ポケットモンスター、縮めてポケモン。四国の時空間隔離という珍事を経て、フィクションの存在ではなくなった彼らは、半年という時間をかけてこちらの世界に――広まらなかった。
原因の一つは法である。突如として異質な存在が現れた時、それに対応する法がこの世界には存在しないのだ。ただでさえ強大すぎるほどの力を秘めた存在だというのに、当たり前に人語を解する以上は権利関係を含め厳密に管理を行う必要がある。肝心の管理を行うのに必要なアイテム、つまりモンスターボールやポケモン用の通信網が発達していない現状、ポケモンの存在を公に認めてしまうと大々的に混乱が生じるのだ。
ただでさえ四国各地で大被害が生じ、場所によっては自衛隊や警察が壊滅までするほどである。慎重論がより多数を占めるのはある意味で当然だった。
四国から外に出たポケモンたちが一般人と絆を育む事例そのものはある。しかし、これもモンスターボールのような媒体が存在しないため、やはり危険ということで遠ざけられる例も多い。
どうあっても、まずはポケモンに関わる物品の普及、そして法整備。これらの手順を踏まねばどうにもならない。そのため、ヨウタたちの世界のようになるには相応の時間がかかるだろうというのが、おおよその見方である。
愛媛県北部の砂浜に、眼帯を着けた白い少女が座り込んでいた。
空を雲が流れていく――それを
サカキを倒し、かれこれ半年。襲撃を退けた立役者の一人として、刀祢アキラは取り調べの日々であった。
なにぶん彼女自身も、後見人がいるとはいえ実質身元不詳である。元々の「刀祢アキラ」の戸籍も未だ健在で行方不明者扱いのため、実質存在しない人間になっていることも複雑さに拍車をかけていた。
騒動を解決するに至った中心人物であり、現役自衛官からの身元保証もあるため無下に扱われることこそ無いという点は唯一幸いな点だろう。
「おーい」
そんな折、唐突に開いた空間の穴――ウルトラホールから声がかかる。飛び出してきたソルガレオに騎乗したヨウタのものだ。
疲労を押し殺しながら手を振って応じるが、やはり以前のような覇気はそこには無い。
「しばらくぶり」
「んー」
「ヂュン」
「……疲れてる?」
「だいぶ」
この日も、隙間を見つけてようやく会う算段をつけたところだった。ただでさえ取り調べで忙しいのだが、それ以外にも仕事は多い。
というのも、ポケモンが普及していないという事情も併せて、レインボーロケット団残党に対処できる人員がほとんどいないのだ。
先の戦いの際、当然だがサカキを倒したからと言って他の団員を全員捕縛できたわけではない。各所に作っていた基地から逃れた者、「テレポート」などを駆使して本州の方に逃れ出た者、はたまた大陸の方に逃げ出した者……いずれも現在の世界にとって極めて厄介な犯罪者と化している。
アキラは、この世界にいる数少ないポケモントレーナーとして、こうした犯罪者を捕縛するための手伝いに追われていた。
デオキシスとレックウザを所有しているというのも大きい。世界のどこにいようともひとっ飛びで向かうことができる関係上、これを動員しない手は無いのだ。可能なら現地警察などが対処すべきだが、ことポケモン犯罪となると同じくポケモンを用いなければそうはいかない。そしてアキラ自身も、レインボーロケット団関係の事件となれば責任を感じているので行かないわけにはいかない。悪循環が出来上がっていた。
「何であの犯罪者どもは無限に湧いて出るんだ……畑から取れるのかあいつら……?」
「それは……僕らも思ってる……」
「クゥン……」
ヨウタは元カントー地方在住である。ロケット団とその残党のしつこさについてはよく知っていた。
もっとも、あちらの世界は在野のトレーナーがサカキを倒しただけで、逮捕されたわけではない。そういった点も残党の「まだ終わっていない」という認識を構築するのに一役買っているため、一概に同様の事態とは言い難い。
