易に読める。そして同時に、これを凌ぐための手段があることをアキラは知っている。故にここまでの流れは予定調和に近い。

 

 

(問題は次だ)

(そう来るだろうな。だが……)

 

 

 だからこそ、本当に読みが必要になるのはここから先だと両者が共に理解していた。

 

 

「デオキシス!!」

「!」

 

 

 ダグトリオはその生態の都合上、空中にいる状態で接近戦を行うことはできない。ダブルバトルの様相を呈しているとはいえ、この点は確実にサカキが劣っている部分だ。

 デオキシスの分身体(シャドー)が姿を消し、パワーを一点に集中させ、姿をアタックフォルムへと変身させる。放たれたのはほんの一発の、しかし当たれば致命的となる「シャドーボール」。

 

 

(正面から! しかしデオキシスには分身を作り出す能力がある。単に一発きりと考えるのは早計!)

()()()()()!! 当てて潰す!!)

 

 

 奇襲を狙うと読んだサカキに対し、アキラはこの一発こそを徹すべきだと考えた。

 確証は無い。ただ、直感がそう告げた。正面から砕け、と。

 サカキは生粋の武断派マフィアであり、舐められたら殺すを地で行く無法者だ。しかしアキラはそうではない。どれだけ憎しみを抱こうとも、殺してやると強い言葉を吐こうとも、その本質は武人でも戦士でもなく、武道家でしかない。武芸百般の腕前は、強すぎる力を持て余さず人を傷つけないために磨かれたものだ。どこまでも正道を見据え続けてきたからこそ、ここで互いの思惑が交錯した。

 

 

「▲▽▽▽!!」

「ミュ……!?」

 

 

 一切の無駄玉を省いた乾坤一擲の一投。想定外の一撃に対し、サカキは流石に目を剥いた。

 不意打ちに備えていたからこそ、守備を固めきれない。彼がここで選んだのは、念力でその位置取りを変え、ダグトリオを盾にすることだった。

 

 

「!!」

「確か……()()だったな!?」

「ダグッ……!」

 

 

 更に、勢いのままダグトリオがチャムに接近、その勢いで自身が埋まっている氷塊ごと己の身を弾丸とし――直に「じしん」を叩き込む。

 まさに自分たちが編み出した技術だ。見様見真似で再現されたことにアキラは一瞬驚愕しながらも、ちょっとした発想の転換でできる程度のものだと割り切り、チャムの目を見る。半ば「ひんし」に近づきつつも、そこには未だ闘志がみなぎっていた。

 そして落下の最中、ダグトリオとメガミュウツーYの姿が一瞬、重なるのを見逃す彼らではない。

 

 

「『ブラストバーン』!!」

「カッ……シャアアァァァッ!!」

 

 

 自身の体内で荒れ狂う攻撃エネルギーに耐えながらも、チャムは最後に超高温の一撃をダグトリオに浴びせた。

 そして、攻撃の対象はダグトリオだけではない。ボールに送還されたダグトリオの直線上にいるメガミュウツーYもまた同様だ。ほんの数秒前に砕かれた複合壁の再展開はこのタイミングでは不可能。ただでさえデオキシスに注いでいた注意が削がれ、その身が火炎に包まれる。

 

 

「ウウウウウウウゥゥ!!」

 

 

 そんな中でも、メガミュウツーYの凶暴性が削がれることは無い。反撃に放った「サイコキネシス」が残る体力を奪い去り、チャムは強制的にボールに送還される。

 アキラは一筋、冷や汗が伝うのを感じた。彼女の持つ空中戦力は少ない。対してサカキはもう一体、ミュウツーを残している。場合によってはそれ以上の隠し玉もあって然るべきだろう。

 朝木のキュレムがいれば再度氷のリングを作り出すことも可能だが、今も下で足止めのために幹部格と激闘を繰り広げている彼を呼び戻すわけにはいかない。かと言って、デオキシスのサイコパワーを注いでもらって「壁」を利用したリングを即席で作ってもらうというのも、これだけの緊張感の中では不可能だった。

 

 

『ボス!』

「今忙しいのだがな」

『申し訳ありません、ですが報告です』

 

 

 そんな中、唐突にサカキの持つ通信機が声を発する。一切アキラに対する警戒と集中は切らさず、しかし彼はその報告に耳を傾けた。

 

 

『現在一般人の制圧にかかっています。タワーを離脱したゲーチス様が陣頭指揮を取り、敵本拠地前でトレーナー二名と戦闘中』

「っ……」

 

 

