メガレックウザの有する莫大なエネルギーの余波が、乱気流となって吹き荒れる。特性「デルタストリーム」によって発生した天候変化の一種だ。
ひこうタイプのポケモンに対し、効果が抜群となる攻撃を軽減する盾であると同時に、他の天候異常を一切起こさせないようにするメガレックウザの「玉座」。故に、たとえ己のトレーナーであっても、そこに立ち入るには暴風の洗礼を受けることになる。
アキラは己の足を殴りつけて叱咤する。ここからが本番だぞ、と。
彼女のそう重くもない体重では、この暴風に耐えるにはそれなりの準備が要る。デオキシスが健在ならサイコパワーによってそれを軽減していたが、今はそうもいかない。空気の流れに逆らわず、しかしその場に踏みとどまる。絶対の芯を持ちながら柳のように受け流すという矛盾を体現することが、レックウザを御する鍵だ。
「糸!」
「ヂュ!」
それをわずかでもサポートするため、チュリの吐き出した糸が周囲にいくつも貼り付いてアキラの身を固定する。
ヨウタはほしぐもちゃんに自分だけでなくアキラの補助もしてもらおうと考えたが、これを見て彼女の意図を察した。自分のことは気にせず全力でサカキと戦えということだ。
「レックウザ! 『エアスラッシュ』!」
「ライ太、『シザークロス』!」
「このダークミュウツーにそのような小技が通じると思うか!」
戦闘艇をも切り刻まんとするほどの威力を秘めた空気の刃が、膨大な念動力によって力任せに引き千切られる。接近したライ太の鋏を弾き返したのはその念動力の流れのまま作り出した「サイコカッター」だ。
ほしぐもちゃんの放つ「ラスターカノン」もまた一刀のもと弾かれ、チュリの投げ放った「エレキネット」は枯れ葉のように吹き散らされる。
「欺瞞だな。効くし、通じるから身を守るんだ。通じなきゃ最初から対処なんてする必要は無い」
「そうだ……無駄な攻撃なんて一つも無い!」
「吠えるか!」
幾度も攻撃は当たっているのだ。そして、その度に治癒され、一見無駄に終わっている、ように見える。
――事実として、このまま攻め負ければこれまでの攻撃は全て無駄に終わる。
ダークミュウツーの攻撃能力は破格だ。真正面から「サイコブレイク」の一撃でも当たれば、たとえ伝説のポケモンだろうとその場で倒れかねないほどに。
「『ダークストーム』!」
「ハァァァ……!」
再び黒い渦がダークミュウツーの腕に収束していくのを、アキラたちは見た。
広域殲滅用のダーク技だ。既にその威力は先に示した通り、「ミラーコート」による乾坤一擲のカウンターを狙ったとはいえディフェンスフォルムに変身したデオキシスをも倒すほどのものがある。
だが、それでも技であることには変わりなく――どれだけ異質なものでも、対処法は存在するのだ。
「
「グオオオオォォォ!!」
即ち、同量またはより高いエネルギーをぶつけることによる相殺。
レックウザの周囲に展開した乱気流に幾多の光が灯る。
「まっすぐ突っ込めヨウタ! 『りゅうせいぐん』!!」
「ああもう、乱暴だな! ほしぐもちゃん!」
黒い嵐の中で、烈光が空を裂いた。
気象現象にすら近いエネルギーの奔流を、上から押し潰すという傲慢さすら感じるほどに膨大な力を乗せた流星が破り散らす。
その狭間を、太陽の獣が駆けた。瞬時にダークミュウツーの懐へ飛び込む2つ目の「流星」が、その力と熱量を全開にしてただ前へと突貫する。
「『メテオドライブ』ッ!!」
「いなせ、ミュウツー!」
「させるか! 『バレットパンチ』!!」
「ハァァッ!」
回り込むような形で接近したライ太の拳がダークミュウツーの振りかぶった腕を叩き、痛打を与える。
腕が跳ね上がって生じた隙に攻撃を差し込むのは、更にその火力を上げ「フレアドライブ」の域にまで高め上げたほしぐもちゃんだ。
(正面から受け止める……というわけにはいかんか!)
