携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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夜闇の中のきんぞくおん

 

 

 

 グラードンの時とのそれとは、また別種の焦熱地獄だった。

 地の底からマグマが湧き出し、周囲のガレキを溶かし飲み込む。「ひでり」の能力によって降り注ぐ高熱とは異なる、じっとりと熱を帯びた……地獄の窯の底を思わせるような気配(はどう)に目を向ければ、この光景を生み出した張本人が這い回っている。

 

 かこうポケモン、ヒードラン。

 

 本来なら火山(ハードマウンテン)の火口付近に封印されなければならないほどに強力な力を持ったポケモンであり――「伝説のポケモン」の、一種。

 今、こんなところで出会うべきではない相手だ。

 

 ……何か、思いもよらないもの(・・・・・・・・・)が焼けたような異臭が鼻を刺す。それ(・・)の正体が何なのか――その結論に思い至るよりも先に、あるいはその結論から逃れるようにして、オレは胸の奥から溢れ出す感情をそのまま爆発させた。

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉーッ!!」

 

 

 応じるように、二つの視線がこちらに向けられる。

 一つは絶大な威圧感を放つヒードランのもの。そしてもう一つは、じっとりと湿ったような……薄暗ぐ浅ましい欲望を感じさせる人間の視線だった。

 

 

「フフヒヒヒャヒャヒャヒャ!」

 

 

 と――身構えるよりも先に、不快なしゃがれ声が耳を叩く。発生源は視線の先、浮遊する機械に身を預ける初老の男だ。

 やや肥えたるんだ腹と顔。加えてあの特徴的な、髪への未練を感じさせる側頭部ばかり伸ばした頭頂ハゲは――――。

 

 

「プルート……!」

 

 

 ――ポケモン原作、「プラチナ」で初登場したギンガ団幹部、プルートだ。

 ゲームから読み取れるヤツの性格は、言ってみれば「小物」そのもの。人望があるというわけでもなく、かと言ってバトルの実力に優れているわけでもない……オマケにギンガ団幹部の中では新参者で、他の幹部と比べてやや扱いが悪いということが描かれていたはずだ。

 一説では、アカギが今のような虚無的な性格になる一因を担ったことがあるとされている。ある意味ではこいつこそが第四世代のポケモンにおける一連の事件の元凶と言えるだろう。

 

 

「やーっぱり出てきおったわ、白い小娘! おびき出せば真っ先に来ると言うのは本当じゃったか!」

「何でここが……!?」

「フヒヒャヒャ! マヌケが! 定時連絡が無くなれば様子の一つも見に来るというものじゃろうがぁ! よりにもよってバショウにブソンがやられるなんて、お前たちが来たんでもなければありえんわ!」

 

 

 くそっ……そうか、あの工場の責任者、バショウとブソンを倒したから、連絡がタワーに行かなかったってことか……!

 それで、オレたちがやったことだとアタリをつけて、わざわざ伝説のポケモンを持ってるコイツを向かわせた……。

 

 ……怪我人もいるからあまり遠くに動けなかったからとはいえ、勝利で心が浮かれていたのかもしれない。

 自分の胸を掻きむしりたくなるほどの苛立ちに見舞われながらも、オレは近くに落ちているガレキの中から鉄パイプを拾い上げた。

 

 

「この人殺しが……! 今すぐそこに伏せて手を頭の後ろに回せ! オレの言った通りにしなかったりちょっとでも口を開けばもう容赦はしない!!」

「人殺し? 殺したのはヒード」

「警告はした」

 

 

 その返答の全てを聞くより先に、オレは全力で鉄パイプを投擲した。

 音の速度を超えて放たれた一撃。蒼い稲妻が夜闇に尾を引いて大気を裂き――――。

 

 ――――次の瞬間やってきたあるモノによって、致命の一撃は食い止められた。

 背面バーニアをふかし、超高速で空中を飛び回る鋼鉄の塊。そいつは――そのポケモン(・・・・)は。

 

 

「……ゲノセクト……!」

 

 

 こせいだいポケモン、ゲノセクト。ポケモン世界における三億年前に生息していたポケモンを復元し――改造することで生まれた、プラズマ団の狂気の象徴とも呼ぶべき「幻のポケモン」。

 ……プラズマ団も勢力に取り込んでいる以上、これはありえた……むしろ、今までそうしてこなかったのが不思議なくらいだが、厄介なポケモンを厄介なヤツに……!

