――攻撃の余波となる煙が晴れたその時、まず最初に姿を見せたのは黒い翼だった。
急ぎすぎたか、とヨウタは小さく口の中で舌打ちをする。ヨウタの狙いは、三匹全てを一発で排除することだ。
しかし、ゴーストタイプの攻撃に対し耐性を持つファイヤーが前に出た――否、強制的に前に出されたことで、これを防がれた。既に全身から発するオーラが尽きつつあるファイヤーの戦闘継続はほぼ不可能だろうが、だとしても最後の一撃は来るだろうと彼は睨んだ。
「ファイヤー。『おきみやげ』」
「なっ……!?」
そして、サカキはその残った体力を、全力でヨウタたちのポケモンの妨害に注ぎ込んだ。
不服そうにしながらもしっかりと発動した「おきみやげ」によって発された黒いオーラが、周囲に降り注ぎモク太、ラー子、ベノンに絡みついていく。
(厄介な……!)
ヨウタが考えるに、この技の厄介なところは一度ボールに戻しさえすればステータス異常を解除できる点だ。これによって、そんな暇は一切無いにも関わらずボールに戻すかどうかの駆け引きの余地が生じてしまっている。
ここで手を止めるのは愚策だ。しかし、サンダーとフリーザーが残っている現状、能力値が下がっている状態で戦闘を続行するのにも抵抗がある。だからこそそういう部分を狙っているのは理解できるが、それでも思考の余地が残るというのはトレーナーにとって最も嫌な隙の突き方だ。
「止まるなッ!!」
それを、アキラが後ろから突き飛ばすように声をかけて思考の余地を失わせた。
ここで手を緩めることは、即ちサカキが反撃をする隙を晒すということに他ならない。リージョンフォームの三鳥はその外見に違わず強い攻撃性を有し、ひとたび攻勢に移ればそのまま手持ちの一匹や二匹は確実に打倒してのける。このまま殴り勝つことにしか勝機は無いとアキラは肌で感じていた。
「ベノン、『10まんボルト』!」
「ゴァアァ!!」
寸でのところで、サンダーはこれを回避した。しかし、目前に迫った雷撃を回避するには相当な無理をする必要がある。ラー子がその隙を突くように眼前に躍り出る。
「数はこっちが上だ! ここまでの戦いで消耗もしてる! 押し込め!」
「――分かってる! ラー子、『エアスラッシュ』!」
ほぼ密着した状態での一撃が、ついにサンダーに突き刺さった。
そこからは完全に意地の張り合いだ。既に体力が尽きかけているラー子を早急に押し潰すべく、サンダーが「インファイト」を仕掛けるが、それによって下がった防御能力につけ込むように幾度も「かみなりパンチ」をぶつけて体力を奪う。
当然、フリーザーがそれを黙って見ているということはできない。「いてつくしせん」による凍結効果を狙いモク太に襲いかかるが、「視線」という媒介が存在しているために、寸でのところで闇に紛れたモク太を捉えるには至らない。
「後ろだフリーザー! 『ぼうふ――」
「『エアカッター』!!」
「!」
ベノン――アーゴヨンの強みは、10キロメートル先にまで届くほどの毒の出力であると同時に、それだけの遠方にまで届かせられるほど正確に狙いをつけられる目だ。
ただでさえ急所に当たりやすい空気の刃が、更なる正確さでフリーザーに、そしてラー子と格闘戦を演じているサンダーにすら、攻撃の隙間を縫うようにして同時に襲いかかる。
急所にさえ当たれば、攻撃能力が減じていようとも問題はない。数の差を利用した波状攻撃に、サカキは思わず歯噛みした。
(あまりにも自然な連携! これは……もたんか!)
