携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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俺がへんしんする

 

 

 

 少しして車に戻ったオレは、ヨウタへ気に満ちた掌を向けていた。

 波動。そう、波動だ。オレに波動を操る素養があるのなら! たとえ一度も訓練したことが無かろうと……ヨウタにオレの考えを伝えることができるはずだ!

 

 そんなこんなで五分ほど。一向にヨウタが何か感じ取ってるような様子は無い。困惑を通り越して疲れが出てきつつあるほどだ。

 むぅ。むーん。むむむーぅん。

 

 

「あの……アキラ?」

 

 

 大事な話があると言って来たのに、オレは無言でただうなるばかり。何がなんやら分かってないヨウタは流石にこの空気に耐えかねたらしく、顔を引き攣らせながらこちらの顔を覗き込んで来た。

 

 

「あのさ……何してるの?」

「お前は波動を感じないか?」

「何その胡散臭い新興宗教の人みたいな台詞」

 

 

 むぅ。やっぱり分かってない。

 

 

「テレパシー的な何かが通じるかと思ったんだが、ダメか」

「テレパシー的なって……ああ、波動?」

「ん。リュオンと一緒に訓練してたんだ」

 

 

 けど、どうにもまだそこまではできないようだ。

 やっぱり、気功と波動は別物かぁ。

 

 

「でも、何で急に? そういうの、もうちょっと訓練してからやるものじゃないの?」

「だな。でも……あ、そっか」

 

 

 そうだ、なにも波動にわざわざ頼らなくとも、文明の利器があるじゃないか。

 スマホを取り出して文章を打ち込み、ヨウタに見せる。

 

 

『ひとにきかれたくないはなしある』

「……ああ、そういうことか。でもそれならそれでまずは人の言葉使ってよ……」

 

 

 ごもっともである。

 

 

『すぱい

いるかも』

「!」

 

 

 その文面を見て驚きつつも、ヨウタは即座に口をつぐんだ。状況から、ここで無駄なことを喋ると相手に気付かれる可能性があるかもしれないと察したのだろう。

 同じく無言のままで、ロトムがヨウタのバッグからふよふよと浮いて出てくる。こうなると話が早いな。すごく助かる。

 

 

『確証はあるロト?』

 

 

 ロトムの図鑑部分の液晶に文字が表示された。オレがリュオンのボールを出して示すと、ロトムは応じるようにリオルの図鑑ページを開いた。

 

 ――波動と呼ばれる波を見て人やポケモンの気持ちを知る。危険な相手には近付かない。

 

 うん、まさしくこれだ。頷いて返せば、納得したようにヨウタたちも頷き返した。

 続いて、ヨウタもロトム図鑑を軽く触り、こちらに文章を見せてくる。

 

 

『僕が捜そうか?』

『おれがやる』

 

 

 人探しにしろスパイ探しにしろ、気功ができるオレと波動を読めるリュオンの方が適当だ。悪意を持ってる人間がいるとしたら、近づきさえすれば分かる。あとは顔面に拳を叩き込んで終わりだ。

 

 

『ぽけもんとは

よーたがやって』

 

 

 文字を見て、頷きを返すヨウタ。しかし、その目はなんだか険しい。大事な話の方はもう終わったしいいだろ、ということで「どうした?」と問いかけると、ヨウタは躊躇いがちに答えた。

 

 

「……アキラ……もしかしてメール打つの下手なんじゃ……」

「……言うな」

 

 

 正直電話でいいじゃん、と思う。

 ここ二年近くメールもまともに打ってないし、SNSもしてないし……そりゃ衰えるっていう話だ。というか忘れるっての。

 ボヤきながらチュリとリュオンにボールから出てきてもらって外に出る。

 

 小難しいことは今はいいや。とりあえず最短で殴ることだけ考えよう。

 絶対に逃がさんぞ。

 

 

 ――と、決意して三十分弱。思ったよりもあっさりと、オレたちはそれらしきものを見つけていた。空中に浮かぶ赤い模様だ。

 これ見よがしにも程がある異様な物体……明らかに、「いろへんげポケモン」、カクレオンだ。

 

 怪しい。

 

 このあからさますぎる感じ、明らかに囮じゃねーのかこいつ。

 だからってこいつを見過ごすと、後で絶対面倒なことになるよな……そもそも、ここにいるこいつだけとは限らないし……んん~……。

 

