「そういやあアキラちゃんとか東雲君って、どんなパーティ組むんだ?」
そんな疑問が飛び出したのは、夕食の最中のこと。
ニューラにチャーハンをねだられ、半ば奪われかけつつもなんとか死守して口にかき込む朝木へ、オレはあまり良い顔を向けることはできなかった。
「考える気は無い」
「へ? 何で? こういうのって先にある程度考えとかなきゃ、一匹に弱点突かれて壊滅とかになるんじゃね?」
確かにそれは一理ある。一貫性……って言ったっけ、あるタイプのポケモン出されたら詰む、みたいな。
否定はしないが……。
「打算塗れで適当に捕まえたポケモンと心を通わせられるとは思えない。長い時間をかけりゃなんとかなるかもしれないが、今のオレたちにそれだけの時間があるか?」
「あー……や、まあ……そうだなぁ」
「同意する。重要なのは練度もそうだが連携の質だ。指示の伝達に不備があればそれだけ隙を晒すことになる。組織内の不和は可能な限り取り除くべきだ」
「組織って話とは違うような……」
「む……」
東雲さんの言うことも……その、なんだ、自衛隊というか軍隊っぽくなってはいるが、おおむねそんなところ。
チュリ然りチャム然りリュオン然り、みんなちゃんと言うことを聞いて、その上である程度こちらの思惑も推し量ってくれるからこそ、今の状況がなんとか成り立っているんだ。そこに不穏分子を加えるのは好ましくな……これもなんか東雲さんみたいな表現だな。伝染ったか。
「ともかく」
話を戻すためにか、ヨウタが声を出す。その手には、ポケモン用らしいスプーンが複数握られていて、しきりに動かしては仲間たちに自分のチャーハンを分け与えている。
……あれ、ポケモン世界的には必須スキルだったりするんだろうか。複数のポケモンを一度に面倒見なきゃいけないわけだしな……あれでも合理的だったりするのかもしれない。
何故か一本多いのは……クマ子のか? ヨウタめ、さてはばーちゃんに渡しそびれたな。
「ポケモンたちの方だって、このトレーナーに従いたい、従いたくない、っていう思いはあるんだ。お互いの感情が一致してはじめて『トレーナー』と『パートナー』になれるものなんだから、あまり理想がどう、って言うのは……今ついてきてくれてるポケモンたちも、よく思わないと思う」
「なるほどなぁ……ったぁあいズバット! 血を吸わないでくれぇ!」
……そういう観点で見ても、あいつはしばらくかかるなこりゃ。
「アサリナ君。キミも昔はそういうものはあったのか?」
「えっ」
「言われてみると気になるな。オレも無いではなかったし」
ポケモンユーザーなら、「もしポケモン世界に行ったら」――みたいなことを考える人はいるだろう。オレも中学校に上がる前くらいの頃は、メガシンカポケモンだけのパーティとか考えたことはあった。まあメガシンカは一匹限定だったし結局頓挫したんだが……。
「そりゃあ、僕も昔はあったよ。ライ太を中心に……えーっと、あの頃は……ワタルさんやレッドさんに憧れて、カイリューやフシギバナはいいなぁって思ってたし……友達の家のピッピに憧れてた頃もあったかな? それに、やっぱり大きくって強いイワークとか……たまに建設に来てたワンリキーを旅に誘ったこともあった……ような気もする」
「……クルゥ」
「ギュギュギュ」
「なんかみんなちょっと不機嫌になってるぞ」
「不機嫌になるようなこと言わせたのアキラたちじゃないか!?」
そうか。いやそりゃそうか。自分たちじゃない誰かがもしもヨウタと一緒に旅をしてたら――なんて、みんなの立場からしたら考えたくないな。
ごめんと頭を下げつつ、ちょっと気になったので改めて考えてみる。そういえばヨウタの言うポケモンって、全員、今の仲間たちと通じるところがあったりしないだろうか。草御三家のフシギバナとジュナイパーとか、ドラゴンタイプ繋がりのラー子とか……。
もしかしたら、そういう幼少期の原体験が、今の仲間たちと心を通わせるきっかけにもなったのかもしれない。
「そういうアキラはどうなの?」
「メガシンカ使いとかカッコイイなと思ったことはあるぞ」
「ショウゴさんは?」
「………………」
めちゃめちゃ真剣に悩み始めたこの人。
あれか、子供の頃のことだから思い出せないけど何とか思い出そうとしてるのか? そこまで頑張らなくてもいいんだけど!?
