携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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砕きのみこむ悪食竜

 

 

 ウルトラビーストとは、ウルトラホールを通ってやってきた異世界のポケモンの総称である。

 ……そういう意味で言うと、この世界にやってきたポケモンは全て広義の「ウルトラビースト」にあたるのだが、そこは一旦置いておく。

 

 一般に「ウルトラビースト」として認知されているポケモンは16種類。その中でも随一の危険性を持つのが、あのアクジキングだ。

 進行方向に存在するもの全てを有機物無機物問わず食いつくし、それでいて排泄物を出さず、自然に対して一切寄与しないという特異な生態を持つ。

 

 勝てるかどうか……いや、それ以前に――――。

 

 

(戦えるか、どうか……)

 

 

 現状、オレと小暮さんの手持ち全員を見てもヤツとまともに戦いになりそうなのは……アクジキングを挟んで向かい側にいるギルくらいしかいない。

 それに、ゲームではウルトラビーストの中でも最弱だなんて貶されてたが……ここは現実だ。最弱だなんて、とんでもない。今の一撃を見て分かった。こいつは……ウルトラビーストの中でも、最悪の存在だ。

 

 

「グバアアアアアアッ!!」

 

 

 ヤツの口が開き、奥から黒い触腕が高速で伸びてくる。その楕円形の先端部ががばりと開き、剥き出しになった鋭い牙が、つい一瞬前までオレが立っていた場所を貫き、粉砕した。

 

 

「クゥ……!」

「っ……」

「動かないでふたりとも!」

 

 

 ――――速い!

 

 こいつ……あの場から一歩も動いていないくらいには鈍重であっても、一つ一つの挙動がとんでもなく素早い!

 まともな人間なら、なすすべもなくあの触腕に捕まれて食われてしまうだろう。

 

 

「ギル!」

「グオオオオオオオオオオァッ!!」

 

 

 慣性に従って地面を滑り、靴が摩擦で高熱と煙を発する中でギルの名を呼ぶ。

 状況が状況だ。すぐにその意図を察したギルが咆哮し、その巨体に似合わない速度でアクジキングへと飛び掛かった。

 激突の衝撃で周囲の砂礫が舞い上がる。顔面を叩き潰すような形で押し倒したこの状況からなら……!

 

 

「『ストーンエッジ』!」

「ガアアアアァッ!!」

 

 

 ギルの掲げた腕の先、宙に放たれた生体エネルギーが固形化して鋭い岩を形作る。突き立てるように、振り下ろすようにして放たれたその一撃は――――。

 

 

「ドグガガガガガガッ!!」

「何ッ!?」

「!?」

 

 

 ――強引に体を回して反転し、宙に向けたアクジキングの胴の口へと向かった。

 バキ、ゴリという鈍い音と共に巨岩が噛み砕かれ、飲まれてヤツの体内へと消えていく。

 

 

「マジかよ……!?」

 

 

 こいつ、文字通りストーンエッジを「食い」止めやがった……!

 いや、それ以前に、今のタイミング、今の威力の技であんな超反応を見せるってことは……。

 

 

(へ……下手に手を出せば……ポケモンも食い殺される……!!)

 

 

 オレの手持ちポケモンは、そのほとんどが肉弾戦向きだ。

 ワカシャモ(チャム)はそれなりの威力が出せるものの、最大の技は「ひのこ」止まり。リオル(リュオン)は進化するまで体外に放出する類の波動を使えず、バンギラス(ギル)なんかは言うに及ばず。特殊技を得意とするはずのバチュル(チュリ)も、未だ「エレキネット」以外はその直接攻撃が大半。

 はっきり言って、相性は最悪だ。

 

 

「クゥ!」

「!」

 

 

 打開策が見えない中、あぶさんがオレの脇腹を叩く。

 何かが来る――そう言いたいようだ。それに応じて脚に力を込める。

 

 

「グイイイイイイイィィィィ」

「ギラアッ!?」

 

 

 と、その瞬間、アクジキングが全身の筋肉を隆起させ、口内の黒い触腕を最大限に利用してギルを吹き飛ばす。

 そして、そのままの勢いで旋回。あの巨体を支えられるとはあまり思えない脚部――ではなく、発達した口内の触腕を地面に突き立てたアクジキングは、スリングショットのような要領で、その身を思い切り前に向かって弾き飛ばした!

