携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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広場に響くなきごえ

 

 

 結局、オレは今回留守番になった。

 動けないことはないとはいえ、あんなちょっとしたことで開く傷だ。ポケモンを探して野山を駆け巡る、なんてしてたら余計に悪化することだろう。

 バンギラスの様子を見ておく必要もあるし、しばらくこの近くで安静にしておいてほしい……ともヨウタに言われたので、今はその言葉に甘えることにした。

 オレも大概体は頑丈な方だが、それでもロボットってワケじゃない。痛けりゃ動きは鈍るし、怪我すりゃ動かせない部分は出てくる。このまま行けば、邪魔になることも明白だった。

 

 そんなこんなでヨウタを見送って少し。広場の端のベンチで、オレは手持ち(みんな)が遊んでる姿を眺めていた。

 なんだかんだ、バンギラス(ギル)も子供だってことがみんな分かったからだろうか。ギルの周りに集まってわいわいやってる様子は微笑ましいものがある。

 こうして見て比較すると、その大きさは歴然だ。チュリとチャムとリュオンが縦に並んでも全く及ばないほどに大きい。ギルは自分の身体の大きさに戸惑ってる……というか、やや自覚に欠ける部分があるのだが、こうやって自分の目から比較することで、その辺を自覚させるのにも一役買ってるようだ。

 

 

(それに……)

 

 

 こうして直接他のポケモンたちと接することで、大なり小なり力の加減を知ることができるんじゃないか、って思いもある。

 この戦いはもう「ポケモンバトル」って枠組みから大きく外れてる。そんな中で他のポケモンと協力できないっていうのは問題だろう。

 オレとギル、一人と一匹(ふたり)だけで敵陣中央に突っ込んで暴れるだけ暴れて離脱する……って戦法もあるけど、通じるのはせいぜい下っ端までだ。幹部クラスには通用しない。

 

 ……いや、全体の人数比を考えればそれでも充分役に立てるとは思うんだけど、やっぱり幹部相手に通用しないとするじゃ取れる手段は大きく違ってくるし、ヨウタへの負担も変わる。

 個々の強さだけじゃなく、連携も磨く必要がある。ビシャスとの戦いを通じて、そう強く感じるようになったのは確かだ。

 

 

 さて。

 

 そろそろ考えと視界からあえて外してたものについて考えていきたいと思う。

 視線の先では、ギルがチュリとチャムとリュオンと一緒に追いかけっこなどをして遊んでいるが、そこには更に三匹……マグマラシとモンメンとシズクモ……という、オレの知らないポケモンたちも遊びの中に加わっていた。

 

 そして、オレの隣にはアブソル――あぶさんと、そのトレーナーである小暮さんもいる。

 その手元には、何の本だか良く分からない大判の……小説か、何か。

 さっきからどちらからも話を切り出せず、なんとも言いようのない雰囲気が漂っている。

 

 ぺらりと、紙をめくる音さえ聞こえてきた。それだけお互い無言だってことなんだけど……。

 ヨウタがポケモンを探しに行った直後に、この人こうしてここに座ってるんだが、何なんだろう。何が目的なんだろう……。

 ……多分、あの三匹は小暮さんの手持ちポケモンのはずではあるんだけど。

 

 

「……あの」

「え、はい」

 

 

 と、そんなことを考えていた折、唐突に小暮さんがこちらに声をかけてきた。

 数分間お互いに無言を貫いて、ようやく発せられたひとことだ。思わず背筋が伸びる。

 

 

「……ええ、と」

「はい?」

 

 

 身構えて次の言葉を待っていると、小暮さんはどんどん丸まって小さくなっていく。

 ……いや、何でこの人の方から話しかけといてそれなんだよ。

 

 

「何ですか?」

「……すみません。何とお呼びしたら、いいか……」

「……あー」

 

 

 そういえばオレ、名乗ってもなかったっけ。ヨウタのことも「中学生くらいの子」って言ってたし、伝わってないのかも。

 

 

「刀祢アキラです。呼び方は、何でも」

「では、アキラさん……と」

「はい」

「………………」

「………………」

「…………」

「え、それだけ……?」

「……え。あ、すみません……そうじゃなくて」

 

 

 セーフ!

 ……いや、いくらなんでもそりゃねーだろとは思ったけど、マジで呼び方気にしてた「だけ」ってのはちょっと想定外すぎる。本題があってくれて助かった……!