「レイジさんは……あ、ダメだ。ニューラたちに追われてる」
「あいつそろそろ本格的にどうにかしてやったらどうだ?」
「どうにかして、どうにかなればいいけどね。本人の心の持ちようって部分もあるし、すぐには難しいかも」
「弱腰であればあるほど、ズバットたちにとっては良い標的か」
「そうですね。反撃してこないサンドバッグ扱いです」
じゃあ逆に手を出すようにすればいいかと言えばそうでもないしな。怖がらせるのは逆効果だ。
単に朝木に自信が備わればいいかって言うと……微妙な話だ。ああいうヤツが変に自信を持つと、殆どと言っていいくらい変な方向に行っちまうし。思い切りが良くなる分、行動が予測できなくなるっていうか……。
あのネガティブさを中和できればいいんだが、あいつ絶対後ろ向きなまま突っ走るだろ。それってある種の躁状態と言えないだろうか。冷静になって後で振り返ると死にたくなる類の。
……そこは置いとこう。
それよりも、何か最低限正しいことなら言うことを聞いてもらえるようにできないかな……と考えたところで、ぱっと思い浮かんだものがあった。
「……連帯感を高めるために、みんなで修行っていうのはどうだ?」
協力せざるを得ないくらい困難な状況に身を置けば、どれだけ反発しててもとりあえずは協力関係を築くだろう。ハードなトレーニングを通じて地力もつけられる。そこから最低限は言うことを聞いてもらえるようにも……なんて思うんだが……流石に脳筋すぎるかも。
「いいね、それ。やろっか」
「訓練か。悪くない。俺も同意する」
――そう思っていたのだが、意外なことに二人とも乗り気だった。
あれ、と違和感を覚えはしたものの、すぐに気を取り直す。そうだ、二人ともどっちかって言うと体育会系だわ。訓練とか修行って言ったって拒否するような素養してねーわ。現役自衛官と島巡り制覇者だからそりゃやろうぜと言われりゃやるわ。
「じゃあポケモンたちの訓練方法教えてくれよ。昼間やってたら自分たちだけだとダレちゃってさ」
「え、そうなの? じゃあライ太かラー子に組手の相手になってもらえば大丈夫かな?」
そしてオレも比較的そっち側である。
特訓も必要だと思ってるのは確かだし、とりあえず乗っとこう。特訓もできる、朝木もポケモンたちと連携できる(かもしれない)と一石二鳥だ!
――――で。
食事を終えて一時間ほどして、朝木は夜の雑木林で屍を晒すことになった。
正確に言うと、朝木とズバットとニューラだが。
しかし、まさかと思ったが基礎トレ段階でこうまでなるとは……。
片や筋トレ、片や模擬戦という差はあれど、どっちも疲労困憊状態。
思えば、確かに朝木は運動してた体には見えなかった。こんなことになるのも仕方ないかもしれない。
……まあ、より困難な状況の方が連帯感もより高まるだろー……なんて、オレもちょっとやりすぎたが……。
「……刀祢さん。もう少し加減をした方が良い」
「そうですね……ごめん朝木。やりすぎた」
謝罪を投げると、かひゅー、かひゅー、という喘鳴だけが返ってきた。
駆け寄ったヨウタがなんとか聞き取る分には、どうやら許してくれたらしい。
……しかし、それはそれとして、平然とやり切る東雲さんもすごいな。自衛隊の訓練も相当厳しいらしいし、これも納得と言えば納得だが。
「アサリナ君。この訓練にはどのくらいの意義がある?」
そんな中、ふと東雲さんがヨウタに向けて疑問を向けた。
効果の「有無」じゃなくて「大小」を問うあたり、東雲さんもこの世界におけるレインボーロケット団との戦いがどういうものになるかは理解しているようだ。
そうですね、とヨウタは朝木にも聞こえるようにややボリュームを上げて返した。
「レインボーロケット団は、手っ取り早く相手を倒すためにポケモンよりトレーナーを標的にすることが多いです。それに耐えたり避けたりするためには、どうしても僕らが強くなるしかない」
勿論、ポケモンたちもトレーナーを守るために最善を尽くそうとするだろう。が、どんなに頑張ってもどうにもならないことはある。その予防のためには、どうしてもトレーナーの方が鍛えるしかないわけだ。
それに、ヨウタたちは大丈夫としても、オレや朝木、東雲さんのポケモンの体格だと、守るとかそれ以前の問題だ。相手の攻撃を躱すだけの身体能力は、半ば必須と言ってもいいかもしれない。
「それに、これはアキラを見てて分かったんですけど」
「オレ?」
「うん。ポケモンは、トレーナーが強ければ強いほど、全力で戦える」
そう言うと、ヨウタはワン太をボールから出した。
「市役所での戦い、覚えてる?」
「ああ」
「あの時……アキラから指示を受けてる時の方がワン太の動きが良かったんだ。僕と一緒の時の倍くらい」
「マジか」
「マジだよ」
「そうなのか」
え、そうなの?
