携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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きつけの言葉

 刀祢ユヅキにとって、(アキラ)は不屈のヒーローだ。

 アキラが今のように肉体と記憶を失うより前のこと。見ず知らずの子供が事故に巻き込まれかけていたところを助け出したアキラは、その子供に代わって事故に遭った。

 現在のように人間離れした頑丈な肉体というわけではなかった彼だが、当然ながらその事故によって生死の境をさ迷うことになった。医者からは全治半年が告げられ、意識もいつ戻るか分からないというほどの重傷を負ったことがある。

 

 しかし、アキラはすぐに立ち上がって見せた。曰く――「妹の前で無様な姿を見せていられない」。

 イカレてんのかこのシスコン、と周囲の人間を蒼褪めさせたものだが、その姿に何故か感銘を受けてしまったのがユヅキである。――ウチのお兄は最強なんだ! グッと顔の前に右手を掲げてそう口走ったユヅキに、流石の両親も白い目を向けざるを得なかったという。ちなみに彼は一か月で退院した。

 

 つまるところ。

 

 

「おに……姉なら大丈夫!」

 

 

 ユヅキは、(あに)の生命力に対して、絶大な信頼を置いていた。

 病院の廊下でヨウタを含む面々に、ユヅキは特に根拠の無い自信と共にそう言い放つ。

 この子はアホなのかな?

 

 

「ユヅ、流石にもうちょっと心配してあげた方がいいよ……」

「鬼?」

「鬼……」

 

 

 ――うわぁ何か勘違いが起きてる。

 

 確かにアキラは鬼のように強いし、敵対者にとっては悪鬼羅刹じみた存在だ。時には味方に対しても厳しいところがある。そんな彼女が他ならぬ身内から「鬼」などと言われてしまえば、「身内にも鬼のように厳しかったのか」などと思われても仕方ない部分があるだろう。

 当然のことながら、東雲とナナセはアキラが過去に男だったなどとは知らないため、ユヅキからアキラへの呼び方が「お兄」だったなどということは知る由もない。

 

 風評被害が生まれる瞬間を目にしながら、ヨウタは「まあ説明を怠ったアキラにも責任はあるよね」と思考を放棄した。

 東雲もナナセもいい大人だ。そんなアホみたいな勘違いに惑わされるということも、そうは無いだろう。

 というかユヅキはそろそろ呼び方の調整を済ませるべきだ。

 

 ……と、そんなヨウタの胸中など露知らず。アキラに投げるべき小言が一つ増えたことに頭を悩ませながら、東雲はヨウタにあるボールを手渡した。

 

 

「……刀祢……アキラさんがきつく握っていた。あの戦いでの唯一の戦果だ。処遇は君に任せる」

「え、は……うおわあああっ!!?」

 

 

 ヨウタは思わず自分の目を疑った。東雲が手渡してきたのは――マスターボール。

 そして、外から透けて見えるポケモンは、伝説のポケモンの一匹……ヒードランだったからだ。

 その重大さに、ヨウタは思わずマスターボールを取り落としかけた。

 

 

「しょ、ショウゴさん! せめて渡す前に言ってよ!」

「む……申し訳ない。配慮が不足していた」

 

 

 心臓に悪い、とヨウタは思わず胸を押さえた。

 しかし、これは他ならぬアキラが勝利したことの証明だ。

 

 何者か――恐らくはダークトリニティ――によって殺害されていたプルートの遺体には、所持品が一切無かった。それは、万が一にも情報を抜き取られたり、ポケモンを奪い取られたりしないようにするための措置だったのだろう。

 本来なら、ここでヒードランもまた回収されるところだった。が、直前にアキラがプルートからボールを奪取していたことが幸いした。誰にも奪われないようにという意識の表れか、全力で握りしめていたため東雲も朝木もこれを手放させることに苦労はしたが、それに見合うほどのものであったことは間違いない。

 その後プルートの遺体は荼毘に付したが、情報が得られなかったことで今後の方針を決めることが難しくなったのは間違いない。

 

 

「ヒードランか……僕が持ってるのは少し問題かな」

「しかし……私たちでは、制御できるかどうか……」

「僕も同じですよ。というか、下手すると僕が一番制御できなくって」

「そなの?」

「流石に伝説三匹はちょっと……手持ちも実は制限超えてるし……」

 

