携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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しっぺがえしの代行者

 

 

 

 啖呵を切ったその直後、ハガネールとエアームドはダメージを気にしてかそのまま僅かに退いた。

 この機を逃さず、オレは出口に詰めかけている人たちにむけて叫ぶように声を上げる。

 

 

「逃げてください! 巻き込まれる前に!」

「ひ、ひぃぃ!」

「やめて! 押さないでぇ!」

「お前らどけぇ! 俺が先に出るんだ、早くどけよぉ!!」

 

 

 ……くそっ、もう恐慌状態に陥ってる。最悪だ。人間、誰でも自分を優先したい気持ちはあるだろうけど、死ぬかもしれないって状況になってその気持ちが暴走してる。

 ちゃんと並んで外に出なきゃ、ケガもするし全体の脱出が遅れるだけだ。焦りすぎるな、と叫び出したい気持ちが湧き上がるが、同時にある言葉も思い返される。

 

 

 ――フツーの人はそんなに強くないってことだけは分かってくれよ。

 

 

(そうだ。誰でも言われてすぐできるほど、心は強くない)

 

 

 ある意味でその「フツーの人」に一番近い朝木の言葉だからこそ、そこには強い実感が伴う。

 焦るなと言われてすぐに平静を取り戻すことができる人はそういない。だったら、平静を取り戻せる環境を設ける……少しでも、安心する余地を作る必要がある。

 あるいは、自分が「やらねば」と思わせるように、今のこの性別をこそ利用する――――。

 

 オレは意を決し、息を吸い込んだ。叫ぶのではなく、この場に「響かせる」ことを主眼に置いて、声を放つ。

 

 

「落ち着いてください! あの人たちは()が足止めします! 前の人を押したりしないでください! 時間は……稼ぎます!!」

 

 

 あえて口にした「私」という一人称は、あの人たちに疑問を抱かせないためのものだ。この見た目で「オレ」と言うと、違和感で多少ならず首をかしげてしまうものらしいから。

 

 

「ッ……みんな並べ、並べェッ!! あの子の邪魔をしたいのか!?」

「そうだ、前の人を押さないで! 全員で逃げ切るんだ!」

 

 

 驚くほどすんなりと飛び出してしまったその一人称に、自分でショックを受けている暇はない。

 なんとか正気に戻ってくれた人が率先して前に立ち、誘導を始めてくれる。状況を考えれば、これだって途方もないくらい、勇気を振り絞ってくれたに違いない。ならオレは、その勇気に報いるため一分一秒でも長く時間を稼がないといけない。

 

 

「逃しませんよ。ハガネール、『アイアンテール』!」

「エアームド、『エアスラッシュ』!」

「ッ、ギル! 尻尾の起点を狙って『かわらわり』! チャムは『ねっぷう』!」

 

 

 「アイアンテール」の始動に合わせ、ハガネールの尾が輝きを増す。だが、ギルはそれが動き出すよりも先に突進し、その輝きが発せられる手前の部位に向け剛腕を振るった。

 双方共に弱点となるタイプの技だ。先手を取って威力を殺しているとはいえ、メキ、という嫌な音が両者から発せられるのは当然のことと言えた。ギルは腕、ハガネールは胴体の中ほど……いずれも折れているということは無いが、相当な痛みではあるようで、ギルもハガネールも同様に苦悶の表情を浮かべた。

 

 同時に放たれたのはエアームドの「エアスラッシュ」――強烈な風による真空の刃は、チャムが「ねっぷう」を放つことにより、温度上昇による空気の「揺らぎ」が生じてその威力は大幅に減衰した。

 ダメージは多少あるかもしれないが……それはあっちも同じだ。

 

 

「くっ、このままではむざむざと逃がすだけに……ブソン!」

「分かってんだよ! 工場内の全団員に告ぐ! 脱走だ! 今すぐ殺してでも止め――――」

「ッ!」

「ぐわぁッ!!?」

 

 

 ブソン、と呼ばれた男が言い切るよりも前に、手近なところに落ちていた瓦礫の破片をぶん投げて握っていたホロキャスターを破壊する。

 同時に腕を潰すことはできたが、直撃そのものは免れたようだ。しかし、本旨は既に伝え終わってる。妨害まではできなかったか……!

