三人称です。
ポケモンと人間の能力差は歴然だ。
人間の限界を遥かに超えるほどの身体能力を持つアキラですらその原則からは逃れることはできてはいない。ポケモンが鍛えられていればいるほどその差は開き続けるものだ。
――まして、一般人である朝木たちにとってみれば、その能力差は天と地ほどに離れたものになる。
「ギエエエエエエエエエエ!!」
朝木の珍妙な悲鳴が夜の道に響く。
耳障りな音響がコマタナの怒りを買い、その腕の刃が
「『かえんぐるま』!」
「マグッ!」
「――――!」
――首に触れるその寸前、火炎を纏ったまぐさんの突進によってコマタナは吹き飛ばされることとなった。
「朝木さん、下手に叫べばそれだけ狙――カメール、『こうそくスピン』!」
「カメェェーッ!」
「ぬわーっ! また俺ェェ!?」
「ニュラッ!」
再び、挟み込むように攻撃を仕掛けてきた二匹のコマタナを、甲羅に潜って高速回転したカメールが吹き飛ばし、ニューラの放った「こごえるかぜ」が二匹を地面に縫い付けるようにして凍り付かせる。
数秒……長くとも十数秒あれば即座に抜け出してしまう拘束だ。だがそれでも、今は一分一秒でも時間を稼ぐ必要があった。
「……ヨウタくんたちのところへは……」
行かせない。と、声こそ無かったが、ナナセのその意志を酌んだあぶさんの目が一瞬輝きを放った。
「幸い、あのキリキザンは我々に攻撃をしようという気は、今のところ無いようですが……!」
「ちげーよアレはコマタナに獲物を追い詰めさせてんの! あいつらトドメ刺せると思ったら即動くぞ!」
「……なら、余計に……このまま、では……っ!?」
ナナセが懸念を抱いたその時だった。先程まで彼らがいた方角から、吹き荒れる風と共に轟音が響いて来る。
それは、ヨウタとダークトリニティとの戦いの余波だった。トルネロスの放った「ぼうふう」――アキラが飛び出した原因となってしまったそれが、僅かに三人の意識を逸らしてしまう。
そしてそれを逃さないコマタナたちではなかった。一斉にニューラに向かって飛び掛かって彼女を引きはがすと、完全にフリーになった朝木を狙い再びコマタナがその首に向けて飛びこんだ。
「――――!」
「カメッ! ガッ!!」
「ニュッ!?」
「カメール!」
それを阻んだのは、他ならぬカメールだ。首を引っ込め、そこから水を噴射することで高速で移動することで朝木を庇い切って見せたのだった。
しかしそれを成し遂げた代償は大きい。渾身の「きりさく」を受けた甲羅は裂かれ、大きく溝が穿たれてしまっていた。
その結果を目にして、朝木は――しかし、「このままじゃ死ぬ」という焦りの感情しか得られなかった。
彼には優れた身体能力は無い。危機的状況にあってなお冷静に考えられる能力も無い。緊急時を想定した訓練など積んでおらず戦術眼があるわけでもない。そして何よりネガティブ思考だ。彼はどこまでも「ただの人間」でしかなかった。
「ニュアァッ!!」
自分に代わって守りに入るなんて、余計なことを。そう思いつつも、ニューラはコマタナに対して強い怒りを覚えていた。
トレーナーが「アレ」ではあっても、ニューラも日々の訓練には積極的に参加している。その中で、アキラやヨウタ……そして東雲のポケモンとも交流を持ち、親交を深めていた。友が傷つけば、怒りもする。
「こうそくいどう」による脚力強化で一気にコマタナの背後に回り込んだニューラは、そのまま「だましうち」の一撃を放つ。狙い違わずコマタナの後頭部に入った一撃は、その頭を揺らし――それでも、倒れない。
「ニ゛ュラッ!?」
「ニューラ!?」
そして、振り向きざまに放たれる「メタルクロー」。一匹だけではない。周囲にいたコマタナもまた、囲むように、群がるようにニューラに襲い掛かる。さながら鳥葬のような様相を呈したその光景に、東雲は思わず声を上げかけた。
「このままでは――!」
本当に殺される!