 

「チュリ、『くものす』」

「ヂュッ」

「レオッ!?」

 

 

 とりあえず動きは封じとこ。

 そんで――騒ぐか。

 

 スマホを取り出してヨウタに連絡を送る。声は大きく、焦ってる風を装いつつ――。

 

 

「ヨウタ、カクレオンを見つけた! きっとコイツだ!」

『え……あ、うん、了解! すぐに行く!』

 

 

 場所は――いいや、写真だけロトムに送ろう。

 それよりも。

 

 

「ッ、――――」

 

 

 いた(・・)

 何事かと駆けつけようとする自衛隊員たち、その中にあってほんの僅かにおかしな動きをする輩。一瞬、こちらに来ることをためらうような。

 ――ヤツだ。

 そう確信したオレは、即座にその場を飛び出した。ギョッとして目を剥く自衛隊員の人たち。その中にあって、明らかに逃げ出そう(・・・・・)とする男が一人。

 

 

「あいつだ! リュオン、回り込め! みんな退いて!」

「! 全員、道を開けろ! 引け、引けェ!」

「ルッ!」

 

 

 「でんこうせっか」の速度で先行するリュオン。その姿を見て一瞬振り返り駆けた男に追いつき――そののっぺりとした顔面に、拳を叩き込む!

 

 ――そして次の瞬間、ぬるん、という感触に手を滑らせ、突きの威力が拡散していった。

 

 

「!?」

 

 

 何だ!?

 意味が分からず前を見れば、そこには顔の「崩れた」男の姿。この感触、このぬるつき、それにこの現象――まさか!

 

 

「おのれ! メタモ」

「うらあァッ!!」

「ゴあハアッ!!?」

 

 

 メタモンだ。そう確信した瞬間、オレは空いた片腕で男の腹に拳を突き入れていた。

 敵に教えられるのもシャクだが、ダークトリニティも言っていたことだ。百発でダメなら千発云々。何にせよ、驚いて手を止めるなんて愚を犯すほど、オレも馬鹿じゃない。

 顔面に攻撃しても無駄? 知るか! 人間の体にどれだけの急所があると思ってるんだ。千でも万でもいくらでも殴り抜いてやる。

 

 

「メタ~!」

 

 

 主人を殴られて怒ったらしきメタモンが、しゅるりと飛びのいてその姿形を変えていく。

 ち、いざって時はあいつが離れて自分だけで戦えるようにもしてたのか……!

 

 

「ッ、リュオン、『でんこうせっか』!」

「リオッ!」

 

 

 男の足を崩して地面に転がし、叩きつけながら指示を送れば、さっき訓練した通りの鋭い動きでリュオンが突進を放つ。

 しかし……。

 

 

「リッ……」

「……マジかよ……!」

 

 

 メタモンが変身したのは――ドータクンか!?

 水色を基調にした、それこそ銅鐸に似たフォルム……間違いない。だが、この場にいないヤツをどうやって……? そういう風に教え込ませたのか?

 あ、いや……待てよ。板切れみたいなのが本物のドータクンの腕のはずだが、なんか……なんていうか……何だろう。あいつ、指がある。

 そうか、アレか。メタモンは思い出しながら「へんしん」すると、ちょっと違う形になるってやつ。だが、しかし……だとすると。

 

 

「――――!」

 

 

 メタモン=ドータクンは、その腕を思い切り振るった。地面を掠めた指先が溝を穿ち、周囲に砂礫を撒き散らす。

 ……そうだ。そう、そうだよな! 「へんしん」はポケモンの能力すらコピーする技だ! となると、最低でもそれ相応の攻撃能力・防御能力は持っているはず。今のオレたちと比べれば、多分、倍は強い。

 特性は……「ふゆう」だろう。視覚的に分かりやすいのは結構だが、だとしてもあまり喜ばしいことでもない。強靭な鋼の肉体により、リュオンの「でんこうせっか」が弾かれて逆にダメージを受けてしまっている。やっぱりはがねタイプは面倒だな……!

 

 

「下がれリュオン! チュリ、『くものす』! 出てこいチャム!」

 

 

 こちらに退いてくるリュオンと代わるようにチュリの放った「くものす」が、メタモン=ドータクンの身体に絡み付く。

 チャムは、近くに出しはするが一時待機だ。ドータクン……はがね・エスパーというタイプへの有効打を持ちうるのは現状チャムだけなのだから、迂闊に手を出すわけにはいかない。

 

 しかし……くそっ、指示忙しいな!

