携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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ふるいたてる心と感情

 

 着弾と同時、痛む体に鞭打って、壊れかけの道路を疾走する。

 血が足りない上に、体力も残り少ない。さっきの攻撃も筋肉まで到達してしまったのか、ところどころ体が動かしにくい。

 

 けれど、動ける。戦える。

 弱ったと言えども、能力は変わらず人外のそれ。頭は、昇っていた血が抜けてむしろスッキリしてさえいる。

 やるべきことも、やりたいことも合致している。

 あとは、この心の激情が導くまま――――。

 

 

「――――倒す!!」

「くっ……う……お、おおおお!? は――ハッサム! ヘルガー! 私を守れ!」

「ガアオオオオオッ!!」

「ハッサム!」

 

 

 片目が使えず僅かに狙いがズレていたのか、ビシャスはまだ意識は失っていないようだ。

 しかし、衝撃によってヤツの乗るマシンのコンソール部分は潰れきっているし、多少はダメージもあるようだ。

 

 

「チャム! ヘルガーは任せる。ハッサムはオレが足止めする! 合図をしたら上に向かって『ニトロチャージ』!」

「シャモッ!!」

「人間がポケモンの足止めなど……!」

「どう……かな!」

 

 

 ビシャスを守ることを命じられた三匹の動きは、僅かに鈍い。

 恐らく、それはダークボールによって攻撃性が高まったことによる弊害だろう。相手を破壊することに精神を誘導したことで、誰かを「守る」ような行動に反発を覚えているのかもしれない。

 惨いことだが、これも今は好都合だ。動きの鈍いハッサムの懐に潜り込んで、その顔面を殴り抜く!

 

 

「ハッ……サム!」

「っ……と!」

「サムッ!?」

 

 

 上からの振り下ろし。150cmちょっとのオレに対して2mと、体格の勝るメガハッサムがするには順当な――それでいて見え透いた手だ。僅かな移動で躱し、崩れた体勢を利用してそのまま地面に叩きつける。

 ダメージは無いだろう。だがそれでいい。格下に見てる相手にコケにされたからこそ――こういう手合いは、頭に血が上る。

 

 

「ハッサム!」

 

 

 体を反転させたハッサムは、そのまま背部の羽根からエネルギーを噴出させ、起き上がりざまに再び殴りかかってくる。

 それも――しかし、そう速いものじゃない。技術も伴っていない。躱すのはあまりに容易で、再び体勢を崩すことも、また容易だった。

 

 

「その程度か!」

「ハッサム!?」

「馬鹿な……ハッサム、何故倒せん!」

「テメーの育て方が悪いんだろ……! ッ、チャム! 『にどげり』!」

「シャァッ!」

「ゴフォッ!!」

 

 

 ヘルガーの炎が吐き出される直前、狙いすましたチャムの前蹴りが顎に入り、暴発が起きる。浮き上がったところにもう一発――踵落としの要領で振るわれた後趾は、寸分狂わずヘルガーの脳天に叩き込まれた。

 

 

「ハッサム!」

「よし……っと! チャム、後ろから来るぞ!」

「ガアッ!」

「シャモッ!」

 

 

 仰向けに転がされたハッサムが宙返りのような形で脚を振り回す。それを躱してチャムに指示を出すことで、背後からの火炎弾を回避してもらう。

 ヤツらの動きは手に取るように分かる。あの凶暴性に由来する邪気、悪意――波動だとかそれ以前に、純粋な技量の問題としても同じだ。

 

 

「何故だ! 何故当たらん!? さっきはああまで……」

 

 

 回避、回避の連続で、ビシャスの顔に焦りが浮かぶ。チャムだけならともかく、一応は人間、かつ怪我人のオレまでハッサムの攻撃を避けて回ってる以上、あちらもどうにか対応を取りたいのは間違いないはずだ。

 だが、それはできない。既にビシャスは全ての手を切っている。バンギラスは捕獲済み、他のポケモンはメガシンカ済み。これ以上強くなる余地がどこにもないのだ。

 ハッサムの攻撃を躱しながら、口を開く。

 

