「…………………………あ、アキラちゃん!?」
たっぷり数十秒、ビシャスが星になったのを唖然とした表情で見届けてから、朝木はようやくアキラが気を失ったことに気が付いた。
元より彼女の傷は深い。素人目に見ても――朝木は素人ではないが――すぐに動くことはできないと分かるほどの重傷だった。そして今の、遠目から見ていても分かるほどに、明らかに無理をしている動き。傷は開き、服の上からでも見て取れるほどに血が噴き出している。
誰がどう見ても、限界だった。
「やっ………………」
べぇ。
そう言いかけて、朝木は自らの口を塞いだ。
周囲を見回して誰もいないことを確かめながら、強い警戒のもと彼はナメクジが這うような速度で移動を始め――。
「ニュッ!」
「あい゛っだぁあ!?」
直後、ニューラに足を蹴られた。「ローキック」である。
はよ行け。そんな感情がニューラからはありありと発せられていた。
文字通り、尻を蹴られながらも、なんとか朝木はアキラのもとにたどり着くことに成功した。尻は腫れあがった。
「ヂッ」
「あっ、バチュルか! ちょっとそこ退いてくれ! ワカシャモも!」
「シャモ」
アキラを心配してきたチュリとチャムだが、今この状況で彼らはむしろ邪魔になるだけだ。アキラの腰元のモンスターボールにチュリとチャムを戻し、改めて朝木はアキラの容態を確かめた。
「あ……アキラちゃん?」
呼びかけるも、反応は無い。当然の話だった。
次に、呼吸と脈を確認するため首筋、口元と手を当てる。
(……脈拍がやたら早い。呼吸も荒い……発熱も……いや気温で分からねえよ。それより、こんな場所に放置するのは……)
開いた傷に処置を施さなければ、失血性のショックで命に関わる。でなくとも、この気温だ。人間なら――彼女を人間の範疇に含めていいのかは微妙なところだが――すぐに体力を奪われて死に至りかねない。
「にゅ、ニューラ、冷やしてくれ!」
「ニュッ」
ニューラの「こごえるかぜ」によって、周囲の気温を調節していく。可能ならより温度を低くして代謝を低くするべきだが、ニューラの現在の実力ではそれも難しい。
それでも現状では無いよりはマシだ。朝木はスマホを取り出し、東雲に電話を繋げた。
「東雲君! 避難は!?」
『彼らは東温市に脱出してもらいました。こちらは現在中央市方面に向かっています。そちらは?』
「アキラちゃんが敵倒したけど代わりに大怪我してる! 早いとこ逃げなきゃやべえ!」
『分かりました。こちらからアサリナ君に連絡を送ります』
「分かった。一旦切る」
そう言って通話を打ち切った朝木だが、そこでふと現状を思い出した。
ヨウタはグラードンを食い止めるために戦闘中。東雲は既にこの場を脱出している。アキラは見ての通りの重傷で、彼女のポケモンはほとんどが戦闘不能で、唯一無事な
では、朝木やニューラなら運べるかと言うとそれもまた少し難しい。ニューラは1メートルにも満たない上にそれほど鍛えておらず、人ひとりを大きな衝撃無く運ぶには力が足りない。朝木も決して優れた身体能力をしているわけではないし、彼女を背負ったままではどうしてもまともには動けない。
(……あれ? 俺詰んだ?)
