携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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地獄に垂れるいとをはく

 メガヘルガーの全身から放たれる高熱が、視界を揺らめかせる。

 メガハッサムが持つ膨大なエネルギーが内側から弾け、甲殻がミシミシと音を立てている。

 

 彼らの目に正気は無い。果たして、敵であるオレたちのこともちゃんと認識できているのかどうか……。

 

 

「ガアァアァ!!」

「っ!」

 

 

 ヘルガーが火炎弾を放つ。転がるようにそれを躱すと、それを見計らったかのようにハッサムが現れ、オレの頭目がけて鋏を振り下ろした。

 

 

「シャァッ!!」

「ハッサムッ!」

 

 

 ――それを、横からの突撃(ニトロチャージ)によってチャムが吹き飛ばす。

 心なしか表情が険しいのは、ハッサムの甲殻がさっきよりも硬くなっているせいだろうか。

 

 

「く……そっ」

 

 

 なんとか立ち上がろうとするも、そこで浮遊感に襲われた。視界が歪み、うまく体勢も立て直せない。

 脳震盪……さっきの「じしん」で揺さぶられた分か……!

 

 

「ははははは! さっきまでの元気はどうしたのかな? ほら、バンギラスが迫っているぞ。さあ、ヘルガー、やれ!」

「……ッ!」

 

 

 バンギラスが背後から、ヘルガーが前方からこちらに向けて走り出す。

 まだひどいめまいはある。貧血も併発していると見るべきか……くそっ、今はとにかく動き回るしかない……!

 

 

「ぐ、うあ……」

「ヂヂィ!」

「シャモ!」

「つ……ごめん」

 

 

 流石にちゃんと歩いていられない、チュリがその事実を伝え、チャムに手を引かれる形になってその場から離脱する。

 しかし――それだと、やはり遅い。ヘルガー二匹が吐き出す火炎弾は、しっかりとオレたちの進行方向に吐き出されていた。

 

 

「リオッ!」

「ほぉう……?」

 

 

 しかし、それはリュオンの「みきり」によって四方に散らされ、弾かれる。

 ただ……その方法は、火炎の塊を四肢で直接弾くこと。波動によって多少の保護はあるとはいえ、触れればその部分が焼けてしまう。

 元々が、超高温の火炎を撃ちだして周囲を焼き尽くす「れんごく」だ。その痛みも絶大なもののはず。グラードンの特性で日が照っていてただでさえとんでもない威力なのに、メガヘルガーの特性は「サンパワー」。その威力を更に底上げしてしまう。

 「みきり」はあくまで回避のための技……これ以上はダメだ!

 

 

「リュオン、下がれ!」

「主人のために身を挺するとは、なかなか見上げた道具だ。ヘルガー、遠慮することはない。撃ち続けなさい!」

「リオ……ッ!?」

 

 

 ビシャスの指示に合わせて、更に攻撃が激化する。それを弾くのにも、数秒もしないうちに限界が訪れ――やがて、「れんごく」の一撃がリュオンを捉えた。

 膨大な熱量を秘めた火の玉が弾け、周囲に莫大な威力の熱波を撒き散らす。もはや流すことも受けることもできず、リュオンはそれを受けて吹き飛ばされてしまった。

 

 

「戻れ!」

 

 

 地面にぶつかる――その前に、光線を照射してリュオンをモンスターボールに戻す。

 容体は……分からない。「ひんし」なのは確かだろうが……少なくともこれ以上戦わせるわけにはいかないだろう。

 戦況は最悪に近い。四対二……いや、実質オレたちの中で戦闘可能なのはチャム一匹(ひとり)。残る三匹に対して優位を取れるタイプだとはいえ、それだけじゃどうにも戦えない。

 

 

「ヂィッ!」

「ガアアッ!」

 

 

