携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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 一部三人称です。




十倍返しのアクセルロック

 

 

「――――何サマなんだよあの女!」

 

 

 アキラが出て行った後、朝木は逆ギレしていた。

 彼女の言っていることが決して間違っていないということは、朝木にも理解できている。だが、だからと言ってその正論をはいそうですかと言って飲み込むことは、彼にはできなかった。

 

 

「……言い方は、もうちょっと考えるべきだったかもしれないけどね」

「でも、アキラってそういうこと苦手そうロ……」

 

 

 無関心を装ってはいるが、彼女が朝木の言葉に憤りを感じているのは間違いない。ヨウタとアキラの二人しか今は戦える人間がいないから、年上としての義務感で半ば無理矢理冷静さを保っているのが彼女だ。本質的には、サカキからの通信の直後に見せた姿のように、スカル団もかくやというほどに直情的で短絡的である。あれで抑えているというのが奇跡に等しいと言えよう。

 

 ふと、ヨウタは朝木が視線を向けてきているとことに気付いた。

 

 

「何?」

 

 

 問うと、朝木は言い辛そうにしながらも、なんとか口を開く。

 

 

「お前さ……」

「『お前』じゃないよ。僕の名前はヨウタ」

「あ、わ、悪い……ヨウタは……」

「ちょっと待ってほしい。僕は名乗ったんだから、あなたの名前も教えてくれないかな?」

「え……何で?」

「僕からなんて呼べばいいのか分からないじゃないか」

「朝木……レイジ」

「レイジさんだね。それで、何?」

 

 

 ヨウタは改めて自分の方から切り出した。

 朝木はレインボーロケット団に従った人間だ。アキラは問題は(なくも)ないなどと言っていたが、それでヨウタの警戒心が薄れたわけではない。できるだけ、会話の主導権は自分が握らないといけないと考えていた。

 また、参考になるかどうかはともかく、何故レインボーロケット団に従うことにしたのか……そういったことを、今後のために知っておくべきじゃないかという考えもあった。

 

 

「いや、何でお前ら……じゃない、ヨウタ君たちはあんな……ロケット団と戦おうなんて思ったんだ? 怖くないのかよ?」

「怖いよ。けど、他にできる人がいないから」

 

 

 僕のことは知ってるよね? というヨウタの問いかけに、朝木は少し考えながら頷いた。

 彼がポケモン世界の住人であることは、レインボーロケット団に下った人間の中では周知の事実だ。

 

 

「投げ出したって誰も怒らないじゃないか……」

「僕が僕を許せなくなる」

「へっ……子供だな。無鉄砲で世間知らずで命知らず……」

「じゃあ大人は、慎重で賢いから動かないの?」

「そうさ。大人はな、子供よりも色んな経験してるから、現実が見えてて賢いんだよ」

 

 

 ――だからどんどん卑怯になっていく。

 朝木は自嘲するようにそう呟いた。

 

 

「勝てもしない相手に死ぬ気で挑むくらいなら、別の有意義なことを探した方が得だ。やっても無意味だ。時間の無駄だ。どうせ俺には才能が無いんだから。荷が重いんだよ。大丈夫、他の誰かがやるさ。俺は悪くない――ってな。大人になっていくにつれて、そんな声が頭の中で語り掛けてくる。実際、身の丈に合わない馬鹿なことしてさ、志望校には落ちるし、就職も失敗した。今度こそ賢い選択をした……はずだったんだ」

 

 

 ツイてねえ、と絞り出す声に、震えるような音が混じるのをヨウタは聞いた。同時にそうか、とある確信に至る。

 

 朝木の根底に根付いているのは、保身だ。

 

 彼は、過去の失敗や人生経験の中で、「自分の利益を損なうこと」を病的なまでに恐れている。

 他人を見下したり、馬鹿にするような扱いをしているのはそのためだ。実情がどうあれ、自分が他人よりも上に立っていると感じられなければ心が保てないのだ。

 死なないことを何よりも優先していたのは、「あいつらは死んだ愚かな人間、自分は生き残った有能な人間」だと――言ってみれば、マウントを取って精神的優位を取り続けていなければ、安心ができないからだ。