詰みである。
「うげええええええええやべええどうしよう!? にゅ、ニューラ! ニューラさん! アキラちゃん運んで……」
「ニュニュッ!? ニュラッ!」
「無理!? いやそんなっ」
ニューラとしても、朝木はともかくとしてアキラは助けたい気持ちはあった。なにせ「ローキック」は彼女から教わった技である。気が弱く、ポケモンたちにも怯えている朝木に代わって接することも多い。有体に言って朝木よりも懐いていた。
しかし、ニューラの身体は大きくない。そもそも朝木のところに運んでこられたのは、常にアキラと一緒に前線で戦って鍛えられているチャムと一緒だったからという事情が強い。
「ど、どうすりゃいいんだ……台車……いや、ストレッチャーじゃないんだ。担架も無い……簡易担架……くっそ、作ってる時間なんてねえぞ!?」
東雲がヨウタへ連絡を寄越したということは、彼もすぐにこの場を脱出するということである。かと言ってヨウタに逃げる手伝いを任せるというのも現実的ではない。伝説のポケモン相手にどれだけ手持ちが残ることか、それ以上に、ストレートにこの道を使うかどうか……。
途方に暮れかけ、朝木の背を冷や汗が伝った……そんな時、けたたましい音と共に、一台の大型オフロード車が彼の前に姿を現した。
「う、うおおおっ!?」
猛スピードで突っ込んできたその車は、朝木の目の前でその動きを止めた。あまりに唐突な事態に彼が目を回していると、後部座席の扉が開いて声が飛ぶ。
「乗れ! ここから離脱する!」
「お、おう! ……誰!?」
車に乗っていたのは、サングラスをかけた男だ。朝木は、あまりの怪しさに思わず顔を歪めて拒絶を示した。
この混乱した状況だ。レインボーロケット団が、救援を装っているという可能性は高い。タイミングが良すぎるためだ。
「怪しすぎるぞアンタ!?」
「言っている場合か! その子はいいのか!?」
「……ゴホッ」
「……ッ!?」
だからと言って、この場にいつまでもいていいわけではない。血交じりの咳を見て、朝木は更に顔を歪めた。
一瞬のうちに、倫理と効率と恐怖と疑念とを秤に乗せ――最後に、彼はアキラを見て、自分の気持ちを秤に乗せた。
「……分かった、乗せろ! くそっ……これでダメだったらアキラちゃんのせいだからなぁ!?」
「責任を人に押し付けるな!」
「もっともらしいこと言うな分かってんだよそんなことは! というか流石に名乗ってくれよ!」
最低限の保身のためにいざという時の責任をアキラに委ねた朝木は、ニューラと共に後部座席へとアキラを運びながら男へ文句を発する。
流石にその言葉には思うところがあったのか、男も厳めしい顔をより険しくしながら、言葉を返した。
「俺は
「レジ……」
――――レジスタンスって何!?
唐突に判明した新組織の存在に、朝木の頭は混乱に陥った。
〇――〇――〇
マツブサは、戦闘によって破壊しつくされた街並みを見つめていた。
グラードンの放った「じしん」によって建物は倒壊し、アスファルトは砕け、互いのポケモンが生み出した岩があたりに転がっている。
溶岩溜まりも姿を消すような様子は無い。しかし一方で、マツブサがグラードンをボールに戻したためか、「ひでり」の状態は既に解除され、気温も戻りつつある。
「…………」
マツブサの目の前では、グラエナとメガシンカを解除されたバクーダが、力なく横たわっていた。
この二匹以外にも、マツブサのポケモンたちは皆大なり小なり戦闘で負傷していた。治療には多少の時間がかかるだろうというのが、彼の見立てだ。
マツブサの視線の更に先には、「ガレオス」と呼ばれるビシャスが搭乗していたロボットの残骸があった。
こちらもまた、完膚なきまでに破壊しつくされている。とはいえ、鋳潰せばまだ資源にはなるはずだ。マツブサは部下に命じ、ロボットの回収を任せた。
「
「ホムラか」
そんな折、マツブサの前に、彼の信頼する
その表情はなんとも言い難い微妙な感情に彩られており、彼が「よっぽどのもの」を見たと想像するには余りある。
彼の手には、現在東雲が運転している車の位置を示したホロキャスターが握られていた。
「……追いますか?」
「こちらもかなりの損害を受けている。追う必要は無い」
マツブサの言葉に、ホムラは一も二も無く頷いた。
彼がグラードンを制御するには、相当な集中力を要する。実質的な
超古代ポケモンを制御するためには、それ相応の実力と精神力が求められる。マツブサも優れた能力を持つ一流トレーナーだが、それでもメガシンカポケモンを含む三匹を同時に操ることは至難を極めた。
それを為した要因の一つは、彼の持つ海のように深い藍色の宝玉――「あいいろのたま」である。