 チュリが「くものす」を吐き出すものの、ヘルガーには即座に燃やされハッサムには切り裂かれてしまう。

 バンギラスは……ここまで、残り十数メートルほど。まだ火傷が痛むのか、その歩みはやや遅い。

 やっぱり、電気が使えないと戦うのは辛いものがある。クリスタルシステムってヤツは、オレたちの天敵と言っていいだろう。

 

 

「追い込め!」

「ガウバウガアウッ!!」

 

 

 まだまともに動けもしない中、ヘルガーが猛烈な勢いで突っ込んでくる。

 チャムが慌てて対応に向かうが、相手は二匹。一匹に「にどげり」を食らわせても、もう一匹はそれを抜けてそのままオレの方にやってくる。

 

「ヂッ! ヂュ……ヂュイ!?」

「ッ……で、電気は今は駄目だって……!」

 

 

 反射的にチュリが放出してしまったらしい電気が、クリスタルシステムに吸収・反転して放出、オレたちの方に返ってくる。

 オレは耐性があるし、チュリにとって電気は充電して摂取するものだ。ある程度までは耐えられるが……それでも、どうしても僅かな隙は生じてしまう。

 チュリ――バチュルにとって、電気とは身に蓄える栄養の一種であり、同時に身を守るための武器だ。生態の一環として、攻撃を受ければどうしても漏れ出し、攻撃に転化させてしまう。この状況で流石にそれはマズい……!

 

 

「一旦戻ってくれ、それから――」

「ガアアアアァゥ!!」

「くあっ!?」

 

 

 そうしたところで、高熱を帯びた爪が顔を掠めた。

 くそっ……もうこんなところまで来たのか!

 再び、転がるように距離を取る。不格好だが、今はこうしなきゃまともに動けもしない!

 

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「なっ……」

「クアアアアアアッ!!」

「チャム!?」

 

 

 と。しかし、そうして距離を取った先にいたのは――バンギラス。

 天頂に掲げた腕の先に岩を作り出し、そのままオレ目がけて「いわなだれ」を仕掛ける……その直前、不意討ち気味に放たれたチャムの「にどげり」がバンギラスを襲い、その巨体をよろめかせる。

 流石にタイプ相性としては4倍……「いわ」「あく」タイプ双方に効果の高い「かくとう」タイプの技だ。だけど……。

 

 

「ふはははは! 状況判断には長けていないようだな、そのワカシャモは! ヘルガー、ハッサム、やりなさい!」

「ガァァアッ!」

「グオオオオオッ!」

 

 

 同時に、ヘルガーたちがフリーになってしまう。

 一匹は全力で地を駆け、一匹はその口内に炎を貯め込み、ハッサムはやや遅れるかたちで飛翔してくる。

 

 ――――そして。

 

 

「グウアァァゥ!!」

「がっ!!?」

 

 

 ついに、その爪がオレの腕に食い込んだ。

 熱い。熱い熱い熱い、痛い、熱い!

 メガヘルガーの爪は、自分自身が苦しむほどの高温を持つ……クソッタレ、これがそれか!

 

 

「放せッ……」

「ガオオオオオオオオオッ!!」

「うああああああああああああっ!!?」

 

 

 続けて、腕に食いついたヘルガーを巻き込み(・・・・)、もう一匹のヘルガーの「れんごく」によって身が焼かれる。

 熱い、どころか――それを通り越して、感覚が薄くなる。酸欠もあるのかもしれない。コートが端から燃え出し、マフラーが炭化していく。更に――――

 

 

「ハッサム!」

「ガ――――――」

 

 

 ハッサムの「メタルクロー」が、突き刺さった。

 左肩から胸元、脇腹にかけて切り裂かれ、冷感すら感じるような痛みと共に、血が噴き出す。

 膨大な内在エネルギーにあかせた一撃は、そのまま莫大な衝撃を生み出しオレの身体を吹き飛ばし、ガレキの山へと叩き込んだ。

 

 

「シャモッ!? シャモーッ!!」

 

 