――ならば、
サカキは、その場で考えを切り替えた。伝説のポケモン三匹を利用してなお、打倒したポケモンは未だ二匹のみ。しかし、逆に言えば手練れのトレーナーの鍛え上げられたポケモン二匹を下すことができた以上、即席の奥の手としては上々と呼ぶべきか。
「サンダー! 『ブレイブバード』! フリーザー! 『はかいこうせん』!」
「――!」
空気が変わった、と二人は肌で感じ取った。
戦う、ではなく倒す。何をもってしてでも撃滅する。半ば破れかぶれなそれは、ある意味ではアキラたちにとって最も致命的なものだった。
「道連れ狙いか……! ヨウタ!」
「分かってる! けど……!」
ラー子を突き飛ばすようにして走るサンダーが、更にモク太をも刺し違える覚悟で「ブレイブバード」の一撃を狙う。
そして一方、フリーザーの狙いはベノンだ。カウンタースナイプを受けることはもはや前提のものとして、確実にその戦力を削ぐべく全能力を注ぎ込んだ一撃が放たれた。
「――ベノン! 『りゅうせいぐん』!!」
「モク太! 『ハードプラント』ッ!!」
――迎え撃つのは、これもまた全能力を注ぎ込んだ全身全霊の、究極技とそれに類する一撃。
両者の攻撃が激突すると共に、攻撃エネルギーが周囲に伝播し爆発を生む。衝撃波がアキラたちを飲み込み、その身をわずかに外縁部に向かって吹き飛ばした。
爆発の中心にいたポケモンたちは、当然ながら戦闘不能に陥る。
「……デオキシス!!」
「コケコ!」
その中でも、気を抜くことは許されなかった。メガミュウツーYが残っているなら、まだ現状は戦闘中でしかない。
意識を上空へ向ければ、依然としてデオキシスたちの激戦が続いているのが目に入る。しかし、同時に形勢は既にほぼ決していた。原因は、先の「ゴーストダイブ」により刻まれた傷だ。そこから崩れかけたメガミュウツーYに対しカプ・コケコが一気に攻勢に転じ、これを追い詰めたのだ。
「ミュウツー! 『みがわり』を生成しろ!」
「もう遅い! 『シャドーボール』!」
「『ダメおし』!」
見る間にメガミュウツーYのメガシンカが解除されて落下し、サカキのボールへと強制送還される。
――こうなることは、半ば彼にとっても想定内ではあった。
以前も、サカキはヨウタに敗北している。そのヨウタも旅の中で激戦を経て更に成長しているのに、その彼と同等にまで成長したアキラを同時に相手することになれば、不利に陥ることは疑いようがなかった。
だからこそ、彼も鍛えると同時に最後の切り札を用意していたのだ。
たとえメガミュウツーYを倒されようとも、そこから先の戦いには必ず勝利する――そんなポケモンを目指し、そして作り上げた成果があった。
「よし、これで!」
「最後だ……!!」
「……このポケモンまで引きずり出されるとはな」
つぶやき、開閉スイッチを押す。
――直後、アキラは脳を直に揺さぶられるような衝撃を味わった。
波動を感知できるからこそ分かる、極めて歪なオーラ。ポケモンの善悪を規定するのはあくまでトレーナーであるという観念すら揺らぎかねないほどに凶悪で、思わず吐いてしまいそうなほどだ。
「黒い……ミュウツー……!?」
ヨウタが想起したのは、兵器として改造された伝説のポケモン、ダークルギアだった。
しかし、それはおよそ従順とは言い難くプライドの高い伝説のポケモンを兵器として運用するための改造で、最初からサカキに従うよう調整されたミュウツーにこれを施す必要は本来無い。それでも伊達や酔狂で見た目を変えているとは到底思えない。
様子を見るべきか? 躊躇いが生まれたその時、やはり先に行動するのは隣にいる白い少女だった。
「黒かろうが紫だろうが、倒すことに何も変わりないだろ!」