 

 

「ふぃぃぃ~……まったく情けも容赦もしないとは、か弱い老人に何をするか!」

「か弱かろうが老人だろうが人殺しは人殺しだろうが……! その腐った性根にくれてやる答えに暴力以外の何がある!」

「カ~ッ! 先人に対する敬意が足りん!」

「外道に向ける敬意なんて持ち合わせちゃいない」

「外道? 殺したのはこのヒードラン! ワシは手なんぞ下しちゃおらんわ!」

「だからどうした薄らハゲ!」

「ハゲッ……!?」

「伝説だろうが幻だろうがポケモンはポケモン! させた(・・・)人間が誰よりも悪いに決まってんだろ……!!」

 

 

 同じことだ、そんなもの。

 ポケモンの罪は、トレーナーの罪だ。それを命じた時点で、実行されてしまった時点で……そこから逃れることはできないし、許されない。許さない。

 

 

「強そうな言葉を吐くのは結構じゃが、伝説と! 幻! この二匹に勝てると本気で思っ」

「黙ってろ!! 貴様の腐り果てた思想をいつまでも聞いてるほど暇じゃあないッ!!」

 

 

 感情の爆発に乗せて、オレは思い切り地面に向けて震脚を叩き込んだ。

 衝撃で地面が爆ぜ、砂礫が舞い上がって一瞬プルートたちの視界を覆う。

 その瞬間を見計らってボールから出たチャムがリュオンと共に砂煙の中から飛び出し、己が敵と見定めたポケモンへと飛び掛かっていく。

 

 

「リュオン、『ボーンラッシュ』! チャム、『ブレイズキック』!」

「バ――シャアァァッ!!」

「ルァァァアアアッ!!」

 

 

 高熱を孕んだ爆発を伴う蹴りがゲノセクトの胴を捉え、骨を模した棍状の波動がヒードランの外殻を滅多打ちにする。複数の鈍い金属音が周囲に響き渡り、ヒードランとゲノセクトがわずかに動きを止めた。

 が。

 

 

「ッ、退け!」

 

 

 オレの声が飛ぶのと同時にリュオンとチャムが後ろに向けて跳ぶ。

 次の瞬間、二匹(ふたり)が一瞬前までいた場所を莫大なエネルギーの奔流が貫いた。

 渦巻くマグマと、強大な水のエネルギーに満ちた砲撃……。

 

 ――「マグマストーム」に「テクノバスター」……!

 

 相当な威力の――とはいえ、他に似たような威力のものを見たことが無いわけじゃない――攻撃だ。地面が融解し、あるいは弾け飛んでいる。

 だが、真に恐ろしいのは……あいつらの耐久力か。

 

 

(四倍弱点にビクともしてねえ……!)

 

 

 じめんタイプの技である「ボーンラッシュ」、ほのおタイプの技である「ブレイズキック」――いずれも、ヒードランとゲノセクトにとって致命的な弱点となるタイプの技だ。

 どちらの技も応用性に優れる代わりにやや威力の面で「じしん」や「フレアドライブ」などには劣るものの、それでも相当の威力を誇る……はずだった。それでも堪えた様子がまるでない。外殻は、わずかにへこんでるようだが……。

 

 

「フフヒヒヒャヒャヒャ! そんな普通のポケモンの攻撃が伝説のポケモンに通用するものか! やれ、ヒードラン、ゲノセクト!」

 

 

 その指示に対して、ヒードランとゲノセクトは一瞬だけ躊躇を見せたものの、すぐにその口蓋から火炎を、砲口から極大のビームを撃ち放った。「かえんほうしゃ」と「テクノバスター」だ。

 

 

位置交代(スイッチ)! リュオン、『れいとうパンチ』! チャム、『オーバーヒート』!」

 

 

 オレの指示に、リュオンとチャムは迷わず応えた。

 瞬時に互いの立ち位置を入れ替え、チャムはヒードランの吐き出す火炎に負けじと全身から炎を噴き出す。リュオンは、膨大な水のエネルギーを蓄えた砲撃に自ら拳を突き入れ、凍結させる。

 威力は充分、だが……。

 

 

(……「オーバーヒート」でも相殺が精いっぱいかよ……!)