 

 背景の事情までは見えないが、何か辛いことがあったから、このような性格が形成されたのかもしれない、とヨウタは推察した。

 朝木は自分の保身的な性格をある程度までは自覚できている。だから、どこまでも中途半端なのだ。保身に走って自分以外全てのものを見下して生きるか、あるいはそれも自覚しきった上で折り合いをつけて生きていくか、そのどちらかに降り切れていれば、ここまでの無様は見せなかっただろう。保身に振り切れようと思うと、捨てきれてない善性が邪魔をしに来るのだ。

 

 ヨウタは軽く目を伏せた。どれほど同情しても、それをどうこうできるのは自分自身だけだ。アキラのように刺激しすぎるのも良くはない。

 

 

「確かに、僕もアキラも、あまり頭は良くないと思う」

「お……おう」

 

 

 気を遣われたことを察したのか、朝木は僅かに頬を朱に染めた。

 見た目の見苦しさにロトムは若干引いた。

 

 

「けど、戦ってる人たちを否定しないでほしいんだ。みんな、誰かを守ったり、何かを取り戻すために戦ってる。アキラはおばあさんや知り合いを守りたいって言ってる。レインボーロケット団に逆らってる人たちは、きっと『いつもの何気ない日々』を取り戻したいんだと思ってる。そういう人たちに、ただ馬鹿だなって思うのは……悲しいことなんじゃないかって、思う」

 

 

 朝木は、ひどく複雑な表情をして見せた。ほんの少し、後悔するように自分の頭に手をやると、今度はようやく膝から頭を離した。

 

 

「……そうだな。ごめんな、ヨウタ君」

「ううん」

 

 

 その頬にくっきりと膝の赤い跡が残っているのを、ロトムは見逃さなかった。

 朝木はせめてもう少し格好をつけることをするべきではないだろうかと、彼女は強く思った。

 

 

 それから数分ほどが経ち、多少落ち着いてきたはずの朝木は、唐突に何か思い出したように顔を青くした。

 どうしたの、とヨウタが問うと、言い辛そうにしながらも朝木は思い切ってヨウタに切り出す。

 

 

「し、市役所に、ロケット団に逆らった人たちが捕まってるんだ。人質ってか、うん、人質として。俺たち、こんな派手に出て来て、あの人たち見せしめにされたり、しやしないかな……とか……」

「は? ちょ、ちょっと待って!?」

「え? 聞いてない……?」

「アキラ、確かメディカルマシンのことしか言ってなかったロ」

「ウワー!! 何してるんだよアキラのバカッ!!」

 

 

 まずいまずいまずい、とヨウタの頭の中が焦燥に染まる。

 忘れてたという可能性は拭えない。何せ敵と見たらまずどう殴るかを考え始める頭空っぽのアキラだ。ゴタゴタがあればすっぽりと頭から抜け落ちてしまうくらいはやりかねない。

 だが一番の問題は、それも彼女の計算のうちというパターンだ。人質がいると聞けば、ヨウタは飛び出すに決まっている。それを見越して、人質がいるということを告げずに、戦いに集中させようとしている――なんてことがあってもおかしくない。ランスとの戦いでもやけにクレバーな部分を見せた彼女だ。仮にそうなったとしてもある意味で納得はいく。

 

 どちらにしてもこのままじゃマズい! そう判断してシェルから飛び出したヨウタは――直後、遠方から爆発音が響くのを聞いた。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 外を警戒すること十分と少々。市役所の方から聞こえてきた轟音に、そろそろかなと思って腰を上げる。

 ――と同時に、何やら慌てた様子のヨウタがシェルから出てきた。いったいどうしたんだ?