火炎のようにじりじりと持続的にダークミュウツーの体を焼く技は、オート発動する「じこさいせい」のPPを他の技よりもよく削ることになる。
故に、可能なら回避するか、なんとしてでも軌道を変えなければならない。
「かかった!」
「ぬ!?」
そうして振りかぶった腕が、突如として動きを止めさせられる。
それをなしたのは、ほんの0.01mmにも満たない極めて細い、粘着質の糸。それが複数本。
――蜘蛛の糸だ。
(あのタイミングか!?)
考えられるのは、「バレットパンチ」がミュウツーの腕に突き刺さったその瞬間だ。チュリがこっそりとライ太の鋏の先端に糸を貼り付けており、それがそのままダークミュウツーの腕に移動した。それを思い切り引くことで動きを阻害した――理屈が分かればごく単純なことだ。ほんの少しの動作で振り払える。
しかし、一瞬の隙が勝敗を左右するような場においては致命的な「ほんの少し」だ。瞬時に全てを防御に回すが、相手の軌道を変え回避するには至らない。
ほどなく、空に激突音が響く。高熱がミュウツーの体力をじりじりと削り、それを補うべく瞬時に「じこさいせい」が発動する。糸こそ燃え落ちたが、エネルギーの消耗は極めて甚大だった。
「ここで決める! レックウザ! 『ガリョウテンセイ』!!」
一瞬の静寂が場を支配する。大気を操るとはすなわち音の伝達を司る空気をも掌握するということに他ならない。乱気流がメガレックウザの全身に集約し、その巨体をピンと一文字にして力が込められた。
――そして、弓矢のようにその身が放たれる。
ただ、その場を通り過ぎるだけで空気が爆ぜ、裂ける。タワーを崩壊に導いた一撃が直撃すれば、いかに再生能力を有していようともそれだけでボールに強制送還されてしまうだろう。
あえて難点を言うならただ一点。それが接触技であるということだけだ。
「ミュウツー……『ダークエンド』!」
ここでサカキが選んだのは、攻撃技の交錯だ。ダーク技の中でも最高の威力を誇る「ダークエンド」をもってこれに対抗し、正面から打ち勝つ。
黒いオーラの塊がダークミュウツーの片腕に集約する。およそエスパータイプのそれと思えぬ極めて強引な踏み込みと共に打ち付けた拳が、次の瞬間にレックウザの牙と打ち合った。
「グオオオォォォ!!」
「ヌゥウオオォォォ!!」
裂帛の気合と共に互いの全力が激突し、大気とオーラが激しく渦を巻く。
拮抗はほんの一瞬のこと。次第に威力そのものの差から、ダークミュウツーの放つオーラがより趨勢を増す。
アキラはこの様子を見て、しかしある程度は当然の結果だとはじめから想定していた。
いくらメガレックウザがメガシンカポケモンの中でも格別に強力な存在だとは言っても、同じく伝説のポケモンがメガシンカした存在であり、更に戦闘に特化した改造を施されているとなれば純粋なエネルギー量では劣っていても自然なことなのだ。
ダークミュウツーの側も決して純粋に力で勝っているわけではない。本来回復につぎ込むはずのエネルギーすらも使い果たす捨て身の一撃だ。結晶体から見る間に光が失せていくのが目に見えて分かる。
「――マーシャドー!!」
「何!?」
「シャァァッ!!」
そして、隠し札があるのはなにもサカキだけではない。
本当の意味で致命的なタイミングで横槍を入れるべく、ダークミュウツーの足元の影から
「シャドースチール」。敵の能力上昇を帳消しにして奪い取るエネルギー簒奪技だ。強化改造という根本的な強化を剥がし切るには至らないものの、わずかにそのオーラが歪み黒い表皮が僅かに白む。
「やろう、チュリ」
「ヂヂッ」
そして、アキラは最後の最後に残していた一手を切ることを決めた。
アキラの頭の上から降り、跳びはねたチュリの全身から光が放たれていく。
――進化の光だ。
「何……!?」
「アキラたちがやるって決めたんだ! ライ太! ほしぐもちゃん! 僕らも!!」
「ハァッ!!」
「オオオーンッッ!!」
「放て! 『てっていこうせん』!!」
姿勢が崩れているにも関わらず、ライ太とほしぐもちゃんの反応は極めて早かった。己への反動を覚悟し、その場で床を砕かんばかりに腕を叩きつけて体勢を戻し、体力の全てを使い果たさんばかりに全エネルギーを二条の光線に託し、撃ち放つ。
