休んでいた五日間の間にも、兆しはあった。
リュオンとは出会った時から妙にウマが合ったし、目的もほとんど同じで、日々の訓練の中でも拳法の手ほどきを通じて心を通わせていた。
チャムはほとんど常に最前線に立ち続けていて、数多くの戦闘経験を積んできた。ビシャスとの戦いでも最後まで戦っていたし、ヘルガーなどの強敵も下している。レベル自体もきっと、思った以上に高くなっていたんじゃないかって思う。
ポケモンの進化を何度も間近で見てきたヨウタ曰く、最終的に大事になるのはポケモン自身が実戦の中できっかけをつかめるかどうか、だと言う。
――果たして、
片や同調した
片や燃え上がる闘争心を本能に乗せて解放することで。
……こんな状況にも関わらず、ベベノムはチャムの腕から放出されてる炎……つまるところの「光」を目にして興奮していた。
「進化……このタイミングでですか……!」
「ビビッてる場合か、バショウ!
ベトベトンが床に自身の手を叩きつけるの同時に、噴き出した猛毒のヘドロが津波のように押し寄せる。あれが「すなあらし」の影響下に無い時の本来の「ヘドロウェーブ」……人ひとりくらいは簡単に飲み込んでしまいそうだ。
――――けれど。
「リュオン、『はどうだん』!」
「ルァ――――ッ!!」
一撃のもとに、波濤は砕かれた。
「なんだとォ!?」
かくとうタイプに加えてはがねタイプの加わった
そして「はどうだん」は、波動を直接撃ち放つ技だ。よって実際の威力はどうあれ、どくタイプの技である「ヘドロウェーブ」を弾き飛ばすというのは、ごく自然なことでもある。
「ブソン、アレははがねタイプのポケモンです!」
「そ、そうか! くそっ……」
「そちらはあのバシャーモを! グライオン、ルカリオへ『じならし』攻撃!」
「分かったぜ……! ベトベトン、バシャーモに『ダストシュート』!」
「近づけさせるな! チャム、『かえんほうしゃ』! リュオン、『はどうだん』!」
「バシャアァァァァッ!!」
「リオッ!」
周囲にバラまくようにして吐き出される火炎が二匹の進行を阻む――と思われたが、それは一瞬。まず先に炎上網を突き抜けてやってきたのは、ベトベトンだ。粘液で構成された体は、多少の火炎はものともせずにかき消して突き進んでくる。
その進行を阻むべく、波動を凝縮した蒼い弾丸が再び放たれる。が。
「ベトォォォンンン……」
「……!?」
ベトベトンは、波打たせたその体でもって衝撃をかき消してしまった。
「ハハハッ、練度が違うんだよ! 行けぇ!」
「グララララァァーイ!!」
突き破った火炎の網を先に抜けてきたのは、グライオンだ。鋏を閉じて振りかぶったその腕を、リュオンに向けて思いきり――文字通り「地を均す」かのように叩きつける!
「リュオン、直接受けちゃダメだ! 『ボーンラッシュ』!」
「! ルゥアッ!」
ドゴォ! と、大型トラックが衝突したような音が響く。その中心部で、リュオンはグライオンの鋏を骨状の波動を用いて受け止めていた。
「ボーンラッシュ」――本来なら、それこそ「骨」を武器として扱うカラカラなどのポケモンが用いる技だが、ルカリオもこの技を扱うことができる。一種の棒術と言うべきだろうか。後々のためを思って棒術も教えておいたのだが、それが功を奏したと言えるだろうか。
だが、そうこうしているうちに。
「ベトオオオオオン……!」
「バシャッ……!」
ベトベトンが、チャムの間近にまで迫っていた。
ヤツの肉体は全てが猛毒のヘドロ。だが、この距離なら……!
「『かえんほうしゃ』!」
「シャアアアアアアアッ!!」
「ベドオオオオオオオオオ!!」
チャムの吐き出す火炎がベトベトンへと迫る。さっきの、進行を妨害するためにバラ撒かれたものとは異なり、一点に集中させた最大威力の「かえんほうしゃ」だ。流石にヤツも多少は堪えたのか、その表情は苦悶のそれに移り変わる。
「バシャァ!?」
だが――直後、莫大な量のヘドロが、チャムに叩きつけられる。
圧倒的な質量と威力言う点でも当然脅威だが、それ以上に厄介なのはその毒性――下がってきたチャムの全身を見れば、まるで酸に焼かれたような傷が生じていた。
このまままともにぶつかるのはマズい……!