 

「――ヘルガーの進化レベルは24」

「……何?」

「ハッサムの進化条件は……メタルコートを持たせて交換。マニューラの進化条件は、『するどいツメ』を持たせて、夜間にレベルを上げること」

「何だ? 待て、何を言っている!」

「別に。ただの……データだ」

 

 

 それも、ゲームにおけるデータだ。レベルを明確に数値化できない現実ではあまり意味をなさないが……参考にはなる。

 同時に――これは、ビシャスの手持ちポケモンに関わるデータだ。

 

 

「お前、ポケモンを進化させただけで満足して……鍛えてないんじゃないのか? ダークボールの力で強化されてるおかげで……ゴリ押しで、今まで何とでもなってきたから」

 

 

 ビシャスは応えない。何か答えるだけの余裕が無いのか、それとも、答えてしまえば自分の不利が確定すると考えたが故か。

 推測するに、バンギラスを求めたのは、地力の無さを補うためじゃないだろうか。実際、オレがやられたのは大半がバンギラスにやられたせいだから。

 ……でも、まあ、どっちでもいい。そうじゃないってんなら、それはまったく無意味なトレーニングを繰り返してるってことだが。

 

 

「何を根拠にそんなことを……!」

「お前のハッサム、ヨウタのハッサム(ライ太)の足元にも及んでねえんだよ」

 

 

 ライ太よりも遥かに遅い。

 ライ太よりも遥かに脆い。

 ライ太よりも遥かに弱い。

 

 オレが実力を知るハッサムはたった一匹(ひとり)だけだ。

 けれどその一匹(ひとり)は――――世界一強いハッサムだ。

 昨晩、直接手を合わせたからよく分かる。メガシンカしてなお、このハッサムからはそうあるべき強さというものを感じない。ただ凶暴なだけだ。

 

 

「チャムッ!!」

「!」

 

 

 ハッサムの胸元に、掌底を叩き込む。浮き上がったその体は遥か先、チャムの戦っているその場にまで到達し――合図とともに放たれた「ニトロチャージ」によって、その装甲が完膚なきまでに粉砕された。

 

 

「ヘルガーは、さっきの下っ端どものデルビルの倍は強い……けどな、それは『たかが下っ端の倍程度しかない』ってことだ。ワン太ならそのヘルガーの百倍は強い!」

 

 

 百倍は言い過ぎか? でも、これはオレの正直な感想だ。

 技量が違う。視野の広さが違う。判断能力も、鍛え方も、経験も、トレーナーへの信頼もトレーナーからの信頼も、そしていざ元のトレーナーから離れても、他人を導いて行動し、その助けになろうという心意気も――何もかもが違う!

 吐いた炎の中を突っ切って、チャムがもう一体のヘルガーに蹴りを叩き込む。チャムが倒れる気配は未だ無く、対して、ヘルガーの方は二体ともフラフラだ。

 

 

「だとしても、お前のような小娘のくだらんチンケなポケモンなどにィ!」

「それともう一つ! ……チャム、右から来る!」

「シャモッ!」

「お前はッ! ポケモンに(・・・・・)指示を出してない(・・・・・・・・)!」

 

 

 最初から、今に至るまで――ビシャスは一切ポケモンたちに明確な指示を出してはいない。

 潰せ。あいつをやれ。倒せ。技を命じたこともない。「じしん」とも「れんごく」とも。……「避けろ」とさえも。

 

 

「お前は観察してるとかそういうんんじゃない……ただ『眺めてる』だけだ。凶暴化させたポケモンに戦闘を丸投げして、ただ大口を開けて『勝利』って結果が降ってくるのを待ってる……最低のゲス野郎だ。だからポケモンたちの状態にも気を配りやしない」

「そいつを黙らせろヘルガー、ハッサムッ! いつまでも調子に乗らせるなッ!!」

「できるのか?」

「何ッ!?」

 

 

 その瞬間、ヘルガーとハッサムの身体が――その場に崩れ落ちかける。

 

 

