携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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決死必死のテレポート

 

 

 

 ――ここで逃がすわけにはいかない。確実に仕留める!

 それが、ケーシィをくり出したランスを目にした瞬間の思考だった。沸騰した脳は即座に全力全開の電磁発勁を選択し、床と平行に――落ちるように、矢の如く飛び出した。

 瞬時に、足裏に骨を砕く感触が伝わってくる。

 

 ――――()った!!

 

 確実に意識を奪った。

 この手ごたえにこの威力、脳は揺れるだろうし、仮にそうじゃなければこのまま追撃して、確実に殺――倒す!

 オレの町に手を出したこの男だけは、何があってもここで仕留める!!

 

 ランスは、白目を剥いて通路の彼方へと吹き飛んでいく。そして――その隣にいたらしい男も。

 

 

「『テレポート』しろ、ケーシィィィ!!」

 

 

 その最中、ランスの隣にいた男が叫びをあげ、二人とそのポケモンの姿が掻き消えた。

 どうやら、もう一人の赤服の男――マグマ団?――が、強引にケーシィに命じて「テレポート」したらしい。わざと自分から巻き込まれて飛んでいったのか。だとしたらとんでもない根性だ。

 

 取り逃がしたか、という怒りと、なんとかなったか、という安心が同時に胸の奥に湧いてくる。

 

 

「……逃がしたか……!」

 

 

 やりきれない思いを言葉にして発すると、ほんの僅かに怒りが和らいだ。

 冷静になれ。たった二人でレインボーロケット団の先遣隊を全滅させた上に幹部格を撤退させることもできた。オマケに、一人はあの傷。再起不能とまではいくまいが、しばらくはまともに動くこともできないだろう。だったらこれは大金星と言ってもいいんじゃないか? 腹は立つが、仕方がない。今は退けられたことを喜ぼう。

 

 

「大丈夫? アキラ。今にも人を殺しそうな顔してるけど」

「マジか」

 

 

 ヤバい。もしかして全然怒り収まってないなオレ?

 どうやら全く冷静になり切れてないらしい。反省。

 

 

「大丈夫だよ。あれだけやったんだから、きっと再起不能だよ」

「だといいんだけどな。半端にやって後で強化して発狂とかなったら目も当てられない」

「何の話?」

「ありがちな話」

 

 

 よくあるじゃん、ロボットモノで。強化しすぎたか……みたいなの。

 まあポケモン世界にそういうのは無かったと思うし、大丈夫……だと思いたいんだが。どうだろうな。

 

 ともかく、これから人質にされてた人たちに会うって言うのに、そんな人殺しみたいな顔してちゃマズいだろう。ヨウタとロトムに確認してもらって、なんとか普段通りの表情を作ってから二人と一匹(さんにん)であちらの代表者……市役所の課長さんに会いに行った。

 

 

「きっ、君たち! 大丈夫だったか!? うん!?」

「あっ、はい、大丈夫です」

「右に同じく」

「良かった……本当に良かった。それと助けてくれてありがとう、君たち」

「当然のことをしたまでです」

 

 

 そう言って謙遜してみつつも、ヨウタは心なしか耳を赤くして照れている。

 対して、課長さんはそんなヨウタの様子に涙ぐんでいた。子供が戦うところを間近で見て不甲斐なさを覚え――それでも止められないことを悟っているかのような表情だ。

 きっとこの人は善い人なのだろう。二人の様子を眺めていると、そんな印象を覚える。

 

 

「君たちは、これから何を?」

「敵の親玉を倒します。そのために……」

「とりあえず松山に」

 

 

 この辺で一番大きい街と言うと、やっぱり松山だろう。外から見ても目立つし、自衛隊の駐屯地もあった。レインボーロケット団各組織のボスたちの誰かも、そこにいる可能性が高い。

 そこから高速道路か……それが無理なら、下の道経由で各県庁所在地及び駐屯地付近へ。

 

 どっちにしろ、あんまりここに留まってても狙われるから、と注釈を入れると、後ろから割り込んできた女性が声を上げた。

 

 

「つまり、ここは安全なの? ……そうよね!?」

「え、いや……」

 

 

 問われたヨウタは、答えを返せない。そんなのありえないからだ。

 相手は一晩で四国のほぼ全域を蹂躙し、手中に収めたレインボーロケット団だ。そもそも四国を手中に収めることは彼らにとって「手始め」でしかなく、取りこぼしがあればすぐに拾いに行くことだろう。心底来ないでほしいが。

 

 

「安全かは分からないですが、ここよりは久川町*1の方が、狭い分防御がしっかりしてて安全だと思います。モンスターボールについても調べてもらってますし、自衛できるように何匹かポケモンも待機させてるので」

 

 

 あと、クマ子がいる。その一点だけで他の場所よりは格段に安全と言えるだろう。

 ……ともかく、オレの住んでた街、久川町へのアクセスはやや不便なところがある。南北に突き抜ける形で道路が敷設されているが、それ以外に町内に入る場所があまり無いんだ。

 その上、東には山、西には海。ある意味で天然の要塞じみた立地だと言ってもいい。少なくとも、平地よりは守りを固めやすいだろう。注意喚起もしてあるし。

 

 

「家を捨てろって言うの!? 生活を!?」

「いえ……強制はしません。信用できないという方もいらっしゃるでしょうし……」

 

 

 というかそんなの自分で判断してくれ。オレが横から口出しても納得しないだろうし、こっちだっていっぱいいっぱいなんだ。

 オレが内心そう思ってることを見透かされたのか、ヨウタは微妙な顔をしていた。

 ……そりゃ、助けた責任、なんて言葉はあるけどさ、より安全な場所は教えてるし、オレたちと一緒に行動する方が危ないんだ。これ以上オレたちがここでしてやれることなんて、無いんじゃないか?

