一部三人称です。
心臓が二つに増えたかのように、動悸が激しさを増す。
爆発的に増えた血流が全身を巡り、口から温い液体が止めどなく滴り落ちる。
――けれど、立つ。立って、前を見る。
指示を行うべき人間がいなくなったことで、ヒードランは半ば暴走状態に陥っている。放っておいても力尽きるかもしれないが、それまでに出る被害は、ヤツが伝説のポケモンであることも相まって計り知れないほどになるだろう。良くて火の海。悪くすれば……この一帯は溶岩の海に沈む。
奇しくもオレが発案した「トレーナーを闇討ちして無力化する」作戦を否定したヨウタの言葉がそのまま証明されたような形だ。
ベノンを一旦ボールに戻す。戦うにしても、どくタイプ以外の技をほとんど持たないベノンでは、今戦うのは難しい。
「――行くぞ」
誰にともなく呟いたその言葉を皮切りに、砕き割れんばかりの勢いで地を蹴り、リュオンが前に出た。
宙にたなびく蒼い炎が、はっきりとその軌道を示している。
……あまり良くない兆候だ。本来、体表で留め置くべき波動が外に漏れ出している。
ダメージが相当蓄積していることの証拠だ。キーストーンを通じて「繋がって」いる今、その怪我の酷さはただ見るよりも克明に理解できる。
オレ自身の体力も限界に近い。こうなると――短期決戦、今はそれ以外に手が無いだろう。
「チュリ、『いとをはく』!」
「ヂュッ!」
この手の戦いではもはや恒例と化した牽制。それは、出会った当時のものと比べると質も量も遥かに向上している。当たりさえすれば、ヒードランでも一瞬は動きが止まるはずだ。
しかし当然、ヒードランの側がそれを看過するはずもない。その場で足踏みするように鋼鉄の前脚を振り下ろすと、それに合わせてヒードランの足元から多量のマグマが噴き出して渦を巻く。むしタイプの生体エネルギーで織られた糸を焼くつもりだろう。
だが。
「『きあいだま』!」
「ルゥゥアアアアアアアアッ!!」
空気が凝縮し、波動が混ざり込んだ球体を形成する。
推進力は――その拳だ。殴り放たれた蒼白い球体は、進路上の物体全てを薙ぎ払って進み、ヒードランの背部の甲殻にブチ当たって消滅した。
くそ、やっぱり狙いが甘いか……!
「ゴバアアアアアァァァッ!!」
「ッ、正面!」
これに業を煮やしたのはヒードランだ。コケコにボコボコにされたことで体力もだいぶ削れているのだろう。
怒りのまま放った炎を、横に転がって避ける。プルートが倒れてるのは……ヒードランの向こうだ。曲がりなりにもあいつはプルートに「守れ」と命じられている。ボールの強制力か、それとも伝説のポケモンとしてのプライドか……いずれにせよ、命じられた以上、倒れるまでオレたちを通す気は無いようだ。
律儀に守ってやることも無いだろうに。文字通り煮るなり焼くなりしてくれた方が楽だったんだが。
……とはいえ。
(ヤツの特性は、だいたい読めた)
今も地上に滲みだしているあの溶岩。あれは恐らくヒードランの「伝説のポケモン」としての能力だ。
グラードンもマグマを噴出させていたが、あれは「大地を創る」能力の副産物。ヒードランの場合は自身の
このまま放置しておけば、いずれこの場所は溶岩を噴き上げる「火口」と化す。そうなれば、溶岩に潜ることもできるヒードランに手出しはできなくなるだろう。
その前に、決着をつけないといけない。
短期決戦どころじゃない。こうなると「超」短期決戦だ。こっちも限界だが、ヤツも限界近い。全力でブチ当たれば倒せるはずだ。
それができるのは――――。
「リュオン!」
「! ……!?」
キーストーンとメガストーンの「つながり」によってオレの意図を察したリュオンが、驚きの表情を浮かべ、しかし即座に
オレの掲げた手にリュオンの拳が打ちつけられ――直後、リュオンの放つ波動の量が倍増する。
「ッ……」
同時に、全身の力が抜けてその場に倒れ込む。
ギリギリで動けるかどうかという量だけ残した、波動の譲渡。この状況においては、文字通り「最後の切り札」だ。これをしてしまえばオレはもうほとんど動けないし、リュオンも全て出し尽くして動けなくなるだろう。
「……波動……全ッ……開……!」
「オオオオオォォォオオォォオ――――ッッ!!」
血を吐かんばかりの咆哮と共に、激流のような「はどうだん」――波動の嵐が放たれる!