 それに、ヨウタはまだか!?

 

 

「!」

 

 

 そう考えていると、着信があった。ヨウタだ!

 スマホを耳に当てて応じると、何やらヨウタは慌てた様子。

 ……カクレオン相手にヨウタが焦ることがあるのか?

 

 

「まだかよ!?」

『ごめん、避難所の方にメタモンが出た! そっちにかかりきりになって行けそうにない!』

「はあ!?」

 

 

 だからか! くそったれ、余計なモン仕込みやがって!

 

 

『カクレオンは倒したし、持ってたカメラも壊した! けど、相手がサザンドラに「へんしん」して暴れてるからちょっと手が離せない!』

「マジかよ……」

『そっちはどうなってるの!? すごい騒ぎだけど……』

「……ッ、問題無い。そっちに集中しろ!」

『嘘だね! ちょ』

 

 

 ――スマホの電源を落とす。

 バレバレかよ。いや、でもいい。まずは目の前のヤツに集中してもらわないとダメだ。

 幸いこっちには避難民はいない。腹くくるか。

 

 

「――――!」

 

 

 途端、メタモン=ドータクンが高速で回転を始めた。見る間に全身の糸がちぎれ飛び、ヤツ自身もその勢いのままこちらに駆けてくる。「ジャイロボール」か! 

 

 

「チャム、『ひのこ』!」

「ピィ!」

「――――!」

 

 

 チャムの放った火炎が、ヤツの身体を焼く――ことは無かった。高速回転する体に弾かれ、拡散して消滅する。

 そんなのアリかよ! 殴ったらこっちが傷つくキリキザンといい、はがねタイプってあんなんばっかりか!

 しかし、この勢いのままだと……!

 

 

「逃げてください! あとこいつも持って行って!」

 

 

 遠巻きにこちらを見ている自衛隊の人たちが危険だ。注意と一緒にスパイらしき男を投げ渡すと共に、わっと引いていく人の波。しかし、その中に、逆にこちらに向かってくる影が一つ――いや、五つ。あれは……。

 

 

「援護する! ゼニガメ隊、前へ!」

「――東雲さん!?」

「「「ゼニッ!」」」

 

 

 東雲ショウゴ――ふざけた態度で接してきた軽薄な男。しかしその表情は、先程までのそれとは明らかに異なる、精悍で真面目なもの。

 顔は同じだが、本当に同一人物か? 別人と見紛うばかりの変わりように、正直言って動揺が隠し切れない。

 

 

「狙え! 『みずでっぽう』、斉射! ――てぇぇーッ!!」

 

 

 四匹のゼニガメたちから一斉に放たれた水流が、メタモン=ドータクンの回転の勢いを削ぎ、逆に後方に押し流していく。

 よし、「ふゆう」のせいで逆に踏ん張りがきかなくなってる! それに水……これなら!

 

 

「合図したら『みずでっぽう』をやめさせろ! こっちで攻撃する! チュリ、リュオン、準備!」

「ヂッ!」

「リオッ!」

「! 了解した!」

 

 

 徐々にメタモン=ドータクンの回転速度が落ちていく。あとは、最適のタイミングで――。

 

 

「今だ! チュリ、『エレキネット』! リュオン、行くぞ!」

「射撃やめぇェッ!!」

「「「ゼニッ!」」」

 

 

 チュリが蜘蛛の巣状の電撃を放ち、それに応じるようにゼニガメたちの「みずでっぽう」が止まる。

 ――直後、電撃の網が、周囲の水を伝い、その規模と威力を増してメタモン=ドータクンに襲い掛かる!

 

 

「――――――!!」

 

 

 浸透した雷撃は、バシャ、という音と共に、ドータクンに変身していたメタモンの腕を僅かに粘液に戻した。

 よし、やっぱりだ! 乱入してくれたことによる偶然とはいえ、これだけ水を浴びせれば雷も通る! だったら……!

 

 

「リュオン!」

「ルッ!」

 

 

 先程、男を追い詰めた時と同様、挟み込むような形で両サイドへ。そして、もう一発!