 極限状態に置かれてヒスりそうになってるのは分かるが、こっちに当たって来られても……。

 

 

「ロケット団が持っていたポケモンの中にも、皆さんの言うことをちゃんと聞いてくれる子がいるかもしれません。不安なら、今から探してみませんか? 僕も手伝います」

「しかし……」

「気にしないでください。みんな無事なのが一番ですから」

「あ……ご、ごめんなさいね。どうしたらいいかしら……」

 

 

 ……と。鬱陶しさを滲ませそうになったオレの前に出たヨウタは、見事な主人公ムーヴでヒスりかけていたおばさんの態度をほぐすことに成功したのだった。

 こういう時、反抗期に突入していない純真な少年は、多方面に特攻を発揮する。

 そして、「そう」はできないオレが薄汚れているような気がして、なんとなく気後れを感じてしまうのだった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 結局、ヨウタは一階に転がしているレインボーロケット団の連中のボールを没収しに向かった。

 あの後急いで四階まで上がっていったものだから、縛り上げる余裕も無かったので、今回はチュリを同行させている。PPの残りにやや不安はあるが、ライ太やモク太が護衛についてるし、まあ、大丈夫……だろうか。

 

 さて。オレはというと、ヨウタから預かったミミ子のボールをメディカルマシンにセットした後、朝木を連れて市役所の中を漁っていた。

 

 

「俺、必要無いと思うんですけどぉ!?」

「やかましい。いいから働け」

 

 

 目的は主にポケモン用のアイテムだ。技マシンに薬に特別な「どうぐ」、それにモンスターボールとポケモンフーズ。特にモンスターボールは必須だ。

 今の残りは九個。オレとヨウタで五つ確保しておけば、今後フルメンバーを揃えるには充分と言えば充分ではある。が、それだと失敗した時や、他に仲間が増えた時に使えないということでもある。久川町でやったように他の市町でもモンスターボールの解析はしてほしいし、できるだけ多く確保しておきたいというのが本音だ。

 

 

「というか、俺を帰してくれよ……どうしようもないヤツなんだから、どうでもいいだろ……?」

「別にいいけど」

「えっ!?」

「裏切り者が平気なツラして帰ってきたのを見て、普通の人がどう思うかが想像できなけりゃな」

 

 

 喜色満面の笑顔から一転、すっと引いてった血の気と白目を剥いた壮絶な表情が、朝木の内心の衝撃と絶望を物語っていた。

 

 

「手伝わせてください」

「分かった」

 

 

 このくらいも予測できないなんて、想像力が足りないよってやつだ。

 いや、例を示せばすぐ理解する分、想像力は足りなくてもある程度理解力はあるんだろうか。

 ……となると、こいつらも、もういいか。

 

 

「ん」

「ん? ……あ、これ!?」

「返す」

 

 

 オレが朝木に差し出したのは、さっきこいつから没収していたズバットとニューラの入っていたボールだ。

 

 

「自分の身は自分たちで守れ。ただし、余計なことはするなよ」

「し、しないって……」

「どうだか」

 

 

 一度裏切った前例がある以上、こいつを信頼してポケモンを託す……なんてことには、絶対にならない。これは、こいつがどういう行動に出るかを知るためのリトマス紙だ。

 今は役に立つから見逃しておくが、次裏切るなら次は本気で殴り倒して再起不能にして山に放り出してやる。そうじゃないなら、まあ、いい。そのまま役に立ってもらう。

 一応、ポケモンがいないと自衛もできないだろうしな。命を脅かすことは本意じゃない。

 

 

「な、なあ、荷物、持とうか?」

「必要ない」

「いや、でも」

「いらない」

 

 

 今更ご機嫌取りのつもりか、そんなことを提案してくる朝木。当然オレは信用なんてしない。

 ぐい、と積み上げたポケモンフーズを持ち上げる。オレの腕で抱えられる範囲ではあるが、その高さは十二分。

 

 ふんっ、何が荷物持とうか、だ。変に気を回さなくたって、オレなら余裕なんだ、こんなの。

 

 

「……出入口、いいのか……?」

「………………」

 

 

 忘れてたわ。

 

 

「これで勝ったと思うなよ……!」

「え、いや……えぇ―――――……」

 

 

 そこから先は、しばらく朝木の生暖かい視線に晒されることになった。

 オレはひたすら作業に没頭することにした。くそう。さっきの醜態は忘れたい。何やってるんだオレ。一戦終えたからって気、抜きすぎだろ! 大丈夫かオレ!?

