携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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夜闇に灯る蒼紫のはっけい

 

 

 

 福徳泉公園は、伊予周辺だと二番目に大きい公園だ。

 国道からはやや外れた位置にあるものの、自然に囲まれ、春になると綺麗な桜が見られるこちらの公園の方が好きだという人は多い。

 この辺りで一番大きな公園の方が、避難してきた人たちを保護するにはちょうどいいのかもしれないが……ヨウタが戦ったショッピングモールと隣接している関係上、レインボーロケット団がいたあちらには行けなかったのだろう。

 

 オレたちの車は、今のところ公園入口の駐車場に停めているのだが、自衛隊の人たちも主にこの周辺に車を停めている。水タンク車や、野外炊具……だっけ。あと、大きなトラックも。

 運転席で眠っている人も多いようだが、一方で、寝たフリをしてこちらを観察しているらしい人の姿も見える。

 

 ともあれ、それで見つかるほどオレも未熟じゃない。気配を消して適切な距離を保ち、動くべき時は素早く、鋭く動く。

 人間の動作には必ずと言っていいほど「意」というものが伴う。敵意、悪意、害意、あるいは善意も。注意というのは「意を注ぐ」ということだ。それを正確に読み取れば、相手の動きくらいは読んで動くことができる。

 そうして向かうこと少し、自衛官の人たちが集まっている場所に到着した。見張りは……それなりに多い。まあ、場所が場所だからな。警戒するに越したことは無いだろ。オレみたいな不埒者もいるしな。それはそれとして侵入はさせてもらうんだが。

 

 

「――結局、我々は不甲斐なくも市役所の奪還を彼らに丸投げしてしまった形になるわけだ」

 

 

 ――とと、声が聞こえてきた。これは……さっきの、ええと、中隊長さんだったっけか。

 

 

「しかし、あれは仕方ないことでは? 現在の我々では太刀打ちできる装備もありませんし、ポケモンも……」

「それを理由にするわけにはいかない。一般市民に戦わせているのだぞ!」

「その一般市民の方が強いんですが」

「そんなことは分かっている! 東雲、余計な口を挟むな!」

「あ痛ッ! ……申し訳ありません隊長!」

「よし!」

 

 

 どうやら、流石に現状のことは理解しているらしい。

 ……こうして話を(盗み)聞く限り、彼らの信念は立派なものだと思う。戦いを本業とする人間として、そうではない人たちを守ろうとして、彼らに負担を強いたことを悔いる。大人としては理想的だ。

 ただ、少し認識が間違っている。オレもヨウタも、覚悟したうえで戦ってる。死んだって……いや、まあ、死ぬのは嫌だし悔いは残るけど。そんなことよりもヤツらの好きにさせておく方がもっと許せん。グローブはめてギチギチやって台詞全部に濁音がつくくらい許さん。そういう気持ちを汲んでほしい、っていうのが正直なところだ。

 

 

「しかし、隊長。東雲の言うことも無視できません。事実、我々よりも彼らの方が強い。ゼニガメ隊は頼もしいのですが力不足でしょう」

「それに、指示を出す我々も……まるで経験の無いことじゃないですか」

「…………」

 

 

 考えて見れば当然のことだが、あの人たちは自衛隊員としての訓練しか積んでいない。隊長さんなんかは指揮の経験はあるだろうけど、一般の下士官がどうかっていうのは……どうだっけ。現場指揮くらいはするか? まあ、いずれにしたって現実世界でのポケモントレーナーとしての経験なんて、カケラも無いはずだ。

 ……まあ、指揮能力に関してはオレも普通の一般人並だけど。お粗末もいいところだ。戦ってる最中、しょっちゅうチュリたちの判断に任せてるし。

 

 それでもオレたちが戦えてるのは、それ相応のものを持ってるからだ。

 ヨウタはポケモンバトルが強い……とだけ言うとなんだか大したこと無いように聞こえるが、その一点が徹底的に飛び抜けてる。それこそ、サカキの手持ちを全滅させたうえでミュウツーを追い詰めるレベルで。

 オレは腕力でだいたいなんとかできる。

 何にせよ、そのくらいの「何か」が無いと戦い抜けない――あるいは、戦っても死ぬ可能性が高くなるってことでもある。数は力とは言うが、半端な力では伝説のポケモンの力の前に蹴散らされるだけだ。今はむしろ、少数で動く方が面倒が少ない。

 

 

「……この中でポケモンの知識がある者、挙手しろ」

 