 危惧していたことが現実となったことに、アキラは歯噛みした。

 ワープからの本拠地への奇襲で勝負を決めようとしたのは、そもそも根本的な戦力差が大きすぎるためだ。個々人の実力で上回っていようとも、それで得られるのは戦術的勝利だけだ。それでも、勝利を重ねていけばサカキに牙を届かせることができるが――長い時間をかけてしまえば、それは絶対に叶わない。

 必要とあらば、サカキは逃げる。臆面もなく逃げる。彼はたとえ敗北しても、それを糧に一から修行し直す気概を持つ武人気質だが、その数年後にはロケット団を再結成しようとするなど根本的な部分で諦めが悪く、そして頑なだ。

 ()()()()倒さなければまた逃げる。そして再びここではないどこか、あるいはこの場所で悪事を働く。

 ここで本拠地を破壊し、サカキを釘付けにすれば、という浅い思考はやはり読まれていたらしい。それこそ「ついで」に倒しておこうと考えていたゲーチスは、難を逃れて敵本拠地――即ちアキラたちの居住地へと向かっている。東雲やナナセを残していたのは、「ゲーチスなら確実に卑怯な手を打ってくる」と断言し強弁したヒナヨの言葉に従ったためだが、本当にこうして来られるとそれはそれで困るというのがアキラの思いだ。

 

 

『こちらフレア団アジト――跡地。トレーナー二名を発見、これから戦闘に入ります』

(まずい……!)

「フ……いいのかね?」

 

 

 そして、戦力不足にかかる大きな問題がこれだ。レインボーロケット団は湯水のように人員を動員できる。よって間断なく攻められれば、体力が尽きるまで延々と相手をしなければならなくなってしまう。

 フレア団アジトが壊滅していて、二人が残っているということは勝利はしたのだろう。しかし、同時にヒナヨとユヅキの二人は満身創痍のはずだ。逃げる手段くらいは残していておかしくはないが、その状態でもどこまで粘れるか。

 今すぐ助けに向かいたい、という気持ちを必死に抑え、サカキを見据えながらも次のボールを取り出す。

 仲間を思うが故に、絶対に仲間を助けに行くことはできない。

 

 

「信じるさ。お前ら程度には負けないって」

 

 

 何も考えぬように、息を吐く。精神的動揺はそのまま指示に影響する。

 そうして一歩踏み出した、その時だった。

 

 

『ぐわっ!?』

 

 

 通信機の先から、突如として悲鳴が聞こえた。直後に通信機が落下したらしく、地面に打ち付ける嫌な音が響く。

 

 ――何が起きた?

 

 サカキの頭に疑問が渦巻く。

 あるいは、ここで増援がやってくるというのも決してありえないことではないかもしれない。しかし、曲がりなりにも幹部格がいるところに乱入して無事で済む者がそういるか、という話にもなってくる。

 転んだというのも考えづらい。ならば確実に何かが起きたはずだ。それを示すように、通信機を持ち上げる音がした。

 

 

『あなた、わたくしの娘を人質に取ったそうね?』

 

 

 可憐な女性の声だというのに、地獄の底から響くように怒りをあらわにしているのが、通信機越しにも理解できた。

 何事かと驚かされているのは、サカキ一人。アキラはこの声を耳にして、この場に来て初めて笑みをこぼした。

 

 

「ようやく来たか」

『ボス、大変です! こちらフレア団本部跡地、()()()()()()()が……ぐあぁ!』

 

 

 アキラは、ヨウタがウルトラホールで出待ちしているというサカキの推測を、肯定も否定もしなかった。それは単にサカキと言葉を交わす必要性を感じなかったのもあるが、何より変に喋ってボロを出すのを防ぐためでもあった。

 

 

「何をした……いや、まさか。そうか。そういうことか……!」

 

 

 これはこの世界のための戦いだが、ヨウタたちの世界も無関係ではいられない。

 だから、ほしぐもちゃんがソルガレオに戻ったことで二つの世界の行き来ができるようになった時、アキラはヨウタに頼んでいたのだ。

 

 ――ヨウタには一度元の世界に戻ってきてもらいたい。

 ――こっちの世界で確実にレインボーロケット団にトドメを刺すために、信頼できる仲間を集めてきてほしいんだ。

 

 その言葉に従い、ヨウタはごく短時間でアローラのあちこちを奔走した。

 そして、ヨウタにとって信頼できる者――即ち、島巡りによって得た友人たちを総動員し、この世界に帰還したのだ。

 

 

「お待たせ、アキラ!」

 

 

 次元を裂いて、ソルガレオ(ほしぐもちゃん)と共にヨウタがその姿を現す。

 待ち伏せなどではなく、奇襲でもなく、ただ正々堂々と戦力を集めて正面から叩き潰す――ここからが本当の意味での最終決戦だと、遅れてやってきた彼の目が告げていた。

 

 

 

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