「な、何だ!? どういうことだ、お前たち! 何故動かんッ!?」

時間切れ(・・・・)だよビシャス。メガシンカのリスクを……考えてなかったな」

「メガシンカのリスクだと!? どういうことだ! そんなもの……」

「知らなかった、か? 一緒に戦ってりゃあ、そんなことは当たり前に分かることだろうが」

 

 

 それは、学ぶ機会を自ら放棄していたってことだ。

 メガヘルガーは、自身の爪や尻尾の先端すら溶けかけるほどの温度を持つ。更にその特性「サンパワー」は、特攻を五割増しにする代償にポケモンへの強い負担を強いる。

 メガハッサムは、過剰なエネルギーを浴びることで常に体内のエネルギーがオーバーフローを起こしている。そのため長時間は戦えない……と、ポケモン図鑑には記されている。

 

 いずれも、長時間戦えないことは明言されている。

 仮にこいつが長時間メガウェーブの実験でもしてればそれは自ずと知れたこと。オレたちもそうなることを狙っていたとは言っても、手を打つことはできたはずだ。

 

 だから、時間切れ。

 これ以上戦えば、本当に命を失う結果になってしまう。

 

 

「ポケモンが死ぬ前にとっとと退()けよ!」

「退け!? この私に『退け』だと!? たかだか二十年も生きていないような餓鬼が、指図するんじゃあない! メガ……ウェエエエエエエブ!!」

「何ッ!?」

 

 

 三度目のメガウェーブ。それも、今度は通常のメガシンカのプロセスじゃない。メガシンカ状態からの――更なるメガシンカエネルギーの注入。

 メガハッサムの砕けた甲殻から更にエネルギーが溢れ、内側から破裂するかのように全身が痙攣を始める。

 メガヘルガーの爪が完全に溶解し、尾が弾け飛び、その奥から炎が噴出する。

 

 

「役割も果たせんポケモンになど価値は無いッ!! ポケモンなど、所詮は替えのきく道具! 個の強さなど追及したところで負ければ無意味! 無価値! 人間(わたし)の役に立たん家畜(ポケモン)なら、死んで役に立てばいいのだ!! うわははははははははは!!」

 

 

 その瞬間、頭の奥でぷつりと何かが弾けるような音が聞こえた気がした。

 

 ボールが開き、ポケモンが外に出るまでに一秒。ビシャスまでの距離は約二百メートル。

 オレは――全力で、ハイパーボールをビシャスの直上へと投げ放った。

 

 

「ははは――――は?」

「ギルァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」

 

 

 空気を揺るがすような咆哮と共に、巨獣がビシャスの真上に現れた。

 その目は猛烈な怒りを湛え、全身の筋肉が膨張し、隆起している。巨大メカの脚部を足場として着地したバンギラスは、その勢いのまま全身に生命エネルギーを漲らせた。

 

 

「『じしん』」

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 

 指示を出したその先で、バンギラスが獰猛な笑みを見えた。

 踏み込んだ脚がロボットそのものを揺らし、振動によって関節部から順に粉砕していく。見る間に四つの脚部全てが崩壊し、操縦席だけが取り残されるような形で地上へと落下した。

 

 

「『いとをはく』」

「ヂッ」

「ぬ!? がっ!? おおおおおおおっ!?」

 

 

 糸を吐き出しヤツの身体に絡めたチュリが、そのままオレのもとに戻ってくる。オレはその糸を引き絞り、思い切りヤツを引き寄せた。

 操縦席から転がり出るように身を乗り出していたビシャスは、体を上下逆さにしたままでこちらにすっ飛んでくる。

 

 

「ッらああぁぁ!!」

「ごっ……ばあああああああああッ!!?」

 

 

 オレは、その顔面を殴り抜いた。

 仮面が粉々に割れ、顎が音を立てて砕け散る。されど、ビシャスは未だ糸によって拘束されて宙に浮いていて……オレの手は、止まらなかった。

 

 

「負ければ無価値なんだろ」

 

 

 瞬間、オレは全身の痛みを厭わず、一息、かつ全力でビシャスの全身の急所を――殴り抜く。

 

 

