携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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 三人称です。



疾風怒濤のトライアタック

 

 

 

 朝木が絶望に膝を折り、東雲は決死の覚悟を胸に前に出る。

 ナナセが必死に頭を回して打開策を練り上げようとし、しかし見つからずに顔を俯けようとする、その最中。

 

 ――ヨウタは、思わず浅く笑みを浮かべていた。

 

 

「――――は」

「……貴様」

「何がおかしい」

「よもや、狂ったか?」

「いいや」

 

 

 否定しながら、ヨウタはライ太をボールから出して三匹の「伝説」を見据える。

 いずれも体色こそ異なるが、ほぼ同一の外見を持つポケモンたち。彼らは「雷」、「風」、「大地」の、それぞれ強大なエネルギーを放ってヨウタたちを威嚇していた。

 ただ佇んでいるだけでも、普通のポケモンと比べればその強さは明らかだ。

 

 だが。

 だからこそ。

 

 

「……アキラの方に行かなくて、良かったと思って」

 

 

 ――その暴威がアキラのもとに向かっていれば、彼女は絶対に勝てなかった。

 そのことをよく理解しているヨウタは、この三匹の姿を見て胸を撫で下ろした。

 

 

「変わらぬ!」

「彼奴のもとへ向かった幹部・プルートの持つポケモンもまた『伝説』」

「そして我がプラズマ団が現代に蘇らせた『幻』……勝ち目は無い!」

「え、プルート?」

 

 

 と。

 その名を耳にして、朝木もこの場に来た、ダークトリニティ以外の人間が「誰」であるのかに気付いた。露骨なまでに嫌そうな表情をして見せるのは、プルートという男がどの媒体でもおよそまともな人間ではないと理解しているからだ。ゲームでは言うに及ばず、漫画でも終始人間として破綻した部分を見せつけている。あまり快い感情を覚える人間ではなかった。

 

 そして同時に、ああいった人間を見ると、本気で怒りを露にするのが刀祢アキラという少女である。

 ビシャスやバショウ、ブソンの末路を思い出した朝木は、プルートの辿る結末を想像して胸の前で十字を切った――が、そんな朝木の思いを他所に、東雲がその手を取って引き起こす。

 

 

「朝木さん、その人物はどんなポケモンを!? ご存じなら早く!」

「え!? 今それ必要!?」

「必要です……! ヨウタくんに分かるように、早く!」

「え、ぷ、プルートならヒードランだろ多分!? プラズマ団の幻ってんならゲノセクト!」

「だったら――大丈夫だ」

 

 

 ヒードランもゲノセクトも、伝説や幻という名に恥じないほどの実力を持つポケモンだ。

 ヨウタたちの世界でも、過去、ゲノセクトはプラズマ団のイッシュへの第二次侵攻に合わせて複数匹が戦いに投入され、猛威を振るっていた。逃げ出した個体もいるようだが、その消息は不明とされている。ヒードランは世界大会の上位入賞者の手持ちポケモンとして活躍した。少なくともそういった記録は残っており、ロトム図鑑にもこの二匹のデータは存在する。

 

 それは同時に、過去これらのポケモンたちが「普通のポケモンに倒されたことがある」という事実を示している。そうでなければ「上位入賞」などではなく、「優勝」という結果以外は許されないだろう。

 ヒードランは、イッシュ地方のリバースマウンテンやホウエン地方のひでりのいわとなどに生息していることが確認されており、雌雄の判別方法も確立されている。他の――グラードンやカイオーガといった災害そのもののようなポケモンや、ゼルネアスやイベルタルのような生態系そのものに干渉しかねない強大な力を備えたポケモンと比べると、まだ「対処可能」という範疇に収まることは間違いない。

 

 

「それならアキラは負けないように立ち回るさ。あとは僕がお前たちを倒して先に進めばいい!」

「思い上がるな、アサリナ・ヨウタ!」

「貴様の前にいるのもまた伝説……」

「この力、とくと味わわせてくれよう……!」

 

 

 口上と共に暴風が吹き荒れる。姿勢を低くしてもなお吹き飛ばされてしまいそうな威力を誇りながらも全力ですらない威嚇(・・)の最中――ヨウタは即座に三人に背を向けた。

 

 

「「「!?」」」

「モク太、『ハードプラント』!」

「クォォォァッ!!」

 

 

 爆発的な勢いで伸び行く樹木が、包囲の一角を担っていたコマタナを巻き込み、飲み込んで夜闇の中に消えていく。突然のヨウタの行動に驚きを露にしながらも、瞬時にその意図を察したナナセは自身にできる限りに声を張り上げた。

 

 