 

 

「ッ!!」

 

 

 全力で地を蹴り、アクジキングの進行方向と垂直方向へと飛び出す。

 ――直後、アクジキングは進行方向に存在する「全て」を破砕し、その大口に収め、食らいつくした。

 

 高架の柱が粉砕され、その先の建築物やガードレールがアクジキングの口の形に削り取られる。放置車などはまるごと消えうせてすらいた。

 ……巻き込まれてたら、確実に死んでいた。改めて背筋が凍るような話だ。ウルトラビーストの脅威はある程度ゲームを通して知ってるつもりだったが、オレの知識なんて本当に「つもり」だけだ。

 

 

「ありがと、あぶさん!」

「ルル……」

 

 

 同時に、こいつをこの広場から逃がしちゃいけないという気持ちもまた強くなる。

 レインボーロケット団に支配された区域であろうとも、基本的に一般市民は自分の家にいる。そんな場所にこいつが突っ込んで行ったら、大惨事は避けられない。

 そもそもを言うなら、まずあのイベントホールに近づけることもマズい。レジスタンスの人たちのポケモンのレベルは、いいとこオレたちと同じかそれ以下。オレはギルがいるからいいが、そうじゃない人たちがこのアクジキングに抗う手段は……無い。

 

 オレはギルの背後、トレーナーとしての定位置に戻ってふたりをその場に降ろした。

 

 

「あの……アキラさん……?」

「逃げてください小暮さん、早く! 巻き込まない自信が無い!」

「ですが、その怪我……」

「いいから! 急い――ギルッ!!」

「グオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 ――再び、高速でアクジキングが突撃を敢行する。大口を開けて飛び出すあの技は、恐らく「かみくだく」の応用だろう。

 あの大口に取り込まれないよう全身を大きく開き、正面から受け止めるような形で両者が激突する。

 

 

「っ……!?」

「チッ……!」

 

 

 その衝撃は尋常なものではない。ギルの後ろにいるというのに、小暮さんはその場に立っていられないほどだ。

 

 

「あなたがいると本気で戦えないんです! いいから退いて!!」

「……分かりました。ごめんなさい……!」

 

 

 はっきりとそう告げれば流石に理解してくれたのか、小暮さんは申し訳なさそうにしながらもあぶさんの背に乗ってイベントホールの方へと駆けて行った。

 アクジキングが小暮さんを追うような気配は無い。その二対の目は、しっかりとギルを……いや、オレを見つめている。

 思えばさっきの数度の攻撃は、いずれもオレを狙ったものだった。それはつまり、

 

 

(「Fall」か)

 

 

 ウルトラビーストは、「Fall」に引き寄せられる。

 確かアクジキングの犠牲になったのも、「Fall」の少女とかだったか。一瞬の隙を突かれて食い殺されたという話だったが、なるほど。これだけ執拗かつ苛烈な攻撃に晒されたとなると、ほんの一瞬の気の緩みが惨劇を生むというのも納得できる。

 

 ……ただ、こうしてギルが暴れられるようになったとは言っても、正直言って今のオレたちに勝ち目は無い。

 ヤツをここで食い止めることくらいはできるかもしれないが、そこから先……アクジキングを倒すには、決定打が無い。

 ここで「じしん」を使えば、攻撃の範囲が広すぎてイベントホールが被害を受けかねない。「ばかぢから」や「げきりん」はまだ覚えてないし、「ストーンエッジ」は見ての通り。「あくのはどう」のような特殊技は……悪い意味で、どれだけ威力が出るかが分からない。使ったの、見たこと無いし。

 

 けど……たしか、特殊型バンギラス、みたいな運用法があったはず。やれないことはない……か……?

 くそっ、ぶっつけ本番なんて主義じゃないんだが……!

 

 

「ギル、『あくのはどう』!」

「グルァ……!!」

 

 

 指示を発すると共に、ギルとアクジキングとの間の空間に、黒い球状のエネルギーが浮かび上がる。

 押し合いの中、僅かに形勢がギルの側に傾いたその一瞬、タイミングを合わせて合図を送ると、凝縮したエネルギーが解放され、黒い閃光がアクジキングを貫いた。

 

 

「どうだ……!?」

「ガグィィィィィイイイイイイイイ」

「グルッ!?」

「効いてねえ……!?」

 

 

 いや、効いてはいる!