 

 と、そんな中、ふとした拍子に隊長さんがそんなことを問いかける。ちらほらと手が挙がったが、意外なことにそれを問う隊長さんもまた同じように手を挙げていた。

 

 

「隊長?」

「娘の付き添いだ。映画くらいは見たことがある」

 

 

 特典が欲しかったそうだ、という隊長さんの言葉に、小さく笑いが起きる。

 その娘さんガチ勢とかいうやつではないだろうか。

 

 

「娘さんの方が強そうだ」

「だろうな。だがそうするわけにはいかんのだ」

「ではどうするんです? 彼らのポケモンを接収すれば――」

「それはならん!」

「は――――?」

 

 

 一喝。

 オレの想定していた悪い想像は――他ならぬ隊長さんの言葉によって断ち切られた。

 

 

「知らんのか。ポケモンというのは彼らにとっては家族同然の存在だ。『君を戦わせないために家族を差し出しなさい』などと言えるのか? え?」

「申し訳ありません。出過ぎたことを言いました!」

「ですが隊長、そうするなら対案は必要です。今、我々がどうしようもないということには変わりないんですよ」

「分かっている。案はあるが煮詰める必要がある。まずは、多少なりにもポケモンの知識がある者を集めろ」

 

 

 その指示と共に、隊長さんの周りにいた人たちが動き出す。

 そろそろオレも動かなきゃバレるな。この流れならあまり嫌な結果にはならないだろうし、信用してもよさそうだ。

 

 ……もっとも、なんだ。オレ、さっき明らかに悪い風に言っちゃってるんだよな。そこは当人たちには聞こえてないとはいえ、内心で平謝りだ。

 でもさ、だって漫画なんかだと、こういう極限の状況下だと自衛隊や警察が暴徒と化すなんてよくある話じゃないか。市民襲ったりさ。そりゃまあ、一般的なモラルを持ち合わせてたら、そんなことしようとも思わないのが普通だろうけど……。

 

 いっそ土下座でもするか。でもあの人たち何でそんなことしだすのか理解できないだろうしな……と。そう思った時のことだった。

 

 

「ゼニ~!」

 

 

 不意に、遠くからゼニガメの声――悲鳴が聞こえてきた。

 どういうことだ、と思う間も無く、心のスイッチが潜入から戦闘のそれに切り替わる。

 悲鳴――助けを呼ぶ声だ。全身の生体電流が活性化し、体の端々から紫電が迸る。地面を蹴ってその場から飛び出すと、オレの身体は即座にトップスピードに乗って駆け出した。

 

 声がしたのは……水の広場の方だ。見れば、その中央付近。ゼニガメの撃ちだす「みずでっぽう」を躱し、代わりとばかりに突撃する影が見える。

 その四肢には、夜闇の中でも目立つ蒼い炎が絡みついていた。奇しくもその淡い光が、襲撃者の姿を照らし出す結果になっていた。

 

 

「……リオルか!」

 

 

 「はもん」ポケモンリオル。「波動」と呼ばれる生体エネルギーを操るかくとうタイプのポケモンだ。

 見た目は可愛らしいが、その攻撃は俊敏かつ的確。「でんこうせっか」と思われる技でゼニガメを翻弄している。

 「はっけい」は使っていないのだろうか? だとするとレベルはそこまで高くなさそうだが、ゼニガメの方もどっこいどっこいと言ったところ。種族として「素早さ」と「攻撃」の両面で劣る以上、不利は否めない。

 

 

「やめろ!」

 

 

 咄嗟に、オレはゼニガメとリオルの間に割り込んでいた。

 驚いて目を丸くするゼニガメと、唖然とするリオル。その手に灯る波動に触れないようにしながら、円の動きでその勢いを後ろへと受け流す。

 リオルは勢いのままに地面に突撃し、したたかに体を打ち付けた。

 

 

「……!?」

「大丈夫か?」

 

 

 問えば、ゼニガメはやや呆然とした様子ながらも、しっかりと首を縦に振って応えた。

 状況は理解したみたいだな。リオルは……もう起き上がってきたようだ。こちらは何が起きたとも理解していない様子だ。

 

 

「逃げろゼニガメ。あいつはオレが相手する」

「ゼ……ゼニッ」

 

 

 言えば、ゼニガメは困惑しながらもちゃんと言葉で返し、甲羅に潜って回転しながら自衛官たちのいる方へと逃げて行った。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 そうして自然、この場に残るのはオレとリオルだけになる。

 互いに向き合うことで理解できるのは、困惑と憤り。困惑は、恐らくオレが突然現れて割り込んできたことに対して。憤りは――何に対してだ?