 ――――痛い。

 ガレキで傷ついたのか、片眼が見えない上に頭からも血が噴き出して止まらない。

 火が付いた衣服が、オレの皮膚を焼いて苛んでいる。

 

 

「あ……う……」

 

 

 ガンガンと痛む頭を押さえ、薄らいでいく感覚を繋ぎ止めながら、コートの端の部分、火の点いた個所を千切り捨てる。

 マフラーも、もう使えない。この戦いの中、火災で黒煙だらけのこの街の中で動き回るに重宝したんだが。

 ……どっちも、ばーちゃんに貰ったものだ。

 

 ――――くそったれ。

 

 

「シャモッ! シャモッ!!」

 

 

 不意に、体が揺り起こされていることに気付く。どうやら一瞬、意識を飛ばしていたらしい。

 ガレキの山に突っ込んだのが功を奏したか、砂埃に紛れて相手はこっちが見えてない。

 その間に、チャムもなんとかオレを揺り起こそうとしてたのか。心配させちゃったか……。

 

 

「……まだ……やれ……る……!」

「クァ!? シャモッ、シャモモッ!」

 

 

 チャムは、必死に首を横に振った。

 違う。オレの求めてる答えはそうじゃない。オレのことは、いいんだ。

 

 

「アイツを……倒さ……ない、と……!」

 

 

 うわごとのように、言葉が漏れた。

 

 ポケモンを邪悪に染め上げるだとか。

 ロケット団の作り上げた「兵器」だとか。

 そんなおぞましいものを自慢げに、さも素晴らしいもののように言いだすあのビシャスという男だけは……絶対に逃せない。

 

 

「いつまでそうして隠れるつもりだ? それとも――こちらから出向いた方が好みか?」

 

 

 遠くから、ビシャスの声が響いてくる。

 いや、もしかすると近くだったりするのか……どっちにしても、よくは分からない。黙れ、と悪態をつこうとしても、開いた口からは喘鳴しか漏れてはこなかった。

 何もしてこないこちらの様子に気を良くしたのか、ビシャスは高笑いしながらヘルガーへ命令を下している。直後、何やら炎が渦巻くような音がして――――。

 

 ――同時に、何か、冷たいものが触れた。

 

 

「やれ」

 

 

 その命令と共に、二つの「れんごく」がガレキの山を貫き――――やがて、大爆発と共に周囲を火の海に変えた。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

「――――ぅ」

 

 

 ――ひんやりとした、冷たい感触で目を覚ます。

 どうやら、またしても少しの間気絶していたらしい。残った片目で軽く周囲を見回すと、どうやらどこかの屋内……多分、倒壊を免れたものの中にいることが分かった。

 

 

「シャモッ、シャモッ」

「ニュッ、ニュッ」

 

 

 なんか、妙に揺れてる。それにこの声。チャムと……ニューラか? マニューラじゃなくて、ニューラ。

 この冷たい感触は……台車に乗せられてるってところ、だろうか。気温よりも遥かに温度が低いのは、ニューラの出している冷気のせいか。

 

 

「…………チャム、と……ニューラ……?」

「シャモッ!?」

「ニュッ!?」

「…………あり、がと」

「ニュニュ、ニャァ!」

 

 

 震える声で何とか発した言葉は、なんとか二匹に伝わったらしい。

 ……状況を考えるに、どうやらビシャスが最後に放ったあの一撃から救ったのはニューラ、ということだろう。傷のそれとは違う、やたらと冷たい感触をよく覚えている。

 ともかく、そうやって二匹が進んでいくのに任せていると、案の定と言うべきか、店の奥にはニューラのトレーナー……つまりは、朝木が待っていた。

 

 

「ど……どど、どうしたんだよこの怪我ァ!?」

 

 

 怪我の具合見てこんな驚くってことは、やっぱコイツあの現場にいたわけじゃないのか。

 さしずめ、とりあえず行ってきてくれと言われて、何をするでもないけど、とりあえずニューラに様子を見てきてもらったところ、こうやって拾ってきてもらった……ってところか。相変わらずせせこましいなこいつ。