一方で、こちらの世界におけるレインボーロケット団残党の感覚は異なる。「ポケモンの存在が定着しきっていない世界ならば自分でも悪として成り上がることができる」という上昇志向が、彼らの頭を茹で上がらせていた。一方で、目端の利く者は既に地下に潜り、事態が一時落ち着くのを待っていることだろう。潜在的な脅威としてはこちらも無視できないものの、優先度は表立って騒動を起こしている者の方が上だ。
「もう何もかんも投げ出して皆で温泉でも行きたい」
「相当キてるな……」
「無職なのが悪いんだけどさー……」
「えーっと……何か気分転換でもする? バトルとか」
「戦いたくねえんだよ!」
「あ、うん、ごめん……」
ヨウタはここまで露骨に泣き言を言っているアキラを初めて見た。
レインボーロケット団と戦っている時は戦いを終わらせるために毅然としていたが、やはり一度は平和を手にすると多少気が緩むのだろう。そこにもう一度気を張れと言われると人は容易に壊れるのだ。
それにしても、気分転換のポケモンバトルすら嫌だと言うのだから重傷だ――というところまで考えて、そもそもアキラにとってポケモンバトルが「戦い」の範疇に入っていることに気付き、ヨウタは少し寂しさを感じた。
「他の皆は?」
「東雲さんは自衛隊でなんかポケモン関係の部隊新設するのに色々手伝わされてるって。小暮さんは東雲さんと付き合い始めた」
「え、は!?」
「なんか……気が合ったらしくて……二人とも真面目な大人だし……」
「そ……そっか……」
「ユヅとヒナは学校。朝木は……なんか……起業した……」
「ごめん、さっきから理解が追い付いていかないんだけど」
「グルゥ……」
想定内と言えば想定内の内容もあるが、ぶっ飛んでいる人がそれこそヨウタの想定から大きく外れすぎている。
最も気になるのは、元は医療関係者だった朝木が唐突に起業し始めたことである。ここまでの戦いの中でも何度も彼の医療知識に助けられたことで、そちらの道に復帰するとばかり思っていたのだが、完全に予想が外れた形だ。
アキラもこれは同様だ。だからこそ漠然と「なんか」としか言いようが無いのだ。
「モンスターボールとかもそうだし、傷薬やきのみもそうなんだけど、とにかくこっちの世界に足りないものが多すぎる。そのせいで法改正も進んでないみたいだし……じゃあ俺が、とか言って」
「行動力の化身か?」
「急だよな……」
しかし、それがある意味で本来の朝木なのではないかと、アキラは考えていた。
過去のせいで抑圧されてきたこれまでが、ある意味ではおかしかった。謎の行動力を発揮している現在こそが、本来医学を志していた頃の彼なのだろう。あるいはレインボーロケット団と戦っていた頃のヤケクソ感がそのまま今も継続しているだけと考えられなくもないが、いずれにしても事態が好転しているのは喜ばしいことではあった。
「もしかすると、あの旅のおかげなのかな」
「いや、人間関係だろ。旅は関係ない」
「えぇ……でも、ほら。なんだかんだ楽しかったでしょ、旅」
「楽しくない。錯覚だ。旅そのものはただただ辛いだけだった」
「そこまで言う!?」
「皆がいたから辛いだけの旅も耐えられた側面はあるけど旅そのものはクソの煮凝りだろ」
大事なのは皆との関係を築けた事実だけだ、と吐き捨てるように呟く。
旅は旅としてただ戦い通し、怪我をし通しの辛いものでしかないというのは事実だ。良い思い出として昇華などできようはずもない。
だから、ただそこで構築できたポケモンや人間との関係だけは大事にするというのがアキラの出した結論だ。
島めぐりというイベントとは異なる本物の「戦い」だ。その過程までもを大事に取っていると逆に心を蝕むというのも理解できたが、ヨウタは構築した関係もやはり過程あってのものということで、あまり賛同できる考えではなかった。
「……そういえば、アキラの体の秘密ももよく分からなかったよね? 結局」