この「
仮に、これが大地のエネルギーを蓄えた「べにいろのたま」であれば、マツブサはグラードンをコントロールしきれずに自滅していただろう。
「避難の方はどうなった」
「無事完了したようです」
「そうか。一人でも死人が減るならその方がいい」
マツブサは、決して死人を出したいわけではない。
グラードンの力を示し、少なくとも現状で発せられた指令は達した。彼は元より、それ以外の死者を出す気は無かった。
東雲のもとにレインボーロケット団員が向かわなかったのは、そのためだ。
「もう一人の方はどうだった。見てたんだろう?」
「……はい。しかし……あれは……」
「何だ、言ってみろ」
「はい……もう一人の少女の方は、大幹部ビシャスの連れてきたバンギラスを強奪。そのまま彼の手持ちを全滅させ……撤退に……追い込んだ……ようです」
「……何笑ってるんだお前?」
「いえ、あれは……すみません」
ホムラは、外側から戦いの一部始終を観察していたという状況もあって、その全容を一から十まで捉えていた。
つまり、ビシャスがアキラを逃し、反撃を許し……全身を殴打された挙句、彼の代名詞とも呼べる仮面を粉砕されて天の星になった事件をだ。
流石のホムラも吹き出した。
「ビシャスはガレオスの脱出装置で『直接』レインボーロケットタワーに帰還した模様です」
「……そうか。待て、直接?」
「空に……」
「何でそんなイカれた脱出装置をつけてんだ……?」
「分かりません……」
そんなことは装備した本人にしか分かりようは無い。
どう考えても、もっと安全に脱出するための手段はいくらでもあり――やがて二人は、考えるのをやめた。
そもそも、彼らにはビシャスを心配する筋合いも無いからだ。
「……で、どうだ。
「間違いなく。しかし、本当にやるのですか?」
「当然だ。あいつらの力がありゃあ――レインボーロケット団を解体できる」
――と。
自分たち以外に誰もいない大通りの中央で、マツブサは自身の目的を口にした。
それは、彼の右腕であるホムラ以外に誰も聞いたことの無い、マツブサの真の目的である。
「一人は言わずと知れた
複数匹の伝説のポケモンを要するレインボーロケット団は、その力を背景に他者に臣従を強いている。
では、それに対抗するにはどうすればよいか。対抗する側もまた、同じように伝説のポケモンを所有する他に手は無い。
だが、それも二流三流のどこにでもいるトレーナーでは駄目だ。それでは、かつてジムリーダーという、一地方の中でも指折りのトレーナーとして活躍していたサカキの操るミュウツーは決して倒せない。
だが、彼らならば――。
「レインボーロケット団は人を『殺す』組織だ。ヤツらは人を支配はするだろうが、育みはしない。食い散らかすだけだ」
それは、決してマグマ団の理念と合致しはしない。それどころか、真逆と言ってもいいだろう。
ホムラはマツブサの言葉に薄く笑んだ。彼もまた、マグマ団の理念に深く共感して入団した人間だ。この言葉を待ち望んでいたことは、言うまでもない。
「では、戦力の拡充が必要では?」
「ふっ……そうだな。だが、『二人』は確実に応じるだろう?」
「確かにそれは……そうですが」
「何だ。不安か?」
ホムラが不安に思うのも、当然のことだった。マツブサが思い描く二人とはつまり――彼らと対極の理想を持つ、アクア団の二人だからだ。
彼らは、マグマ団と対極の理想を抱く人間たちだ。だが、真逆であるからこそ、彼らが敵視する人間は似通ってくる。
どちらも無意味な破壊など望んでいないし、最終目標は支配などではなく、発展。技術か自然かという違いこそあれ、彼らにとってレインボーロケット団という母体は決して望ましいものではないのだ。
「確かにヤツとは絶対に相いれない。これが終われば必ず決着は付けさせてもらう。だが……あの子供たちを見れば、ヤツも、俺の考えを理解するだろうよ」
マツブサは、アオギリを嫌悪している。
アオギリも、マツブサを嫌悪している。
されど、それ故に通じ合うこともあった。それこそ、それは――信頼と言い換えてもよいほどに。
・マツブサとアオギリ
第三世代のルビー・サファイア・エメラルド、第六世代のORASでも描写されたが、基本的には手段を選ばないだけで純粋な悪人とは言い難い二人。
手段が悪ければ意味が無いと言われればその通りだが、目標自体は人(ポケモン)のためを思っていたし、実際に自分たちが起こした事態に対して心を痛め、反省する余地があった。ORASと比べるとRSE時代の方はその傾向がより強い。
実際のところ、この二人レインボーロケット団の巻き込まれ枠では? と思わないでもない。
ゲーチスとフラダリは残当。