三人称です。
「落ち着いて! 走らないでください! 手が空いている方は、怪我人や子供さん、お年寄りの肩に手を貸してあげてください! ……押さないで!」
未だ火の消える気配が無い街の中、東雲は必死の思いで避難誘導を続けていた。
体力の無い者から順に命を蝕まれていくこの地獄の中では、とにかく避難のスピード――と言うよりも、手際が重要だ。
西条市の人口は十万人強。その全てがこの周辺にいるというわけではないが、近隣には病院もある。本来なら動かす訳にはいかない重症者や――そうでなくとも、この騒動の中で傷ついた市民などがつめかけている。
この状況下で更なる火災など起きようものなら、大惨劇は避けられないだろう。ゼニガメが火を食い止めてはいるものの、いつまでもそうしていられるわけではない。
(……焦るな!)
東雲は心に喝を入れた。
この場で市民に正しく指示を出せるのは東雲だけだ。「話を聞いてもらえる」程度の立場もある。
ここで焦って不手際を起こしてしまえば、それだけで被害が増えていくことだろう。それは避けなければならなかった。
「東雲君!」
「朝木さん」
市民を誘導する最中、周囲を走り回っていた朝木が戻ってくる。
その姿からは、普段の消極的な雰囲気というものが多少失われていた。
「こ、この辺は……ぜぇ、ズバットにめっちゃ頼み込んで……はぁ、『ちょうおんぱ』で……人、探して……げほっ! ……もらったけど、これで全員っぽかった」
「お疲れ様です。水分を」
「あ……ああ……ありがとう……」
この高温下では、ただ立っているだけでも汗が噴き出してくるものだ。
その中で、一向に汗の出ていない朝木は、果たしてサボっていたのか――というと、そうではない。その事実を示すように、勢いよくスポーツドリンクを飲み干した、その端から再び汗が噴き出した。
深刻な脱水症状の典型例だ。訓練している東雲ならまだしも、一般人に限りなく近い朝木ではどうしても多少の無理が出る。しばらく休憩するように指示をすると、朝木はやや心配げに戦場の方に視線をやった。
「……んにしても、あの二人大丈夫かな……」
利己的な朝木にしては珍しいことだった。東雲も、短時間とはいえ朝木と接することで、彼の性質というものはなんとなく掴んでいる。はっきり言って、このようなことを言いだすのは彼の気質に合わないのではないか、と東雲は感じた。
理由があるとすれば――それは、この場所にいる限り、脱水症以外に目立った危険性が無いためだろう。
ポケモンの攻撃が飛んでくることもなく、伝説のポケモンがいるという特異な状況のためか、野生のポケモンさえ近寄って来ない。レインボーロケット団の人間も、ヨウタやアキラによって足止めされている。
いるのだが。
(おかしい……)
そのことに対して、東雲は小さくない違和感を覚えていた。
いくらヨウタやアキラが強いとは言っても、根本的に彼らは「少数」でしかないのだ。多勢に無勢……という言葉が通用する実力ではないが、少なくとも「討ち漏らし」というのはどうしても出てくる。そうしたレインボーロケット団員が一向にやってこないというのは、あまりに不自然だ。
民間人を襲うと言う考え方が人道にもとると言うのなら、そもそもグラードンを出して街中に現れること自体、人の道から外れていると言っていい行いだ。到底看過できることではない。
(……だが、分からん……)
東雲も頭が悪いわけではないが。他人の考えを読めるほどに良いわけでもない。
彼は一時、自分の考えを放棄した。今重要なのは、一刻も早く市民を安全に逃がすことだ。
戦場では、今も少年少女が戦っている。炎が噴出し、目が眩むような光線が空を貫いていく。
あれは、彼らがレインボーロケット団を足止めしているという確かな証だ。
「……朝木さん。頼みがあります」
「え、うん? どした?」
「いざという時に、彼らが安全に逃げられるよう、割り込む準備をしていただけませんか」
「うん。うん? うええええええええええええええ!?」
その提案に、素っ頓狂な声を上げて朝木は白目を剥いた。
〇――〇――〇
他方。
マツブサとヨウタの戦いは、比較的マツブサに有利なかたちで進んでいた。
グラエナの爪がワン太の顔を掠める。バクーダの吐く炎に対して、モク太は回避の一手しか取ることができない。