「あ、いや、それは……こないだユヅと探しに行って」
「は?」
「見つけて……」
「行くなら僕にも言ってよ!?」
「だってお前……サカキの件の調書作るのに協力してたじゃん……」
「それは、まあ……」
この世界にはポケモンに関わる法律が存在しない以上、サカキを正しく裁くことが難しい。
単純にテロ犯として扱ってしまうことも可能だが、彼を信奉する者は多くがポケモントレーナーであり、そういった者の手引きによって脱獄されてしまう可能性も極めて高かった。
結果的に、その身柄はヨウタたちが預かってあちらの世界で裁かれることになり、ククイ博士やルザミーネなどの保護者が中心となって証言を行っている。最も難航しているのは、「レインボーロケット団首領のサカキ」と「現在逃亡しているはずのロケット団のサカキ」が同時に存在していることだ。この一点で内容の精査の難易度がグンと増す。結果的に拘束時間は通常よりも遥かに増えていた。
「レックウザの件あったろ? ってことは、もしかするとこっちの世界でウルトラホールが開いて落ちたって可能性も高かった」
「まあ、そうだね」
「で、出会った時からなんか妙に懐かれてるのが不思議だったから、ユヅのルナアーラと一緒にベノンの故郷に行ったんだ。ウルトラメガロポリスって場所なんだけど」
「
「行ってみたらまー面倒くさいことにネクロズマが襲ってきてな」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってまた頭がこんがらがってきた」
またしてもややこしくなってきた話に、ヨウタは頭を抱えた。
「ベノンの故郷に、ネクロズマがいたの?」
「ベノンの故郷だからネクロズマがいたっていうか……」
ベノン――ベベノムは、ウルトラメガロポリス土着のウルトラビースト、ポケモンである。対してネクロズマはその世界における言わば伝説のポケモンの立ち位置にいる存在だ。ゲームを介してこのことを知っているアキラたちはこの事実に特に違和感を覚えてはいなかったが、ヨウタからすれば衝撃の新事実である。
「まあ、対処法は分かってたから、二人で適当にのして」
「えぇ……いやそんな雑な……」
「だってルナアーラ吸収させなかったら、事実上あの時の焼き直しだしさ……」
ネクロズマの能力で最も脅威なのは、光エネルギーを吸収する能力とソルガレオ、またはルナアーラと吸収合体する能力のニ点だ。
光を取り込みすぎればそのままウルトラネクロズマと化し、およそあらゆるポケモンの中でも最高峰の能力を発揮することになるが、そういった情報が知れているなら最初からそうさせないよう立ち回ればいい。元々、ヨウタとのタッグでネクロズマとレックウザを同時に相手取って「光を十分量吸収させて追い返す」という縛りを課してなお競り勝っているのだ。何の遠慮も無く全戦力を動員していいのなら、特に問題なく制圧できたのだった。
「ともかく、それからウルトラ調査隊って人たちに会って、事件の真相を教えてもらった。やっぱ前の身体はネクロズマに食われてたって」
「そこサラッと言うこと!? ていうか何で!?」
「ベノンが発光する体質だったから、ネクロズマに食われかけてたのを庇ったんだってさ。それで損失した体をあっちの技術で補おうとしたら……補いきれずに細胞異常が起きてこんなんなったらしい」
ウルトラメガロポリスの住人は数世代にも渡って陽の光を浴びることができていない。このため肌の色素が少なからず変質しており、青白く見える。白いを通り越して青白さすら感じられるほどのアキラの肌の由来もそこだ。本人の細胞培養だけでは補いきれない損失を、メガロポリス住民から補填してもらったのだ。
結果は、男性ですらなくなった現在の体である。
「じゃあ記憶喪失とか、あの異様な身体能力って?」
「脳が物理的に損壊した」
「うわエグ」