確かに、オレもどこまでやれるかと思ってたし、ワン太もどこまでやってくれるかとも思って本気でやったけど。
「倍は言い過ぎかな。でも、そのくらいはできてた。それは多分、アキラが一緒ならどこまで本気を出してもいいって思ったからだと思うんだ。巻き込むことは無いし、仮に巻き込んでも問題無いって」
「まあオレ指示殆ど出してないけど」
「……うん、まあ、だからアレは暴れてるだけとも言える」
それもものすごい精度で、お互いが戦いやすいようにだ。
トレーナーの指示無しでそこまでできるのもよく考えたらとんでもないし、それができるほど鍛え上げられてるっていうのも、またヨウタたちの実力を再確認させられる。
「アキラと同じくらいまで、っていうのは……無理です。けど、ポケモンたちにとって『本気を出してもいい』って思ってもらえるほど鍛えることには、意味があります」
「了解した。教示に感謝する」
そう言うと、東雲さんは再びゼニガメと共に筋力トレーニングに移った。
……あなたの場合は、筋トレよりゼニガメとの連携とかゼニガメの地力を伸ばすことに集中すべきでは? とも思ったが、鬼気迫るその表情を見ると委縮してしまい、結局言い出すことはできなかった。
「……オレたちの方もやるか。ヨウタ、本気でやってくれよ」
「うん。勿論」
何はともあれ、こっちもこっちで特訓だ。
オレ自身も基礎トレを欠かす気は無いが、それでも今はポケモンたちの地力が大事になってくる。加えて相手は格上ばかり。ここで立ち回りを学んでおかなければ勝てはしない。
ヨウタには、それこぞ全力で当たって来てもらわないと。
――その後、オレたちの特訓は深夜まで続いた。
あくまで特訓なので、オレが直接ヨウタに攻撃したり、Z技やメガシンカを使われたりということは無かったが、ほとんど実戦さながらにやれた……はずだ。
元々セオリーなんかは基本的にガン無視で戦ってるオレだが、その弱点と利点も分かったので充分な収穫だろう。
それはそれとして、最後にライ太と殴り合いに行ったのは流石にやりすぎだったかもしれない。
〇――〇――〇
翌日、オレたちは全員揃って車で西条市に向かうことになった。
理由としては、バイクが目立つというのも、東温市から西条市に行く道のりがずっと山道だというのもあるが……一番は、オレの治療だったりする。
「しかしここまでよくやったね……」
多少ならずヒいたような様子で、オレの傷の具合を見るヨウタ。目立つところで言うと、擦り傷に青あざ、関節の腫れ……などなど、一見する限りかなり痛々しいが、あくまで見た目だけだ。痛みが全くないってワケでもないが、オレ自身の回復力も常人以上にはあるし、すぐに治るだろう。
「このくらいやんなきゃ意味ねーって」
「そうかな。レイジさんはどう思う?」
「えっ、俺ぇ? ……ま、まあ……オーバーワーク気味なんじゃないのとは思ったけど……」
「何でアンタにそんなこと分かるんだよ」
意外なことに、オレの治療を行ってるのは朝木だ。
それもやけに手際が良く、まさか偽物か……なんて思ったものだが、オレとリュオンを騙せる偽物なんていうのもありえないことだ。とりあえず本人だということにしておいた。
「怪我の仕方見てなんとなくね。俺、昔医学部だったから、多少は分かるって程度だけど……」
「嘘だろ!?」
「医学部!?」
「何だよぉ!? 俺が医学部で何が悪いってんだよぉ!?」
い……意外にも程がある。
失礼な話だっていうのは分かってるんだが、朝木って男と医者志望ってところが全く結びつかない……。
「マジかよ……すげえ転落人生だな……」
「……どういう失敗をしてしまったんですか?」
「や、普通についてけないで中退だよ。そっからドロップアウト。父さんからは勘当されるし、就職先も見つかんないから、パチ屋で清掃」
マジの転落人生すぎて何も言えねえ。
しかもそこからレインボーロケット団ときた。呪われとんのかこいつ。
ため息をつきながらも、朝木は手を止めない。素人目にはだいぶ優れた技術してると思うんだが、それでもダメっていうのは……学力の問題か、それともまた別個の問題になるだろうか?