「追撃と行きましょう。グライオン、『アクロバット』!」
「下がれ
「「!!?」」
大きく振りかぶられたチャムの右脚が、火炎を纏って床を踏み砕く。そして次の瞬間、巻き上がる爆炎と砂埃によってオレたちの姿が覆い隠された。
ポケモンたちは、高い感知能力があるおかげでその状態でも一瞬の間があれば再びオレたちを捕捉することはできる。
しかし、人間……トレーナーの方はそうはいかない。視認・思考・指示出しのための発声――というプロセスを踏むためには、必ずそこに二秒から三秒ほどのタイムラグが生じる。
――その前に。
「行くぞっ!」
オレたちは、
「なにっ!?」
オレたちは身長の差こそあれ、皆人型だ。色合いはそれぞれ異なるが、
「正気ですか!? 死にますよ!?」
「だったら殺してみろ腰抜け共ッ!」
「そこまで言うならお望みどおりにしてやる! ベトベトン、あのガキに『ヘドロこうげき』!」
「な……ブソン! 命令は殺さずに捕まえることです!」
ベトベトンの腕が、まるでヘドロを噴き出すように爆発的に伸長してオレの方に向かう。
人間が蝕まれれば数分で命を落としかねないほどの濃厚な猛毒と、一撃で骨肉を砕かれかねないほどの痛烈な威力。どちらを取っても、オレを殺すことにだって充分だと言えるだろう。
だが。
――見える。
ベトベトンの動きがスローになり、飛沫の一つ一つすらもはっきりと見える。
それと同時に、高速で動くために地面すれすれを跳躍している今この状態のままでは、回避しきれないだろうということにも気付く。
だろうな、とは半ば気付いていた。それでもやるだけの価値はあると、ある程度オレは確信していた。
――ゾーン。
――超集中状態とも言われてる。
――脳内物質の働きでリミッターが外れて脳も体も超パワーアップする。
小暮さんが注釈を入れていた……「スポーツ漫画でよくある」という言葉を考えるに、その現象は「ボールが遅く見える」ことも含むと見て間違いない。
思考が加速する。目に映る光景全ての動きが緩やかになる。そんな中で――オレは迷わず、左腕をヘドロの中へと突き込んだ。
「!!?」
本当なら溶け落ちたって仕方ないくらいに愚かな行為なのだろう。けれど、そんな中でもオレの手には焼けるような感覚が残っている。
そのまま、粘度の高い水のようなヘドロを掻き、腕を支点とすることで、宙返りの要領で「ヘドロこうげき」を
結果、その攻撃が直撃することはない。飛沫が跳ねて顔を焼き、視界が塞がるが、それでも――戦闘続行には問題無い。
「づっ……今だ、チャムッ!」
「バ……シャアアァァァァッ!!」
「ベト……!?」
狙っていたのは、その瞬間だ。
ベトベトンの特徴は、やはりその粘液質で不定形な……スライム状の肉体だ。ゲーム上では「とくぼう」の数値に優れるベトベトンだが、現実になるとその体質のおかげで物理攻撃に対しても大きな耐性を持つことになる。
だから、その「耐性」が落ちる一瞬、腕が伸び切って、防御に回すだけのヘドロが少なくなった瞬間を狙いさえすれば。
――容易に、その
「ベドォォォォ……!!」
「嘘だろ……人間が陽動役!? いや、だいいち、何であのガキは無事で済んでる!?」
「ッ……リュオン、続け! 『れいとうパンチ』!」
「――――! しま……っ」
「ルオオオッッ!!」
「グルルァァッ!!?」
バショウとブソンの虚をつくかたちでリュオンが跳び、迫りくるグライオンの顔面に蒼い炎を纏わせた拳で一撃を入れる。
鋭い冷気とともにグライオンの顔面は霜が降りたように白く染まり、その体も吹き飛び、壁に叩きつけらることとなった。
まだ、倒れたわけじゃないようだが……。
「ルッ……」
「こっちは気にするな! 前を見て……ッ!」
「……いえ。無事で済んでるわけでは、ないようです。が……」
ベトベトンの腕を全力の「ブレイズキック」で断ち切り、再びオレの前にやってきたチャムだが、その表情は芳しくない。
それは――ベトベトンの攻撃を凌ぎきったとはいえ、その結果オレの腕と目が毒に侵されてしまったことが原因だろう。直接浸していた腕などは、毒のせいで煙だか湯気だか分からない気体が立ち上っている。
「……く、う……ッ」
痛い、と言うよりも熱い。その上、徐々に感覚が無くなってきてる。顔の方にはどの程度触れたのかよく分からないが、少なくとも首元から頬にかけて多少どころではない熱を感じる。左目も開けられない。
逆に言えば