ヨウタ自身もまた、この灼熱地獄で体力を消耗していた。滝のように流れ出る汗が、地面に触れて蒸発した。
「グラエナ、『ほのおのキバ』! バクーダは『ふんか』しろ! グラードン、あの鳥を叩き落せ!」
「モク太、反対側に迂回して回り込んで! ラー子、『ばくおんぱ』! ワン太は『いわなだれ』! 止めるんだ!」
バクーダの背から放たれた溶岩が、爆風の如き振動と衝撃を伴う音波によって進行を抑えられ、更にワン太の放った無数の岩塊によってせき止められる。
危うくそこに巻き込まれかけたグラエナは、一歩下がって体勢を整えた。グラードンが放つ炎は、未だモク太を捉える様子は無い。
「…………」
「…………」
グラードンの攻撃は、一度でも当たれば致命傷になりうるものだ。現在はモク太の「かげぬい」によってその侵攻を止められているが、一度でも攻撃が当たりさえすれば、その効力も切れる。
バクーダの攻撃も手ぬるいものではない。グラエナも、その牙と爪で確実にダメージを重ね続けている。
(何だコイツは……)
――だというのに、まるで倒れない。
傷ついているのは確かだ。しかし、いずれも軽傷であって戦闘には大きな影響を及ぼさない程度のもの。
彼が足止めのためにマツブサの前に出てきたことは最初から分かっていたことだが、そのあまりの粘り強さに、流石のマツブサも焦れていた。
「
「ライ太」
「――――ッ!」
「なっ……うおおおおっ!」
「スバァァ!」
「下がれホムラ! お前じゃ敵わん!」
「くっ、すみません、
戦闘している最中に、横から奇襲するというホムラの案は悪くない。
だが、あまりに相手が悪すぎる。ヨウタはホムラを一顧だにせず――指示すら出すこと無く、ライ太の「しんくうは」で撃墜して見せた。
何も言わずとも、ポケモンがトレーナーの意思を汲み取るほどの信頼。本来あまり高い威力は持っておらず、ハッサムでは使いこなせないであろう「しんくうは」の一撃で、オオスバメを半ば戦闘不能にまで追い込む高い練度――それを見せられては、彼では荷が重かったと言わざるを得ないだろう。
だからこそ、マツブサはヨウタが慢心すると思っていた。
神業じみた技量とポケモンとの信頼、極めて高い練度を誇る相棒のポケモンたち――どれほど強いトレーナーであっても、まだ彼は十歳そこらの子供だ。必ずどこかで欲を出す。
マツブサはいくつか彼に誘いをかけていた。ポケモンたちの動きの中に微妙に隙を作ることで、「ここでもしかしたら攻めきれるのでは」と考える余地を残していたのだ。
だが――乗ってこない。
「どうした小僧! お前の相手はこっちだろうが! バクーダ、『ねっぷう』!」
「……ラー子、『りゅうのはどう』!」
バクーダの背の火山から吹きあがる火炎混じりの風を、ラー子が全身から放つエネルギーが押し戻す。拮抗したエネルギー同士がぶつかり合い、やがて両者の攻撃は打ち消されることとなった。
ヨウタは徹底していた。無駄な攻撃は行わず、たとえ攻め手を欠くことになろうとも、可能な限り賭けに出るようなことはしない。執念すら感じるほどに、彼は「時間稼ぎ」という役割に徹している。
折れず、曲がらず、揺るがず――その姿に、思わずマツブサはかつて対峙したチャンピオン、ツワブキ・ダイゴを幻視した。
「埒が明かんか……」
このまま続けていても、千日手もいいところだ。
そう考え、マツブサは自身の左腕を掲げた。
「それは、まさか……!」
「そうよ。そのまさかよ!」
メガバングル。
ポケモンのメガシンカに必要となるキーストーンを配した
「我がキーストーンよ、バクーダナイトと結び合え……!」
――メガシンカ。
キーストーンから放たれた極彩色の光が、バクーダを包み込む。
その背の二つの瘤は、巨大な一つの活火山に。強い熱にも負けない体毛が伸びて身を包み、更にその身を頑丈に変えていく。
「ブオオオオオオオオッ!!」
バクーダの咆哮の中、想定外の事態に、僅かにヨウタの顔が険しくなった。
「レインボーロケット団が……メガシンカを……!」
「レインボーロケット団とひとくくりにされるのは気に入らんな。私は『マグマ団』
「…………ッ」
「このバクーダは私の理想に共鳴した同志にして相棒だ。メガシンカなど、できないわけがないだろう……!」
ならば何故、バクーダに向けられる愛情の一滴でも、外の世界に向けられなかったのか――?