 

 

「――――電磁発勁(かみなりパンチ)!!」

 

 

 動けないところへ、双方向から全力全開の一撃!

 鉄が割れるような高い音と共にメタモン=ドータクンの外殻がひび割れ、部分的に体が粘液に戻っていく。

 よし、あとはチャムの「ひのこ」で――――と、そう思った瞬間、メタモン=ドータクンの身体から念動力の暴風が吹き荒れた!

 

 

「くっ!?」

 

 

 この感じ……ミュウツーも使ってた「サイコウェーブ」か! あの時の本当にどうしようもなく翻弄されてふっ飛ばされる感じじゃないが、それでも強力な念動力には違いない。

 

 

「チュリ、『いとをはく』!」

「ヂュッ!」

 

 

 頭の上で踏ん張るチュリから糸を受け取り、体勢を整えてリュオンとチャムを回収する。各個撃破されるリスクを回避するためにも、変に分断されることは避けなければならない。

 こっちの武器は速さと数だけなんだ。一撃食らえば戦闘不能は必至だろう。

 

 

「チャム、『ひのこ』頼む!」

「ピッ!」

 

 

 抱えた状態からチャムが「ひのこ」を放つ――が、即座に「シャドーボール」によって完全に蹴散らされてしまった。

 

 

「ピィッ!?」

 

 

 ああ、くそっ! 折角上向きかけてたチャムのメンタルがまたどん底だ! あのメタモン野郎ただじゃおかねえ!

 

 

「チュリ! 『いとをはく』だ! 大雑把でいい、ヤツの足を止めてくれ!」

「ヂッ!」

「ゼニガメ部隊各員、ヤツを包囲だ! 援護しろ!」

「「「ゼニィ!」」」

 

 

 統制の取れた素早い動きで、ゼニガメたちがヤツを四方から包囲する。

 それに合わせるように、チュリもまたオレの頭から離れて、周囲の木々を飛び移りながら糸を吐きだしていく。

 「みずでっぽう」に合わせ、紛れるようにしてチュリの吐く糸が乱れ飛び、相手の動きを徐々に制限していく。

 

 しかし――――。

 

 

「――――!!」

「ゼニィ!?」

「っ、ゼニガメ!」

 

 

 鬱陶しそうに放ったヤツの「シャドーボール」が、「みずでっぽう」を突破してゼニガメに直撃し、吹き飛ばす。

 地面を思い切りバウンドしたゼニガメは、大きなダメージを受けてしまったらしい。倒れ込んだまま動かない。

 

 

「ッ……下がらせろ!!」

「ここで手を止めてしまえば、それこそゼニガメが危険だ!」

「――ッ、リュオン!」

「リオ!」

 

 

 だったら、安全になるように立ち回ればいい!

 リュオンとアイコンタクトを交わしてチャムを降ろし、それぞれが全速力で走ってゼニガメを回収に向かう。オレとリュオンは回収、チャムは牽制だ。

 まず最優先に今倒れ込んだやつ。四方に散ったゼニガメと、弱点を突くことのできる技を持つために脅威度の高いチャムを狙って放たれた「シャドーボール」を躱しながら、「みずでっぽう」を放っているゼニガメも担ぎ上げて回収する。

 ほどなく、四匹のゼニガメを全員回収したオレたちは、東雲さんの目の前にゼニガメたちを降ろした。

 

 

退()け!」

「……すまない!」

 

 

 苦み走った表情を浮かべながらも、ゼニガメたちを全員ボールに戻す東雲さん。

 今の彼には、どうにもさっきまであった軽薄さは感じられない。

 

 

「ヂュイッ!」

 

 

 そんな折、木の上からタイミングを見計らったように、チュリが木の上から降りてくる。

 メタモン=ドータクンはずぶ濡れの上に糸でぐるぐる巻き。おあつらえ向きの状況だ!

 差し出された糸を受け取ると、オレは全身に気を巡らせ、全開の電磁発勁を行う。活性化した筋肉の前では、たとえ200キロ弱の重さを持つポケモンだろうと関係ない!

 

 

「せぇ……のォッ!!」

 

 

 じめんタイプの技が無効化されようとも、「ふゆう」してるってことはそれだけ踏ん張りがきかないってことだ。問題無く、ヤツはこちらに引っ張り込まれてきた。

 ――――これで終わりだ!