「――逃げます!」

「な……くっ!」

「ぃよっしゃぁぁっ!!」

 

 

 反応は三者三様。しかし、いずれもその行動は早かった。「ハードプラント」によって穿たれた包囲の穴に向かって一斉に逃げ込む。これに焦ったのは、場を任されているキリキザンだ。

 彼らはわずかにダークトリニティへ指示を仰ぐべく視線を向ける。その目が「追え」と言外に告げているのを認めると、三匹のキリキザンは即座にコマタナを率いて三人を追い始めた。

 

 

「ボルトロス、『かみなり』!」

「トルネロス、『ぼうふう』!」

「ランドロス、『じしん』!」

 

 

 驚きの声もヨウタへの問答も一切発することなく、ダークトリニティは即座に指向を切り替え、ヨウタに向けて最大の攻撃を放った。

 ランドロスの尾が大地に沈み込み、空に飛び立ったボルトロスがその身に纏う雲から電撃を放つ。また、それに合わせてトルネロスが大木すら捩じ切らんばかりの威力の暴風を巻き起こす。ヨウタが再び向き直るまでの一瞬を狙った、最大威力の三連撃――およそ、まっとうな人間であれば対処できるはずもないはずのそれは、

 

 

「――――」

 

 

 次の瞬間、耳を裂くかのような轟音と共に生じた爆発によって、三匹の攻撃は虚空へ消えた。

 周囲を薄く砂埃が覆って互いの視界を遮るが、ダークトリニティはそれを意に介さず、トルネロスに命じて風を起こして視界を晴らした。

 そうして彼らが目にしたのは――先程よりも、一回りは体格が大きくなったライ太(メガハッサム)。そして、輝くZクリスタルを口に咥えたワン太の姿だった。

 

 

「Zワザにメガシンカ……なんと、このタイミングで切り札を切るとは」

「思い切りの良さは認めよう。しかし――」

「息が続くか!? ランドロス、『アームハンマー』!」

「トルネロス、『おいかぜ』!」

「ボルトロス、『ほうでん』!」

「モク太、こっちも『おいかぜ』! ワン太は『ステルスロック』! ライ太、『かげぶんしん』!」

 

 

 ほぼ同時に発生した「おいかぜ」が、両者の間で絡み合うように荒れ狂い、爆発的な上昇気流を生み出す。

 直後、踊るように空を駆ける三匹のポケモンの道を塞ぐべく、無数の岩塊が浮かびあがった。更に、岩塊の裏から無数のライ太の分身が姿を現し、ランドロスに向けて殺到する。

 

 

「ボルルァッ!」

 

 

 しかし、それらの分身はボルトロスの全身から放たれた超高圧の電流によって瞬時に消し飛んだ。

 広範囲に渡る攻撃の余波で周囲の木々が水蒸気爆発を起こし、幹が破裂する。だがその最中、ダークトリニティはライ太の姿がどこにも無いことに気付いた。

 

 ――本体は……!?

 

 

「――『バレットパンチ』!」

「ドロッ!?」

 

 

 困惑の最中、背からエネルギーを噴射したライ太が「ステルスロック」によって形作られた岩塊を砕いて現れ――ランドロスの顔面に超音速の鋏を叩き込んだ。

 

 だが、ランドロスもまた伝説のポケモンである。頭こそ僅かに揺れるが、それだけだ。

 思い切り引いた右腕の筋肉が膨張し、空間そのものを抉り取るのではないかというほどの勢いで「アームハンマー」が放たれる。

 爆ぜた空気がライ太の甲殻を叩く。「伝説」としての並外れた能力を持つが故の、力任せの一撃。彼らの攻撃に技術などという野暮なものは必要無い。振るえば倒せる。伝説とは、そういうものだ。

 

 ランドロスは、己の力に絶対の自信を持っていた。伝説としてかくあるべしという自負であり、誇りである。事実としてそれに見合っただけの力を持つのは間違いない。

 だが――しかし。

 

 

「!?」

「――――」

 

 

 突如として、その自信は打ち砕かれた。

 振るわれたはずの剛腕が、受け流される。

 肘を曲げ、相手の腕を内側から「押す」ことによって僅かに軌道を逸らす、ごく簡素なブロッキング。たったそれだけのことで、ランドロスの一撃はライ太の顔面から外へと僅かに流される。ライ太自身もまた、ほんの僅かに頭を傾けることでその攻撃を皮一枚のところで回避して見せていた。

 

 一見すれば紙一重の攻防だが、何よりその攻撃を逸らされたランドロス自身がそうではないことを自覚する。

 極限まで無駄を省いた効率的な動作。ランドロスの常識外れの速度を見切ることのできるだけの動体視力と戦闘経験。そして何よりも、濃密な鍛錬によって練り上げられた膂力と戦闘技術……あるいは、その力は「伝説」たる自身に伍するほどのものがあるのではないか?