 あぶさんが目を閉じて首を横に振っている。この人もしかしていつもこうなのか。

 

 

「……アキラさんのポケモンたちは、よく……鍛えられていますね」

「まあ……鍛えないと勝てませんから」

「私たちも……それなりには、鍛えているつもりなのですが。やはり……アキラさんのポケモンたちと比べると、少し足りていない、かもしれません」

 

 

 ポケモンたちの追いかけっこの様子を見て、小暮さんは目を伏せた。

 なるほど、確かに小暮さんの手持ち三匹の方が、心なしチュリたちに追いつけてないように見える。

 種としての特徴……いわゆる種族値の問題もあるんだろうけど、そこを言うと本来同レベルならワカシャモ(チャム)の方がマグマラシよりも遅くなる。

 というか、うちの面子だと誰一人追いつけないんじゃないか? 進化したら話は別だけど。

 

 とはいえ、そこのところは鍛え方や各自の方針もある。こうだから良い、とか、こうだからダメ、とか、そういう単純な話ではない。

 強さは一種類だけじゃない。個としての強さ、群としての強さ、頭脳、技能、精神、積み上げてきたあらゆるものが本質的に「強さ」に繋がるものだ。今、この時点で「ちょっと足が遅い」だとか、そういうのは些細なことだろう。

 

 

「どういう風に鍛えたのか……教えていただければ、と思ったのですが……」

「どういう……って言われても、参考になるか分からないですよ」

「……問題ありません」

「はあ。って言っても、一番は実戦の中で強くなったっていうのがあるんですけど」

 

 

 連戦に次ぐ連戦だったからな。戦えるのもオレとヨウタ、時々東雲さんみたいな感じだったから必然的に戦闘経験がモリモリ増えていくわけだし……。

 それとはまた別に、ということならないわけじゃないけど。

 

 

「あとは……体術を、とにかく教えてます。ポケモンって元々野生の生き物だから、人間より遥かに強くってもほとんど本能だけで戦ってるんです。それを補う……っていうかたち、ですかね」

「なるほど……ですが、人型でないポケモンなどは、どうされてるのですか……?」

「そのポケモンに合わせて、適切なやり方を一緒に考えます。体術……ってひとくちに言っても、拳法だけじゃないですし」

 

 

 別に一つのやり方にこだわる必要は無い。重要なのは、いかに相手に合った指導をするか、だ。

 人型には人型なりの、そうではないならそうではないなりの身体の動かし方の最適解というものがある。それを総合して人は「体術」と称しているのだ。蜘蛛のような外見のチュリだって、それは例外じゃあない。

 チュリは見た目ひどく小さいが、それは裏を返せば狙いを定めづらく、かつ身軽であるという利点になりうる。それを念頭に置いて考えると、有効そうな体の動かし方というのは色々と思い浮かぶ。

 

 あと重要なのは、チュリ自身との意見のすり合わせだ。どんなやり方が一番本人と合っているかを話し合わないと、それが適してるかそうじゃないかすら見極めきれないってこともありうるし。

 

 

「それと……ヨウタのポケモンたちと一緒に訓練して、上から引き上げてもらうっていうか……手伝ってもらったからっていうのも、あると思います」

「強いポケモンたちも、指導者になってくれたということ……ですね……」

「だから、その辺が参考になるかはちょっと分からないので……」

「……いえ……前半部分は、大いに参考になりました。ありがとうございます……」

「だったら、いいんですけど」

 

 

 オレとしても、言ったことがあまり役に立たなかった……となると、流石にちょっと落ち込むから、安心した。

 

 

「こっちからも、少し質問していいですか?」

「答えられることであれば……」

「じゃああのマグマラシなんですけど」

「……まぐさんですね……」

「……えと。……モンメンとシズクモは」

「もんさんと……しずさんですね……」

 

 

 もうツッコまんぞ。

 

 

「進化してるってことは、結構戦闘経験があるんだと思うんですけど、小暮さんも戦いに出てたんですか?」

「いえ……その、私は、あまり……。申し訳ないんですが、後ろの方で見てただけで……」

「そうなんですか?」

「……まぐさんも、一、二回戦っただけで進化しましたから……」

 

 

 確かに小暮さん、物静かで活発そうじゃないし……あんまり戦いに出そうな感じでも無いな。

 攻め込まれた時に守備に回って、なんとか切り抜けたって感じなんだろう。元々、ヒノアラシだった時点でそれなりにレベルが高くて……ってところか。

 

 

「ここに来る前は、どこで戦ってたんですか?」

「……香川の……三豊(みとよ)市です」

 

 

 三豊……って言うと、市の入り口に某有名俳優の看板が出迎えてくるあそこか。思いのほか遠いな。県をまたいでるし……。

 でも、香川から来たってことはあっちの情勢も知ってる可能性はあるか。

 

 

「あっちにいたレインボーロケット団の幹部……いや、ボス? なのかな。って、誰なんですか?」

「フラダリ……という人だと聞いています。すみません、私は……詳しくなくて」

「いえ、大丈夫です」

 

 

 ……よりにもよってフラダリかよ! 香川は地獄か! 何が「大丈夫です」だよオレのバーカ!! 全然大丈夫じゃないです!!

 あの選民思想のクソコラ野郎を好きにさせたら絶対香川で虐殺するじゃねえか! 激減どころか半減してもおかしくねえ!