先手を取って、勝負を決める。アキラはどのようなポケモンが出てこようとも即座に攻撃に移ることを決めていた。
残る一体のミュウツーがメガミュウツーXにメガシンカすることは知っている。メガミュウツーXのタイプはエスパー・かくとう。よってエスパータイプの攻撃も半減することなく十全に機能する。
ならば、と即座に動いたのがデオキシスだ。アタックフォルムに変身した彼は、その両腕でサイコパワーを凝縮した球体を形作り、メガシンカの光からミュウツーに即座に撃ち放った。
「サイコブースト」――究極技にも匹敵するほどの破壊力を秘めた一撃だ。まともなポケモンならば、それどころか、通常のメガミュウツーXであれど倒れていておかしくはない一撃だ。
しかし、黒い影は倒れない。
胸部の結晶体を妖しく輝かせた黒いメガミュウツーXは、己の健在を示すように爆発的なエネルギーをその場に迸らせた。
「『サイコブースト』を受けて無傷……!?」
「……効いてないってことは無いはずだ」
ダメージそのものは小さくない。しかし、それを内側から生じる莫大なエネルギーで強引に治癒し続けている。
何だこいつは、と思わず呟く。規格外の存在であることは見れば分かるが、だとしても規格外が過ぎていた。
「とある地方に、黒いミュウツーの噂がある」
「あ?」
その疑問に応じ、解答を示すようにサカキは口を開いた。
「とある特殊な鉱石に支配され、融合され、攻撃性とその能力を大いに高めた特異個体……私はそれをモデルに、我がレインボーロケット団独自のアプローチで再現を行った。それが結実したのが、このダークミュウツーだ」
「ダークルギアやシャドウポケモンの発展型……」
もっとも、およそ「兵器」と呼ぶに相応しい能力と無機質さを見せていたダークルギアと比較した場合、このダークミュウツーは凶暴性がより高まっている。よく見ればシャドウポケモンのそれに似た波動を発しており、個としての戦闘力と判断力を損なわないまま、その能力だけを突き詰めて向上させた印象が強い。
よりエネルギーが向上しているのは、胸に突き刺さった結晶体のせいだろうか。その由来をアキラは推測できなかったが、ヨウタは恐らく他の地方に存在する何らかのアイテムだろうと目星をつけた。パルデア地方にこの輝きに似た、強いエネルギーを発する結晶が存在するという話だけは博士から聞いたことがあったからだ。
そのエネルギーをメガシンカのような特殊状態ではなく、純粋に己の能力の向上や「じこさいせい」に割り当てている。「サイコブースト」は確かに直撃はしたのだ。その端から再生して見せているだけで。
ある意味、アキラの行動は正解ではある。「じこさいせい」に使用できるエネルギーは有限だ。攻撃すればするほどそのエネルギーも早く尽きる。一方で、戦闘中に「じこさいせい」を技として用いるのなら大きな隙が生じる。徹底的に攻勢に出て、削り切る以外に手は無いというのが実情だろう。
「コケコ、まだやれるよね!?」
「ケッコォォ!!」
「すまない、デオキシス! やるぞ!」
「▽▽」
「ミュウツー! 迎え撃て!!」
真っ先に先行したのは、稲妻に乗って突撃したカプ・コケコだ。「ブレイブバード」の一撃が雷撃とともに迫るが、ダークミュウツーは動じない。むしろ、全身の筋肉を隆起させ、真正面から受け止めるように、あるいはカウンターを叩きつけるようにしてこれに「サイコブレイク」を放った。
「マリ子! ワン太!」
「マリッ!」
「ガオオォッ!!」
「む……!」
互いの首が跳ね上げられると共に、ヨウタはマリ子とワン太を共にボールから外に出す。
絶対に勝たなければならない現状、ウルトラホールを監視しサカキの逃走を防ぐ役目を請け負うほしぐもちゃんを除けば、戦力を遊ばせておく余裕など無いためだ。