「ぐげっ、ごおあああああああああああああああっ!!」

 

 

 一発。十発、百発。全身全霊に感情を込め、ただ打ち据えていく。

 一発一発ごとに痛烈な衝撃が駆け抜け、糸が引きちぎれて徐々にビシャスの身体が浮き上がる。胸元にマウントされていたダークボールが破壊され、ハッサムとヘルガーが元の姿に戻っていく。

 

 そして。

 

 

「き……貴様……本当に……人間、か……!?」

 

 

 胴部に打ち込んだ掌底によって、ビシャスは元いた操縦席に向かって再び吹き飛んでいった。

 莫大な衝撃によって周囲に轟音が響き渡る。

 

 ……同時に、痛烈な痛みと共に胸元の傷が開いて血が噴き出した。

 感情任せに無理をしすぎたせいだろう。スイッチが切れたように意識が徐々に朦朧としてくる。それでもなんとか、オレは口を開いて一言だけ、ヤツに言葉を返した。

 

 

「……そんなこと、オレが知るか」

 

 

 ――――知りたいのは、オレの方だ。

 

 本当にオレは人間のままなのか? そもそもオレは「刀祢アキラ」のままなのか? 本物なのか?

 分からない……けれど「分からない」を理由に止まりはしない。少なくとも今、この場においてオレはオレだ。この感情もこの思いも紛れも無くオレ自身のものだ。

 何より、今こういう場では、戦う力があるのならむしろ好都合だ。

 ……今は、それでいい。

 知ったことか。

 

 

「っ……」

 

 

 オレは、再び膝をついた。

 ハッサムとヘルガーはその場に倒れ伏している。チャムはさっきまでやせ我慢していたのか、今はオレと同じようにその場に膝をついている。

 バンギラスは……興奮でか、咆哮を挙げていた。唯一無事なのはチュリだが……オレを動かすほどの腕力はあるだろうか?

 ともかく、まずは制御できるかも分からないバンギラスをボールに戻さなければ。そう思った時のことだった。

 

 

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!!」

 

 

 ロボットの操縦席が遥か天空に向かって発射された。

 操縦席に叩き込まれていたビシャスもまた、それに伴って天高く打ちあがり――やがて、星になって消えていった。

 

 

「……何だ、アイツ」

 

 

 バンギラスを戻しながら、ヤツがすっ飛んでいった先を見据える。東の方角……剣山の方か。

 脱出装置でもセットしていて、この衝撃で誤作動でも起こしてしまった……か、単純にそういうスイッチに触れてしまったのだろう。

 だが、どっちでもいい。あれだけやればどうせヤツも再起不能。半年はベッドから起き上がることもできまい。

 あとは、ヨウタに合図を送って……。

 

 

「……あ」

 

 

 ビシャスを撃破してつい気が抜けてしまったのか――もう、これ以上意識は保てなかった。

 視界がぐらりと回り、地面が近づいていく。チュリとチャムが悲鳴を上げて近づいてくるが、もうどうにもこうにも動けない。

 

 

 

 ――そうして、オレはこの日二回目の意識喪失を経験した。

 

 

 









 設定等の紹介


・ビシャスの手持ちポケモン(2)
 アニメ世界だと進化している=強いというわけではないにしろ、ニューラはダークボールで強化されてるのに、総合的な種族値で劣るはずのユキナリのリザードに負けている。それどころかハッサムは好相性のベイリーフにも負けた。
 ダークボールで強化されていることを鑑みても、レベルは高く見積もっても30前後ではないだろうか。


・ビシャスの指揮能力
 映画だとどうもハッサムとニューラを適当に出して丸投げしていた印象が強い。というか、ちゃんと指示を出していたような記憶が無い。この辺りの描写に関しては詳しい方にお任せしますが、本作では単純に力押しの人として描写しています。
 やっぱり洗脳強化できるダークボールが本体なのでは?


・ビシャスのハッサム
 鳴き声は「ハッサム!」。
 「ハッ」と「サム」の間に一瞬の間があるのがポイント。


・メガシンカのリスク
 後の話の流れの中で解説予定。


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