 

 

 いや、想定はしていたはずだ。相手は「伝説」。技の威力が普通のポケモンよりも遥かに強いのは当然だ。

 ヒードランの特性は「もらいび」。押しきれず、押されきれず。この威力が、きっと最適なはずだ。

 ……それに、現状で決定打を入れられずとも、勝機はある。オレじゃ倒せなくとも――――。

 

 

「――あの小僧が来るのを待っておるのか?」

「……!?」

「ぶぁ~かが! アサリナ・ヨウタを野放しになどするものか! 既にあやつらはレインボーロケット団の精鋭によって足止めされておるわ! あ、いや。とっくに始末されとるかもしれんのォ。フフヒヒヒャヒャヒャ!」

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 迂闊だった、とヨウタは自身の行動を恥じた。

 いくら事前に工場のことで釘を刺していても、アキラが直情的な性格であることは間違いないのだ。異変を感じ取れば持ち前の脚力で現場に急行し、ヨウタが到着するまでの時間を稼ぎに行く。当然と言えば当然で、現状で言えば最も被害を出さずに済み、かつ確実に敵を倒せる役割分担だ。

 

 だが「当然」、あるいは「自然」な思考であるが故に、その行動は読まれやすい。

 

 

「……噂をすれば影が差す、か」

 

 

 苦々しげに、ヨウタは呟く。彼の視線の先には、三人の男がポケモンを携えて立ちふさがっていた。

 

 

「左様。我らはゲーチス様の影」

「影が……刺す(・・)

「ここから先へは、通れぬものと見よ」

 

 

 ――ダークトリニティ。伊予市役所における戦いで遭遇した、レインボーロケット団の遊撃要員だ。

 彼らとは、結局本格的な戦いにはならなかったものの、その脅威についてはヨウタはよくアキラと朝木から聞かされていた。曰く、彼らの本質はトレーナーと言うよりも暗殺者である、と。

 

 ヨウタは何よりもまず、ポケモンたちをボールから出すことを優先した。たとえ人間では視認できないような攻撃であっても、ポケモンにとってはそうではない。身を守ってもらう必要があるのは、ヨウタ自身を含め四人。選出されたのは、速度に長けるワン太とモク太だ。

 

 ダークトリニティは、あのアキラと比べても見劣りしないほどの敏捷性がある。人間の範疇から外れている彼女と比較すれば、まだ人間として見ることはできるが――いずれにせよ、常人であるヨウタたちから見れば、超人と言えるだろう。

 最大の脅威は、その身体能力から繰り出してくる毒ナイフだ。捕縛する必要のあったアキラに対しては神経毒を用いたが、ヨウタやそれ以外の人間は捕縛対象ではなく「抹殺対象」――命に関わる猛毒を使ってくるのは確実だ。

 

 ヨウタは軽く周囲に視線を巡らせた。既に一度ダークトリニティと遭遇している朝木は、真っ先にニューラを出し、前に押し出すような格好で身を守らせている。そんな彼を白眼視しつつあるナナセは、アブソル(あぶさん)マグマラシ(まぐさん)の二匹を出し、いつでも次の行動に移れるように構えた。

 一番行動が遅れたのは東雲だが、彼の本職は自衛隊だ。まず周囲を見回し、自分よりも優先して守らなければならない存在――民間人がいないか、という部分に気を配る。しかしそれも一瞬のことで、東雲もすぐに朝木たちに追従して、特訓の中進化したカメールをボールから出した。

 

 

「みんな気を付けて! あの人たち、毒を塗ったナイフを投げて――モク太!」

 

 

 ヨウタの言葉を裏付けるようにして放たれたのは、夜闇に溶け込むように黒く塗られたナイフだった。

 モク太はその優れた視力でもって全てのナイフを捉えると、必要最小限の矢羽根を放ってそれら全てを撃ち落とした。

 

 

「流石に反応が早い」

「やはり貴様を相手にするのは骨が折れる」

「小細工は通用しないか……」

 

 

 ヨウタは内心で冷や汗を流しつつも、ダークトリニティに向けて不敵な笑みを浮かべて見せた。

 はっきり言えば、ヨウタとしてはこのまま立ち去ってくれるか、ないしはヨウタ個人のみに狙いを定めて他の三人は見逃してほしい、と考えている。

 ダークトリニティはいずれも手練れだ。それも、殺人に対して嫌悪も躊躇も持たない生粋の人殺しである。彼らを前にして三人全員を守り切れるとは、ヨウタは思えなかった。

 

