携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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二重三重のわるだくみ

 

 チャムに助け起こされた後、オレは改めて東雲さんと向き合っていた。

 その顔には、以前のような軽薄な笑顔が浮かんでいる……ようにも見えるが、あまりにも歪で、違和感が拭い切れていない。あからさまに、無理矢理作ったような表情だ。見るに堪えないほどに。

 でも、まあ。

 

 

「助けに来てくれて、ありがとうございました」

 

 

 とりあえず、お礼を言わないと。

 さっきのあの戦い、オレ一人じゃ多分どうやっても勝てなかった。時間稼ぎがせいぜいだっただろう。

 東雲さんが乱入してくれて、本当に助かった。

 

 

「い……いや、いいんだよ~」

「さっきまでの口調と態度はどこにいったんです?」

「む……」

 

 

 指摘すると、途端に彼の眉間にしわが寄った。

 流石にもう無理があると悟ったのか、東雲さんはシャンと背筋を伸ばしして顔を引き締め、恐らくは彼にとっての「自然体」に戻った。

 

 

「……君のような年頃の女性であれば、ああいった対応の方が気安く接してもらえるのでは……と、思っていた」

「あれで?」

「女性とよく遊んでいた友人を参考にした。……飾り気も無い、口が巧くもない素の俺では、相手に威圧感を与えるからな」

 

 

 気持ちは……まあ、分からないでもない。

 こうして改めて対面すると分かるが、東雲さんは……背も高くてがっちりした体格で、彫りが深い顔立ちなせいもあってちょっと怖い。普通の人が見たら、まあ怖がるか、遠巻きに見るか……ってところだろう。その上仏頂面だし、なおのこと近寄りがたい。

 

 

「……だが、それで君に不快感と不信感を与えてしまった。本当に申し訳ない」

「いえ、こっちこそ。オレも……結構酷いことを言いましたから。ごめんなさい」

「いや、こちらの方が――」

「オレの方が――」

 

 

 俺が俺が、オレがオレが……と、互いに責任を譲らないオレたちは、最終的には「どちらも悪かった」ということにして、話を終わらせた。

 改めて、オレは東雲さんに手を差し出す。

 

 

「じゃあ……改めて、これからよろしくお願いします、東雲さん」

「こちらこそ、よろしくお願いする」

 

 

 がっちりと握手を交わすと、東雲さんは痛みに耐えるように僅かに顔をしかめた。

 どうやらまた力加減が良くなかったらしい。反省。

 

 

 ――さて。

 その後、一通りの処理を終えたオレたちは、また改めて天幕の方に集合していた。

 スパイの存在と今回の襲撃、その二手から現状を考えると……既に決めてたことも変えてかないといけない。

 

 

「――あの手の人間が潜入していることを考えると、情報は既に漏れていると考えてもいいでしょう」

 

 

 隊長さんの言葉に、その場の全員が同意を示した。

 そりゃあんな反則じみた方法で入り込んでたヤツがいるんだから、情報なんて抜かれ放題だろう。次もまた同じように侵入してくる可能性だってある。

 

 

「となると……えと、イマバリ? は、もう相手が待ち伏せしてると考えられますよね」

「それだけではなく、これから先この場で情報共有を行ったことも、同じく漏れていくと考えていいでしょう」

「スパイは倒したんじゃ?」

「……はっきり申し上げますが、我々は……あれと同じ手を使ってこられれば、対処のしようがありません」

 

 

 隊長さんの言葉に、ヨウタがギョッとした顔を向けた。

 同じ手は二度も食わない、と言われるのを期待してたのもあるだろう。けど、そこはオレも流石に無理だと分かる。

 リュオンやオレと同程度に人の気配の質が分かる人がどれだけいるんだって話でもあるし、仮に対策を打つとして、全ての場所に生体認証を取り付けるなんて無理がある。ああいったセンサーがどれだけ四国の中で流通してるんだってことにもなるし……まあ、無理だ。

 

 

「分かっ……りました。ってことは、経路や目的地は、こっちで内々に決めた方がいいってことですよね」

「申し訳ありませんが、そうなります。気象情報や最新の地図などはこちらから提供させていただきます」

「じゃあ、そういうことで」

 

