暴風と雷の飛び交う地獄を脱した二人を待っていたのは、また別種の地獄だった。
灼熱を帯びて草一本生えていない更地と化した広場。一角では止めどなく溶岩が流れ出ており、周囲には血痕や焼け焦げた「何か」が散見される。生理的嫌悪感を催しかねないその光景を目にして――しかし、ダークトリニティは、一切感情を動かさなかった。
「いたぞ」
「うむ」
見晴らしの良くなった広場の中、ダークトリニティは恰幅の良い
彼のトレードマークとも言うべき白衣は肩付近から裂けており、顔面は変形するほどの力で殴打されている。彼を殴り倒した犯人と思われる――実際には濡れ衣だが――少女は、その付近で血溜まりの中に沈んでいた。
彼女は既に意識が無い状態だ。少女を連れ去ってこい、というサカキからの命令を遂行するには絶好の機会だと言えるだろう。しかし。
「ヂィィ……」
「…………」
どれだけ小さくともポケモンはポケモン。そしてもう一匹はウルトラビースト。迂闊に近づけば殺されるのはダークトリニティの方だ。
「主を守るか」
「……その忠義、見事」
戴く主やその主義思想は真っ向から対立しているが、その身を案じ、守ろうという心は同じだ。故に彼らは、その小さなポケモンたちに小さくない共感を示した。
彼らは少女に手出しすることを自ら禁じて、プルートへと向き直った。
「う……うごご……何が……」
そんな折、タイミングよくプルートが目を覚ます。これ幸いと、ダークトリニティは彼の眼前に立った。
「む……むむっ、ダークトリニティ! キサマら、なぜここに……」
そんなダークトリニティの姿を目にしたプルートの反応もまた早かった。
顔面を潰されてなおこれだけ喋ることができるとは、呆れた生命力である。
「貴様の敗北を察知して来た」
「よもや伝説を用いてなおこのような無様を晒すとは」
「や、やかましい! キサマらこそ時間稼ぎもできずにこんな……お、おごごご……」
プルートは痛む顔面を押さえた。
カプ・コケコにとっては撫でる程度の攻撃だが、人間にとっては乗用車が正面衝突したにも等しい衝撃だ。だから何で普通に喋れてるんだこの爺。
「ま、まあいいわい。早くワシをここから逃がせ!」
「それはできん」
「ヒャ?」
そして、己の要求を告げた次の瞬間。
プルートの胸に、黒い刃が突き立った。
「な……ん……?」
即効性の毒が回る。掠り傷でも命を落とすほどの猛毒を持つドクロッグの毒液を利用した、殺人用の暗器だ。五秒と経たずにプルートの舌が痺れを発し、十秒も経つうちに体が動かなくなる。やがて神経系に作用した毒によって、呼吸が止まった。
まだ意識がある内にダークトリニティはプルートへと言葉をかける。
「貴様がレインボーロケット団内の伝説のポケモンを狙い、暗躍していたことは知っている」
その言葉に、プルートは心臓を跳ねさせた。
まさか! それは誰にも言ってないはずだ!
「我らに気取られないと思ったか」
「我らはゲーチス様より密命を授かっている」
「即ち――不穏分子、誅すべし」
無慈悲にそう告げると、二人はプルートの所持品を全て奪い取っていく。
「……わ……ワシ……死ねば……研究成果……」
「我らが知ることではない」
「全てはゲーチス様の意思のままに」
プルートはここではじめて、ダークトリニティが「味方に対しても」一切容赦をしないことを理解した。
あるいは――彼自身、その事実を認識してはいたのだろう。
「わ……ワシは……ただの人間で……終わりは……」
「自分だけは大丈夫」などというある種願望じみた自信が、老人の判断を狂わせていた。
その自信こそ、
〇――〇――〇
『――任務完了だ。撤退せよ』
「了解」
トルネロスがその身を横たえ、ボルトロスが今にもカプ・コケコの手により地面に叩き落とされんとするその最中、不意にダークトリニティの残る一人の持つライブキャスターから、通信が発せられた。
このままでは逃げられる。舌打ちを隠しもせず、怒りを湛えたままにヨウタはコケコに指示を下す。
「! またッ……! 『マジカルシャイン』!」
「コカカッカァァァ――――ッ!!」
「ランドロス、『みがわり』」
「ヌゥゥーッ!」
確実にこの場で仕留めんと放たれた虹色のレーザーが、ランドロスを貫く――が、直後にその土色の影は霧散した。大きな生体エネルギーを割いて生み出した分身……「みがわり」だ。