 

 

「ク……ハハハッ! 残念だったな! もう指令は出ちまった! どれだけ逃がそうと、無駄な足掻きだ!」

「けど、『これ以降』の指示が伝わることは無い……!」

「……!? そうだ! ブソン、マズいことになります! アサリナ・ヨウタが外に!」

「な……しまった!!」

 

 

 ――ま、半分は(ブラフ)だがな。

 ここにいるのは東雲さんと小暮さんだけだ。ヨウタはまだ外で待機している。こっちが騒がしくなったからあっちも動き出す頃だろうけど、どっちにしたってすぐにこっちにやってくることはできない。

 しかし、この二人にとって、ヨウタがいる方向に部下を行かせるというのは、地獄の片道切符を掴ませたようなものだ。一瞬、ヤツらの思考に隙間が生じる。

 

 

「今だ! チャム、『ニトロチャージ』! ギル、『ストーンエッジ』!」

「ッ、マズい! エアームド、かわせッ!」

 

 

 もう遅い! 急旋回したエアームドはなんとかチャムの猛突進を回避したようだが、遅れて放たれたギルの「ストーンエッジ」は、遅れて放たれたが故により高精度に照準をつけることに成功している。回避したその先に向けて放たれた岩塊は、狙い違わずエアームドの片翼を撃ち抜いた。

 

 

「とどめだッ!」

「ムドォ……!!」

「グルルル……グオオオオオオオッ!!」

 

 

 ――直後、ギルの尋常ではない膂力任せの「ばかぢから」により、エアームドは思い切り床へと叩きつけられた。

 ハガネールのあの顎を強引に閉じ切り、勢い任せに砕き割ることができるほどのパワーだ。流石に耐えきれることはできず、エアームドはその動きを止めた。

 

 

「くっ……こんなガキに! 戻れ、エアームド! 行け、ベトベトン!」

「ベトォン……」

 

 

 続いてブソンが繰り出したのは、その全身を紫色の粘液で形作るヘドロポケモン――ベトベトンだ。

 その底面、床材に接した部分からは、ベトベトンが分泌しているのだろう毒液によってシュウシュウと音を立てて煙を吹いている。

 アレは……マズいな。触るだけでも危険だ。アローラのベトベトンじゃないだけマシだが……直接攻撃は得策じゃない。

 

 

「チャム、『かえんほうしゃ』!」

「させませんよ。ハガネール、『すなあらし』!」

「ついでにこいつも持っていきな! ベトベトン、『ヘドロウェーブ』!」

 

 

 ハガネールの生み出した砂塵の嵐が、同時に生じた汚濁の波を飲み込んで成長し、やがて周囲に黒い粘着質の雨を降らせていく。

 不可解なその現象に顔をひそめていると、不意に雨に触れた二の腕部分に痛みを感じた。

 

 

「痛っ……まさか!?」

 

 

 ――――毒だ!

 こいつら、ヘドロウェーブ……つまり毒液の波をそのまま巻き上げて降らせ(・・・)やがった!

 

 

「な……うわああああああああああああ!」

「どうッ……があああっ、目が、あああああああ!!」

「ギャアアア!」

 

 

 直後、まだ逃げきれていない人たちにも向かい、黒い雨が降り注ぐ。

 強い刺激を持った毒素は、触れた皮膚を溶かし、焼き、ただれさせていくほどの威力を秘めている。このまま放置しておけない!

 

 

「ベノー!」

「ばっ、やめろベベノム! 今はマズ……ぐっ!?」

 

 

 対抗しようと思いきり毒液を吹きかけようとしたのだろう、口をぷくりと膨らませたベベノムだが、オレはその攻撃を止めるためベベノムの口に手をやっていた。

 毒の影響で激痛が走り、皮膚が溶けただれる。思わずうめき声が漏れてしまうが、何にしろここで更に毒をプラスするなんてもってのほかだ。更にこの毒液の雨が悪化してしまう。

 

 

「フフフ……ハハハ! 予想外の相乗効果でしたが、これはいい。なるほど、君は広範囲攻撃には対応しきれないようだ」

「るっせ! こ……んのォ!!」

 

 

 ばかん! と壁板を引っぺがし、逃げようとしている人たちの上に掲げて盾代わりを請け負う。

 これで多少は被害も軽くなる……が、これだけじゃじり貧だ。まず元を断たないと!

