携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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歪んだせいちょう

 

 

 結局、あっちも余ってるボールは三つしか無かった。

 とはいえ、これでスーパーボールを含めてボールは五つ。全員分のフルメンバーを揃えるには足りないが、それなりのものにはなったと言えるだろう。

 

 

「とりあえず、このモンスターボールを使って仲間を増やそうと思う」

 

 

 移動用の自衛隊車両の脇。駐車場で、オレたちは輪になって四つのモンスターボールを囲んでいた。

 オレたちの目前には、それぞれの手持ちポケモンが収められたボールが置かれている。ヨウタが五つ、オレが四つ。朝木は二つで、東雲さんが一つ。トレーナー自身の能力によっても多少変わりはするが、この手持ちポケモンの数がそれぞれの総合的な戦力をそのまま示していると言っても過言ではない。

 

 約一名戦う気が全くないヤツがいるが、そこはそれ、戦う以外の方法で何かしてもらうとしよう。

 なお、スーパーボールはいざという時の保険に取っておくためこの場には無い。

 

 

「何か意見ある人」

「む」

「東雲さんどうぞ」

「今のところ、俺の手持ちはゼニガメだけだ。頼れる相棒だが……流石に、対応力が不足している。もし良ければ、モンスターボールを一つ貰いたい」

「一つと言わず二つどうぞ。ヨウタも、一つ持って行ってくれ」

「分かった」

 

 

 それぞれの前にボールを転がしていくと、目の前に残ったボールは残り一個。

 これは――

 

 

「朝木」

「へ? 俺ぇ!?」

 

 

 ――朝木の方に転がした。

 毎度のように異様なほど驚いてるが、もういつものことなのでほっとく。

 慣れろよ、流石に。

 

 

「今のオレ、まともに動けないの知ってるだろ」

「ああ……けど、それでもやっぱさ、戦力的には……」

「戦力的にどうこう言うなら、今はこっちに集中したい」

 

 

 そう言って、オレはハイパーボールを指先で軽く転がした。

 その中にいるのは――バンギラス。未だどのように動いてくれるのかも分からない厄介者でもあり、今のオレの手持ちの中では切り札中の切り札にも位置付けられるポケモンだ。

 暴れる可能性も今は高いし、あの巨体を外に出すのは、現状無理だろう。

 

 

「他の三匹(みんな)はいいんだけど、バンギラスだけはまだ意思疎通も何もできてないし……ちゃんとこいつの手綱を持っててやれるかも分からない。けど、そこさえなんとかなれば、ヨウタのポケモンたちにも負けないくらい心強い仲間になってくれるはずなんだ」

「心強いのはまあ、確かだね」

 

 

 でもそのくらいじゃ僕らは負けない――とでも言いたげに、ヨウタは唇を尖らせた。

 そりゃそうだよな。ビシャス相手でも多分、ヨウタだったらもっとスマートに倒せてただろう。ただその場合、バンギラスのことまで気付くかは半々……ってところか。

 

 

「ニックネームは決めてる?」

「名前……ん~……」

 

 

 思い返されるバンギラスの姿って言ったら……暴れてるか吼えてるかってところだし、それらしい名前をつけられるイメージも湧いてこないが……。

 よし。

 

 

「吼えてる時ギルギル言ってたからギル」

「英雄王かよ」

「うっせ!」

 

 

 オレもちょっとそれは思ったけど、いいんだよ別に。FFとかあるだろ。

 

 

「それっぽい名前ならそれっぽい名前で、良からぬ力を正しいことのために……って感じでカッコいいじゃん!」

「分かるけども」

「うむ」

 

 

 分かっちゃったよ。朝木はともかく東雲さんまで。

 ……いや、まあ、兵器っていう、本来は決して善とは言い切れない武力でもって、防衛という正しいことをしようという人にとっては、ある意味これも分からなくはない……のか……?

 

 閑話休題(そっちはおいといて)

 

 

「まあそっちはいいんだ」

「うん。僕は、バンギラスが暴れ出したりしたらいけないからしばらくアキラの近くにいるよ。レイジさんとショウゴさんには申し訳ないけど……」

「了解した。こちらはこちらで動こう」

「えっ、マジで」

「アンタもしかしてヨウタがついてきてくれると確信してたんじゃないかね」

「そっ、そんなことないよォ!?」

 

 

 声、上ずってんぞ。

 この中で最年長者がこの情けなさ。よく考えりゃ、ニューラやズバットはレインボーロケット団から支給されたのであって、朝木自身は捕獲は初体験か。そう考えると、不安にくらいは思うだろうけどさ。

 

 

「ホラ、頑張れ頑張れ☠」

「威圧感しかねえんですけど」

「威圧してんだよ。大丈夫だって、オレみたいにはならないっての」

「そこまで無理できない」

 

 

 ですよね。

 しかしアレだな、朝木は基本、ケツ叩いて動かさないと動き出さないっぽい。

 いざ動き出しさえすれば、運転といい応急処置といい、良い仕事はするんだけどな……。

 ……うーん……追い詰めないとダメなのか?