悲鳴じみた心の叫びが漏れ出ようとしたその時、先に動いたのは――朝木だった。
ほぼ無意識的にホルダーからボールを引き抜き、コマタナの隙間を抜けてレーザーを届かせる。それはあるいは、元医療従事者としての直感だったのか、それとも臆病ゆえの本能か。いずれにせよ。
(……朝木さんはもしかすると、俺たちの中の誰よりも、土壇場での危機管理能力に優れているのかもしれない……?)
逆に言うと、平時ではそれを発揮する機会は得られない上に、危機的状況に陥らなければまず発揮されない能力ということでもある。
状況の維持には向いているが、逆転には一切寄与しない。仕方がないこととはいえ、この状況でそんな才能を開花されても、という辛辣な思いを東雲は止めきれなかった。
「くっそ……ツタージャ、頼むっ!」
「タージャ……」
「……やはり……数の差を覆すのは……しずさん」
「ク」
ニューラに代わってツタージャを出した朝木。彼に合わせて、ナナセはしずさんを追加でボールから出した。
頭数も、
「……しずさん、仕方ありません。そろそろ……」
「ク」
「どうしたのですか」
「……ずっと、進化を止めてもらっていて……」
なるほど、と周囲へ巡らせる視線を止めないままに東雲は頷く。
幹部格との戦いにおいてはもっぱら
「フゥゥ……ッ!」
「――!」
「マグッ!!」
「――――!」
地面に降り立ち、メキメキという音と共に輝きを放ちながらその身を巨大化させていく
この場にいる他のポケモンたちと比べれば比較的に鍛えられた二匹ではあるが、それでもこれだけの集団を相手に守り切るのは非常に難しい。そうなれば、コマタナたちがあぶさんのもとへ殺到するのはごく自然なことだった。
(――――読んでいます)
が、次の瞬間、コマタナたちの足元が爆散した。
砕かれたアスファルトが礫となってコマタナたちへ押し寄せてその身を叩く。何匹かはその勢いに負けて吹き飛んでいった。
エスパータイプの技、「みらいよち」。数十秒前にあぶさんが放っていた技だ。本来、あくタイプのコマタナたちには効果が無い技だが、それによって発生する余波――衝撃などを防ぐことはできない。ポケモンたちにとってそれは傷にすらならない程度のものだが――。
「グモぉン…」
――時間を稼ぐには充分だった。
体高2メートル弱。その巨大さはこの場にいるポケモンの中でも随一だ。コマタナもまた、その威容に一瞬、立ちすくんでいた。
「――!」
「……! しずさん、『バブルこうせん』……!」
「ク」
そんなコマタナの様子にしびれを切らしたのは、キリキザンだ。コマタナとは比べ物にならないほどの速度で地を駆け、瞬時に
紫に色づいた生体エネルギーを、持ち前の鋭い刃に這わせた「つじぎり」。より高まった切れ味を持つそれがしずさんの水泡に触れ――――爆発的な勢いで飛び出した無数の泡に絡め取られ、凄まじい勢いで宙を舞った。
「! 朝木さん!?」
「え、何!?」
「……ツタージャさん、『つるのムチ』……!」
「ツータッ!」
朝木に代わって発せられたナナセの指示に頷き、ツタージャは勢いよくキリキザンを捕まえ――そのまま、地面に叩きつけた。
鈍い金属音が周囲に響き、頭から勢いよく落とされたキリキザンの身体が地に沈む。あまりの衝撃に脳が揺れ、気を失ったようだった。
「……残るは……十……二匹」
「あんだけやって三匹って嘘だろ……」
