携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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短期間のとおせんぼう

 

 

 

 ――全身に強い痛みを感じて、オレは唐突に目を覚ました。

 頭が重い。妙に気怠いし、吐き気もする。

 

 たしかオレは、ビシャスと戦って……。

 

 

(そうだ。アイツに勝った後、気が遠くなって、それから……)

 

 

 ……あの野郎を倒した後、オレ、どうしたんだろう。閉じた瞼を無理やりこじ開けて、自分が今どこにいるのかを確かめる。

 まず最初に目に入ったのは、自分が寝かされていたベッドの白い布と毛布、それからリノリウムの床。そこら中に何か食料やら医薬品やらが詰め込まれた段ボールが転がっている。

 どこかの仮眠室か何かだろうか。それとも病院? よく分からん。

 こういう時の判断基準が無いって言うのは、オレ自身の人生経験の浅さと記憶の欠落が恨めしい。

 

 胸の傷の痛みを堪えながら体を起こす。内装も、なんというか「いかにも」なものは無い。病院ではないことは確かだが……。

 

 

(余計分からん)

 

 

 なら考えても仕方ないか。そう思ったところで、ふと腰元の違和感に気が付いた。

 モンスターボールが無い。一瞬、誰かに奪われたことを考えてカッと頭に血が昇りかけるが、スマホと財布がちゃんとあったのでその考えは横に置いた。

 もし敵に捕まったんだとしたら、まず連絡手段を断つはずだ。つまり、これはあの後ちゃんとヨウタたちと合流できてたってことになる。多分チュリたちは今、メディカルマシンの中だろう。

 

 一人で焦って一人で安心するという器用なことをした後で、オレはもうこれ以上何も考えずに回復に努めることにした。

 何か考え始めると、悪い方向に考え出して止まらなくなるからだ。だったらとっとと寝るに限る。

 そう思って身体をベッドに横たえる……と、そこで不意に、外から何かの気配を感じた。人間じゃない。ポケモンだ。

 

 

(ん……?)

 

 

 ポケモンだと?

 自衛隊の前例がある以上、ありえないとまでは言わないが……普通の人がそんな簡単にポケモンと心を通じ合わせ……るのは割とできそうだな。それはそれとして。

 ここがどこだか分からない以上、野生のポケモンが寝床にしている場所だったり、場合によっては誰かが面倒を見てるポケモンの遊び場だったりする可能性も否定できないが……。

 扉を押し開いて、そのポケモンが姿を現す。白と黒の体毛に、頭部の鋭い刃……アブソルだ。

 

 彼(彼女?)とオレとの視線が交錯すると、アブソルはそのまま、ひと鳴きもせずに部屋の外へと出て行った、

 しばらくすると、アブソルは一人の女性を連れて戻ってきた。トレーナーだろうか。眼鏡に黒髪というあまり目立たない見た目の女性だ。彼女はオレが目を覚ましていることに驚いたのか、僅かに目を見開いてからこちらに近づいて来た。

 

 

「……目が、覚められましたか?」

「はい。……あなたは?」

 

 

 体重移動の感じや服の膨らみを見るに、彼女がモンスターボールを持っている。つまり、アブソルのトレーナーであることが窺える。

 だが、だとするには小さくない問題がある。この世界にはモンスターボールは存在しないし……仮に持っているとするなら、それはオレたちの関係者か、もしくはレインボーロケット団の関係者のどちらかだということになる。

 警戒は緩められない。

 

 

小暮(こぐれ)、といいます……レジスタンスのメンバー、です」

「…………レジ?」

 

 

 そんなオレの思いを知ってか知らずか、小暮と名乗った女性はオレの想定外の名前を口にした。

 レジスタンス。一瞬、新たなレジ系の伝説のポケモンか何かかと思ってしまったのは秘密だ。多分単あくタイプだろう。

 ……まあそっちは置いといて。

 

 

「レインボーロケット団を倒すために……結成された、組織です。組織と言うよりは……寄り合い所帯と言った方が適切かもしれませんが……」

「はあ」

 

 

 この数日でそんな組織ができたのか? 早くない?

 寄り合い所帯って言ってるってことは、人数自体は大したこと無いのかもしれないけど……。

 

 

「その……アブソルは?」

「……最初の襲撃の時……あぶさんが助けてくれて、それからの付き合いなんです」

「あぶさん」

「あぶさん」

 

 

 その言葉を聞いて一瞬脳裏に浮かんだのは、どこぞの野球漫画だった。

 アブソルだからあぶさん。この人……小暮さんの丁寧な人柄のよく出たニックネームだとは思うが、しかし誰か止めなかったんだろうか。いや、止めてもしょうがないか。知ってなきゃただのニックネームだし……。

 

 

「その、ボールは?」

「……レインボーロケット団に従うフリをして、物資を奪った人がいて……その時に」

「でも、どうやって。あいつらだって、警戒はしてるはずじゃ」

「初日からしばらく、命令系統がガタガタになっていた時期があります……その、あなたたちを……追っていたとか、負けていた、とかで……」

「あ」

 