 ヤツの口内の触腕、その一部が傷ついて体液が流れ出してる。けど……。

 

 

(動きは全然変わってない……!)

 

 

 痛みなんてものは無い、と言わんばかりにアクジキングの動きは止まらない。どうなってるんだ、こいつ。本当に生物か!?

 いや、生物の中には痛覚を持たないものもいるが、だとしてもコイツのこれは……。

 

 

「グイイイイイイイイイイイ」

「っ!」

 

 

 考えを巡らせていたところでアクジキングの異変に気付く。再び取っ組み合いに応じるべくして前に出るギルだが、さっきまで押し合いを演じていたはずの触腕が無い。

 胴側部にある腕とはまた異なり、自由自在に動いて本来の「腕」の役割を果たすはずのそれは、今は何故だか後ろ(・・)に延ばされていて――――。

 

 

「まずい、戻れっ!」

 

 

 その挙動に嫌な予感を覚えたオレは、即座にギルをボールに戻した。

 と、次の瞬間、ボ、という大気を貫き粉砕する音と共に、音の速度を遥かに超えた一撃が、一瞬前までギルがいた空間に突き刺さった。

 その進路上、建物の壁面もまた、撃ち放たれた空気の塊によって轟音を上げて崩れ落ちる。

 

 さっきの――自身の肉体そのものを砲弾としてぶっ放す「かみくだく」とは逆の、自身の身体を発射台代わりにして、触腕を前方へ叩きつける――「アームハンマー」。

 常識外れの威力に、流石に背筋が凍りつく。いわ・あくタイプのギルがこれを受けたら、果たして無事でいられるものか……良くてひんし、当たり所が悪ければ、あの口に早変わりする触腕に貫かれて即死。また体術の「た」の字すら教えていないギルでは、躱すことも難しいだろう。

 

 

「ドガアアアアアアアアア」

「チィッ!」

 

 

 だが、ギルがいないとなると、そのまま攻撃は素通しだ。さっき以上に攻撃は苛烈になるに決まってる。

 しかし……ああ、くそっ! 他のみんなは元より、ギルだってもう迂闊に出せない!

 

 ――――だったら!!

 

 触腕が左右から挟み込むようにして同時に迫ってくる。普通なら、一旦下がって様子を見て、確実にポケモンを出して反撃するべきだが……オレが普通なわけがあるか!

 だったら前に出ろ! あの触腕は直接アクジキングに繋がる「道」だ!

 集中しろ。全力で気を練れ。普通のトレーナーの常道ではポケモンたちを活かす術は無いかもしれない。だが、オレがまっとうなトレーナーか? 違うだろ! だったら邪道でも何でも、勝つための道を選び取れ!

 

 

「っ、あぁッ!」

 

 

 アクジキングが動揺することは無い。動きも鈍らない。

 だとしても、この場でなら試せることがある。アニメの設定では、アクジキングの弱点は上部の小さな頭だと言う。

 思考中枢、つまり脳がそこにあるのなら、ある程度それも頷けるが……試してみる価値はあるか。

 

 

「ィィィィイイイイイイ」

「ああ、もう! 耳障りなんだよッ!」

 

 

 再びオレを狙って振るわれた触腕を、躱し、足場代わりにしてヤツの本体へ向かって駆け抜ける。一歩一歩ヤツの触腕を踏むごとに、体内に留めきれず放出される膨大な電気が、僅かにアクジキングの部位を硬直させる。小さな方の頭部までは、あと二、三歩。

 よし、これなら……!

 

 

「リュオン、チュリ!」

「ヂッ!」

「リオッ!」

「『エレキネット』! 『かみなりパンチ』! これでぇぇ――――ッ!!」

 

 

 一人と二匹(さんにん)の放つ最大の電流が、アクジキングの頭部を貫く。莫大な電力に由来する光量に一瞬目が眩みかけるが、構わず最大の出力を放出し続けた。

 一瞬か、あるいは数秒ほどか……全力全開、放てるだけの電気を放出しつくしたチュリとリュオンを急いでボールに戻し、オレ自身もアクジキングを蹴って背中側へと飛び出す。

 