 

 

「ギル、本気でやっていい! 『じだんだ』だ!」

「ギィィ……ラアアアアアアアッ!!」

 

 

 全速力で前方に向けて突っ走っていくギル。毒液の嵐に侵されながらも、その速度と破壊的な突進の威力にはいくらかの陰りも無い。

 

 

「やらせはしません! ハガネール、『アイアンテール』!」

「ネェェェェル!!」

 

 

 グオン――と、ハガネールが自身の尻尾を振りかぶり、その先端を光らせた。

 その動作を目にして、オレは――オレとギルは、次にそれがどこから振るわれるか、どのように振るわれるかを予測し……断定した。

 

 

「そこだ! 右下!」

「グルァッ!!」

「な……にっ!?」

 

 

 ――果たして、振るわれ、その足を掬うはずだった尾の一撃はギルによって掴み取られた。

 今度は逆にギルの側がしっかりとハガネールを捕らえるような形になる。

 

 

「何だと……!?」

「読みやすいんだよ、予備動作が! ギル! やれええぇっ!!」

「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 次の瞬間、ギルは元来持ち合わせている幼児性を爆発させるようにその場でハガネールを持ち上げ、文字通りの「じだんだ」を踏みながら、まるで紐か何かのようにして――癇癪をぶちまけるようにして、咆哮と共にハガネールの身体を振り回し(・・・・)始めた。

 

 

「なんだとォ!?」

「うわっ!! まさかこんな、攻撃! しょ……正気ですか!?」

「知るか。オレたちに出遭った不幸を呪え」

 

 

 引き延ばし、叩きつけ、踏みつけ踏み抜く。半ば「げきりん」のそれが混じったような暴れっぷりで工場設備が跡形もなく粉砕され、火花を撒き散らしていく。

 周囲の瓦礫もまた同様に衝撃と共に前方にぶちまけられ、多数の瓦礫が散弾銃のようにしてブソンたちを襲っていく。

 

 

「マズい!! ベトベトン、攻撃はやめだ! こっちを守れ!」

「くっ、出なさいグライオン! 『はたきおとす』攻撃!」

 

 

 が、流石にそれ以上は望めない。依然ヘドロウェーブを放ち続けていたベトベトンの攻撃が中断され、ブソンを取り囲むようにして弾力のあるその体を盾にした。

 また、もう一人は新たなポケモンを繰り出し、その技でもって襲い掛かる瓦礫を吹き飛ばす。結局、これだけではヤツらに大した手傷を追わせるには至らなかったようだ。

 

 

「戻れ、ハガネール!」

 

 

 今度は、あの二人に向けて投げ放たれようとしていたハガネールだが、流石にそれは無理だった。戦闘不能であることを認めると、灰色の髪の男は迅速にハガネールをボールに戻した。

 

 

「どうするバショウ、あのお嬢ちゃんまるで遠慮が無いぜ」

「計算外です。彼女らにとってこの施設は重要だったはず……」

 

 

 その言葉にオレが応じることは無い。実際、小暮さんに「全力でやっていい」と後押しを貰ってるからこそ遠慮せずに指示を出してるのであって、実のところ惜しいと思う気持ちは残ってる。

 が。それ以上に重要なのは、民間人への被害をできる限り抑え、この場を切り抜けることだ。

 

 

「人の命はモノに換えられない」

 

 

 ひとことだけ、しっかりとヤツらに向けて告げ、オレはその場に壁板を降ろした。

 ……もう全員逃げてくれたようだから、盾は必要無い。

 

 

「彼らのような一山いくらの労働者を逃がしたところで、何になるのです。君たち『こちら』の世界の住人にとっては、この工場と生み出されるアイテムこそが値千金ではないのですか?」

「人と金を並べて語るな、ゲス野郎」

「『人』? クッ、ハハハ! 面白いことを言うじゃねえかお嬢ちゃん。ポケモンなんざ一匹もいない、技術だってまるで大したことがない……こんな世界の無力な知恵遅れの猿と、俺たち『人間』の命の価値はまるで違うだろ!」

 

 

 ――――。

 

 思わず、頭の奥でぶちりと音が鳴りかけた。

 けれど、その感覚を理性で押し留める。殴りに行きたい。が、ポケモンたちが前に出ている以上そういうわけにはいかない。

 横に立つチャムを見ると、今にも前に飛びださんという表情でぶるりと体を一つ震わせた。

 

 正直なところ、あいつらの目的は分かってる。オレをキレさせて、突撃させることだ。

 見たところ、ベトベトンはどちらかと言えば攻撃よりも防衛……相手に攻撃をさせて、迎え撃つ形で攻撃を行う方が得意に思える。ただ単に殴り合うだけならギルと一緒に突撃すれば勝てるだろうが、それが通じるのは万全の状態の時だけだ。この一連の攻撃の間に、ギルの体力はかなり削られてきている。