 

 

「アキラ! 市役所! 爆発! 人質!!」

「は?」

「市役所に人質がいるはずだけど、あの爆発は何? 大丈夫なの? っていう話だと思うロト」

「通訳ありがとうロトム」

 

 

 よっぽど焦ってたんだな。

 ……そういえばオレ、ダークトリニティが来たせいで伝え忘れてたっけか。やっべぇ。

 

 

「ごめん、言い忘れてた。捕まってる人たちに、もしあいつらが襲ってくるようならこの子に守ってもらってくれ、って言ってミミ子を預けてきたんだ」

「えっ。………………オアァァァ!! ホントだラー子しかいない!!」

 

 

 シェルの中を行ったり来たり、モンスターボールを確認して顔を青くしたり赤くしたり、ヨウタのやつせわしないな……いやオレが悪いんだけど。

 

 

「だからあれはミミ子が暴れてる……んだと思う。すぐに市役所に戻ろう。長くはもたない」

「そ、そうだ! レイジさん! お願いします!」

「お、おお……お、送っていくだけでいいんだよな!?」

「それ以上は期待してねえよ」

 

 

 朝木の様子がさっきより落ち着いてきてる。ヨウタと打ち解けられでもしたのだろうか。

 オレに対してやけにビビってるのは変わりないが、まあスムーズに話が進むんならそれに越したことは無い。

 朝木が運転席に、オレとヨウタがシェルにそれぞれ乗り込み、発進する。

 

 

「作戦はどうする?」

「オレが正面から陽動する。ヨウタは四階にいる人質の人たちを直接助けに行ってくれ」

「シンプルすぎないかな?」

「現場は多分混乱してるだろうし、むしろシンプルなくらいがやりやすい。人が足りないから小難しい作戦なんてやれないし……思いつかないしな」

「最後が本音?」

「……うん」

 

 

 一対一の格闘術なら腕に覚えはあるけど、戦術とか戦略となるとからっきしだ。昔はもうちょっとできてたんだけど……そこんとこは、今更言っても仕方ない。

 

 

「ってことだから、ラー子はヨウタが連れて行ってくれ」

「分かった。じゃあ、アキラは代わりにワン太を連れて行って。地上戦は得意だから」

「ん」

 

 

 モンスターボールをそれぞれやり取りして、おおよその準備は完了。そうこうしている内に見覚えのある光景が近づいて来たので、そろそろかと運転席に呼びかける。

 

 

「もういい、ここで止めてくれ」

「へ!? ここで……?」

「足はある」

 

 

 路肩に停めた車から出て、無人の民家の庭先へと向かう。よし、ちゃんと見つからなかったみたいだ。

 

 

「じゃあ……気をつけて!」

「お互いに」

 

 

 シェルの中から呼びかけてくるヨウタに応じながら、オレは車道に出したバイクのエンジンを始動した。

 電磁発勁――発動に問題は無し。よし、行ける。

 ここからは、二人と八匹の総力戦だ。

 

 

「行くぞ、ワン太、チュリ、チャム!」

 

 

 モンスターボールを放り、三匹を外に出す。ワン太はオレの隣に、チュリはオレの服に、チャムはワン太の背にそれぞれしがみつく。

 そして――勢いよく回るアクセルと共に、小さくうなりを上げるエンジンが、作戦の開始を告げた。

 

 

「アオオオオオオォォォオン!!」

 

 

 まだ遠くにいるはずのレインボーロケット団員に向けてか、ワン太が遠吠えを放つ。

 威嚇のつもりだろうか、あるいは、溜まったフラストレーションを解き放っているのか……いずれにしても、心強い。

 

 ワン太の足は、驚くほどに速い。

 オレのバイクは特注品だ。普段出すことはないものの、最高で300km/hの速度を出すこともできる。足並みをそろえることが大事だし、ワン太はそもそもどの程度の速度を出せるかも分からない。そこを考えた上で、徐々にギアを上げて行っていたのだが……ワン太は余裕すら感じさせる表情で、悠々と並走してくる。

 メディカルマシンに入ってたとはいえ、休めたのはほんの三十分ほど。体力の回復具合も半分と言ったところなんじゃないだろうか。それでこの速度か。やべーな、なんて呑気な感想が口から漏れそうになる。