 

 現在のヨウタの手持ちポケモンは、合計八匹。内、現在は戦えないコスモウム――ほしぐもちゃんを除けば七匹。これからカプ・コケコとの意思疎通と制御に全力を注ごうという時にヒードランまで抱えるというのは、明らかにキャパシティを越えている。

 

 

「待ってくれ。既に二匹いるということが初耳だ」

「あ、そうだった……実は、サカキとの戦いまで隠しておこうと思ってて」

「隠し玉……使い切ってしまった、ということですね。……では……アキラさんに?」

「今のところ候補にはなると思います。直前までバトルしてるし、一度会わせてみないと分からないけど……」

 

 

 最大の問題は、ヒードランがアキラとそのポケモンたちに恨みを抱いていないかという点だ。

 元々プルートの手持ちだっただけにその感情の動きはやや逆恨みに近いが、徹底的に叩きのめされたことで、伝説のポケモンとしてのプライドが傷ついていないとは限らない。

 加えて、アキラにはバンギラス(ギル)という伝説のポケモンと真正面から打ち合えるほどの切り札がある。優先度はそう高くないだろう。

 

 

「僕としては、ショウゴさんかナナセさんがいいと思ってる」

「……! ……!」

「戦力比では……東雲さん、でしょうか。あの、ユヅキさんは……なんだかすごくアピールしてますが……」

「ユヅは一旦保留で。これからどうするかも決めてないので……」

「戦うもん!」

 

 

 ヨウタはユヅキがついてくることに難色を示してはいるが、その様子を見るナナセはきっとこの子は言っても聞かないだろうと予測していた。

 そもそも、彼女自体四国封鎖から今日までを一人で生き抜くだけのバイタリティがある。突き放したところで勝手についてくるのが関の山だ。

 

 ヨウタはポケモンバトルのことになると天才的だが、日常においてはごく普通の……それも、どちらかと言えば繊細な少年だ。

 人やポケモンが傷つくことに心を痛め、よく他人を慮る。年齢に比べてよく「できた」子供だが、それ故にやや決断力に欠け、他人に判断を委ねる傾向もある。

 この場にアキラがいれば、彼女はヨウタに代わって即座に決断を下すだろう。恐らくは、ナナセと同じ結論のもとで。

 

 

「……そういえば」

「はい」

「……あの。朝木さんは……先程、何か……外科の先生と、揉めてらっしゃったんですが……」

「何やってるんだあの人……」

 

 

 朝木は決して自ら危険やトラブルに飛び込んでいくような性格ではなかったというのに、ここに来てのこれか。うんざりとした様子でヨウタは頭を抱えた。

 

 

「そ、それおっ……ぬ……姉大丈夫なの!?」

「え、ええ……手術には、普通に向かったよう……ですけど……」

 

 

 ホッと胸を撫で下ろすユヅキを半目で見ながら、ナナセは眉根を寄せた。何今の妙な発音。

 

 

「レイジさん、どうしたのかな」

「元医療関係者にしか分からない何かがある……のではないか、としか言いようがないな」

「医療関係者……」

 

 

 ヨウタは以前から、朝木には何か特殊な事情があってああいった性格になってしまったのではないか、という疑念があった。

 あるいは、元からああだったということもありうるが――それが医者だった時代に起きた「何か」に起因するものだとしたら……。

 

 

(……今考えてもしょうがないか)

 

 

 

 目下最大の問題は、アキラがいつ目を覚ますかだ。

 朝木は後方支援、それで分担が取れている現状は、それで十分だろう。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 ――やがて、一夜が明ける。

 アキラの全身に食い込んだ鉄片の摘出や傷の縫合といった手術は、病院の医師の尽力によってその間に終了したものの、彼女が目を覚ますことは無かった。

 傷の深さから言えば、それはある意味では当然のことと言えるだろう。しかし。

 

 

「――――これ以上この街にいることは危険だろう」

 

 

 東雲は、現状をそう結論づけざるを得なかった。

 

 

「えっ、何で!?」

 

 