「ゴオオォォォォ!?」
ヒードランが吐き出す火炎諸共に飲み込み、蒼い炎と稲妻が荒れ狂う。
地面を削り、周囲に暴風と破壊を撒き散らす爆発的な光の奔流。
――しかし、その最中にあって、ヤツは倒れない。
「ボゴオオオオオオオオォォォォッッ!!」
――「マグマストーム」。
伝説のポケモンとして、僅かに残った体力全てをつぎ込んだ全力全開の一撃が、波動の嵐を押し返していた。
「っ……わ、ぐ……!」
「ヂュ――――……!」
二つの苛烈な「嵐」が押し合い、突風が生じる。吹き飛ばされかけるのを地面に伏せて必死にこらえていると、一瞬そのことを察知したリュオンが焦った様子で振り向きかけた。
「振り向くな……!」
「――!」
大事なのはただ一点。ヤツを倒すことだけだ。
オレたちのことは、今はいい。遠慮も躊躇も要らない。今ヒードランに向けている意識を途切れさせれば、すぐに形勢はあちらに傾いてしまう。
だから――「全力でやれ」と、視線で訴えかける。
そして、直後。残された気力と体力、精神力と生命力……その全てを余さず振り絞るように、放たれる波動の量が一気に倍増した。
後のことは一切考えない。ここで倒れてもいいと――そんな感情が、キーストーンを通じて流れ込んでくる。……「後のことは任せる」、とも。
「ゴ……ゴボボ……」
――そしてついに、その瞬間が訪れる。
蒼と赤、
「ル――ガアァアァアアアァァッッ!!」
その綻びを、リュオンは見逃さない。
ヒードランの
脚が持ち上げられ、身が浮かぶ。莫大な量の波動と稲妻に晒され、外殻が軋みを上げる。
「ゴボボーッ!」
だってのに、まだ倒れやしない!
クソッタレ、そんな悲鳴を上げるんならとっとと倒れろよ!
リュオンはもうとうに限界を超えてしまったらしく、メガシンカも解除されてその場に倒れ伏してしまっている。もう打つ手は無いのか? このままこいつにやられるだけか――――?
(――――いや!)
さっきまでビクともしていなかったヒードランが、今は動いている。
先に創り出した領域から無理矢理に退かされたことで、プルートのもとに向かう道ができている!
チュリなら行ってボールを取ってきてくれるか……? いや、ダメだ。身体の大きさから考えると、どんなに頑張っても取って来れるのは一つ。ベノンも同じ……というか、まだこっちの常識だってはっきりしてないんだ。ボールを持って来てくれと言って別のものを持って来てもらっても困る。オレが行くしかない。
「……ベ、ノン……!」
「ベ、ベノッ!?」
全力で……けど、余力が一切残ってない中ではほとんど動きもしない腕を無理やりにでも動かし、再びベノンをボールから出す。
早く……早くしないと、もうこんなチャンスは訪れない!
「……オレを、あっちまで……ブッ飛ばしてくれ……!」
「ベノォ!?」
いくらなんでも唐突に過ぎたか、オレの申し出にベノンは大きく首を横に振った。
けど今はもうこれしか手が残って無いんだ! リュオンもチャムもギルも戦闘不能、チュリはオレを運ぶような力は無い。けど、ベノンが毒の噴射する時の威力は、それこそ人ひとり吹き飛ばしてもまだ余りあるほどのものだ。ウルトラホールを通って来た時に纏うことになった、能力を増強するオーラがそれを実現してくれている。
「早く……!」
「ベ、ベノノ……」
必死になって訴えかけると、ベノンも不承不承ながらに頷いてくれた。
「……今だ……!」
「ベビュゥーッ!」
「がッ!!」
合図を出したその直後、凄まじい衝撃が体を貫いた。毒性を極限まで抑えて接触面積だけを大きく拡げた「ようかいえき」だ。
最悪の飛び心地で血反吐を撒き散らしながら――着地。いや、墜落する。全身をしたたかに焼けた地面に打ち付けながら、それでもオレは確実にプルートの倒れた場所へとたどり着くことに成功した。
「こ……の……っ」
白衣を引き千切り、その奥に隠しているモンスターボールがいくつか露になる。マスターボールが二つ、モンスターボールも二つ。マスターボールはいずれも空になっているが、片方は反応が無い。どうやらゲノセクトのボール……だった、らしい。
ヒードランのものと思われる、まだ反応がある方のボールを奪い取ってヒードランに向ける。
「戻……っ! ……!?」
ボールの格納用ボタンに手を触れて押し込む……が、固い! このクソジジイ開閉ボタンロックしやがった!!
力尽くで……いけるか!? いや、いくしかない! もう握力は無いが、それでもやる以外にない! リュオンがやってくれたんだ。トレーナーのオレがそれに応えなくってどうする!!