ニューラは戦闘不能。カメールも、傷の深さによっては戦闘の継続は困難だろう。その上、キリキザンは未だ二匹が残っている。彼らは、もはや同じ手は食わないとばかりに重い腰を上げて、揃って前線へと歩みを進めていた。
ふと東雲が空を見れば、黒雲から莫大な威力の雷が、ヨウタのいるであろう場所に落ちていくのが見えた。どれほどに凄惨な戦闘なのか。想像するだけで東雲の背を汗が伝い、朝木の膀胱が悲鳴を上げる。
ナナセは依然として状況を冷静に判断しようとしていたが、どれだけ考えても「最悪」という以外に例えようはなかった。
キリキザンのレベルは推定50オーバー。アキラであれば苦戦しながらも撃退できるものだろうが、東雲と朝木、ナナセの三人では、先程のような奇襲と偶然に頼らない限りは到底倒すことなどできはしないだろう。
決定力が無い、というのは「こちら」の世界のトレーナー全員が抱える共通の問題だ。
アキラにとってのギルのような例外こそあるが、大半の人間はポケモンを鍛えるような時間も、あるいは強いポケモンを仲間にするような余裕も与えられていない。
ヨウタやアキラのようなイレギュラーさえいなければ、武力を用いた侵略としては完璧に近い作戦だったと言えるだろう、とナナセは内心で評した。相手がしたっぱならともかく、幹部格が手ずから育て上げたポケモンを相手にすれば、そのことはより強く実感できる。
(……あの二人は、今後の戦いの鍵です)
ならばこの一連の戦いは、ヨウタとアキラの存在こそが鍵となる。
そう確信したナナセは、あるいは自分が今ここで犠牲になるとしても確実にこのポケモンたちを仕留めるための方策を練り始め、
「『れんごく』ーっ!!」
――――横合いから飛び込んで来た赤黒い火炎弾によって、その方策は数匹のコマタナ諸共に吹き飛ばされた。
「なにっ!?」
「なっ……なんだあっ!? 『れんごく』!?!?」
突如として飛び込んで来たその言葉に東雲が臨戦態勢を取り、朝木が恐慌状態に陥る。
そんな彼らをよそに闇の中から姿を現したのは、融解したような片角を持つ、尾無しのヘルガーだった。
「オアアアアアアアアアア!!!?」
――知っている。俺はこのヘルガーを知っている!!
朝木の心が悲鳴を上げる。その特徴は紛れもなく、先の戦いでアキラが倒した、ビシャスの操るヘルガーのそれと同じものだったからだ。
同時にここで、彼の脳は更なる混乱に陥った。
(いや待て、女の子の声!?)
「れんごく」の指示を下したその声は、間違いなくビシャスのものではなかった。女性の――それも、若い、少女とも推察できるほどに幼さを残したものだ。
そうしてヘルガーに続いて闇の中からこの場に駆け込んできたのは、ヨウタと同年代ほどであろう赤毛の少女だった。
(((誰!?)))
自衛隊――では、当然ありえない。
レジスタンス――にも、該当する者はいない。
となれば当然、正真正銘ただの一般人ということになるのだが、そうなるとなぜ彼女がビシャスのヘルガーと一緒にいるのか? という話になる。
三人が三人共に困惑と混乱の渦に叩き込まれる中、少女はビシッと片腕を挙げてポーズを決めた。
「天が呼ぶ地が呼ぶあと何だっけ忘れたっ!
この時、三人は即座にこの少女がただのおバカな一般人であることを確信した。
(――――どうする!? 彼女は何者だ!? どこから来た!? 避難指示を行うべきか!? いや、だとして聞くか!? すぐに守りに行くべきか!?)