 

 ポケモンって、すごい。もしかしたら彼らの本当の力は、こんなものじゃ済まないんじゃないだろうか。

 隠している――隠れているのかどうかはともかく、どれほどスピードを上げてもなおワン太は当然という顔をして、時には不敵な笑みさえ浮かべながら、それに応じてくれている。

 

 

「――――行くぞみんな! 全力で……正面突破だ!」

「ワンッ!!」

「ヂュイッ!」

「ピヨォォォ……」

 

 

 逆風に耐えるチュリとチャム、意気軒高とした様子で吼えるワン太。

 ぐんぐんと近づいて来る市役所の方には、突然の事態のせいで混乱に陥るレインボーロケット団員の姿が見える。ポケモンは展開しているようだが、そのポケモンもトレーナーの混乱が伝わってまともに統制できてない。

 

 これなら数の差も関係ない――やり合える!

 

 

「ワン太、『アクセルロック』! チャムは『ひのこ』だ! 手当たり次第に撃ちまくれ! 今度は効くぞ!」

 

 

 急激に速度を上げ、生体エネルギーによって多数の岩塊を作り出して突撃するワン太。遅れるようにして、オレも駐車場中央へと躍り出る。

 ドリフトによってゴムが焼け、煙を撒き散らしながら周囲の人間をもなぎ倒す。ぽっかりと穴の開いたようなかっこうになった市役所駐車場中央に踏み込むと、わっと周囲に喧騒が広がった。

 

 

「白いのか!?」

「戻ってきたのか!? だったら――ごあっ!?」

「ルガルガンだと!? まさかアサリナ・ヨウタもいるのか!?」

「違う、ヤツはいないぞ!!」

「いや待て、隠れて……」

「そんなことはいいから倒せ、倒せぇぇっ!!」

「うわああああああああ!!」

「遅いッ!!」

「ゴフォッ!?」

 

 

 襲ってくるのは、数十匹にもなるポケモンたちの群れ。それらをワン太は力任せに吹き飛ばしていく。

 体力が尽き果てていた先程までは、絶対にできなかった芸当だ。心なしか生き生きとした様子で、目の前に現れる敵をなぎ倒していく。

 時折背中のチャムが放つ「ひのこ」が、また絶妙に敵の目くらましや足止め……時には直接的なダメージソースにもなって、ワン太をサポートしている。

 そうやって開いた隙間に飛び込めば、大抵はレインボーロケット団員の姿があって――――

 

 

「やあァッ!」

「ガハッッ!!?」

 

 

 面白いように、攻撃が入る。

 今は怪我の影響で足技しか使えないが、それを補って余りあるほどに動きやすい。

 オレに攻撃しようとするポケモンはワン太やチャムが対処し、指示を出すトレーナーはオレが蹴り飛ばす。背後など、目の届かない位置にいる敵はチュリが「いとをはく」で拘束し、時折適当な場所に放った「くものす」に当てに行くような形で敵を蹴り込めば、糸ダルマが出来上がる。

 

 だいたい、分かった。充分に育ったポケモンたちと共闘すれば、有象無象の一般団員なんてものの数じゃない。幹部級の実力者の持つポケモン相手でもなければ――止められはしない!

 

 

「バケモノかよあいつはぁ!?」

「止めろ……止めろォォォォォ!!」

「何を小娘一人にてこずっている! いいからポケモンをぶつけるんだよ!」

「ダメです! ルガルガンに止められ……こッ!?」

「糸!? ひ、ヒィィィ!!」

 

 

 怒号と悲鳴の行きかう戦場のただなか、オレは何人目かも分からない敵を蹴り倒しながら上層階に向けて、叫ぶ。

 

 

「――――出てこいランス! 決着をつけてやるッ!!」

 

 

 








 三階、市長室。階下の地獄を目にしながら、ランスは少女の声を聞いて、「あ、これは逃げなければ殺されますね」と確信して白目を剥いた。



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