 

 

「アキラちゃん目ぇ怖っ!?」

「さ、流石に何もサポートできないっていうのも問題あるし、ショウゴさんにモク太を預けておくよ。『みねうち』も使えるし……」

「ありがたい。強いポケモンが出てきたとしても、撃退できるというわけだな」

「そうですね……あ、捕獲するのも手か」

 

 

 人に慣れて、更に言うことを聞いてくれるまでちょっと時間はかかりそうだけど、それも一つの手だろう。

 まあ、どうするにしろ選ぶのは二人と、そしてポケモンたち自身だ。オレたちが下手に口出しすることじゃない。

 

 

 その後は、連絡の徹底と集合場所の確認を行い、二人と二人でそれぞれ分かれて動き始める。

 東雲さんたちはポケモンがいそうな場所へ、オレたちは近くの広場へだ。

 

 

「誰か人はいるか?」

「リオ」

 

 

 まずはリュオンを出して、周辺を警戒。敵だけじゃなくてレジスタンスの面々がいても問題だ。万が一のことがあったら守り切れるか分からない。

 問題が無いことを確認すると、ヨウタはミミ子をボールから出してバンギラスが出てくるのに備えた。

 

 

「ギュゥゥ」

「……うん、よし、ミミ子も準備完了だよ。始めよう」

「おう」

 

 

 ……流石にオレも緊張する。何せ、内臓を掻きまわされた挙句、全身ズタボロにされた原因だ。ちょっとくらい怖くもある。

 けど、向き合わなきゃ何にもならない。しばらく経ったおかげでお腹も空かせてるだろうしな。フーズも大量に用意したし、あとはボールから出すだけだ。

 

 

「……出てこい!」

 

 

 十メートルから二十メートルほど先に向かってボールを投げる。と、次の瞬間、光と共に深緑の巨体が姿を現す。

 バンギラスはきょろきょろと周りを見ると、すっと大きく息を吸い込んで――。

 

 

「グオオオオオンッ!!」

「っ!」

「うっ……!」

「――!」

「ギュルッ……!」

 

 

 手始めとばかりに、咆哮を放った。

 空気がビリビリと震え、思わず耳を塞いでしまう。くそっ、これは……だいぶヤバいか……?

 

 やがて気が済んだのか、バンギラスは視線を下げ……オレの姿を認めた。

 

 

「ギラァ……!」

 

 

 そして、ひと鳴き。身体を折り曲げて前脚を地につけたバンギラスは、そのまま猛然とこちらに突進し始め――

 

 

 ――オレの眼前で、急停止した。

 

 

「――――ん……!?」

 

 

 ……えっと……な、なんだ。「かげぬい」じゃないよな。だって今モク太は東雲さんに預けてるし……「ひかりのかべ」……?

 だとしたら何かに激突してるはず。何なんだ……?

 隣を見ると、ヨウタは何か指示を出そうとしているような、そうでもないような微妙な格好で固まっている。ミミ子も、ぐんと体を伸ばした姿勢のまま……何をどうするべきか、考えあぐねているようだった。

 

 やがて数秒ほど見つめ合っていると――べろん、と。バンギラスがオレの顔を舐めあげた。

 

 

「ぶわっ!!?」

「は!?」

 

 

 みんなして、困惑に見舞われる。

 何だコレ!? どういうわけだ!?