 

(せめてクマ子がいてくれれば突破は難しくなかったんだけど……)

 

 

 生憎と、ダークトリニティの扱うポケモン――キリキザンに対して最も有効なタイプ相性であるキテルグマ(クマ子)は、ここにはいない。

 市民を守るという仕事を受け持っていることを考えてヨウタは即座にその後ろ向きな思考を打ち切ったが、こういった状況はアキラの方が向いているんじゃないか、という小さな愚痴は消しきれなかった。

 

 

「……刀祢さんは?」

「応答……ありません。爆発も聞こえましたし……戦闘中、かと……」

 

 

 ダークトリニティと相対して気を抜けないヨウタにも聞こえる程度に、東雲とナナセは言葉を交わす。元から携帯の扱いが巧くないアキラだが、ここまで連絡が無いというのもおかしな話だろう。彼女は工場で大立ち回りを見せながらも現状報告だけは怠らなかったのだ。腕に怪我を負っているという事情こそあれ、こうまで連絡が無いということは、それだけ彼女に精神的余裕が無いという事実を示していた。

 

 

「……う、うおお……」

 

 

 他方、朝木は逃げ場を探して周囲に視線を彷徨わせていた。

 が――見れば見るほどに逃げ場が無いことが分かる。それはダークトリニティの三人に隙が無いということ、のみならず。

 

 

「なんか囲まれてるんすけど……」

 

 

 三匹のキリキザンと、十二匹のコマタナ。ダークトリニティの総戦力と思しき強力なポケモンたちが、四人を取り囲んでいた。

 威嚇するような、チャキ、チャキという小さな金属音が断続的に鳴る。その音色を耳にするたび、朝木は委縮し続けていった。

 

 

「こ、降参ってのは……」

「ならぬ」

「殺す」

「皆殺しよ」

「アイエエエエエ……」

 

 

 小さな小さな、蚊が鳴くほどの声に反応してみせたダークトリニティの超人的な聴力とその返答に、朝木は思わず失禁しかけた。

 逃げ場はどこ……? ここ……? ニューラの後ろに隠れながらそんなことをブツブツと呟く彼へ、ナナセは白い目を向ける以外にできることがなかった。

 

 

「……そうさせないためにも、僕がいる」

「そうだ。貴様は『そう』なのだ」

「然り。それができてしまう人間よ」

 

 

 一歩前に踏み出して放ったヨウタの言葉を、しかしダークトリニティはしっかりと肯定した。これに驚いたのはヨウタの方だ。

 

 ――あの人たちが、戦力差を認めてる?

 

 ゲーチスのためになら捨て石になることを厭わないだろうダークトリニティだが、ではレインボーロケット団のために捨て石になれるかというと、それは違う。彼らはあくまで「プラズマ団の」ダークトリニティである。その認識が崩れることはまずありえない。

 現状、彼らはレインボーロケット団の命令で動いている。大きな戦力差がある――負ける可能性が高いと見れば、彼らは即座にこの場を放棄して逃走するだろう。事実として以前はそうしていたはずだった。

 だというのに、この対応。何かがおかしいとヨウタが疑問を呈した、その瞬間だった。

 

 

「故に我らも対策を講じた」

「――――それは!?」

 

 

 ダークトリニティの三人が新たに取り出したのは、上半分が紫に塗られた特別なボール。

 ――――マスターボール(・・・・・・・)

 

 

「ゆけ、ボルトロス!」

「トルネロス!」

「ランドロス!」

 

 

 瞬時に、ヨウタの眼前に雲が渦巻く。身体を裂きかねないほどの暴風(・・)が駆け抜け、やがてそこに三匹のポケモンが現す。

 

 一本角と筋骨隆々の青い肉体を持ち、全身から稲妻を放つポケモン――ボルトロス。

 深緑の体色をと二本の角を有し、周囲の大気の流れを操るポケモン――トルネロス。

 短く頑強な三本の角を持ち、尾の先から膨大なエネルギーを放つ橙色のポケモン――ランドロス。

 

 イッシュで語られる災害の化身――三匹の、「伝説のポケモン」だ。

 

 

 


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