 たとえ未だ経験が足りずとも、でんきタイプのポケモンでなくとも、たかが人間の生体電流を増幅しただけのものであろうとも――電気は電気だ。その性質は変わらない。

 アクジキングの脳機能が一瞬だけダウンし、肉体に灯っていた水色の光が消えうせる。次の瞬間にはもう復活しているだろうと確信できるが、それでも一瞬の隙は生じた。

 チャンスは、この一瞬だけ。

 

 

「ギルッ!!」

 

 

 投げ放ったギルのボールは、アクジキングの直上で開いた。

 ヤツの体高は5メートル超。対して横幅はその倍近くある異様なものだが――それは、通常の倍近い大きさのギルがその身を足場(・・)にするにも充分という意味でもあり―――――。

 

 

「グルルルアアアアアアアアァッ!!」

「やっちまえ! 『じしん』ッ!!」

 

 

 その巨体を押し潰すように、大地をも揺らすほどの威力の一撃が叩き込まれた。

 衝撃がヤツの身体を突き抜け、その下の地面をも穿ち粉砕する。衝撃と自重によって陥没した地面に埋め込まれたアクジキングは、わずかに体を震わせると、力なくその場でだらりと触腕や手足を投げ出した。

 

 

「…………」

「グルルルルルル……」

 

 

 ギルがアクジキングの上から降り、オレの前に出て警戒を向ける。

 あのギルの「じしん」を直接受けたんだ。ダメージが無いわけがない。いや、ダメージってだけなら、ちゃんとさっきの「あくのはどう」で通ってるんだ。それを表に出してないだけ。ちゃんと通じてるはずだ!

 縋るように、祈るように視線を向けていると――――しかし、次の瞬間、アクジキングはその身を震わせながら触腕と本来の腕とを地面に突き立てた。

 

 

「まだやれるのかよ!」

 

 

 嘘だろ……!?

 

 メタモン……ドータクンの時は、まだ分かる。みんなのレベルもそこそこ低かった。それをなんとか手数で補っていた以上、多少効いてなかろうと仕方ないことだとも思えた。

 だが、今は破格の能力を持つギルがいる。相手が伝説級でさえなければ、多少は通用する……そう思っていたのだが。

 

 

「グガガガッガ、ガググググイイイイイイイ」

 

 

 陥没した穴の底からアクジキングが這い出してくる。

 考える――時間はあまり無い。どうするか今決めろ。もう一度、さっきみたいな賭けを演じて一撃叩き込むか? だとして、それができる――許される相手か? 今の一撃で流石に学習したんじゃないか……!? かと言って逃げることなんて今はできない。

 

 

(ここで引いたらダメだ。どれだけ犠牲者が出るか分からない! ビシャスの時と同じだ。あの時だって引けないから戦っ――――――)

 

 

 そこで、オレはようやく思い出した。ビシャスの時と同じだって言うなら、やるべきこと(・・・・・・)もまた同じだ。

 と言っても、それはわずかな勝機に賭けた特攻などではなく。

 

 

「ギル、そいつをそこに押し留めるんだ! 『いわなだれ』!」

「! ガアアアアアアッッ!!」

 

 

 無数の岩がアクジキングにぶち当たる。ダメージはあまり無い……どころか、さっきと同じで埋めた端から食い尽くしていくだけだ。

 だが、それでいい。どうせやったってまともにダメージは通りやしないどころか食われるだけあんだ。

 

 ――だったらいっそ食わせてやれ。

 

 ただし、自発的に食うのではなく、ひたすらあの口の中に流し込んでやる。衝撃と落石の勢いでヤツはまともには前に進めないはず。

 それでいいんだ。それしかない。オレじゃこいつには絶対に勝てない。

 じゃあ勝つ必要なんてない。

 あの時と違って今はヨウタが完全にフリーだ。ロトムもウルトラホールの開閉を検知する機能が備わってるし、そうじゃなくとも時間にさえなればいずれはこっちに戻ってきてくれる。

 時間稼ぎだ。それさえできれば、必ず状況は変わる。

 

 

「チュリ! チャム!」

「ヂュイ!?」

「シャモ!」

 

 

 出てきたはいいものの、ここで!? と言いたげに鳴き声を発するチュリ。確かにそりゃ状況は最悪だけど、目的は倒すことじゃない。

 チャムの方はやる気満々だが、それだってちょっと待ってほしい。

 

 

「『クモのす』か『いとをはく』! あと『エレキネット』! 何でもいい、とにかくあいつの動きを止める!」

「ヂヂッ!」

 

 

 とにかくアイツをここから動かしてはいけない。岩だけじゃなく、蜘蛛糸で動きを止める。

 だが、それでもなおヤツは止まりはしない。生物としての規格が普通のそれと違うんだ。あいつが暴れ、口を動かすごとに勝手に糸は引きちぎれ、岩は粉々に砕けていく。

 

 

「クソッ……!」

 

 

 もうちょっと、強度か火力があれば……!