「……よし! これでいいはずだ」
「ん……ありがとな」
動きは……うん、大丈夫。阻害される感じは無い。これなら突然敵に出遭っても対処できるだろう。
「よし、ちょっとオレ周辺警戒に出てくる」
「どうやって?」
「この上にぴょーんと」
「怪我したばっかりなんだから休んでてよ。モク太!」
「クォ」
ヨウタが車の外に手を出してボールを開くと、モク太が車と並走を始めた。
そうか、そっちの方が簡単だったな。それにモク太なら仮に攻撃されても凡百のポケモン相手ならものの数秒で打ち負かせる。ヘタにオレが外に出るよりよっぽどいい。
「さて……と、ロトム!」
「はいロト。何するロ?」
「地図、お願いできる?」
「了解ロ」
続いて、ヨウタはロトム図鑑にマップ――四国の地図を表示させた。脇には、伝説のポケモンを探すための天気図などが表示されている。
「今僕らがいるのがここ、サイジョウ。このまままっすぐ……えっと」
「新居浜」
「ニイハマを抜けてくんだよね。その後は?」
「戦力を揃えられるまで剣山には近づきたくないんだよな。四国中央、観音寺、三好経由して大回りで徳島まで行くか……あ、でも松山は多分ボス格がいるよな……」
「三好から一旦土佐に抜けるのは?」
「つるぎ町に最接近しちまうんだよな……それに山も多い。高速使えりゃな……」
「強行突破も考えなきゃかもしれないね」
一回くらいなら突破してイケるかもしれないけど、二度目になると警戒度もハネ上がることになるし、いざって時以外はあまり行きたくはない。
……とりあえずで鳴門海峡選んだけど、別の場所で伝説のポケモン出ないかな。そう思って、ロトムに言って天気図を出してもらった時だった。
「……あん?」
「どうしたの?」
「あ、いや、これ……ここ、雲が」
ふとした拍子に、オレは西条市上空……オレたちの進路に、奇妙な違和感を覚えた。
見ると、一部だけ雲がかかってない場所がある。まるで台風の目のような、あるいはそこだけ避けて通ってるような……わけのわからない現象だ。
「これって……」
「……何かあったっけ?」
「分からない。ロトム、ここ、何か異常とかある?」
「気温の異常上昇が起きてるみたいロ。気温は……アローラ並み」
「………………」
何かあったっけ、そういうの……ホウオウ、は無いよな。あれは炎と言うより生命の力がメインな感じがあるし。じゃあエンテイとか? それも何だか違う気がする。
ファイヤーにボルケニオン……詐欺罪に器物損壊罪……違う、ノイズが混ざった。
雲……台風の目……トルネロス? それだと気温の上昇に説明がつかないな。分からん。
「あ……!」
うんうんと首をひねっていると、不意に朝木が顔を蒼褪めさせながら声を上げた。
「……? 何か気付いたのか?」
「これ! これ、天候変化じゃないか!? 雲一つない状態にして、周囲を熱くして、ほのおタイプ技を強化して……」
「あ、そうか! 『ひでり』か! ってことは、コイツ、まさか――――」
「グラードン……マグマ団のマツブサ!?」
「嘘だろ……情報が漏れてる!?」
「ちょっと待てよ。じゃあ何でわざわざもうこの時点でボールから出してるんだ? オレたちがここにいることを知ってるなら、もっと近くに来てから奇襲すりゃいいじゃないか」
伝説のポケモンであろうとも、モンスターボールには収まる。どんな場所にも持ち運ぶことができる上に特性――この場合は「ひでり」になる――も隠すことができるわけなので、こんな風に外に出して運用するなんて、不合理極まりない。
三人でうんうんを頭を悩ませる……たって仕方ないな。折角なんだから東雲さんにも聞くべきだ。
運転席の方に体を乗り出してかいつまんで現状を説明すると、彼は顔をしかめながら答えた。
「……不可解だと感じることには原因がある。戦術であれ、戦略であれ……ならば、それにも原因はあると見るべきだ」
「つまり……オレたち以外の誰かと戦ってる。もしくは、何かを追いかけてる」
「恐らくは。しかし、ただ誘い出しているだけかもしれない」
横から話を聞いていたヨウタへ視線を向ける。どうする、と聞かなくとも、どうやら頭の中では決めているようだった。
「行こう。罠でもそうじゃなくても、行かなきゃいけない」
「え……いや、無理じゃね……? 逃げた方が賢明だって」
「馬鹿言え。伝説のポケモンなんて野放しにしてたら、あの辺に住んでる人たちみんな死ぬぞ」
「それに、もし仮に戦ってる人がいるなら……協力できるかもしれない」
どっちに転んでも、オレたちにとっては変わらない。
罠なら砕いて進めばいい。そうじゃないならそれでいい。結論は変わらないんだ。
「東雲さん、進路そのまま西条で。このまま突っ込みます」