直後、ダークトリニティは地面に煙球を叩きつけた。夜の闇に溶け込むような黒い煙が周囲を包み、ダークトリニティの姿をも覆い隠していく。
「逃げるなァァッ!!」
「いいや、逃がしてもらう」
敵の幹部を仕留め切れなかったのはこれで何度目か。普段は温厚なヨウタでも、流石にもう限界だった。思わず声を荒げるが、それに対してダークトリニティの態度は至極冷静だ。
「最初から貴様とまともにやり合う気など無い」
「コケコ、『ブレイブバード』!!」
「クワァァ――――ッ!!」
「的外れだ」
その怒りのままに発した指示による一撃は、しかし、本来狙うべき目標とは真逆の方向に放たれることとなった。
黒煙が引き裂かれるように割れ、本来の夜空が姿を見せる。そこにダークトリニティの姿は無く、遥か彼方の空に白い雲が消えていくのみだった。
「……ッ!!」
ここでダークトリニティを仕留め切れれば……伝説の三匹のポケモンを倒しきれれば、この後の被害はより小さくなることだろう。
くそ――と、小さく重く毒づきながら、ヨウタは地面に拳を落とした。
「……戻れ」
ともあれ、カプ・コケコをいつまでも外に出しておくわけにはいかない。ヨウタにとってカプ・コケコは本当の意味で手持ちポケモンというわけではないからだ。
あくまでカプ・コケコとヨウタは「協力者」の関係だ。ヨウタは友達とアローラのためにレインボーロケット団を排除することを目的として。カプ・コケコの側は、ポケモンの守護者として、ポケモンを害する存在であるレインボーロケット団に神として罰を下すため。つまりは利害が一致したから一緒にいるというだけなのだ。
しかしながら、カプ・コケコは三歩行けば目的を忘れるほどの鳥頭であり――戦闘狂である。
戦闘中に戦闘の目的を忘れるなどは日常茶飯事で、今回のように他に何か食指の動く「戦い」があればつまみ食いの如く飛んで見に行ってしまう。切り札と呼ぶに相応しい実力があることは確かだが、同時に扱い辛さは他のポケモンの比ではなかった。
「急がないと……」
問題はアキラだ。戦闘が終わったというのに、一向に戻ってこない。彼女が単独で幹部級と当たるのはこれで三度目だが、過去の二度はいずれも大怪我をして戻ってきた。今回もそうなっているのだろうということは容易に想像できる。
その歩みは、自然と早足になっていた。
しばらく行けば、変わり果てた工場付近の様相が彼の目に飛び込んでくる。
同時に、ヨウタの姿を見て飛び跳ねて自身の存在を主張する小さな黄色い影と、その端で横たわる少女の姿も、また。
(――――!!)
その姿を見て、医学知識の無いヨウタでも、その傷を見れば一目で理解した。
――ダメだ。このまま放置していては、確実に命を落とす。
「ヂュ!」
「アキラ!」
駆け寄って見たその姿からは、まるで生気が感じられない。
しかし、ヨウタには正確な応急処置の知識というものが無い。こういう場面で最も頼りになるのは、元医療関係者の朝木だが――。
(……レイジさんはキリキザンたちに追われてる……! こんな時に……ッ! 戦えるのは……)
伝説のポケモン三匹を相手にするとあっては、ヨウタとそのポケモンでさえも被害は免れられない。今なおキリキザンに追われているであろう三人を助けに行くには、現在のポケモンたちの体力では心もとないというのがヨウタの見立てだった。
カプ・コケコなら動くことはできるが、あの戦闘狂に任せるのは不安が付きまとう。
しかし、ではどうするべきか――?
たとえどのようなポケモンを相手にしても冷静になれるヨウタだが、仲間がこういった形で大怪我を負ったという経験には乏しい。そのため、彼はいつになく、それこそ持ち前の冷静さを欠くほどの緊張を覚えていた。自分の行動ひとつで仲間の命が左右されるというのは、十二歳を過ぎたばかりの少年にとってはあまりにも重すぎた。
「おおぉぉーい!!」
「! レイジさん!? こっちに!!」
――しかし、そんなヨウタに助け船が送られた。
朝木の声だ。これ幸いと声に応じ、大きく手を振って自分の位置をアピールしながら、彼らが来るのを待つ……が、その様子がおかしい。
(……あれ? 一人多くない……?)