 ……オレも、運が良いのか悪いのか……でも、まあ。

 

 

「……悪……助か……」

「しゃ、喋るなって! オイオイオイ……なんだよこれ……ちょ、ちょっと待ってろ!」

 

 

 今言える範囲での礼を言うと、朝木は何やらごちゃごちゃとその辺にあるものを弄り始めた。

 よく見えないが……色合い的に、医薬品、だろうか。

 

 

「見つけた! よし、とりあえず応急処置だ! ……けど」

「……?」

「……ず、随分服がパンクなことになって」

「…………笑かすな……」

 

 

 流石にそのまま火だるまになるよりはマシだろう、と思う。

 

 

「ごめん、処置するのに服を一部切らなきゃいけない。いいね?」

「…………任せ……る」

 

 

 と、急にマジメになった朝木。かつて医療者を目指してただけあって、流石にこういう場面で弁えないってことは無いってことか。

 こっちとしても、文句を言う気も無い。その場に体を投げ出して、処置を受けるのに任せる。

 

 いつものビクビクした様子はなりを潜め、その場にあったものでテキパキと処置を施していく朝木。

 火傷はニューラの冷気と汲んだ水で冷やし、スプレーをかけた後で……多分、医療用と思われる何かで傷を覆った。

 ハッサムの「メタルクロー」による切り傷は水で洗い流して止血。消毒は……朝木の口ぶりだと、しない方がいいらしい。湿らせた方がいいの何の。よく分からないが、頷いておく。しかし、覆うにしても、どこにでもあるようなラップでいいものなんだろうか?

 

 

「頭の方は……もう血は止まってる。目は……処置できないな……内出血は吸収されるのを待つしかないか。眼帯をして……耳、鼻……鼓膜がやられてるのか? こっちは消毒した方がいいな、あとは抗生剤と……」

「……ずい、ぶん……詳しい……な」

「研修医は何でもやらなきゃいけなかったからね。これでも、努力はしてたんだよ。とりあえず、薬。飲んでくれ」

 

 

 ……言いたいことはあったが、とりあえず薬を飲み下す。中には強い鎮痛薬も混じっていたのか、しばらくすると体の痛みは多少なりとも和らいだ。

 しばらく休んだおかげか、めまいや体のふらつきといった脳震盪の症状も治まっている。

 

 

「ど……どうだ? 立てそう?」

「……なん、とか……」

 

 

 その場で軽く手足を動かしストレッチ。うん、大丈夫だ。動こうと思えば、動くことはできる。

 

 

「……ありがとう。助かった」

「お、おう……じゃあ、その」

 

 

 言いつつ、朝木は自身の目を腕で塞いだ。

 何やってんだ……と、首を傾げたのだが。

 

 

「服を……着替えた方が……」

「……ごめん」

 

 

 ……そうだった。「メタルクロー」で切り裂かれたり燃やされたり、大概なことになってたんだ。

 治療中は朝木もそっちを気に掛ける余裕が無かったようだったからいいものの、いざ処置が終わってみると……ってところか。

 

 どこかの衣料品売り場から持って来たらしい服をチャムから受け取り、適当に服を着替えていく。上に丈長めのTシャツ、下にレギンス……と、簡素なものだが、このくらいでいいだろう。その上から、ほとんどボロ布と化したコートを羽織る。

 

 

「それ、捨てた方がいいんじゃ」

「……まだ、使える。それに……アンタが、治療したことを……ある程度、悟られないようにするには……これ、着てた方が、都合がいい」

「悟られ? ……おい待ってくれ。そんな体でまだ戦う気なのか!?」

「……当たり前、だろ」

 

 

 まだ、オレたちはちゃんと勝ってない。ごく私的な怒りは置いといても、そこはちゃんと考える必要がある。

 ヤツを退けられてないってことは、ヨウタが安全に逃げられないってことだ。なら、オレ一人逃げるなんてできるわけがない。

 