毒を振るい落とすように、左腕を軽く回す。同時に、堰を切るようにリュオンの纏う炎と同じ蒼い色の電気が音を立てて大気中へと放電されていった。
……現状じゃ、もって一分が限度か。
「……畳みかけるぞ! リュオン、『ボーンラッシュ』! チャム、『かえんほうしゃ』!」
「あの電気の色……先程までのものでは……! いえ、それよりも――グライオン! 何をしているんです、『こうそくいどう』!」
「近づけさせるなベトベトン! 『どろばくだん』!」
リュオンが跳び出し、波動を固形化して創り出した骨状の棒を振りかぶる。その瞬間、横から飛び出してきたグライオンが、その攻撃を阻んだ。
次いでチャムが吐き出した火炎が、ベトベトンの投げ込んだ泥と激突する。が、泥は見る間に乾き、逆にそのチャムの火炎の勢いのままに押し返されていた。
「何をしてやがるベトベトン! もっとパワーを上げろ!」
「ベ、ベトォ……」
そうは言うが、ベトベトンも相当なダメージを負っている。体力的にも半ば限界に近いだろう。むしろトレーナーの要望にちゃんと応えている分、精神的には優れていると言って間違いない。
あのベトベトンがパワーを出せていない原因は――。
「あれだけヘドロを削られたのです、本来のパワーなど出せるはずもありません! それをしでかしたのは、あのバシャーモ……いや、そもそもを言うならあの少女が……!」
「くっ……どうすりゃあいい、バショウ!」
「撤退します。あの少女、間違いない――
「…………」
何だ、もう気付いたのか。気付かなきゃ、このまま押し込めたんだが。
さっきのオレがベトベトンの攻撃を僅かながらにも耐えられたのは、全身に波動を纏っていたからというのが大きい。
ポケモンたちがこの五日間の間で成長したように、オレだってこの五日間何もしてなかったわけではない。リュオンと一緒に常日頃から波動のを操るための訓練を続けていた。その成果が――この、波動と電磁発勁が混ざってしまった蒼い電気だ。
どちらも生体エネルギーであることには変わりない。問題は出力の方式だ。まだ完全にどちらに振り切っているとも言えない現状ではこれが精いっぱいだが……僅かな時間、ポケモンからの攻撃を防ぐのに使えることには変わりない。そして何より、普通の人間が視認できるという程度の違いこそあれ、本来の波動のそれと能力は変わらない。
「チィ……今は逃げるしかないか……! 覚えていろ! 次はこうはいかねえからな!」
「次?」
それには、一定範囲内のあらゆる生体の存在を感知するという能力も、含まれている。
「次なんて無い」
――そう告げた瞬間、バショウとブソンの身体に粘着性の糸が絡みついた。
「な、なんだぁッ!?」
「これは……『クモのす』!?」
今、チュリはボールに戻っていて、当然ながら「クモのす」を使うことができる状態ではない。そもそも、このタイミングからではヤツらに届く前に逃げられてしまうだろう。
なら、何故ここで「クモのす」が彼らの身体に巻き付いたのか。それができるのは――ただ一人。
正確には、
「……詰みです」
今この場で彼らに敗北を告げた、小暮さんの
「な……他に仲間がいやがったのか!?」
「すみません。小暮さん、しばらくこの子を」
「え……あ、はい……」
「聞いてるのか!?」
聞いている。聞くだけの価値が無いと断じているだけだ。
昂る激情のまま、オレは走り出した。ほんの僅かに小暮さんが驚きを見せるが、やることは変わらない。同時にリュオンとチャムが、進化前のそれを思わせないほどに力強い動きで前に出る。
「……ッ、まだです! グライオン、『ハサミギロチン』!」
「うおおおお……! ベトベトン! 『ダストシュート』ォ!!」
「……しずさん、『バブルこうせん』」
「――リュオン、『はどうだん』! チャム、『フレアドライブ』!」
ベトベトンが最後の力を振り絞って吐き出した多量の毒はリュオンの「はどうだん」によって貫かれ、高速で接近していたグライオンは、しずさんの吐く無数の泡で動きを止められたところを、チャムの全力の一撃でとどめを刺された。
オレは――まだ、突き進む。拳を握り、前に出る。
「な……もうポケモンは」
「ポケモンを持ってないから何だ!? 戦えない人たちを襲ったのはお前らだ! 先に弱者を踏み躙ったのはお前らだッ! 言ったぞ、『奪われたものは取り返す』って!」
蒼い稲妻が――全身から迸る。
「まずはお前らが奪った――誇りからだッ!!」
――――そして、崩落した工場の中に轟音が響き渡った。