 

 ほんの一瞬、たった一瞬の攻防でありながら、ランドロスにとってその事実を認識するには充分なものだった。

 そしてその認識は、ボルトロスとトルネロスを統括する力を備えた豊穣の神として謳われるランドロスの自尊心をひどく傷つけるにも、また充分なものだった。

 

 

「ドロロルラァァァァァァッ!!」

 

 

 故に、ランドロスは激情のままに腕を振るった。

 神を打ち落とさんとする不埒者を誅殺せんと、その剛腕を更に膨張させ、「アームハンマー」という技の枠組みに当てはまるかすら危うい怒涛の乱打(ラッシュ)を放つ。

 それを見てライ太は、僅かにあとずさりかけ――。

 

 

「ライ太、『むしくい』!」

「――――!」

 

 

 

 ――思考するよりも先に、その背を彼の相棒(パートナー)が押した。

 信頼を寄せる少年。兄弟同然に育ったトレーナーの言葉は、「次の行動」を躊躇うポケモンたちの背を押し、そのポテンシャルを限界まで引き出していく。

 ライ太はただ、培った技術と力のまま――その腕を、全力で振るった。

 

 

「ムゥァァァァッ!!」

 

 

 全力のランドロスの乱打を一つ一つ捌き、弾き、逸らす。人間には――アキラを除けば――到底まともに認識もできない、残像によって同時に数百もの腕が飛び出してくるかのような拳の嵐。しかし、同等のレベルにまで鍛え上げられたライ太(ポケモン)にとって、それはただ振り回しているだけの、言わばそのままの「野生の動き」に過ぎない。

 練り上げ、高め、己の肉体に刻み込んだ「強者を打倒するための技術」を前に、ランドロスは完全に翻弄されていた。

 一瞬一瞬の交錯の中で鋏が開閉し、ランドロスの腕が、体が、文字通り「むしくい」の如く抉り、削られていく。ライ太の外殻もまた、ランドロスの常識外れの剛力によって発生した衝撃波に叩かれ僅かに歪んでいるが、ランドロスのそれと比べればはるかに軽傷と言えるだろう。

 

 

「おのれ、これ以上はやらせん! トルネロス、『ぼうふう』!」

 

 

 指示に合わせて、トルネロスが両腕を掲げる。荒れ狂う大気が塊となって渦を巻き、見る間にトルネロスの身の丈ほどの球状にまで凝縮される。

 

 

「トルルゥゥァァッ!」

 

 

 鳥のような鳴き声と共に、球体が一直線にヨウタに向けて解き放たれる。

 進路上のあらゆる物体をなぎ倒し、巻き込んで圧壊させる。触れれば人間などは瞬時に粉みじんになって死ぬだろう。

 

 

「ワン太!」

「ガウァッ!!」

 

 

 そこへ、「ロックカット」によって身軽になったワン太が、ヨウタの服を咥えてその場から離脱する。

 球体が直撃した地面はそのまま爆音と共に抉り取られ、周囲に膨大な土砂と瓦礫を撒き散らした。ヨウタもその影響からは逃れられず、腕で顔を覆って目を守る。だがそれは同時に彼の視界を狭める結果となり、その機を待っていたダークトリニティは即座に命令をボルトロスに飛ばした。

 

 

「『かみなり』!」

「ボルルルルァッ!!」

 

 

 先に放った「ほうでん」以上の威力を有した雷撃が、ランドロスとライ太へと向けられる。

 大気中の水分が弾けて消し飛ぶほどの威力でありながら、じめんタイプでもあるランドロスには一切の効果は無い。

 一方的に放たれんとする猛威にヨウタは僅かに目を細め、

 

 

「『ハードプラント』!」

 

 

 ――しかし、本来は攻撃として用いられるはずのそれを避雷針として用い、危難を脱した。

 轟音と共に、天を衝かんばかりに成長した樹木が焼け落ちる。そうしてで生まれた一瞬の間隙の中で、奇しくもヨウタとダークトリニティは同じことを感じていた。

 

 

(――流石に)

(強い――)

 

 

 強い。忌々しいほどに。

 その技術も心胆もただのトレーナーと隔絶したものを持っている。

 

 ――やはり、この少年は危険だ。

 