「ううう……ああああァァァーッ!!」
直後――ガチン! と。
全力の……握撃とも指弾とも取れるような威力のそれが開閉スイッチを貫き……ロックが、解除された。
レーザーが一直線にヒードランに向かって飛び、その巨体をボールの中へと収容していく。ぐぐ、という僅かな抵抗の後……小さなロック音がして、動きが止まった。
「止まっ…………た……」
さっきまでひどくうるさかった戦場は、今はただ風が吹き抜けるだけの更地と化している。
そのことを認めると――ぷつりと、何かが切れる音が聞こえて、体中の力が抜けた。
(あ、これダメだ)
血を流しすぎたし、緊張の糸が完全に切れた。流石にもう立てないし、動けない。
心はまだ戦うつもりだけど、どうしても体がついてこない。もしかしたら、まだ増援があるかもしれないじゃないか。動けよ、オレ。
そう考えても、やっぱり体は限界で。指一本も動かすことはできず。
――やがて、血の海の中で意識が途切れた。
〇――〇――〇
その時、彼らは天高く登る蒼い光の柱を目にした。
ほんの一瞬のことだった。遠方……アキラとプルートが戦っているであろう場所から放たれたその光は、紛れもなくルカリオの放つ「波動」のそれと同じもの。
それを目にしたヨウタはアキラの勝利を確信し、ダークトリニティの三人はこれまでヨウタには見せてこなかった焦りの感情を示し始めた。
「!」
「まさか……」
「あの少女とプルートか!」
「向かわねば――」
「っ、させるか! コケコ、『ブレイブバード』!」
「コケッ、コォォォ――――ッ!!」
「トロアァ!?」
背を向けたその一瞬を突いて、カプ・コケコが飛ぶ。稲妻のような速度で顔面を打ち抜かれたボルトロスは、小さく悲鳴を上げてその身を地面に落とした。
「ライ太、『バレットパンチ』! ミミ子は『シャドーボール』!」
「鬱陶しい……!」
次いで、メガシンカを解かれながらも未だ問題無く立っているライ太が、トルネロスにその鋏を打ち付ける。
更にもう一撃――ライ太の頭上数ミリを掠めていくようにして、黒い球体が空間を抉ってランドロスを打ち据えていった。
「…………」
「!」
ダークトリニティの三人が視線を交わす。
既にこの戦いに大きな意味は無い。彼らはプルートがアキラを倒すまでの時間稼ぎのためにこの場にいるのだ。当のプルートが倒された今、いつまでもこの場に拘っている理由は無い。
しかし、雷とほぼ同じ速度で空を駆けるカプ・コケコに勝る機動力を持つポケモンはいない。離脱しようとすれば光速の追撃が放たれ、背後から直撃を受けることだろう。
三匹の伝説のポケモンも、ヨウタの操るポケモンたちの連携の前に翻弄され続けている状況だ。
「散!」
「!?」
故に、ダークトリニティは彼らのうちの一人をこの場に置いて、二人を離脱させることを選択した。
ランドロスとトルネロスのボールは残る一人に預けられており、指示を出すことに関しては――「時間稼ぎを行うこと」に関して、大きな不足は無い。
「くそっ……!」
ヨウタは歯噛みした。追撃のためにポケモンを出すことは――できないわけではない。
だが、カプ・コケコを操っている今それをしてしまえば、コケコが何をしでかすか分かったものではなかった。つい先ほども、交代の隙を突いてヨウタの指示下から勝手に離れてアキラのもとへ飛んでいってしまったのだ。ここでまたポケモンを追加で出すような隙を晒せば、好き勝手に暴れ回るだろうことは間違いない。
幸いなことに、彼らは全ての手持ちポケモンを使い切っている。たとえ襲撃を受けようとも、アキラなら対処はできるはずだ……と、ヨウタはそう考えて集中する。
指示者は二人減って、残り一人。人間が伝説のポケモン三匹を同時に操るというのは非常に難しいことだ。これまでよりも隙は大きくなるだろうし、突きやすくなる。
彼を突破しさえすれば、伝説のポケモン三匹をここで仕留め切れる。そう考えてヨウタは、役割に徹することを己に架した。
設定等の紹介
・プルート
第四世代「プラチナ」から登場したギンガ団の幹部(新人)。本作に登場したプルートはポケスペのものをベースにしている。プラチナでも戦う機会は無く、彼自身はポケモントレーナーというよりもあくまで「科学者」であり、バトルには精通していない模様。
ポケスペにおいては伝説のポケモンすら一時的に操って見せた「ポケモンを操る機械」なるチート機器が登場したが本作では未登場。
言動から推測するに伝説厨。オマケに人のポケモンだろうとお構いなしに強奪しようとする見境の無さを持つ。絶対伝説に認められない人間筆頭。
あくまで一説ではあるが、ポリゴン2をポリゴンZに進化させるためのアイテム「あやしいパッチ」を作ったとも言われる。また、ギンガ団BOSSアカギが「心の無い世界」を望むようになった事件の犯人であるという説もある。
本当にいい加減にしろよお前……。