それでもなお、ダークミュウツーは己が倒れることを許さない。それは、この一撃を受けきってしまえば相手に抵抗する能力が残されていないことを理解しているためだ。
半ば、その体はプライドと意地だけで保たれていた。
「『かみなり』ッ!!」
――その神経伝達を、天より降る一閃が断ち切る。
「ふくがん」によって視界が全方位に拓け、狙い過たずダークミュウツーの頭部に突き刺さったのは、チュリの――新たに発電器官を獲得したデンチュラの放った、ただ一発の稲妻である。
副次的に発生した全身の「まひ」がごく一瞬の隙を生じさせ、「ダークエンド」の漆黒のエネルギーを超えてメガレックウザの牙がその胸元に届く。
「グオオオオオオオアアアアァァァッ!!」
咆哮と共に、衝撃が空を駆け抜ける。
宙に投げ出され、力なく体を投げ出したダークミュウツーの体は、そのままボールへと強制的に送還された。
「またしても……か!」
一度は敗北しているが故に、サカキの切り返しは早い。その場でウルトラホールを展開する装置を発動した彼は、背後に開いた穴に歩を進め、
「マヒナベーア!!」
「ガッ!!?」
――その穴から姿を現した有翼のウルトラビーストから浴びせられた「シャドーレイ」によって、意識を刈り取られた。
「……誰!?」
「お前……ユヅのとこの……」
見慣れぬ姿に困惑するヨウタだが、一方でアキラはその姿とオーラを見比べ心当たりがあったらしく、疲労の極致にありながらも一言納得の声を上げた。
がちりんポケモン、ルナアーラ。ウルトラビーストの一種であり、コスモウムの進化系。それは即ち、この世界で唯一コスモウムを手持ちに加えていたユヅキの手持ちが進化した姿に他ならない。
意地と矜持だけで体勢をもたせていたアキラは、安心感からかレックウザをボールに戻した直後、仰向けに倒れ込み――かけ、その体をマーシャドーと大きくなったチュリが支えた。
「あのコスモウム?」
「多分……」
チュリが糸を吐き出し意識を失ったサカキに巻き付け、ライ太が抱え上げて拘束する。
本当にこれで終わったのだろうか? ヨウタはふと、周囲に警戒の目を向ける――しかし、何も起こらない。
喝采が上がることは無く、大きな喜びが湧き上がってくることもなく、ただひたすらに戦いが終わったことに対する安堵と疲労感だけが湧き上がってくる。
「――終わったね」
「……ああ、終わった」
お互いに頷きあうと、まずヨウタはサカキの懐から戦闘艇の遠隔操作スイッチを引っ張り出した。
このまま浮かしていて、墜落でもさせてしまえば大きな犠牲が出る。それではせっかくサカキを倒したというのに片手落ちだ。
それが終われば、アキラはルナアーラに、ヨウタはほしぐもちゃんに乗せてもらうことでウルトラホールを通って再度元の空間に向かう。
その最中、ふとヨウタは頭に浮かんだ疑問を口にした。
「あのさアキラ、チュリのことだけど」
「ああ」
「進化させられるのに、してなかったの?」
「うん」
どことなく生返事に近いが、それでも確かに肯定を示す声にヨウタは首を傾げた。
「まだ出会って数えるくらいしか、一緒に過ごしてない。これから先も一緒に暮らすなら、進化することは必ずしも必要じゃない。だから、必要にならなきゃ……お互い、別にいいか、って思った」
ヨウタにとっては意外な意見だったが、よく思い返せばこの世界にバトルの文化は広まっていない。
加えて、まずはポケモンを含めた生活の場を整えなければならないのだ。進化を遂げたポケモンはその多くが大きな体躯に成長する。その時、ボールの中に押し込めるだけで果たして「共に生活を送っている」と言えるだろうか?
後の生活を考えるなら、そうせずに済むなら進化しないことも考慮するべきなのだろうと、ヨウタは少し思い直した。
「結局、そうもいかなかったけど」
「他の皆がそうすることができる世界を守ったんだよ。僕はそう思うな」
「そうかな……そうかもな」
そうであってほしい、という願望を多分に含んだ言葉ではあっても、今のアキラにそれに異を唱えるだけの気力も元気も無い。何より彼女自身もそうあってほしいと願っていたからだ。
ウルトラホール越しに近づく故郷の風景と友人たちの姿を目にして、これ以上戦いなんて起きてほしくないと、落ちる意識の中アキラは小さく安堵の息を吐いた。