明らかに、駆けよってくる人間が一人多かった。その上何やら見慣れないポケモンに乗ってやってきている。
ヨウタは困惑した。誰あの娘。
「誰!?」
「あ、いや、俺らもよく分かんね……アキラちゃんの妹っぽいんだけどこの子が助けてくれて」
「アキラの妹ォ!?」
「ちゃん?」
ちょっと待ってほしい。この場の全員が一斉にそう感じた。
しかしそうはいかない事情もある。何があったのか説明してくれ――そう言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、ヨウタは朝木に呼びかけた。
「説明は後に! アキラが大怪我してる!」
「またかよ!? わ、分かった、診てく……うおっ……!?」
その姿を目にした朝木は言葉を失った。
全身に突き刺さった金属片。止めどなく溢れる血液。あちこち骨折しているらしく、曲がってはならない方向に曲がった腕や指……露出した素肌に生じた熱傷も、重い。
「東雲君、小暮ちゃん、担架と包帯! 急げ!」
「了解しました!」
「は、はい……!」
「ヨウタ君とユヅちゃんは……離れてろ!」
「え、でもウチ何かできること無い!?」
「今は無い! いいから!」
「そんなぁ! おに」
「邪魔になるから退いてよう。僕らは連絡!」
「う、うん。分かった!」
「おに?」と僅かに首を傾げかけるものの、朝木はすぐに意識をアキラの方に向けた。
意識は完全に失われており、脈拍も弱い。そのことを確認した朝木は、まず自身の服の上着を破って止血処置を始める。
流石にこの状況になると、ヨウタたちにできることは何も無い。キツい言い方になってはしまったが、近くで動かれれば正確な処置を行えないこともある。今は彼らの出る幕ではなかったんだと自分に言い聞かせ、朝木は処置に集中し始めた。
その朝木から一旦離れたヨウタは、関係各所への連絡を始めた。
まずはレジスタンス。次に、工場地下で強制労働させられていた人々を収容した病院だ。前者はどれだけの被害が出たかの確認。後者はアキラの治療のための設備の確保ということになる。ユヅキの手伝いはあまり効果を為さなかったものの、それでも短時間で最低限の準備が整ったのは――電話役とメモ役、その両方を買って出たロトムのおかげだろう。
「……そんなに……」
その結果判明したのは、レジスタンスの被害者の数の多さだった。
宇留賀のレジスタンス、その全所属者の二割が、この戦場で命を落としている。負傷者も決して少なくなく、当の宇留賀も前線に出ていたこともあって重傷を負っている。
多くはヒードランにやられたようだが、同時にダークトリニティの手にかかった者もいるとの話を聞くことができた。
『ヨウタ君たちは、どうしますか……?』
「後で合流します。こっちも、アキラを病院に連れていかないと……」
事実上のレジスタンス副長となっている女性にそう告げると、ヨウタは通話を打ち切った。
憔悴しきったその声は、ヨウタの心を打ちのめすのに充分な威力を秘めていた。
一週間にも満たない期間とはいえ、レジスタンスもそう人数を抱えていない組織だ。見たこともあるし、中には会話を交わしたことのある相手もいる。一緒に修行を行った相手もいた。そういう人間が亡くなったと聞くのは、彼にとって初めてのことだ。
「…………っ」
後悔が胸に溢れ出す。事前に阻止する方法は無かったか? あの場面で追撃してでもダークトリニティを倒すべきではなかったか?