 

 ……とまあ、そんなこんなで一通りの選別と搬入を終えたわけだが、ここで少し問題が起きる。

 

 

「で、ボール……これだけか?」

「あ、ああ……うん。みたいだ」

 

 

 未使用のボールが、三つしかない。

 モンスターボールだけじゃなくて、スーパーボールとハイパーボールも混じってるってのはいいんだよ。これがあるだけで随分違うから。けど三つって! 収支そのものはプラスだけど、気分的にはマイナスだ。これだけ苦労して三つ。割に合わない。

 チュリやチャムみたいに、ほとんど流れで仲良くなれるようなポケモンがどれだけいることか。普通に捕獲しようと思ったら、二つ三つくらい普通に使うものだろうし……うーん……。

 

 

「ま、考えても仕方ない。これでいいか」

 

 

 よし、悩むのやめ。動こう。

 下手の考え休むに似たり。オレは殴るしか能が無いんだ。

 

 

「……やけにさっぱりしてるんだな」

「拘ってもしょうがないしな。ヨウタを手伝いに行くぞ」

「おっ、おう。分かった……」

 

 

 ……で。

 そうしてヨウタのもとに向かったはいいが、小一時間程度市役所の中を物色してた程度で、下っ端どもの拘束やポケモンの選別が終わるはずも無かったりして。

 結局、オレたちが手伝いに行ってから更に三時間ほどかけて、どうにかこうにか作業を終わらせたのだった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

「……月、めっちゃ照ってるんですけど」

「そうだな」

 

 

 それからまた更にもう一時間ほど。気付けばとっぷりと日も暮れ、空には月が昇っていた。

 家を出た時間も時間だったからしょうがないとはいえ、時刻は既に深夜に差し掛かろうとしている。そんな中、オレたちは松山市に続く道をバイクと車とで並走していた。

 

 ……結局、オレたちはあの後、あの人たちを市内から出る手前くらいまで送り届けることにした。オレたちが来た時は特に問題は無かったものの、夜道はポケモンが飛び出してくるかもしれないし、ポケモンの扱いを詳しく知らない街の人たちだけで先に行かせて、問題が起きてもいけないから……というのがヨウタの弁。それもそうだなということで同行。結局特に何も起きなかったけども。

 

 それで結局この時間になってしまったわけだが、どうやら朝木はそこが気に入らない……というか、怖いらしい。気持ちは分からんでもないけどな、奇襲されるかもしれないし。

 

 

「いや『そうだな』じゃなくて! 無いのか!? こう、休もうとかさっ!」

「夜討ち朝駆けってやつだ。夜襲にはもってこいだな」

「諦めてくださいレイジさん。アキラってこういう子なので」

「頭おかしいんじゃねえの……」

 

 

 何だこの野郎失礼なやつだな。

 

 

「でも実際無茶だよ。相手は誰になるか分からないけど、伝説のポケモンがいるんだよ?」

「こっそり忍び込んで闇討ちすればやれるかも」

「居場所分かってるの?」

「……むぅ」

「計画性ゼロかよ!?」

 

 

 そんなことねーし。ただ……そう、松山は特徴的な建物が多いのがいけない。

 松山城は言うに及ばず、県庁に市役所に地裁に坂の上の雲ミュージアム、市民会館もあるし萬翠荘もあるし、居場所を絞り込むのは……まあ、ちょっと難しいかもだ。

 でも、派手な動きを見せてる場所に行けばいる。はず。たぶん。

 

 

「じゃあそっちこそ何か無いのかよぅ」

「えっ」

「いや……まあ……その」

「無いんじゃねーか」

 

 

 しかし、それは……まあまあマズい事態じゃないか? 作戦ってものを考えられる人間が誰もいない。オレの考えることなんて言わば作戦モドキ。結局のとこ、今回のも地力でゴリ押ししてるだけだったし。

 ……じゃあどうすりゃいいかってそれもなーあー。どこかに軍師落ちてないかな、諸葛孔明みたいなの。

 

 そう考えながらぼんやりバイクを走らせていると、不意に気配を感じた。

 

 

「君たち、止まりなさい!」

 

 

 そんな制止の声と共に、けたたましいホイッスルの音が響く。

 この先の道……ではなく、そこから少し脇に逸れた場所。普通に走ってたら意識を向けづらいようなところから発せられたものだ。

 

 レインボーロケット団か? いや、あいつらなら警告もせずにそのまま攻撃するだろう。じゃあ、これは……。

 警戒しながらバイクと車をその場に停めると、暗がりから複数人の男女が姿を現す。彼らはいずれも迷彩服を身に着けていて――嫌でも、オレたちにある存在のことを思い起こさせる。

 

 

「……自衛隊?」

 

 

 ――――伝説のポケモンの攻撃で壊滅したはずの自衛隊。

 その亡霊か、あるいは生き残りが、オレたちの行く道を塞いでいた。

 

 

 

*1
アキラとその祖母たちの住んでいる架空の町の名前







 アキラの住んでいる町にもモデルはあるのですが、現実に即していない描写が少なからず見られるため、架空の町名にしています。


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