 分からん。ただ何か理由はあるはずだ。進化先のルカリオのことを考えても、こんな無軌道に襲い掛かってくるようなポケモンじゃあないはず。

 

 チュリとチャムは……あえて出さない。仮にゼニガメに対して怒りを覚えているのなら、ポケモンを出すことで刺激してしまいかねないからだ。

 幸いなことに、レベルは高くなさそうだ。そして。

 

 

「…………」

「……!」

 

 

 半身になって、左手を前に。軽く構えを取って見せると、リオルもまたそれに応じるように独特な構えを取った。足は大きく開き、左手を前に、右手を最上段に掲げた、少林拳のそれを思わせるもの。本能か、あるいは学習の結果か。

 

 先に動いたのはリオルだ。四肢に宿した波動を尾のようにたなびかせながら、右手を突き出して迫ってくる。オレはその腕を取ることで横から「押し」て、力の流れを変えていく。それだけのことで、容易にリオルの体勢は崩れてしまった。

 追撃――は、しない。あくまで目的は落ち着かせることだ。立ち上がってくるのを静かに待つ。

 

 

「――――!」

 

 

 鋭く吐き出される息と共に、体勢を立て直したリオルが「でんこうせっか」を放つ。しかし、それはただまっすぐに突っ込んでくるだけの突進でしかない。

 足を払い、上半身に僅かな力を加えることでぐるん、と上下が反転する。目の前にやってきた足を取って落下を止め、もう一度リオルを元の場所に降ろした。

 

 

「次だ」

 

 

 くい、と指を引くと、再び飛び掛かってくるリオル。それを再び捌く。

 突き出した拳をいなす。蹴りを繰り出してきたところを転がす。突進を流す。

 殴る、躱す、蹴る、流す―――――そんなやり取りを幾度となく繰り返すうち、リオルの動きは徐々に鋭くなっていった。

 一切の脅威を感じなかった当初と比べると、多少マシになったというところか。無駄を省き、適切な術理に乗せることで破壊力を増す。拳法としての形が備わってきている。野生の荒々しさが必要なことも時にはあるが、それと一切の原理を知らないとでは雲泥の差だ。

 

 やがて、オレたちはどちらからともなく矛を収めた。

 どちらが何をした、というわけではない。疲労も強くない。ただ、互いにこの辺りが潮時だと漠然と理解していたからだ。

 見つけた当初の剣呑とした雰囲気はもうそこには無い。ただ、状況を上手く呑み込めていない困惑があった。

 

 さて。

 

 

「お前、何でゼニガメと喧嘩してたんだ?」

 

 

 ある程度、言葉は通じるものとして問いかける。リオルはあくまで波動を読み取るだけであって人に伝えることができるかは分からないが……、それでも何か、ある程度は分かることがあるかもしれない。

 そう思っていると、リオルはまず大通りの方を指差した。

 

 

「リオッ」

「あっち……あっちでゼニガメたちが悪いことしてたのか?」

 

 

 リオルは少し考えて、首を横に振った。

 そりゃあ……そうだよな。隊長さんたちはあっちから逃げてきたんだ。そもそも、直接大きな被害を受けたはずの自衛隊が敵に寝返るってのも考えづらい。

 

 

「悪いことしてたやつらと勘違いしたのか? ほら、こんな感じで胸のところに『R』のマークがついててさ……」

「リオッ!」

「あー……それで、何で勘違いを?」

 

 

 なるほど、怖そうな人間とその味方のポケモン=レインボーロケット団と勘違いしちまったか。

 ただ、それでも服装が違うし、そうそう間違えないと思うんだけどな……?

 

 

「リュッ、リオッ」

「あっちは……避難所か? 避難してきた人たちがどうした?」

「リィ」

「波動……? で、人の心を感じ取って?」

「リオッ! リー……リュッ」

「怖がってる人たちが多かったから、心配になって……か?」

 

 

 現在の状況から、リオルのジェスチャーをどうにかこうにか読み解いていく。こういう時、言葉が分からないからちょっと不便だ。

 ただ、オレも気という、ある意味「波動」に通ずるところもある……一種の生体エネルギーを扱える身だ。ニュアンス程度ではあれ、なんとなく感じ取れるものはある。それが無かったら多分、もうちょっと苦労してただろう。

 

 