 直撃こそ避けてはいても、ハガネールの「アイアンテール」を何度も受けた上にあの猛毒の嵐の中を突っ切っていったんだ。一見問題無いように見えても、戦いの空気の中で脳内物質がダダ漏れになって疲れを無視してるだけだ。限界に達したら即ダウンしかねない。

 

 ……かと言って、このままあいつらに喋らせておくのも論外だ。

 毒は依然、ギルの身体を蝕み続けている。無駄に時間を食えばそれだけ体力が消耗してしまう。

 加えて、アレは流石にそろそろマジでキレる。時間稼ぎの意味合いもあるんだろうけど、あいつらの言葉には嘘が無い。半ば本気でそう思ってるのがありありと感じ取れる。ボールの中にいるリュオンでも、何かイヤなものを感じ取ってボールを震わせてバトルに出すことを要求してくるほどだ。

 けど、その前に――言い返すだけ、言い返しておきたい。

 

 

「その猿を潰しきれてないのが、お前らの限界だろ」

「あぁん?」

「本当にお前らが全てにおいて上回ってんなら、レジスタンスだって発足する前に潰してる。オレやヨウタを取り逃がすような真似だってするもんか」

「言いますね。――だからどうしました? このシコクの各都市は既に制圧し、あなたがたもコソコソと隠れて逃げ回るだけ。それが即ち、あなた方が弱者である証明だと言うのです」

「大人しく支配されてりゃあいいってのに、抵抗するからそうやって傷つくんだ。最早この世は弱肉強食、弱者は大人しく強者に従ってりゃあいいのさ!」

「ぷ」

 

 

 その、あまりに身勝手な弱肉強食論を耳にすると――怒りを通り越して、オレは思わず吹き出してしまった。

 

 

「何がおかしい!」

「お前らがこの世界に来たのは、ヨウタに勝てなかった(・・・・・・)からだろ。負けなかったら、こんなトコに――何があっても負けるはずのない、『無力な猿』しかいないような世界になんて来やしない。結局のところ、お前らは絶対に負けないって確証が得られなきゃ勝負も仕掛けられない腰抜けの集まりだ」

 

 

 ギルをボールに戻し、新たにリュオンをボールから出す。

 体力が削られてはいても、頭一つ抜けた能力を持つギルを戻す意味が理解できなかったのか、灰色の髪の男は怪訝そうにこちらに視線を寄越していた。

 

 

「お前らは自分たちの一方的な略奪を正当化するために、弱肉強食って言葉を使ってるだけだ」

「それで? 実際勝ち目が無いことには変わりないだろうが! お前もバンギラスを引っ込めて、何のつもりだ!? 自分から勝ち筋を消しちまってるじゃあねぇか!」

「本気でそう思ってるならグダグダ御託抜してないでとっととかかって来いよ。『弱肉強食』なんだろ。とっくにオレたちは生活も街も何もかも奪われてんだ。できるんだろ? ならやってみろよ」

 

 

 ――メキ、と。チャムとリュオンの身体が音を立てる。

 体組織の急激な変質と共に、増幅する生体エネルギーが漏れ出し光を放つ。

 

 

「けど、弱肉強食なんて口にした以上、勝って奪い返す(・・・・)ことに文句は言わせねえ」

 

 

 やがてその変化が終わったその時、赤と青の炎を噴き上げ咆哮するポケモンの姿があった。

 

 もうかポケモン、バシャーモ。

 はどうポケモン、ルカリオ。

 

 

「――お前らが戦えない人たちから奪っていくなら、オレたちがお前らに勝って、全部()り返すだけだ」

 

 

 ――――二匹(ふたり)はオレの意志を代弁するように前に出ると、しっかりと地を踏み敵と相対した。

 

 

 










・バショウとブソンの手持ちポケモン
 原作で使用したのはバショウがハガネール、ブソンがエアームドとベトベトン。
 本作ではバショウのPTにグライオンが追加されているが、これはハガネールが「すなあらし」を多用していたことで砂パと設定されたため。また、登場世代では進化しなかったが、後の世代で進化を獲得した(イワーク:第一世代→ハガネール:第二世代/グライガー:第二世代→グライオン:第四世代)繋がりによる。


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