「『じゃれつく』! 『バークアウト』!」
「『じしん』!!」
朱色のオーラを顕在化させて突撃するマリ子と、黒い波動を吠え放つワン太。そして打ち合いを続けるカプ・コケコを同時に相手取るにはこれ以上の技は無い――しかし、同時にその威力は戦闘艇に大いにダメージを与えてなお余りあるほどのものだ。一瞬、沈み込むように墜落しかけたそれにつられ、全員の体が宙に浮き、カプ・コケコが連戦とこの「じしん」によって叩き込まれたエネルギーを受け戦闘不能に陥る。
「う、おお!?」
「くっ! ――デオキシス!?」
ここだ、とばかりにミュウツーは前に出た。「じしん」の影響で立ち上がりきれない二匹に追撃を仕掛けるべく、サイコパワーと同時に黒いオーラを顕在化させる。
その予備動作を感知したアキラに共鳴したデオキシスは、己の判断でディフェンスフォルムに変身。マリ子とワン太の前に出ることで守りを固めた。
「『ダークストーム』!」
――そして、黒い旋風が吹き荒れる。
ダーク技は、あらゆるタイプに対して効果が抜群になるという特徴がある。デオキシスに対してもそれは当然、有効だ。
風に交じるエネルギーによってじりじりと体力が削られるのを、デオキシスは感じ取った。しかし、それでも彼は決して倒れるつもりは無い。仲間を守り、一欠片の体力を残すために、彼は全力で障壁を張り続ける。
「――『ミラーコート』」
黒い嵐が途切れた、その刹那のことだった。
ほんの僅かに体力を残したデオキシスは、その全てを振り絞りミュウツーへ反撃の一矢を撃ち込んだ。
この攻撃に当たることだけは避けねばならないとばかりにミュウツーが転移しかけるが、それを食い止めたのは横から飛び出してきたワン太だ。余波ですら受ければ己が倒れるということも承知の上で、彼はミュウツーの足を「かみくだく」ことでテレポートを封じ、その場に強引に釘付けにした。
「ミュウツー! 身を守れ!」
サカキの指示に従い、ミュウツーはその場に「みがわり」のエネルギーを作り出し盾とした。
一気に削がれた体力はオートで発動する「じこさいせい」によって補給されるが、同時に結晶体に溜め込んだエネルギーも大いに減少する。
「まだだぁっ!! マリ子、『アクアブレイク』!」
「ミュウツー! 『かみなり』!」
なんとしてでも追撃を叩き込む、その一念で突撃したマリ子の攻撃は、確かにミュウツーに直撃した。
同時に、ゼロ距離で浴びた「かみなり」の一撃がその身を焦がし、体力を一気に奪い去る。
攻撃能力を徹底的に強化したダークミュウツーは、攻撃を行うごとに常に反動で己の体力を削るほどの威力の攻撃を行える。同時に、こうして削がれた体力は結晶体から注がれるエネルギーによって補填される。
その攻撃能力は、サカキをして十二分と言って過言でないほどのものがあった。鍛え抜いたヨウタのポケモンたちがほんの数発の攻撃で戦闘不能に陥っていく様というのは、彼としても満足のいく光景である。
「……ヨウタ、やるぞ。流石にもう出し惜しみはできない」
「分かってる。ほしぐもちゃん、いいね?」
「ルルルゥ……!」
それを目にしてもなお諦めないからこそ、彼らはサカキと対峙するに値する強者なのだ。
最後に残った二つと一つ。アキラが投げたボールからはレックウザが、そしてその頭上にチュリが降り立つ。ヨウタが投げた最後のボールからはライ太が飛び出て、ダークミュウツーの前に立ちふさがった。
「これで最後だ……アサリナ・ヨウタ! 刀祢アキラ!」
「うん、最後だ」
「これで終わらせる……!」
メガシンカの虹色の光が、レックウザとライ太を包み込む。
弾けるように、戦闘再開を告げるように両者のポケモンが駆け出したのは、光の繭が霧散したその直後だった。