過ぎたことだと理解はしていても、それでも人の死を知るというのは、ヨウタにとってはあまりに重すぎる出来事だった。
しばらく、ユヅキもヨウタも言葉を発することをしなかった。
それができる精神状態というわけでもなかった。
「……え、えっと……いい?」
やがて空気に耐えかねたのか、ユヅキがそう切り出した。
ヨウタも流石に俯いてばかりいられないと理解したのか、そこでようやく顔を上げる。
「あ……うん。ええと……」
「刀祢ユヅキ。ユヅって呼んで」
「アキラの妹だっけ……あの、でもアキラっておばあさんの家にいて、実家は本土だって……」
「ん。ゴールデンウィーク使ってこっちに一人で来たの。お兄に会いに」
「一人で? え、でもユヅ僕とほとんど変わらないくらいじゃ……」
「十二歳!」
ヨウタの想像以上の低年齢であった。
同じくらいどころかほぼ同じだ。あまりの事態に、彼も頭を抱えた。
「で、でも何で? アキラってご両親と折り合い悪いんじゃ……」
それは彼女自身が語っていたことだ。両親からは、息子を名乗る不審者と思われており、今の自分が「刀祢アキラ」だと認められてはいない……と。そのため、実家の敷居をまたぐことさえできていない。妹のことも記憶を失った際に忘れてしまった、と。
「それパパとママの話でしょ? ウチ違うもん」
「はあ。でも見た目全然違うし記憶も」
「お兄はお兄だよ?」
何を根拠にそんなことを。そう言いたげにヨウタが白い目を向けていると、ユヅキは続けて語る。
「ヨウタくんずっとお兄と一緒にいたよね。お兄って辛気臭いでしょ?」
「言い方」
しかし否定できるものではなかった。
事実として、アキラは辛気臭い。表面的にはカラッとしているようだが、何かにつけ物憂げだ。そして考え事も多い。真面目ではあるし、それ自体は美点ではあると感じられるのだが――同時に、その点がむしろ暗い雰囲気を生んでいるように見えなくもない。戦い戦いまた戦いで笑っていられないこの状況も相まって倍率ドン。印象の持ち直しようがない。
「やっぱり。前からお兄辛気臭かったもん」
「自分のお兄さんのことそう言うモンじゃないと思うよ!?」
「いやぁ……妹だからこそ言わなきゃだよ。お兄、なんかウチの前だと猫被って優等生ぶってて、あ、でも実際文武両道だったんだけどね? 時々すごい短絡的になるんだよ」
アキラだ、とヨウタは確信した。
性別が変わって記憶を失う前もどうやら何かにつけ思考を放棄する短絡的な部分は変わらなかったらしい。
「悪いことと曲がったこと大っ嫌いだし」
「うん」
「おばあちゃんっ子で」
「うん」
「自分のことより他の人のこと優先するの」
「アキラだ……」
「でしょ? じゃあ間違いなくお兄じゃん!」
アキラの過去のことはあまり知らないヨウタだが、なるほど。こうして聞く限り、彼女は
多少外面を取り繕ってはいたようだが、三つ子の魂百まで――と言うところなのだろう。四歳までの残っている記憶の中でも、既に人格形成を済ませていたようだった。
「ウチはおばあちゃんから聞いたんだけどね。じゃあ実際に見て確かめようって思って」
「シコクに来たと……でも、大丈夫だったの? レインボーロケット団とか……」
「うん! みんなそんなに強くなかったよ!」
「そういうことじゃない」
ヨウタが問いかけたのは、「レインボーロケット団に出遭わなかったのか」「出遭ったとして、どのように対処したのか」である。
まさかの答えだった。普通に倒してやって来ている。
何なんだこの子は。アキラの妹だ。なるほど。理屈で語れない。
「倒したの!?」
「倒し……てくれたよ!」
「え、と、その……」
「ルルとロンとメロとジャック……あ、見せた方がいい?」
「種族だけ聞ければ」
「えーっとね。ヘルガーと、ハリボーグと、メタングと、ジャランゴ」
ヨウタは最後の一言に聞き覚えがあったことに再び頭を抱えた。何で当然のようにアローラの極めて珍しいポケモンがこんなところにいるのか。あまつさえこの少女の手持ちに加わっているのか。
それ以外のポケモンも、当然のように相当な強さを誇るポケモン――に進化しうる逸材だ。
しかし、それでも倒せない相手というものは存在するだろう。そう問えば。
「ウチも拳法修めてるから強いよ!」
そう言って、ユヅキは目にも止まらぬほどの速度で拳を繰り出して見せた。アキラには及ばない……ということまでは理解できるが、素人のヨウタにはどっちも速いということしか理解できない。明らかに人間の枠組みから外れたアキラもアキラだが、それと「比較できる」という時点で少女も充分人外じみている。この
ヨウタは
(アキラもアキラなら妹も妹だ……)
ヨウタはこの少女がアキラの妹であることを確信した。