 ポケモンの鍛え方もさることながら、彼自身の精神力もまた驚嘆に値する。

 ただ戦うことだけなら誰でもできるだろう。ヨウタと同等の力量を持つトレーナーというのも、世界を見渡せばそれなりにはいるものだ。

 だが、あの幼さすら感じるほどの年齢でとなると話は変わる。トレーナーとしての役割に徹し、確実に死に至るであろう攻撃を前にしてなお冷静に次の一手を指し示す。恐怖を感じていないのか、どこかに置き忘れてきたのか――いずれにせよ、あの年頃の少年と考えれば異質だ。いっそ異常とすら呼べる域にある。

 

 いったい彼はどれほどの修羅場をくぐってきたのか? それだけの実力が必要になる環境とは? 疑問は尽きないが、アサリナ・ヨウタという少年がその年齢に不相応な精神力と相応の成長性――そして何よりも、間違いなくサカキに伍するほどの実力を兼ね備えていることには違いない。

 このまま放置していてはいけない。ゲーチスの隠れ蓑となりうるサカキを倒し、ゲーチスにまでその刃を届かせるかもしれない彼だけは。

 

 

 ――この少年はここで殺さなくては!

 

 

 他方、ヨウタもまた、伝説のポケモンたちを操るダークトリニティの実力に舌を巻いていた。

 一人一人を相手取るなら付け入る隙はいくらでもある。だが、ヨウタが相手にしているのはあくまで三人。一人の死角を突こうとしても、残る二人がそれを埋めていく。慣れない三対三(トリプルバトル)ということもあって、ヨウタの精神はジリジリと削られていた。

 Zワザを使ったワン太と、究極技を連発してしまったモク太の疲労も色濃いうえ、遠方で幾度となく火炎が噴き上がる度に焦燥感に苛まれる。

 

 攻撃を受けている、ということは、まだアキラが無事であるという証拠だ。だが、いずれはそれが止むかもしれない。今の一撃がそうかもしれない。そう思うとヨウタも内心焦らずにはいられない。

 ライ太の戦いぶりは凄まじい。元の世界で培ったものとこちらの世界に来てから学んだもの、二つの戦闘技術を融合することで、生物として格上であるランドロスを翻弄している。このまま時間をかけて戦えば、勝利も決して非現実的ではない。

 

 ――が、時間をかけてしまえば、今度はアキラの方がもたない。

 あまりに厄介な状況だ。気を抜けばヨウタのポケモンたちも即座に全滅しかねないほどの猛威に晒されては、一気呵成に攻めるというのもリスクが大きい。

 では、ヨウタがダークトリニティの三人を倒すまでアキラが場を保ってくれることに賭けるべきか? ――それも不可能だ。いくら彼女が強く、そのポケモンたちも成長目覚ましいとは言っても、伝説のポケモンを相手にするには未だ力不足だ。何としてでもこの場を突破し、何かしらの救援を送らなければならない。

 しかし、この三匹のポケモンを放置しておくことだけは絶対にできなかった。そうしてしまえば、アキラのいる戦場に乱入することも、朝木たち三人を追って殺すことも容易にできてしまう。

 

 

 ――この人たちは、ここですぐに倒さないと……!

 

 

 そうと決めてしまえば、ヨウタはもう迷わなかった。

 

 

「みんな、下がれ!」

「!」

「何……!?」

 

 

 ヨウタの指示に従い、トルネロスと空中戦を繰り広げていたモク太とランドロスを追い詰めにかかっていたライ太が前線を離れ、彼のもとに戻っていく。

 そのままヨウタは何事かをモク太に言づけると、常に身に着けていたバッグに手を入れた。

 

 

「……何かするつもりだろうが! ボルトロス、『かみなり』!」

「機先を制し、潰させてもらおう! トルネロス、『ぼうふう』!」

「戦場で敵から目を離すとは未熟な! ランドロス、『だいちのちから』!」

 

 

 伝説のポケモンたちの攻撃が放たれんとする中、ヨウタが手に取ったのは八つ目(・・・)のモンスターボール。

 本来なら、サカキとの戦いや各組織の首領格との戦いに備えて隠しておくはずだった、正真正銘――――最後の切り札だ。

 

 

「――もう、どうなっても知らないぞ」

 

 

 一言、警告のように言葉を紡ぎ、ヨウタはボールの開閉スイッチを開く。

 一瞬の間隙が生まれ、モンスターボールの奥から光が瞬く。

 

 ――――そして、けたたましい雄叫びと共に、周囲一帯を焼き尽くすほどの雷が大地を貫いた。

 

 

 







GUZUMA「アローラの風習って……醜くないか?」
(試練でぬしポケモンの攻撃や環境の過酷さで死にかける後輩トレーナー(ヨウタ)を見ながら)



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