 

 

「全力だ! 行けェッ!!」

「ヂィ!!」

「ピィィ!!」

「ルゥッ!」

 

 

 「エレキネット」と電磁発勁による放電、そして「ひのこ」が全身を焼き、脆く、液化していく体に突き込まれる全身全霊の「はっけい」の乱打。一発ごとに模していたドータクンの身体が崩れ、緩み、元のメタモンの粘液質が姿を現していく。

 それでもなお、攻撃は止まらない。充電が切れたチュリは爪による「れんぞくぎり」を食らわせ、チャムは炎を吐き出し続け、リュオンもまたラッシュを止めない。

 

 

「メ……タァ……」

 

 

 ――やがて、力尽きるような声と共に、体の全てが元に戻ったメタモンが、地面に倒れ伏した。

 眼を回し、動く様子も無く、体全体がもうでろんでろん。こうなると、もう脅威を感じることも無い。

 

 

「…………キッ……ツ」

 

 

 その姿を見て、オレも思わずその場にへたり込んだ。二日連続、電磁発勁の使いすぎだ。

 チュリも充電切れ、リュオンも満身創痍。唯一、チャムは比較的元気なようだが……さっきのことが癪だったのか、メタモンの近くに行って「すなかけ」してる。

 結局、チャムの「ひのこ」も決め手の一つだったんだからいいじゃないかと思うが、思いのほか執念深いなあいつ……。

 

 

「ヨウタは……」

 

 

 ヨウタは今はどうしているだろう。勝ったのだろうか。いや、負けることは無いか。勝ったとして、今どうしているだろうか。

 戦闘の音は聞こえない。もしかすると、誰か……一般人の方に被害でも出たか?

 そう思いつつ、避難所の方に顔を向ける。

 

 ――その時だった。

 

 

「危ない!!」

 

 

 不意に、東雲さんがオレに向かって叫びを発した。

 頭のスイッチが警戒のそれに切り替わる。周囲の気配――生体電流の様子が如実に読み取れる。

 

 ――メタモンが、再び動きだしている。

 

 嘘だろ、と思うが、要するに――ただ、オレたちはアレでとどめを刺しきれてなかった、ということか。あれだけやっても、なお。

 

 疲労のせいで立ち上がり切れず、反応も遅れたオレをかばうようにして、東雲さんが飛び出してくる。

 メタモンが「へんしん」するのは、キリキザン――その腕の刃、ただそれだけ。しかし、それでも充分に殺傷能力は秘めている。

 

 マズい!

 あの人は普通の人だ。どんなに鍛えていても、装備を整えていても、ポケモンの膂力で刺されれば、命の危険が……!

 

 

「ダメだ!」

 

 

 声が届いているはずなのになお、彼が引くことは無い。ただそれが己の職務だと言わんばかりに、巌のような体を盾にして――――。

 

 

 

 

 

 その瞬間、めき、という音がした。

 

 爆炎めいた衝撃が地面を吹き飛ばし、何か大きなものが瞬時に移動するのが感じられる。「そいつ」はメタモンが移動するよりも遥かに先に動き、その刀身に強烈な蹴りを浴びせかけた。

 

 

「シャアアアアアァッ!!」

 

 

 けたたましい鳴き声と共に浴びせられるのは、更なる連撃。強靭かつしなやかな筋肉が生み出す鞭のような蹴りは、一秒のうちに十回もの衝撃を浴びせかけ――今度こそ本当の意味で、ヤツを「ひんし」に陥れた。

 

 唖然としたようにその姿を見る東雲さん。オレもまた、ようやく周囲を把握する余裕ができて改めてそいつの姿を見据えた。

 橙色の羽毛に、発達した手足。やや色の濃いトサカを見ると、まだ出会った時のことを思い出せる程度に面影はある。

 

 

「……まさか、進化……」

 

 

 思わず、と言った様子で呟いた東雲さんの言葉が、その現象を正確に言い表す。

 オレもまさかこんなタイミングでとは思ったが……でも、思えばそういう頃と言えば頃ではあるよな。

 

 

「ありがとうな。それと、おめでとう、チャム」

「シャモッ!」

 

 

 ――――わかどりポケモン、ワカシャモ。

 進化し、成長することでこの場の危機を脱した立役者に、オレは感謝と祝福の言葉を向けた。

 

 

 


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