「……えーっと……まとめると、こうか?」

 

 

 まず、リオルは元々松山の方に落ちてきたのだが、そこにレインボーロケット団がすぐに侵攻して来たため、逃げるようにして伊予の方まで走ってきた。

 波動を上手く使うことで、人と出会わないようにして逃げ延びたものの、その弊害として捕まえられて苦しんでいた市民の感情まで読み取ってしまう。

 そんな中、この公園にも似たような波動を発している人たちがいて、そこにゼニガメが来たため勘違いしてしまい……と。

 

 

「リオッ!」

「そそっかしいやつめ、こいつ」

「リュッ」

 

 

 ごく手加減したデコピンをみまってやると、リオルは困ったように顔を少し赤くした。

 ……思えば、ここにいる人たちは、突然現れた理不尽のせいで、急に生活の場を奪われてしまったんだ。怖がってたって、むしろその方が自然だろう。

 

 

「でも、だからって襲うか、フツー」

「リオ~……」

「悪いヤツがいるかもしれないと思ったって? 気持ちは分かるけど、ゼニガメには悪いことしちゃっただろ」

「リューン……」

 

 

 流石にさっきのことは悪かったと思ったのか、リオルは少し落ち込んだ様子だ。

 そりゃ良かれと思ってやったことなんだから、気にするよな。

 

 

「悪気があったわけじゃないんだ。謝って、それで許してもらおう」

「リオッ」

 

 

 と、そうこうしている内に、ゼニガメが自衛官の人を連れてくるのが見えた。

 なるほど、逃げろとは言ったが、ただ逃げるだけじゃなくて対処できるかもしれない大人を連れて来たのか。いい判断だ。ちょっと遅かったけど。

 

 

「ゼニゼニ……」

「あの……ゼニガメに連れてこられたのですが、何かあったのですか?」

 

 

 いまいち状況が把握できていないらしい自衛隊の人。ここに来る前にゴタゴタは終わったし、ゼニガメも喋ることができるわけじゃないから、分かりようがないのだが。

 

 

「この子が外から入り込んだみたいで。いきなりのことだったから、驚いて攻撃してしまったみたいです。今は落ち着いてくれたので問題ありません。お騒がせしました」

「なるほど、そうだったのですね。怪我などはありませんでしたか?」

「特には。でもゼニガメの方は、もしかしたら擦り傷や打ち身があったりするかもしれませんから、診てあげてください」

「了解しました。ご協力に感謝します」

「いえ」

 

 

 その後、ひとことふたこと話し合って、リオルはリオルでちゃんとゼニガメに頭を下げた後、自衛官の人はゼニガメを背負って元の場所へと戻っていった。

 さて、と。

 

 

「で、お前この後どうする?」

「?」

 

 

 車の方に戻る前に訊ねると、リオルは首をかしげて見せた。いや、「?」じゃなくて。

 

 

「このまま野生に戻るかどうかだよ。どうする?」

 

 

 リオルは「え? このままついてく流れじゃ?」みたいな顔をしている。そりゃまあそういう考え方もあるが、ついてくるにしても、ちょっと問題があるんだよな。

 

 

「お前、人を守ろうとしてくれてたよな。人間のことが好きか?」

「リオッ」

「そうか。それなら、さっきの人たちについていった方がいいかもしれない」

「?」

 

 

 リオルは人を守ろうとしてくれた。その心の在り方は、どちらかと言うと、人を守るために戦う自衛隊のそれに近いのではないかと思える。

 対して、オレは――――。

 

 

「オレは正義の味方とかじゃない。殴るしか能の無い人間だ。守るよりも先に敵を倒す方を選んじゃうかもしれない。けどその辺、あの人たちは守るべき人たちを守るってことにかけては徹底してる。そういうところを踏まえて、決めてくれ」

 

 

 そう言って聞かせると、リオルは考え込むように目を閉じて腕を組んだ。

 そうして少し経って結論が出たのか、リオルはオレの前に出ると――

 

 

「リオッ!」

「わっ、と」

 

 

 そのまま、オレの背中に飛び乗った。

 

 

「物好きだなあ、お前」

「リオ~」

 

 

 そっちこそ、と言いたげに叩かれる背中。

 柔らかな肉球の感触と共に、なんだか温かさが伝わってくるような気がした。

 

 

 







現在の手持ちポケモン

・アキラ
チュリ(バチュル♀):Lv15
チャム(アチャモ♂):Lv14
リオル♀:Lv11


ボール:残り3つ




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