 

「あの……ビシャスってやつだけは……何としてでも、倒さなきゃ、いけない」

「はえ? ビシャス? ……ビシャス!?」

「……知ってるのか?」

「いや、ほら、セレビィの映画に出てたヤツだよ! 知らんの!?」

「…………初耳」

「ン゛ヌ゛ッッッッッッッ*1

 

 

 何だこいつ急に血でも吐きそうな顔して。

 血反吐を吐いてるのはオレだろ。

 ……まあいいや。

 

 

「……ともかく……ばーちゃんも、言ってた。悪党を野放しにして……知らん顔してる人間にだけは、なるな……って」

「そりゃ……そうかもしれないけど、それで死んだら本末転倒じゃないのか? アキラちゃんのおばあさんだって、そんなんなってまでやれ、だなんて思ってねえよ!」

「……それでも、行くんだ」

「ッ……おかしいだろ!? 死にかねないのに『それでも』だなんて、イカれてるとしか思えない!」

「…………だったらオレは、イカれてていい……!」

 

 

 思わず、血を吐くように、激しい声が出た。

 

 

「何言って……」

「……ゲホッ……オレは……『正しいこと』を……するんだ……! ……それしか、残って……ないんだから……!」

「た……正しい? 残って? 意味が……」

 

 

 ……くそっ。

 こんなこと――よりにもよって朝木には言うつもりなんて無かったってのに。治療されてる間何もできずに、考える時間が増えたせいだ。

 だから嫌なんだ、考える時間が増えるのは。結局、最後にはこんな風にイライラを抱えて人に当たり散らしちまう。

 

 

「……ごめん。処置してくれたのは……助かった。ありがとう」

「い、いや、でも――――」

「……勝算は、ある」

 

 

 強引に道を塞ごうとする朝木の手をやんわりと押し退けつつ、オレはそう断言した。

 そうだ。何もオレだって、無策に行って無駄に傷つく気は無い。

 

 

「それに、あいつら……何でか、知らないけど……オレを狙ってる。多分……負けても、死にはしない」

「そ、そうだったのか? でも……」

「……手足の、一、二本……くらいは、いいんだろ」

 

 

 死体を人質にしたって、意味無いだろうからな。

 もしくはオレの能力に目をつけたのかもしれない。それなら、どっちにしろ殺すまではされないんじゃないだろうか。

 

 

「……一つ、聞かせて……」

「お、おう。けど、あんま喋らない方がいい。喉焼けてるだろ」

「伝わらないだろ……それより」

「うん」

「……クリスタルシステム……に、ついて」

「クリスタルシステム? ああ、あれか。ライコウの。……ええと、ここにそれが?」

 

 

 頷く。

 

 

「……弱点が知りたい、とか?」

 

 

 もう一度頷く。

 渋い顔をしながらも、朝木は少しずつ記憶を掘り起こすように、指で頭を叩いた。

 

 

「つっても……あれ、殆ど無敵な機械みたいなもんじゃなかったっけか。ライコウの雷まで吸うし……あ、でも雷技以外は通用してたっけ。バクフーンとメガニウムでなんとか壊してたような……」

 

 

 物理攻撃は? そう聞こうとして、軽くシャドーをして見せる。朝木は首を傾げた。

 

 

「……物理攻撃してたっけ?」

 

 

 となると、そっち方面は完全に未知か。試してみる価値はあるな。

 

 

「コートの……中にあった……それ、返して、くれ」

「あ、ああ……でも、こんなの何に使うんだよ。ここ、敵しかいないじゃないか……」

「見てれば……分かる」

 

 

 朝木からあるものを受け取り、ボロボロのコートのポケットにしまい込む。

 さっきまでの状況を思い返せば……そう。やりようは、ある。ある程度は運次第な面はあるが、それでも分の悪い賭けではないはずだ。

 

 