 いや、無いものねだりしても仕方ない! 電磁発勁の応用で放電してピンポイントにあの小さい方の頭を抜けば、多少はヤツの身体機能をマヒさせることができるはず……!

 

 

「ッ、あ、ぐぅぅ……!」

「ヂュ……!?」

 

 

 ――そう感じて気を練った直後のこと。胸元の傷が血を噴き出した。

 電磁発勁の理屈は、体細胞の活性化。生体電流を増幅させるには、それ相応の負荷が体組織にかかる。接触によって相手の体内に直接電気を流し込むのではなく、いわゆる「でんきショック」のようにして放出しようというのであれば、その負荷は数倍、数十倍程度じゃ済まない。

 内臓の出血もぶりかえしたらしく、喉の奥から鉄の味もせり上がってくる。

 けど。

 

 

「ッ、いっけぇぇぇぇッ!!」

 

 

 全身全霊を込めて練り上げた電気を撃ち放つ。

 その威力は――正直言って、大したことはない。けど、狙いは外さない。

 ヤツの「眼」に直撃した電気はその光量による目くらましの役割を果たし、また、内部へと通電することで一瞬その身の自由を奪う。そして狙いはこの一瞬。

 

 

「ギル、続けて! チュリ、『でんじは』で動きを鈍らせろ!」

「ギラァッ!!」

「ヂヂヂッ!」

 

 

 次々となだれ込む岩、岩、岩。その合間を縫うようにして、チュリがでんじはを放ってアクジキングを「まひ」状態にして動きを鈍らせる。

 ただ……こいつ、元々の素早さがそうでもないからか、動きは鈍っていても大して変化があるわけじゃない。

 それどころか、こっちはこっちで膝が笑い始めている。致命的に血が足りない。病み上がりで無茶しすぎたか……。

 

 

(方向性としては間違ってないはずなんだけど……!)

 

 

 オレたちにまだ充分な能力が備わってないのもあるけど、アクジキングが規格外すぎる。

 思えば、ウルトラビーストも扱いとしては準伝説……アローラの守り神であるカプ神が本気で戦わざるを得ないような能力を持ってるんだ。当たり前だろうと言われればそうだが……。

 ……そうやって歯噛みした、その時だった。

 

 

「もんさん、『わたほうし』。しずさんは『くものす』。アキラさんを援護してください……」

「!?」

 

 

 想定外の声と共に、無数の綿が降り注ぐ。それらを、「くものす」によって蓋をするようにアクジキング諸共その場に縫い留めた。

 

 

「小暮さん……!?」

「……すみません。逃げろと、言われたのですが……」

「い……いいえ……けど……」

「……確かに、私一人では……力不足かもしれません。ですが……」

 

 

 すっ、と小暮さんが手を挙げる。すると次の瞬間、待ちかねていたかのように周囲から幾重にも糸が飛んだ。

 糸、糸、糸――――数十、数百はあろうかというほどの量のそれは、アクジキングの身体と岩とをくっつけ、雁字搦めにしてその場に括りつけた。

 

 

「……人数がいれば……足止めくらいなら、なんとかなるかと、思います」

「………………」

 

 

 見れば、周囲にはアクジキングを取り囲むようにして多くのポケモンとそのトレーナーたちがいた。その先頭に立っているのは……さっき会ったレジスタンスの代表者、宇留賀さんだ。

 彼もまた、糸を出せるポケモンであるメラルバを――――――メラルバ!?