 

 そうか。初日からしばらく……って言ったら、それこそオレたちがランスと戦ってた時期だ。

 サカキはヨウタと引き分けに終わった直後で動きづらいだろうし、他の首領格にしたって、駐屯地を襲った直後でまだ下を見るような余裕があったようには思えない。それにあいつら……配給品とか人員とか、ちゃんと書類に取って残してたりするタチだろうか? ……幹部格ならともかく、ヒャッハー気質のある下っ端連中だとどうかな、という気持ちはある。

 ともあれ。

 

 

「……つまり、味方と見ていいんですか?」

「はい……お連れさんから、話は聞いています。あの、中学生くらいの……」

 

 

 中学生くらい……ってなると、ヨウタのことか。そういうことなら、多少はその話も信じていいのかとも思う。鵜呑みにはできないけど。

 

 

「あなたが目を覚ますのを待っていたようですので……今、伝えてきます」

「あ、どうも、すみません」

 

 

 言うと、小暮さんはアブソルを連れて部屋を出て行った。

 しばらく待っていると、部屋の外から聞き慣れた程度の足音とよく知る気配が近づいてくる。……普通に。

 ……いや、まあ、そりゃあ、オレの怪我で心配かけたりしたら申し訳ないし、変に気負わないでほしいとは思ってるよ。けど、そこまで普通だとなんかこう……釈然としない気持ちにはなる。オレも無意識では人恋しかったりするのだろうか?

 

 

「ああ、ホントだ。起きてる。大丈夫なの、アキラ?」

「死にはしないが痛いことは痛い。……ごめん、世話かけた」

「……鎮痛剤打ってるとはいえその怪我で『痛いことは痛い』程度で済むのがおかしいんだが」

「そうか? まあ、確かに言われてみればそうかもだが」

 

 

 何でか、あんまり重篤な怪我だって自覚が持てないんだよな。

 動けはしなくとも、死にはしない程度のものだって分かってるからだろうか。何でそんなことが分かってるかは……多分無くした記憶のどっかに引っ掛かってるんだろうけど、その中のどれかは分からんので置いておく。

 それに、オレは肉体的な耐久力だけじゃなくて回復力も高い。こっちは実際、随分前に身をもって実証したのでよく分かってる。

 

 

「そっちは、みんな無事だったんだな」

「まあ、一応ね。アキラが無茶しすぎなだけだと思うけど」

「……結果的に成功したんだし、そんな堅いこと言うなよ」

「いいや、言わなければならない」

 

 

 と、オレの言葉に反論してきたのは……東雲さんだ。

 オレの傷を見ると、彼はいつになく険しい顔で再び口を開いた。

 

 

「目的が果たせたことは、喜ばしい。死人も出なかったのだから、上出来と言っていいだろう。だが、それで毎回捨て身になってしまっては、君の身が持たない。いずれは本当に死んでしまう」

「……勝算も、死なない算段も、つけてましたけど」

「半ば賭けのようなものだったと聞くが」

 

 

 これにはオレも黙るしか無かった。

 バンギラスはビシャスのポケモンじゃない。……かもしれない。

 ハッサムとヘルガーはあまり育ってない。……かもしれない。

 怪我しながら実証を組み立てていっただけであって、仮にバンギラスがビシャスのポケモンじゃなく、「別の人間が所有するポケモンを借りてきた」という場合は多分、オレはあそこで負けていただろうから。

 

 

「……って言っても……あそこだと、他にいい手が思いつかなかったですし……」

「思いつかなければ、誰かを頼れ。アサリナ君は戦っている最中だったから難しいかもしれないが……俺もいる。ゼニガメ共々戦力として不足はあるかもしれないが、知恵は出せる。君一人で戦ってるわけじゃないことを忘れないでくれ」

「東雲さん……」

 

 

 ……確かに、あの場面だと、オレはちょっと凝り固まってたような気がする。

 東雲さんも避難があるしな……とか、朝木は頼りにならんしな……とか。そればかりにこだわってたわけじゃないんだが、先入観があったと言えなくもない。相談すれば、自衛隊員である東雲さんは多少なりとも知恵を出してくれた可能性はあるかもしれないのに。

 

 

「すみません、気負いすぎてました」

「……分かったなら、これ以上言うことは無い。すまない。上から目線で」

「上の人でしょ。気にしませんよ」

 

 

 実際東雲さん、年齢的にも社会的にも圧倒的にオレより遥かに上の立場だし。

 

 

「ただ……」

「?」

「そこまでマジメでマトモなことが言えるのに、何で初対面ではあんな大ポカを?」

「…………」

 

 

 東雲さんは、思い切り目を逸らした。

 これ以上追及するのは良くないことなのだろう。オレもそれ以上は何も言わないことにした。

 

 

「じゃあ、話を戻そう。あの後何があったんだ? あと、ここどこだ?」

「あ、うん。あの後は……レイジさんがアキラを運んでここに来て応急処置。僕らの方は、一旦市民の人たちを送り届けた後……流石にあの待ち伏せは怪しいと思って、少し車を調べたんだ」