「あれだけ好き勝手やりやがったからには……倍にして、返してやる」

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 ――状況を、再確認する。

 この場で戦えるのはオレ一人。リュオンは戦闘不能。チュリは諸々の条件のせいで攻撃不能。唯一、ダメージはあるが、チャムが戦闘可能。ハッサム相手にもヘルガー相手にも、バンギラス相手でも優位は取れる。

 

 最大のネックは、オレの怪我の状況とクリスタルシステムか。動き方が悪けりゃ傷が開くし、多分あと一発でも攻撃を食らったら、本当にアウト。電磁発勁も使えないしチュリも攻撃できない。なら――アレさえどうにかなれば、多少は戦えるってことだ。

 遠目で見る限り、ビシャスは未だバンギラスとは距離を取っている。近づけば、あの怪物と自分が戦わなきゃいけないことを理解しているからだろう。

 メガシンカは……解いてるか。オレが逃げたことで、「バトル中ではない」と判断されたようだ。

 

 クリスタルシステムは、ヤツらの背後。アレをどうにかするには、そもそもヤツらを倒すか出し抜く必要があるか。

 ……ま。

 

 

「……なんとか――するさ」

「シャモッ!!」

 

 

 決意を新たにしながら大通りを歩いていった先で、やはり――そいつらは待っていた。

 ビシャスはオレの姿を認めると、口元を大きく歪めて見せた。

 

 

「こそこそと隠れて逃げ帰ったと思えば……まさか戻ってくるとは。そこまで痛めつけられたかったのか?」

「ふざけろ……オレたちは……お前ら、なんかには……絶対に、屈しない」

「ははははははは! 実力も弁えず、地面に這いつくばって傷ついてなおその台詞とは……健気で強情で……滑稽なことだ」

「……だったら――その滑稽で……弱い、小娘にしてやられて……奥の手まで切らされたテメーは……道化(ピエロ)の世界チャンプか……?」

「……減らず口を! メガウェーブ!」

 

 

 会話をしている中で、位置関係は掴めた。メガウェーブのくすんだ色の光が三匹をメガシンカさせる、その最中。オレはチュリの背を叩いて合図すると――そのまま一直線にバンギラス(・・・・・)の方に向かって走り出す。

 

 

「何っ!? ヘルガー、ハッサム、追え!」

「ガウバウガウ!!」

「ハッサム!」

「チャム……!」

「シャアアアアッ!!」

「ぬっ、ワカシャモを……!?」

 

 

 ――当然、ビシャスは挟撃するためにもそれを追わせるだろう。

 そこを、チャムが横から蹴り抜いて釘付けにする。いくら再度メガシンカしたからとは言っても、元からあったダメージは帳消しにはできないし、ヘルガーとハッサム双方の弱点を突くことのできるチャムを無視することはできない。

 

 

「だが、それで何とする! トレーナーが一人でバンギラスに立ち向かうなど、死にに行くようなものだ――――」

「どうか……なッッ!!」

 

 

 瞬間、オレは近くにあった街路樹を叩き折った(・・・・・)

 水分を失ってからからになった木片が周囲に散乱し、火に巻かれて燃えていく。

 木の幹を全力で握りつぶすようにして持ち――それをそのまま武器として、バンギラスの顔面に叩きつけた!!

 

 

「何ィ!?」

「ゴアアアアアアアアアッ!!?」

 

 

 バンギラスが、驚きに目を眩ませる。とはいえ、これは、あくまで自分の目の前に「何か」がやってきたことに対し、眼球を守るために行う反射のようなもの。大してダメージは無いだろう。

 けれど、これでいい。バンギラスの分類は「よろいポケモン」。その外殻は文字通り鎧のように硬質で、水分が抜けてスカスカになった木なんて、当たったところで逆に粉砕するほどだ。

 

 ――――オレが狙っていたのは、それだ。

 

 