 リュオン腰を抜かしかけてるし、ミミ子はダメージを受けたわけでもないのに首が折れかけてる。そうこうしているうちに、バンギラスは何やらウッキウキした様子で広場を走り始めた。

 何だろう……何と表現すればいいだろう。ばーちゃんちのお隣さんの駄犬が脱走してウチの目の前を全力疾走してる時、ちょうどあんな感じだった気がする。その犬の数倍はあるあの体格なのだから、広場の地面はもうエラいことになってるし振動もスゴい。

 

 唖然とその様子を見ていると、ヨウタのバッグからロトムがスッと浮いて出てきた。

 

 

「ろ、ロトム、これ……どうなってるのかな……?」

「う、うーん……似てると言えば、進化の石の超早期使用による適応障害が近い……ロト?」

「何だそれ?」

「タマゴから生まれたばっかりだったり……幼い時期に進化の石を使っちゃって、体『だけ』が大人になっちゃったポケモンに見られる症状ロト。歳を取れば、徐々に適応していってギャップは無くなるんだけど……」

「でもバンギラスがそうなるなんて、聞いたこと無いよ」

「……強制進化マシン……」

「?」

 

 

 ……あ、そっか。ヨウタってあの場にいなかったんじゃないか。そりゃ知らなくて当然だな。ビシャスと話したのオレだけだし。

 

 

「レインボーロケット団のヤツら、ポケモンを無理やり進化させる機械作ったらしいんだよ。副作用で凶暴化するって話……だったんだけど」

「捕まえたらああなった?」

「……だな」

「ロトム、似た事件とか、あった?」

「ロケット団残党のいかりのみずうみでの実験の延長になると思うロ。事件自体は流れのトレーナーが解決。赤いギャラドスは別のトレーナーが捕獲。レポートによれば、捕獲することで凶暴性が薄まった、って書いてあるロト」

「ふーん……どういう理屈で?」

「ウツギ博士の論文があるけど、見るロ? ざっと5~6ページくらいにびっしり……」

「「遠慮します」」

 

 

 興味はあるが、今そういうことしてる場合でもねえ。そういうのは本当に必要な時に見るもんだ。

 

 

「三行くらいで頼めるか?」

「ボールが

怪電波を

遮断ロト」

「だいたいわかったよ」

「サンキューロトム」

「いいってこトロト」

 

 

 知らなかったわけじゃないけどこの子めちゃめちゃ融通利くよね。そういうとこ素敵だと思うよロトム。

 ともかく、それならボールに入れさえすれば、正気に戻すことはできるってワケだ。ただ……。

 

 

「なあロトム、それって……もしも『既にボールに入っている』ポケモンに怪電波を浴びせたらどうなるんだろう?」

「前例が無いから分からないロ。こっちの世界でもそこまで研究してる人はいないだろうし……禁止されてるから無理だったト思う。けど、モンスターボールの登録タグと干渉するから、既に捕獲されてるポケモンには効果が無いんじゃないかな……って、推測はできるロト」

「……登録タグ?」

「人のポケモンをとったら泥棒」

「だいたいわかった」

 

 

 つまり、更に他の人から捕獲される……みたいな事例を防ぐためのシステムってところか。

 ……まあ、話半分くらいに考えといた方がいいな。あくまで推測だし、今後もしかすると改良されてどんどんおかしな方向に行く可能性だってあるだろうし。

 

 

「でも、だからあんなに子供みたいなんだ」

 

 

 ぽつりと、バンギラスの様子を見ながらヨウタが呟く。

 というか、実際子供だったんだろう。しばらく経って落ち着いて、ようやく本来の幼児性が顔を出したんだ。多分――ヨーギラスとしての。

 

 

「惨いな」

「うん。クソ食らえだ」

「口が悪いぞ」

「普段はアキラの方が悪いじゃないか」

「ごもっとも」

 

 

 ――あのクソ共、命を弄びやがって。命の大切さを身をもって理解(わか)らせてやろうか。

 ……と考えて、その思いは一旦脇に置いた。口が悪いぞ、オレ。

 

 もっと先に気にするべきはバンギラスのことだ。手を叩いて呼び寄せると、さっきと似たような勢いでドスドス音を立ててバンギラスが突っ込んでくる。

 さっきと違って、害意や敵意が無いことはヨウタも知っているので、止めるようなことはしなかった――――が。おかげでブレーキをかけそびれたバンギラスの頭の角が刺さって傷が開いた。

 

 

「バぁン?」

「アキラーっ!?」

「ふ……ふふふ……お、思ったよりわんぱくなヤツ……」

「言ってる場合じゃないロトー!」

 

 

 ……それから、轟音と悲鳴を聞きつけてきたレジスタンスの小暮さんに包帯を巻きなおしてもらった。

 

 しばらく経って、バンギラスやチュリたちにフーズをあげていると、ふと思い立ったようにヨウタが口を開く。

 

 

「そういえばアキラって、どういう風に記憶が無いの?」

「何だよ、藪から棒に」

「レイジさんと何か話してたのを聞いて、気になって」

「あー……」

 