 ……いや、今は置いとこう。ともかく、まだそこまで育っているわけではないだろうメラルバを連れている。

 他のレジスタンスの人も、バタフリーやスピアー、イトマルやケムッソといったむしタイプのポケモンを連れてアクジキングへ糸を吐きかけさせている。

 

 

「バケモノめチクショウ! 子供が命を張って戦っているんだ! なんとかして動きを止めろ!」

「大丈夫だ、多分、動きは止められてるぞ!」

「うるさい黙れ! 下手な慰めは言うな!」

 

 

 次々と現れてはむしタイプのポケモンに粘着性の糸を吐きかけさせ、アクジキングの動きを食い止めていくレジスタンスの人たち。

 すげえ、と思わず驚きが口をついて出た。正直言うと、オレはこれまで数の力というものを軽んじていたフシがある。というのは、レインボーロケット団を相手にする時には、有象無象の下っ端どもを蹴散らして進んでいけてたから……というのがある。

 

 だが、こうして見るとオレの考えはちょっと間違ってたんだと思い知らされる。レインボーロケット団のあれは――単に頭数を揃えただけだ。

 秩序だった戦術的行動というのがどれだけ恐ろしいものなのかが分かったような気分だ。隙を無理やり作ったおかげだとはいえ、あれだけ群がられてるのを見るとちょっと背筋が冷える。オレだって、もしかしたらあのくらいやられてたら抵抗すらできず終わってそうだ……。

 

 

「でも、何で……」

「……怪我されているのに……見捨てることなんてできないと、思いまして……」

「……ありがとうございます」

 

 

 正直、今はそれでものすごく助かった。

 オレ自身は見ての通りの満身創痍だし、ポケモンたちもなかなか攻撃が通用せず、若干の焦りがあった。

 よし。このままここで拘束できていれば……!

 

 

「ゥゥゥゥゥググググググウイイイイイイイイイイイ」

「!!」

 

 

 そこで、糸の山と成り果てていたアクジキングが――地獄の底から響くような声を漏らした。

 そして。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 ――――ヤツは、咆哮と共に、天に向かってその体色と同じ黒い閃光を吐き出した。

 あれは、「はかいこうせん」だ。あの大口から放たれたことで、威力と効果範囲が常識外れの域に達している。目を塞がれたせいで狙いをつけることができず、適当に空に向かって放ったおかげでオレたちの被害は無いが……あれだけの威力だ。当然、拘束は解けている。

 

 

「――――――」

 

 

 ……あいつ、今の今まで一度も使ってなかった技をここで繰り出しやがった。

 多分今までは食うことに集中していたから、アレは使わなかったんだろう。けれど、それではどうしようもない外敵と認められたからこそ、「はかいこうせん」を解禁した……というところか。

 あのとてつもない膂力に加えて、あの超威力の光線。ギルでもなければまともに通りもしないほどの耐久力……こいつ、無敵か……!?

 

 

「まぐさん、『ひのこ』」

「マグッ!」

 

 

 と。

 困惑と衝撃で目を見開くオレの横で、小暮さんは至極冷静に、まぐさんに指示を送った。

 次の瞬間、「ひのこ」には到底思えないほどの尋常じゃない勢いで火が燃え広がっていく。

 

 

「……アキラさん、火を」

「あ、は、はい! チャム!」

「シャモッ!? シャモモモッ!」

「もんさん、追加で『わたほうし』を……」

 

 

 オレもまた、チャムを出して「ひのこ」を放ってもらう。と、やはりその威力は絶大だ。空から降る綿にも火は燃え移り、より効率的にアクジキングの全身を燃やしていく。

 そうか――糸と綿か。真綿というのは非常に可燃性の高い物質と聞く。服の袖口に火が触れて、そのまま発火……ということもあると聞く。

 そこに加えて、導火線代わりの多量の糸。今の「はかいこうせん」で千々にほつれたそれによって、更にその火は燃え広がる。

 

 

「もしかして小暮さん、そこまで考えて……」

「……いえ……あの、手立てがないと、戦えませんから……」

 

 

 その場で即座にその「手立て」を考えられるって、それはそれでどうなんだ。逃げろって言って五分も経ってなかった……ぞ。

 ……五分? そうか、もうそろそろそのくらいの時間か。そう思って空を見上げると。

 

 

「あ」

「……それより、これも、効果はありますが……このままでは、また動いて……」

「いえ、心配ないです」

 

 

 アクジキングが燃え盛る炎の中、口を開いてエネルギーを収束する。

 そうして、再び超威力の光線が放たれ――――。

 

 

 ――――黒い光を切り裂いて、空から墜ちる流星があった。

 

 

 


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