「むうっ!?」

「チャム……来い! ――『けたぐり』!」

「カッ――――シャアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ガッ……グオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 辺りそこら中に撒き散らされた木片は、この高温とヘルガーやチャムの攻撃の余波によって発火して火を上げ――煙を撒き散らす。

 周囲に火と煙が立ち込める。3メートル超はあろうかというバンギラスの巨体を隠すには不足しているが、オレやチャムが隠れるには充分なほどの煙。そこに紛れて――バンギラスの足関節に、破壊的な一撃が、叩き込まれた。

 

 「けたぐり」。相撲で言う決まり手の「蹴手繰(けたぐ)り」とは異なる、ポケモンの技として調整が行われた関節破壊の一撃。

 攻撃を与える相手ポケモンの体重が重いほど、その威力は増し、自重によってより多大なダメージを与えることになる。

 流石のバンギラスもこれには耐えきれなかったらしく、一撃を加えたチャムがその場を離れた直後にその身を地面に横たえた。

 

 

「ええい、なんという無様な! ……戻れ!」

 

 

 そう言って、ビシャスは胸元にマウントされた黒いボールを手に取り、バンギラスに向け――――投げた(・・・)

 

 

 

 ――次の瞬間、信号機の上に隠れてたチュリの放った糸に絡め取られるとも知らずに。

 

 

「ヂッ!」

「な……糸? な、何!? 糸!?」

 

 

 チュリはこの状況下では正面切って戦うことはできない。故に、最初からオレは戦力としては数えていなかった。

 けれど、同時に……「正面突破以外の方法」でなら、戦えるとも踏んでいた。

 そのために打った策の一つが、これだ。

 

 

「――――最初から、違和感はあったんだ」

 

 

 オレはふと、ビシャスとの戦いが始まった時のことを思い返した。

 コンテナによって輸送されて来たバンギラス。ポケモンを強制的にメガシンカさせるメガウェーブ……いずれも、見ていて違和感を覚えていた。

 

 バンギラスもポケモンであるなら、ボールに入れて連れてくればいい。

 メガウェーブを使えるなら、バンギラスも一緒にメガシンカさせればいい。

 それが、状況に合わせた適切な運用というものだろう。必要もないのにやるのはただのバカだが、必要なのにやらないというのは……「そうせざるを得なかった理由がある」からだ。

 

 

「何故、バンギラスは輸送されてきたのか。何故、仲間であるはずのヘルガーやハッサムと同士討ちしているのか。何故、お前はバンギラスもメガシンカさせなかったのか。……それは」

 

 

 その答えは、ただ一つ。

 

 

「最初から、バンギラスは(・・・・・・)お前の(・・・)ポケモンじゃない(・・・・・・・・)からだ」

 

 

 気付かなかったのは……勢いと状況に飲まれてたのもあるし、ダークボールに入ってたポケモンと同じように、正気を失っていたというのも一つ。気付いたのはメガウェーブを使ってるのを見た時だ。

 映画でも、メガウェーブは手持ちの(・・・・)ポケモンを強制的にメガシンカさせるために使われていた。記憶が確かなら、あの映画でメガウェーブの影響下にあったのは全て「モンスターボールに入っていたポケモン」だけだ。

 元々、メガウェーブを使ったのは「詰め」の一手。威圧して戦意を失わせる――あるいは、抵抗を叩き潰すなら、バンギラスもメガシンカさせない理由は無い。

 

 

「……おおかた、強制進化マシーンってやつは……コイキングをギャラドスに無理矢理進化させた『怪電波』ってやつの発展形じゃないのか? そうやって進化させたポケモンは、こんな風に正気を失うんだろう」

 

 

 オレもハートゴールド・ソウルシルバーはプレイしたことはあるので知っている。「カイリュー、はかいこうせん」の、例のあの場面……のちょっと前。

 いかりのみずうみにいたギャラドスも、確か正気を失っていた……はずだ。

 

 