「結果は?」

「あったよ、発信機」

 

 

 やっぱりか。でも、このタイミングで見つけられて良かった。この先、とんでもないタイミングでこれを利用されたらたまらない。

 

 

「ここは?」

「新居浜市のイベントホール。病院は空いてないってさ」

「まあ、病院はな……」

「……で、あのレジスタンスって……どうなんだ?」

 

 

 あえて、肝心なところはボカしたままにしておく。

 あの人たちは今のところ味方であるかもしれないが、だからと言って気軽に信用していい相手でもない。盗聴器が仕掛けられてる可能性もあるのだから、警戒は入念にしておかないと。耳元を軽く叩くと、こちらの意図を察したように三人が頷く。

 

 

「アキラのことも助けてくれたし、敵じゃないとは思うよ」

 

 

 味方と確定してないということは、敵になる可能性も秘めている、ということか。

 

 

「彼らの思惑がいまいち分からないのが問題だ……良い関係を築いていけるといいのだが」

「レインボーロケット団を倒そうっていう考えは同じはずなんですけど」

 

 

 えーと、これは……ほぼそのままの意味だな。けど、ヨウタが最後に「はず」なんて付けてるってことは……本当にレインボーロケット団を倒そうとしてるかどうかはいまいち分からないってところか?

 ……まあ、あの人たちあくまで寄り合い所帯って言ってたしな。こっちの目的と合致するかっていうのは怪しいところだ。

 

 オレとヨウタは、既に目的の共有は済ませている。つまるところ、「レインボーロケット団の全滅」だ。最低ラインは幹部クラス以上を全員この世界から排除すること。そうしなければ余計な火種が残ったままになっちまう。

 けど、レジスタンスの方がそこまで行くかは分からないんだよな。同じ倒すにしても、皆殺しレベルまでいくのか、それとも……生活圏を確保できればそれでいい、という程度にとどまるのか。仮に大目的は同じであるにしても、全員がそう考えてるのか……。

 

 できれば意思を統一しておきたいところだが、それができるなら世の中派閥争いなんて起きてねえ。そういうのはただの「仲間」から「集団」になった時点で大なり小なり起こるものだ。楽観的にはどうしたってなれやしない。

 

 

「利害が一致できている今は、なんとかなっていると言っていいんだが……」

「だいたい分かりました」

 

 

 かと言って、表立って敵対関係に回るのは愚の骨頂だ。オレたちは少数勢力、どころかほとんど個人の域も出ていない。あっちにだって、オレたちを潰そうって気配も無いのに、どうこうするというのはいくらなんでもイカれてる。

 レジスタンスはレインボーロケット団に寝返るかもしれない、ということを念頭に置いておいて、いつでも対応に回れるようにしておくのがいいだろう。

 

 

「で、どうする?」

「早めに今回の恩を返して、お互いに貸し借り無しの関係にしておこうとは思ってるんだ。ショウゴさん」

「しかし……いや、そうだな。君が眠っている間に、頼まれていたことがある」

 

 

 オレが怪我をしていることを気にしてか、東雲さんの語り口は硬い。

 それでも今は気にしておかなきゃいけないことだ。続けるように促すと、ためらいがちにながらも東雲さんは続けた。

 

 目的地は、四国中央市の工場地帯。製紙工場で有名なこの場所に、レインボーロケット団の連中は地下工場を作っていたらしい。

 ……要は初日のレインボーロケットタワーの亜種。ことを起こすより先に準備として作っていた、というところだ。そこでは、モンスターボールや各種アイテムなどを製造し、また、何らかの秘密の研究も行っているのだとか。

 

 

「で、レジスタンスの人らはその工場を手に入れたいと」

「できれば、無傷でだってさ」

 

 

 結構な無茶を言いやがる。いや……気持ちは分かるが。

 オレたちにとっての問題は、モンスターボールの安定供給がされないってことだ。レインボーロケット団の連中に負けてる主な理由ってのも……全部が全部それだからってワケじゃないが、自衛さえできるなら違ってくる部分というのもかなりある。都市部は無理でも、小さい町や市なら守り切れる場所はあるはずだ。

 で、だ。

 

 

「オレが起きるの待ってたってことは、オレが行った方がいいんだろうな」

「……うん」

 

 

 ヨウタは申し訳なさそうに頷いた。

 そりゃそうなるだろうな、とは思った。波動を読めるリュオンに、生物の気配に敏感、かつ一度は市役所に侵入して人質のいる場所まで見つからずに済ませた実績のあるオレ。適任と言えば適任だろう。

 

 

「分かった。いいよ、行ってくる」

「けどその怪我じゃ」

 

 

 確かに、怪我は見た目、酷い。オレの回復力でも一日二日じゃ、ちょっと無理だろう。

 けど、その間、何も行動が起こせないからこそ、できることもあるし……よし。

 

 

「大丈夫だ。一週間……いや、五日くれ。なんとか、してみる」

 

 

 


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