彼女に比べると無茶苦茶の度合いこそまあ人間としての範疇に収まってはいるものの、ユヅキもまた人間としてはそこそこおかしい部類であることは確かだった。
「それで、これからどうするの?」
「ウチも戦うよ! 悪い奴ら放っておけないでしょ!」
気を取り直すために投げ掛けたヨウタの質問に、ユヅキは意外にも――あるいはアキラの妹とするならむしろ順当に――前向きな答えを返した。
これまでにないカラッとした正義感から来る発言に思わずヨウタも毒気を抜かれかけるが、次の瞬間には思い直して言葉をかける。
「僕はオススメしない」
「えっ、何で?」
心底意味が分からないと言う風に、ユヅキは首を傾げた。
しかし、ヨウタとしてはそれこそ意味が分からない発言だ。
「僕らの中で一番体が強くて頑丈で、人間離れしてるアキラがあんな風になる相手なんだ。無事でいられる保証なんて無い」
「そんなん四国のどこにいても同じでしょ? 『悪を見過ごすこともまた悪だ』っておばあちゃんが言ってたってお兄が言ってた!」
「又聞きかっ」
アキラの言い回しを彷彿とさせるその言動に、小さく溜息をつくヨウタ。
はっきり言えば、ヨウタはユヅキの参戦を望んでいないわけではない。むしろ、この地獄と化した四国を単独で生き抜き、それどころかレインボーロケット団を退けてきたという実績を思えば、喉から手が出るほどに欲しい戦力と言える。
しかし、幼すぎる。
ヨウタも同じ年齢だが、元々ポケモンが存在する世界の人間だ。まず踏んだ場数が桁違いであり、その手持ちポケモンも他と隔絶した能力を持つ。加えて伝説のポケモンを従えることができる貴重な人材だ。
アキラとよく似たこの少女は、アキラと同じように動いてアキラと似た戦い方をするだろう。その結果は――およそ、逃れようのない死だ。
アキラほど人間離れした頑丈さと回復力の無いユヅキでは、いずれ必ず限界が来る。
……はずだ。
というのは、ヨウタの憶測である。現実には、より戦力が増強され、これまで以上に安定した戦いができる……可能性もある。これも推測に過ぎないことだ。
(どっちにしても、危険に一番近い場所で戦うことになる……)
たとえ今はその記憶が失われているとしても、彼女は自分を慕ってくる妹を邪険にできる性格ではない。いずれは
「……どっちにしても、アキラが目を覚ましてからの話だけどね」
いずれにしても、この場で話を終わらせるのは、彼女にとって不誠実だろう。
少なくとも、アキラ本人の意思を確認しないことには、話を進めるのも難しい……と、ヨウタは結論づけた。
「うん。でもウチ、おばあちゃんを守るためにも、戦うからね」
「一番近くで守ってあげた方がいいと思うけど……」
「あいつら倒した方がよっぽど早いと思うな……それよりお兄、大丈夫かな」
「二日あれば目を覚ますと思うけど、心配だね」
「二日……?」
「二日」
しばらくヨウタの言葉の意味を考えていたユヅキだが、数秒ほどして疑問を全て放り投げた。
そっか! 二日あれば目を覚ますならま、いっか!
――無論、彼女の現在の体質を知らないからこその現実逃避である。
「……あ、あと、アキラ、元々性別が違うってこと、みんなに言ってないから。できれば呼び方、変えといてね」
「やっぱ言ってないんだ、お兄。だよねー。『ちゃん』って言ってたもん。またどうせ説明めんどくさがったんだろうなぁ」
「混乱させるだけだからって言ってたけど」
「お兄面倒くさがったらテキトーに理屈つけて流すんだよ。絶対そうだよ!」
「そ、そうか……そうかも」
以前なら、ヨウタはアキラのことを鉄とか鋼とかタングステンとか、ウルトラスペースの鉱物ででも構成されてるんじゃないか、などと思っていたものだ。
だが、今は彼女の吐いた弱音を知っている。それゆえか、ユヅキの言葉は、思いのほかヨウタの心にすんなりと染み渡った。
同時にほんの少しヨウタからアキラへの評価が下がった。
あいつ何か考えてるっぽい雰囲気だけ出してちょくちょく何も考えてない。
〇オマケ
「そういえばお兄ってどんなことになってるの? 二日で治るって何?」
「いや、僕も詳しくは知らないんだけど、何だか体が普通の人の数十倍くらい強くなってて……あと体から電気がバリバリ出てて」
「あー、お兄やってるよね。でもそこまで言われるってゼクロムにでもなったの?」
「やってる? 待って、やってるって何?」
「前からやってたよ」
「やってたの!?」
「うん」
「……ぜ、ゼクロムにはなってないかな、ドラゴタイプ無いし」
「そっかー。そっちは無いかー。安心なような残念なような……」
「???」
なお、とある映画ととある拳法家の影響で中国拳法の使い手を「ドラゴン」と呼ぶことがあるということを、ヨウタはまだ知らない――。