「そこへ、ダークボールなんてもので捕獲して……邪悪に染め上げたら、どんな怪物が出来上がるのか。それで捕まえたら、強化されるんだったよなぁ? 制御すらできない、本物の怪物になってしまったら――って思うと、恐ろしくて使えなかったんじゃないか?」

 

 

 もしくは、ただ単純に――――。

 

 

「……それとも、強すぎて捕まえられなかったか? だから、こんな風にオレたちとの戦いに連れて来て……捕獲できるかもしれない体力になったところを狙って、そいつを投げた。だとすると……ハッ。大幹部ってワリに……尻の穴が小さいんだな」

「き……き……貴様……!!」

「どうした? 小馬鹿にして侮ってた小娘に抵抗されて……癇癪でも起こしてるのか? 予備はあるんだろ。投げろよ、ダークボールを。全部……オレの相棒(チュリ)が止めてくれるだろうけどな。それと」

 

 

 そして、オレは最後に――ハイパーボール(・・・・・・・)を、懐から取り出した。

 

 

「な……!?」

「『まだ誰の手持ちでもない』なら――『オレが捕獲する権利もある』」

「待っ……やめろォ!!」

 

 

 ひょい、と、オレは、バンギラスに向けて軽くボールを投げて寄越した。

 瞬時にその巨体がボールの中に収められ、一度、二度と揺れて……やがて、その動きを止めた。

 

 唖然とした様子で推移を見つめていたビシャスは、口元を震わせ、怒りに満ちた様子で怒号を発した。

 

 

「まさか……あの……役立たずの虫ケラがぁッ!!」

「……そうやって、侮るから! 見下すから! してやられるんだろうがッ! チュリ!」

「ヂッ!!」

 

 

 そしてこれが最後の仕掛け。チュリの伸ばした糸の先にあるのは、1メートルほどの高さの水晶体――クリスタルシステム。

 チュリがオレのもとに戻ってくると同時に糸を引けば、装置にマウントされていた水晶体はそのままオレの手元にやってきて。

 

 

「オレの仲間を傷つけたことも、チュリを馬鹿にしたことも、ポケモンたちを好き勝手弄り回して挙句に道具扱いしたことも! 全てここで贖わせる! お前だけは、何がなんでも逃がすものかッ!!」

「う、うお、うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 

 

 ――――そのまま、オレの全力によって、鎖付き鉄球(フレイル)の要領でビシャスのマシンへと叩きつけられた。

 

 

 

 

*1
「時を超えた遭遇(公開:2001年)」が十年くらい前の映画だと思っていたところに唐突に二十年近く前の映画だと突きつけられた男が感じたジェネレーションギャップによる断末魔






 設定等の紹介


・強制進化マシーン
 「金・銀」、「ハートゴールド・ソウルシルバー」などに登場した「怪電波」の発展形。本作半オリジナル設定。
 コイキングを進化させてギャラドスにさせるような電波があるのなら、他のポケモンにも応用できるはずだということでロケット団によって発展・改良が行われた。
 しかし、コイキングをギャラドスに進化させたときのものと同じく、進化させたポケモンは通常のものよりも遥かに凶暴になるという欠陥が判明。それでも、ごく短期間で下っ端の戦力増強を行うことができることから、使用される機会は多い。
 ビシャスはこれを利用してあたかもバンギラスが自分のポケモンであるかのように見せかけた。
 アキラの煽りは後者が正解。ビシャスは捕獲できなかった。最初から捕獲してたポケモンを使えばいい? さもありなん。


・ビシャス本来の手持ちポケモン
 映画「セレビィ 時を超えた遭遇(であい)」にて登場したのはハッサムとニューラの二匹のみ。
 バンギラスは現地のポケモンハンターが捕獲していたものをそのまま流用していたため、実際にはバンギラスは彼の本当の手持ちではない。
 なおヘルガーも本来なら映画においてはハンターのポケモンだが、同じ映画に出てた繋がりかつメガシンカもできるため、本作ではそのまま抜擢された。


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