 ゼルネアスとイベルタルの両方を手に入れてるとか、どっかのヒーロー映画の青いゴリラくらいタチ悪いぞアイツ……。

 

 鳴門海峡に行く方法としては、ここからだと……剣山を抜けて直接徳島に行くか、香川経由で大回りして徳島へ行くか、だ。

 剣山は今はヤツらの本拠地になってる。流石にこれを抜けていくのは難しい。というかいっそ不可能とまで言える。意気揚々とサカキかゲーチスが仕掛けてくるだろう。

 ということで、消去法で香川から回っていく方を選んでるんだが……フラダリかぁ……。

 

 どっちにしろ地獄か、くそったれ。覚悟はしてたけどさぁ……。

 

 

「大丈夫ですか……?」

「大丈夫……いや大丈夫じゃない……ちょっと辛いというか……」

「す……すみません、余計なことを申し上げて……」

「いえ、小暮さん悪くないです。こっちが勝手に現実に打ちのめされかけてるだけで……」

 

 

 だってフラダリだぞ。ポケモン世界でも一、二を争うレベルのサイコパスで思想犯だ。オマケにレインボーロケット団にいるってことは、元の世界で既に最終兵器を起動した後……ヤツの思想に沿わない人間とポケモンを皆殺しにした後だってこと。そうなったらもう、あいつブレーキ無いじゃん。最悪の場合殺すしかないやつじゃん。

 

 徐々に思考が物騒になっていくのが分かる。仮にフラダリをこの世界から追い出したとしても、あいつその追い出した先で虐殺しそうだしな……どうしよう……ホント……。

 そう考え始めた時、不意に聞き慣れない音が耳に届いた。

 

 とぷん、と、どことなく、湿り気のある音だ。それは、ありえないことに空から聞こえてきた。

 それに反応して上を向く――すると、そこには巨大な「穴」が開いていた。

 

 ――――オレは、それを知っている。

 

 ヨウタと出会った日に開いた、時空の穴。今日までこの世界に次々と災厄を呼び寄せている……次元の扉。

 すなわち、ウルトラホールだ。

 

 

「みんな!」

「ヂュイイッ!」

「シャモッ! シャモッ!」

 

 

 こちらから呼びかけると、瞬時にチュリとチャムが周りにいるポケモンたちへ声をかける。 

 流石相棒、当のウルトラホールから出てきたミュウツー(ヤツ)に痛い目に遭わされた者同士、アレの危険性はよく分かってるようだ。

 あぶさん……つまり、「災厄」を未然に予見するアブソルもまた、「災厄」の気配を敏感に感じ取ったようだった。

 

 オレも急いで立ち上がり、モンスターボールを用意してみんなを戻し、戦闘のための準備を始める。と、その前に――――!

 

 

「小暮さん! すぐここから離れて!」

「え……? あの、どういう……?」

「説明してる暇が無いんです! いいから! チュリ、チャム、リュオン、戻れ! ギル、戦闘準備! そっちの三匹も急いで戻して!」

「は……はい」

 

 

 レーザー光を照射し、ギル以外の全員を一旦ボールに戻す。ギルは状況がいまいち理解しきれずやや混乱しているようだが、チュリに発破をかけられてある程度は気持ちを切り替えているようだ。

 ただ、小暮さんがいまいち状況を理解しきれてない。ボールに三匹を戻そうとしてはいるが……一方のあぶさんはやる気のようだ。

 

 ……どうする!?

 そう考えた瞬間、ぞわりと皮膚が粟立つ。

 

 何か(・・)()られている。

 ソレが「何」かを判別する前に、全身の細胞が活性化する。生体電流が増幅し、紫に色づいた稲妻が全身から漏れ出す。

 

 

「ッ!!」

 

 

 隣にいる小暮さんとあぶさんの腰に手を回し、一息でその場から離脱する。

 ――次の瞬間、オレたちの座っていたベンチは、その周囲の地面ごと(・・・・)「そいつ」に抉り、食われ――飲み込まれた。

 

 あまりにも唐突に起きた現象に、小暮さんが目を剥いている。あぶさんもまた、想定をはるかに超える「災厄」に体毛が逆立ち、威嚇の声が漏れ出している。

 前方にいたギルは、あまりの事態に口をあんぐりと開いていた。いや、ギルが驚きに口を開き切っているのは、何かがウルトラホールから現れたからと言うよりも……「そいつ」のあまりの異質さ、異様さ故のものだろう。

 

 

「……最ッ……悪だ……」

 

 

 通常のバンギラスの倍はあるだろうギルすらも、小柄に見えてしまうほどの巨躯。スズメバチの警戒色を思わせる、黒と黄の強烈な色彩。胴部に開いたブラックホールの如き大穴……いや、ヤツの()は、今この場で食らった石畳とベンチをバキボキと噛み砕いている。

 ぐりん、と。饅頭の上に重なるかのように配されたもう一つの小さな頭がこちらを向いた。青い光の漏れ出している瞳が、正確にオレを射抜く。

 

 UB-05 GLUTTONY(グラトニー)――――正式名称、アクジキング。

 

 

「ドカグイイイイイイイ!!」

 

 

 ウルトラビーストの中でも最悪の部類に数えられるそいつは、オレたちの方を向き直ると――甲高いような、それでいて地の底から響くような、異質な不協和音(なきごえ)を放った。

 

 

 





 ※ 2020/06/07 一部修正。

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