「身体能力は……アレだ、ぬしポケモンとかウルトラビーストのオーラあるだろ? あれ」
「ヒトにも適用されるのあれ!?」
「というか生身だとウルトラホールでの移動に耐えられないから、あれで強化したってのが実態っぽい」
結果的に過剰な生命エネルギーが供給され、イベルタルの「デスウイング」に耐えられたというのは望外の幸運と言えよう。
同時に、それによって身体能力は「失われた」のではなく、「元に戻った」。現在の状態こそがまっとうな状態なのだ。
「明かされてみるとなんてこたーない話だよ」
「全然なんてことなくはないよ感覚狂ってんのか」
レインボーロケット団がやってきてから、ずっと非日常の中に身を沈めてきたのだ。アキラの感覚は相当に狂っていた。
「元に戻れないのってやっぱ辛い?」
「……今は別にいいかな。もう過ぎたことだし、戻れないなら戻れないで割り切るしかない」
「そっか……」
しかし、本人も言っている以上、それはただの「割り切り」でしかない。少なからず辛いという思いはあるだろう。
では、気分転換……とするにも、ヨウタは実のところポケモンバトル以外の楽しみはあまり無い。もちろんあちらの世界にもゲームなどはあるが、ポケモンバトルという競技は全世代にとって楽しいという感覚が根付いているからだ。
(……いや)
では、そこで諦めるかと言えば、それは否だ。
アキラにとってバトルが「戦い」であるという感覚は、ずっと辛い戦いに身を置いてきたからこそ醸成されてきたものだ。今まで一度たりとも、彼女は仲の良い友達同士のバトル、といったことをしてきていない。それではストレスでしかなくて当然だ。
うん、と一つ心に決めてヨウタはその場に立ち上がった。
「やっぱ気分転換にバトルしよう、バトル」
「えぇ~……何でだよそんな」
「アキラ、今まで一度も楽しいバトルなんてやってきてないじゃないか」
「戦いだからな」
「だからさ、『競技としての』バトルだよ。ちゃんとしたルールを決めて、やっちゃいけないことを線引きして、純粋にお互いの実力を競い合うだけの」
これからも長い付き合いになるのだ。なら、お互いの価値観のすり合わせもしていきたい。
辛く苦しい激戦から始まったポケモンバトルを、あちらの世界における楽しくただ競い合うことを主眼に置いた「ポケモンバトル」にしていきたい。
こう誘われれば、アキラもそれを無下にはできなかった。しょうがないな、と、わずかに満更でもなさそうな声音で立ち上がってチュリをボールに戻す。
「ルールは?」
「6……だと時間かかるか。3対3、メガシンカとZワザ、あと被害が大きくなるタイプの技も無し。手持ち見せあって、その中から選出しよ」
「オッケー」
ポケモンたちもまた、奮起しつつあるのがボール越しにも分かる。
激戦を生き抜いた戦友であるヨウタのポケモンたちの実力も、皆理解している。だからこそ、それに打ち勝ってみたいという気持ちが、アキラのポケモンたちにも少なからずあったのだ。隣に立つ友人として――あるいは、並び立てる好敵手として。
「選んだ?」
「ちょっと待ってくれ。くそ、難しいな……」
ヨウタとしても、先の戦いの中で急成長を遂げて自身と並び立って戦い抜いた友人の実力を、肌で感じたかった。
レインボーロケット団の時には感じられなかったうずうずした感情が止められない。砂浜に暫定フィールドとなる線を描きつつ、思わず彼もにやける顔を戻せずにいた。
「よし、選んだ!」
「よぉし……じゃあ、お互いに向き合って……行くよ!」
――後に、この世界で初めて創立されたポケモンジムのジムリーダーは語る。
四国開放から半年後に、この世界で初めて競技としてのポケモンバトルが、非公式で行われたのだと。
彼女は一向に、その勝敗を黙して語ることは無かった。
長期間投稿を開けて申し訳ありませんでした。やや駆け足ですが本作はこれにて完結とさせていただきます。
簡単な補足説明は活動報告にて。