 

 勝手に話を進められて、ヨウタはちょっとむくれていた。

 オレよかヨウタの方が頭が良いのはもう確かなことだが、悩み始めると長いな。良い対策が思いつかなかった――あるいはこっちの世界で再現できるもんじゃなかったのかもしれないが、それができるようになる目途がついたら連絡すりゃいいってだけだと思うんだが……。

 

 

「負担、大きいな……」

「ちょっと苦労した分、敵と戦わずに済むかもしれないんです。仕方ないですよ」

「そういうものか……」

 

 

 朝木のボヤきも、まあ分からんでもない。頭脳労働ができる人がどれだけいるかって話だからな。

 問題は東雲さんか……あの人がどれだけ考えを回すことができるか。今の段階ではまだ分からない。

 あの感じだとちょっと期待するもんじゃない気もするが。

 

 ……あ、そうだ。

 

 

「すみません。一ついいですか」

「はい、どうぞ」

「この避難所の位置、レインボーロケット団に知られてるけど、いいんです?」

「現在、意見が割れております。動くべきだと言う者もいますが、動くべきではないと言う者もいる……それに」

 

 

 と、隊長さんは一瞬ヨウタの方に視線をやった。

 ヨウタは分かってないようだが……そうか。さっきの戦いのことか。

 

 避難してきた人たちを襲ってくるメタモン(サザンドラ)。颯爽と現れてそれを倒して見せたヨウタ。避難民にとっては、救世主にも等しい存在に映っただろう。

 ばーちゃんも言ってたが、人は信じたいものを信じたいように信じる生き物だ。あんな姿を間近で見れば、こう考えるんじゃないだろうか。

 ――「きっとまた彼が助けてくれる」と。

 

 だから、正確にはこう。「動くべきではない」じゃなく、「動く必要は無いんじゃないか」。

 きっと助けてくれる。きっと守ってくれる、なんて、相手の事情や現在の状況も考えずに勝手に期待を向けてる。

 でもって、期待が外れると怒りや憎しみを向けるんだ。自分の不幸には原因がある、あいつのせいだ――なんて考えた方が、楽だから。

 

 

「今すぐこの場を離れた方がいいと思います。このあたりだと久川町が一番安全かと」

「昨晩も仰っていましたね。了解しました」

 

 

 何ならヨウタのことを言われたら、白い髪の女が引っ張ってった……と言ってもいい、なんて言うと、隊長さんは苦笑いしながらオレの意見を否定した。

 何やかや、自衛隊っていう職業的に、ヘイトを向けられ慣れてるってのもあるんだろうか。でもこの極限状況で、一般市民を守ることができる人たちがそうなるのはマズいよな。何ならパフォーマンスでもいいから、後でヨウタを引っ張ってオレにヘイト向けるようにしとくか。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 そんなこんなと色々あったが、夕方までにはなんとか準備も終わった。

 メディカルマシンを載せたキャンピングカーは、外見的にも目立つし相手にも知られているため、自衛隊の輸送車両と入れ替え。いざという時のためにバイクも積めるようにしてもらった。

 野営のための荷物も積み込んだし、これで当面は大丈夫だろう。あくまで当面はだが。

 

 その間、盗聴器が見つかったりなどはあったものの、それ以外の大きなトラブルは無く、一応は順風満帆。出発前に自衛隊の人たちに最敬礼で見送られたのは、正直に言って度肝を抜かれたが。

 

 さて、今回当面の目標になっているのは鳴門海峡だが、今回の経由地は東温市になる。

 東温市は伊予・松山の隣の市で、坊ちゃん劇場、三島神社……あと、白糸の滝が有名だ。

 

 ただ、あくまでここは経由地。直接、どこかの観光地に行ったりということは、基本的に無い。

 

 ……無いのだが、今回オレたちは、東温市の銭湯にやってきていた。

 公園から車で30分ちょっと。既に無人で、人の出入りは無い。果たして設備が生きてるかも分からないが……そこはなんとかすると言って、東雲さんが出て行ったのだが――。

 

 

「実際それでなんとかしてるんだからあの人とんでもないな」

「ヂュ」

 

 