 

 そうか、あの話か。朝木には口止めもしてなかったし、聞かされたなら多少気になってもしょうがない……か。

 別にこっちも、言う分には問題があるわけじゃねーけど……。

 

 

「言っとくけど、一般知識くらいはあるんだぞ」

「あ、そうなんだ」

「ちゃんとそれを学んだっていう実感も無いけどな。なんか、ネットで大百科でも見てる気分だ」

「それ以外の記憶は?」

「ぼんやりしてる。霞がかってるような、薄暗いような、影がかかってるような……正直、どう説明したらいいか分からない」

 

 

 人間は影絵みたいにおぼろげで、景色なんかは下手な切り絵みたいにざっくばらん。

 誰の顔もはっきりとは見えないし、誰の声も思い出せない。

 だからオレの中に実感の伴う知識というものは、ほとんどない。それが正しいかどうか考えあぐねて二の足を踏むことも多い。というか、多かった。

 

 

「残ってる記憶って、ほとんど全部そんなイメージだ」

「ぜ……全部?」

「いや、『ほとんど』な。子供の頃の記憶はあるよ。じーちゃんち……今のばーちゃんちに行ったり、父さんと母さんがいて」

「それで」

「そのくらい」

「へ?」

「そのくらいだって、明確に覚えてるの。だいたい四歳くらいかな。それから先は……歯抜けが多いし、残っててもさっき言ったみたいになってて」

 

 

 拳法のことは「知識」として根付いていたらしく、少し体を動かして鍛え直せば身についたけど。

 催眠療法や薬なども試したが、特に効果なし。もうお手上げだ……ってなりかけてたところにヨウタが現れて、異世界っていう手がかりが舞い込んだんだから幸運だったのかもな。

 

 

「おかげで妹のことも忘れてる」

「い、妹がいたの?」

「ああ。そのせいで親にもオレのこと分かってもらえなかったしな」

 

 

 思えばアレが決定打だったんだろう。家の中から出てきた妹に「誰?」って言った瞬間、父さんの顔が泣きそうな、怒ってるような、苦しいような表情になった。

 後からばーちゃんに詳しく聞いてみると、オレが武術を始めたのは「妹を守るため」「妹に恥ずかしく思われない人間になるため」……だった、らしい。

 でも、覚えてないならそういう顔されても仕方ないんだよな。

 

 

「…………」

「いや、ヨウタが暗い顔してどうするんだよ」

「だって……」

「だってもへったくれもあるかってーの」

「え? あいたぁ!?」

 

 

 当事者でもないのにやけに暗い顔してるヨウタの額に、軽い軽いデコピンを食らわせる。……力加減はヨシ!

 表面はちょっと痛いだろうが。

 

 

異世界(ウルトラスペース)に出れば、記憶を取り戻す手がかりがあるかもしれない。父さんや母さんだって、説得を続ければ何かの拍子に思い直して、オレのこと気にしてくれるかもしれない。もう全部過ぎたことでしかないんだから、とっとと割り切って前進むしかないだろ」

 

 

 気にしてないって言ったら嘘になるし、取り戻せるなら取り戻したい。

 けど、そればっかりに拘ってこの「先」のことを何も考えないというのは、それこそ愚の骨頂というやつだ。

 考えたくなんてないけど、元に戻れなかった時にどうするか……記憶が戻せず、父さんたちに受け入れてももらえなかった時にどうするか。いずれ、オレよりも先に亡くなるであろうばーちゃんのこともあるし、考えないわけにはいかない。

 

 だから、その上でポジティブに考える。きっと大丈夫だ、と思う。

 ばーちゃんが言ってたんだ。時には割り切って考えることも必要だって。

 あの時は説き伏せられなかった。じゃあ仕方ない、次の手段を考えよう! くらい気持ちを切り替える方がいいだろう。

 オレ、元々の考え方は若干ネガティブ入ってるしな。だから考えるより先に行動、を心掛けてるとも言える。

 

 

「分かったよ」

 

 

 渋々ながら、なんとか納得したようにヨウタは息を吐いた。

 

 

「前を向くのはいいけど、足元確認しないで突っ走るのはやめてほしいところなんだけどね」

「善処します」

 

 

 ――目を逸らしながら、オレはそんな玉虫色の回答を返した。

 こうも言われるってことは結構に心配かけたってことなんだろうけど……。

 

 ……オレ自身の迂闊さを思うと、なかなか「はい」と頷きがたいのが正直なところだった。

 

 

 


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