ヨウタは一瞬そう考えたが、その考えは即座に否定した。マツブサにとっての愛情とは、即ちマグマ団の理想を成し遂げることだ。
「……ライ太、ラー子と代わって! ラー子はグラードンの抑えに!」
「……!」
「フラッ!」
「何……?」
そのマツブサを相手に、ヨウタは相性の悪い
ありえないだろうと瞠目するマツブサに、応じるようにヨウタも右手のZパワーリングを掲げた。
「だったら僕たちも――本気で行く!」
キーストーンが輝きを放ち、ライ太を更なるシンカへと導いていく。
その腕の鋏はより攻撃的に。その装甲はより頑丈に。膨大なエネルギーを吹きだすように、背の羽根が煌々と光を放つ。
声は無かった。力の滾りに身を任せるほど未熟ではなく、感情の高ぶりを声にするほど饒舌でもない。ただ、目の前の空間を薙ぐように腕を振るった――その一瞬で、メガシンカの光が弾け、空気が攪拌され、暴風が巻き起こる。
――もしや、今のグラードンですら、戦えば無事じゃ済まないんじゃないか……?
マツブサは海の色のように深く
気圧されてはいても、まだこれは互いに五分の状況になったに過ぎない。グラードンを倒されたわけではなく、むしろグラードンの攻撃に一度でも直撃すれば即座に倒れるということには変わりない。
「『かえんほうしゃ』だバクーダァ!」
「『こうそくいどう』!」
動き出したのは、二匹同時のことだった。
バクーダの吐き出す火炎を、ライ太は目にも止まらぬ速度で飛翔し、躱す。この展開は既にマツブサも読んでいる。
メガバクーダは鈍重なポケモンだ。初動はどうあれ、背負っている巨山のせいもあって、巨岩そのものと称されるギガイアスや、動くことにすら倦怠感を覚えるナマケロにすらスピード面では劣る。
マツブサはその「遅さ」を、恐らくは誰よりもよく理解していた。
「『むしくい』!」
「――そこだ、『ふんえん』!」
「バオオオオオオオオオッ!!」
「――――!」
そうやって培われたのは、後の先――すなわち、カウンター戦法だ。
機先を制することはできない。ならばいっそのこと相手に取らせる。その上で、メガバクーダの莫大な火力による確実に「返す」一手で捻じ伏せる。まして、ハッサムの弱点は「ほのお」。当たれば致命傷は避けられない。
そのはずだった。
「何ッ!?」
バクーダの背から放たれる「ふんえん」は、確かにライ太を撃ち抜いた。しかし、直後にその姿が薄れて消えていく。
――「かげぶんしん」だ!
「『つるぎのまい』!」
分身したライ太が、その背の羽根に沿うようにして剣に似たエネルギー体を作り出す。
この剣は、彼の攻撃を補助するための外付けの機構だ。ライ太自身の生体エネルギーから創り出したこともあり、その切れ味は彼の攻撃能力をそのまま写している。単純に、手数が二倍・三倍に増えたと言っても過言ではないだろう。
流石にメガシンカしたバクーダと言えどもただでは済まない。そう確信したマツブサは、即座にグラエナたちに命令を下した。
「グラエナ! 全方位にブチ込め! 『バークアウト』! グラードン、『いわなだれ』!」
「ワン太、『アクセルロック』! モク太、『ハードプラント』! ラー子、『りゅうせいぐん』!」
グラエナの咆哮が放たれる――その瞬間に、ワン太はその身を弾丸に変え、グラエナの喉元に食いついた。
グラードンが創り出す無数の岩塊は、上方をラー子が呼び寄せた流星が打ち砕き、下方をモク太が生命を吹き込み急成長させた強靭な樹木が支えていく。
――これも潰されるか!
驚愕せざるを得なかった。伝説のポケモンの攻撃を、たった二匹のポケモンの攻撃によって相殺するなど、彼にとっては悪夢に等しい。
「っ……」
――これでも止めるのが精々なのか……!?
対して、ヨウタもまた、グラードンの高すぎる能力に小さくない衝撃を感じていた。
モク太の放った「ハードプラント」は究極技とも呼ばれ、その高すぎる威力故に、伝承できるポケモンが限られる特別な技だ。
ラー子の用いた「りゅうせいぐん」も、天空から隕石を呼び寄せるというプロセスの関係上、ハードプラントなどの究極技に迫るほどの特殊性と威力を誇る。
それだけの技を二種、全力で使ってなお――グラードンの放った「普通の」技である「いわなだれ」を相殺するのが限界だった。
ヨウタも、その脅威を知る者として決して伝説のポケモンを侮ってはいない。それでもこの力の差だ。
――それでも。
「……ライ太!」
「……!」
「バクーダ!」
「バオオオッ!!」
ヨウタは退かない。
マツブサは下がらない。
互いの信念のもと、二人のトレーナーはその全力をもって、再び灼熱地獄の中で激突した。
・余談
①年齢は朝木>東雲>アキラ>ヨウタ
②ポケアニ版マツブサのCV:藤原啓治さん