 ものの一時間ほどで、彼はなんとかしてしまった。

 なるほど、隊長さんが彼を推薦するわけだ。修理の腕……っていうか、技術全般に係る知識が凄まじい。むしろ彼を本拠地に置いてボールの複製を頼んだ方が良かったのでは? と思わないでもないが、メディカルマシンと車は今のオレたちにとっての生命線だ。どっちを優先するべきかと言うところでいうと……分からん。

 

 ……まあ、技術者なら他にもいるだろうし、町工場のおっちゃんにもお願いした。自衛隊の人たちが合流すれば研究もより進むだろう。

 

 ともかく、ほぼ二日ぶりのお風呂だ。

 なんだかんだ言ってオレたちも現代人。身体を流したい欲は、正直あった。シャワーでも浴びられればそれでも良かったんだが……避難民優先だったしな。ま、そこは仕方ない。

 それにしても。

 

 

「リオッ!」

「シャモッ、シャボボボ」

「泳ぐな!」

 

 

 何か本能的に感じるものがあったのか、かくとうタイプ組が湯船で泳ぎ出していた。

 風呂は落ち着いて入るものだ、と少なくともオレは思っている。人に押し付けるものじゃないが、外でお風呂に入る時には厳守させたいところだ。これからの世界、どうしたってポケモンと一緒に暮らしていくことになる。一般常識だけは身に着けさせなければ。

 二匹(ふたり)を引っ張り上げて隣に座らせる。いくら無人とはいえ銭湯は銭湯。ちゃんとしないと。

 

 

「いいか? ここじゃ泳いじゃダメだ」

「ルー?」

「何でって……今はいいかもしれないけど、他にお客さんいたら迷惑になるじゃないか。いつもそういう風に心掛けてないと、本当にお客さんがいた時にできないんだぞ」

「モモ……カシャァ」

「よしよし、良い子だ」

 

 

 少し不服に思いながら、それでもちゃんと言うことを聞いてくれてこっちもありがたい限りだ。

 オレが非難されるのはいいが、普通の人はやんちゃしてるポケモンの方にどうしても目がいくだろうしな。

 

 この後は、みんなで体と頭を洗い、もうちょっと汗を流した後で風呂を出た。

 今回の収穫は……何だろう。チャムが頭洗うの嫌いってことだろうか。

 ほのおタイプだからなのか、それとも例の事件のトラウマで人に頭部を触られたがらないのか……判断に苦しむところだ。

 

 

 さて。

 既に外は陽が落ち切ってるような状態だ。ここから一番近いのはお隣の西条市だが、行こうと思うと、夜間の山中を抜けていかないといけないので非常に危険だ。なので、今日は銭湯を借りて一泊。日が昇ってから再度出発、というはこびになっている。

 ヨウタたちの風呂上がりを待つこと三十分ほど。ポケモンの世話があるとはいえ、思ったよりも早く全員が上がってきたことに驚き、同時に(男の頃だったらあのくらいの時間で上がれたなぁ)と気付いて少しへこんだ。

 

 まあそこはいいんだ。重要なことじゃない。

 それよりも。

 

 

「……メシ作れるやつ。手ぇ挙げ」

 

 

 びっくりするほど、誰も挙げてこなかった。

 そしてこの瞬間、オレたちの士気が一気に急降下していった。予想は……してた。してたんだ。けど、ほんのちょっと心の底に、「誰かできるんじゃねーかなー」という期待のようなものがあったんだ。

 しかし、それは今この瞬間完膚なきまでに打ち砕かれた。

 軽い絶望を携えたまま、オレたちは顔を突き合わせる。

 

 

「……ほ、本当にできないのか!? ヨウタ君、ほら、旅してただろ!?」

「ポケモンセンターで食事が出てたんです。僕自身は作らなくてもそこまで問題無かったんですよ! ショウゴさんは……?」

「基本的に、駐屯地で供されたものを食べていた。刀祢さんは……」

「………………ちゅ……中華くらいなら、多少は……」

「マジで!?」

「嘘でしょ!?」

「何だお前らこの野郎オレが料理できちゃダメか」

 

 

 キャラじゃねえってんだろ!? 分かるよそのくらいは!