(なんかあの
(コマタナの推定レベルは30から35、キリキザンは50オーバー。ここまでの戦闘のダメージでコマタナの体力が相当量削られていると仮定するとあのヘルガーのレベルも推定35前後。倒れたコマタナは4匹、残りは8匹――こちらの戦力は現状5匹、戦力を拮抗させるには……)
混乱を深める東雲。混乱がオーバーフローした結果呑気なことを考えて精神の安定を図ろうとする朝木。対して、ナナセの思考は、戦況が変化したことで混乱が降り切れて逆に冷静になっていた。
「……全員! 指示できる範囲で……ポケモンを、出してください……!」
「! 了解……!」
「オッケー!」
そう言って、ナナセは追加で最後のボールを取り出してもんさんを出す。続くように東雲もカメールをボールに戻し、代わってワシボンとクヌギダマをボールから出した。朝木はツタージャを出したそのまま。少女は――それに応じて、更に二つのボールを取り出した。
(あれは……!)
既存のモンスターボール、そのいずれにも
通常のモンスターボールの1.5倍はあろうかという巨大さに加え、メカニカルな機構がそのまま剥き出しになったという異質な外観。
一つの技術として確立され、洗練されていった「あちら」の世界のモンスターボールのそれとは明らかに異なるそれを見て、現状とは別にナナセは確信を得た。
――――この世界産のモンスターボールが完成した、と。
「ロン! メロ! 行くよっ!」
少女が繰り出したのは二匹、全身を緑色の殻で覆ったポケモン――ハリボーグと、巨大な二本の腕を持つ、青いポケモン――メタング。
どちらも、東雲やナナセのポケモンよりも育っているだろうことが推測できるほどにエネルギーに満ちている。この三匹のポケモンが、この戦いにおける主力となることは明白だった。
「……戦術を練り直します……! あなたは、コマタナを……我々は、キリキザンを足止めします!」
「うん、分かった!」
「嘘ぉぉぉぉ!? ちょ、キリキザンは無理だろ!?」
「できなくともやるんですよ! 今の我々には数の差で押し切る以外の手が無い! クヌギダマ、『ステルスロック』! ワシボン、『ねっぷう』!」
「ダーマッ!」
パワハラァ! などと悲鳴を上げる朝木をよそに戦況は動く。
クヌギダマが生成する無数の岩がコマタナとキリキザンとを分断し、ワシボンの放つ熱風がキリキザンたちの視線を引く。ワシボンの能力の関係上、威力はたかが知れている程度ではあるが、それでも「不快感」というものは必ず付きまとう。
「く、くそぉ……ツタージャ、『グラスミキサー』!」
「……しずさんは『クモのす』、もんさんは『わたほうし』、まぐさんは着火用に『ひのこ』、あぶさんは『ちょうはつ』を……」
そこへ、吹き出した竜巻が鋭い切れ味を持った木の葉を伴ってやってくる。周囲にはしずさんが蜘蛛の巣を張り巡らせ、そこにもんさんが大量の綿を注ぎ込む。
まぐさんが着火役として糸の根元から火を吹きこみ――そこへ、あぶさんの「ちょうはつ」によってキリキザンたちが突撃を敢行した。
「ウチらもやるよ、ルル、ロン、メロ! 『かえんほうしゃ』と『バレットパンチ』、『タネばくだん』お願い!」
「ウオオオオオンッ!」
「ハリハリッ!」
「――――――!!」
その間に、少女は自らポケモンたちと共に前線に飛び出した。自然、コマタナの狙いは少女に絞られていく。
彼女を殺せば、ポケモンたちの統率を取る者はいなくなるのだ。狙わない手は無い。
――それを理解しているが故か、あるいは無意識の行動か。
いずれにせよ、彼女のポケモンたちはその事実をよく理解していた。
「何じゃあの子!?」
「立ち回り方が刀祢さんと似ている……! なんて危険な……」
「……あなた、名前は……!?」
「ウチ!? 今じゃなきゃダメ!?」
「こちらから指示ができません……!」
そりゃそっか、と少女は頷き、滑るようにコマタナたちの放つ「あくのはどう」などの遠距離攻撃を躱して応じる。
「――
「「「は!?」」」
――しかしながら、その回答が爆弾になるとは、誰が思ったか。
その衝撃は、三人の頭から一瞬全ての思考を奪うほどのものだった。