 

 

「……だ、大丈夫なのか? 鋼のような味がしやしないよな?」

「そこまでヒドくはねえよ!」

「……おばあさんの料理はおいしかったよね。もしかして、アキラに料理教えたの、おばあさん?」

「おう。だから味は一応心配要らない……と、思う……」

「何故、尻切れトンボなのですか」

「多分……だいぶ、脂っこい」

「いやそのくらいいいって! 炭になるとかそういうのより断然マシだって!」

 

 

 まあ、そりゃあそうだが。

 曲がりなりにもばーちゃんに教わった以上、「ある程度」って以上にはできるとオレも自負している。だが……しかし、それでもだ。毎日中華は、だいぶ無理だろ。

 

 勿論、中にはそんなでもないのはあるし、作り方も知ってる。けど……断言してもいい。三日目には胸やけがする。絶対だ!

 

 

「いいって言うならそれで行かせてもらうけど……『やっぱだめ』とか『やめときゃよかった』はナシだからな」

「待ってくれ何その前置き超怖いんだけど」

「警告はした」

「待って!!」

 

 

 ……その後、作ってきたチャーハンは何だかんだで完食。美味かったと言われるのは作った側としては嬉しい限りだが、果たしてこの三人、明日のお腹の具合は大丈夫なのかと、若干心配になった夕食だった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 ――レインボーロケット団の幹部であるラムダは、自衛隊に捕縛された自身の部下を見送りながら、メタモンに覆われた顔の下でほくそ笑んだ。

 

 

(これで奴らの目はあいつに釘付けだ。いい仕事(・・)をしてくれたもんだぜ)

 

 

 ラムダが彼に命じた――強制した――のは、自身の身代わりだ。

 得てして、人間という生き物は信じたいものを信じる生き物である。きっと誰かが助けてくれる。きっと誰かが守ってくれる。それ以外にも――「きっとこれで終わりだ」、などと。

 

 リオルの存在をラムダが知ったことで、彼は遠からず自分の存在が外に漏れることを察した。

 そこで講じた策は、ある意味では場当たり的な――しかし、人間の心理の隙を突いたものだった。先に「こいつが犯人だ」という人間を差し出すことで、自身への追及を逃れたのだ。

 

 結果として、誰もがラムダの部下こそがスパイなのだと――ラムダの部下「だけ」がスパイなのだと、信じ切っていた。

 いや、あるいはそう「信じていたい」のだろう。自衛隊には余力は無い。最大の戦力であるアサリナ・ヨウタとその一団はこの場を発った。自衛隊員にとって、同じ手法で出入りできるスパイがいる、などという事実は、誰もが「信じたくない」ことだ。

 

 自衛隊員たちは仕事に対して真摯であったが、同時に力の差もよく理解していた。アキラやヨウタの戦闘を間近で見ることで、メタモンの脅威をよく理解させられてもいる。彼らのいない今、下手に藪をつついて蛇を出せば、自衛隊員諸共に避難所が全滅するおそれもあった。故に彼らは、もしかするとまた同じように潜入している者がいるかもしれないと疑念を抱きながらも、余計な追及をせずに――できずにいる。

 

 

(いずれは俺の存在もバレる。が……そうなる前に仕事は終わった。後は)

 

 

 

 ラムダはまだ今も、公園の避難所で自衛隊員たちに紛れて潜んでいる。そして、万が一その存在が割れたとしても、メタモンを暴れさせるか――ないしは、追及するのが難しい避難民たちに紛れ込めば、逃げおおせることは難しくない。それまでの間情報は全部抜き取らせてもらおう、と彼は悪辣に笑う。

 

 確かに盗聴器は破壊された。しかしそれは、彼の部下と同様の囮に過ぎない。

 彼は、出発直前に彼らの車に発信機を取り付けていた。事前に改修を行う班に入り込んだおかげだった。

 

 ラムダは自身の通信端末に発信機を示す光点が浮かんでいるのを確認すると、一言だけ言葉を打ち込んで送信した。

 送信先は、松山を支配した、伝説のポケモンを従える男――マツブサ。

 その内容はただ一つ。

 

 

『この場所に奴らはいる』

 

 

 彼らを討ち取るための、布石だ。

 

 

 






 ※ 2019/6/13 内容微追加

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