 これに驚いたのは、現状をよく理解していないユヅキだ。彼女はそもそも昨晩この街にやってきたばかりであり、ヨウタたちが四国中央市にいる事情というものを知らなかった。

 

 

「ダークトリニティに僕らの居場所がバレたからだよ。このままじゃあ本部に連絡されて、避難も済んでない街中で乱戦になる」

「レジスタンスと同行していた時は、俺たちの居場所が知られていなかったからな。ある程度なら留まることも許されていた」

「今は無理?」

「……無理、ですね。私たちは……特に、アキラさんとヨウタ君は、その……レインボーロケット団にとっては、お尋ね者、ですので」

 

 

 特に、重要目標であるアキラが重傷を負って動けないという情報はすぐに出回るだろう。

 ヨウタだけでも戦えないわけではないが、物量で押されれば被害は甚大なものになるだろう。相手が伝説のポケモンでさえなければ充分に勝つ自信はあったが、同時にそれは、この絶好の機会に四国中央市に四方の各県から、悪の組織のボスが押し寄せる可能性が高いということだ。

 

 

「そうなる前に逃げる。……できるだけ派手に、あいつらに『逃げた』って分かるようにね」

 

 

 伊予を出た頃からの方針である。

 あの時は非常に目立つアキラのバイクによってそれが可能となったが、現在それをなすのは自衛隊の大型トラックだ。

 

 

「どやって?」

「……高速道路を使用します」

「しかし、高速道路は敵の警戒が最も厳重では……」

「はい……だからこそ(・・・・・)いいんです。正面突破して……私たちの存在を思い切りアピールします」

 

 

 四国各地を直接的に繋げている高速道路の警戒は、非常に厳重だ。人員も多数配置されていることだろう。

 しかし、必ずしも幹部級以上の人員が配置されているというわけではない。幹部級のメンバーは支配・統治のために各都市に配置されているため、むしろこういった地点には配置し辛い。レジスタンスもナナセの所属していたものだけではなく、各地に散らばっている。そちらの対処のためにも、遊撃的に動くことのできる幹部も必要になるだろう。

 ある程度以上の実力があるのなら、むしろ高速道路こそ逆に安全な面もあると言える。

 

 

「……その際に、可能なら……アキラさんのポケモンの力も、借ります。そうすれば……確実に、私たちと同行してると分かるはずです」

「問題は、アキラを動かしても大丈夫かってところだね」

「……朝木さんに聞くしか無いだろう。恐らく、大丈夫だとは思うが……」

「お……姉なら大丈夫! きっと!」

「根拠の無い信頼やめなよ」

 

 

 そこでやりかねないのがアキラの恐ろしいところである。

 と、そう考えたところで――――。

 

 

「……問題、無い」

「「「!?」」」

「お兄!」

「鬼?」

 

 

 ――彼らの前に、他ならぬアキラが姿を現した。

 

 全身包帯だらけのミイラじみた姿で松葉杖をついているとはいえ、紛れもなくその姿はアキラのそれだ。その脇から、ルカリオ(リュオン)が肩を貸すかたちでその体を支えている。

 何でこいつあれだけ死にかけておいて一晩で回復してるんだろう。三人は思わずドン引きした。アキラを連れてきた朝木は既にドン引きし終えて諦めの境地に入る段階に至っている。

 対して、表情を輝かせたのは当のアキラの妹であるユヅキだ。一瞬、アキラに向かって踏み込みかけた彼女は、アキラが大怪我していることを寸でのところで思い出して踏みとどまった。

 

 いや問題だらけじゃねえか、とその様子をハラハラしながら見守る朝木を他所に、アキラは続ける。

 

 

「オレは、死なない……大丈夫だ……連れて、け……」

「いやどっかの不死身な赤ジャンのライダーみたいなこと言ってんじゃないよ! 無理だっての!」

「大丈夫! おに、お姉は不死身だから!」

「馬鹿かお前死ぬわ!!」

「ルォ……」

「リュオン、ちょっとそこの二人黙らせて」

「アサリナ君も短絡的になるんじゃない……!」

 

 

 おいどうするんだお前先に止めろよ、と言いたげな視線が朝木に絡み付く。

 しかし、朝木としては全力で止めたつもりだったのだ。当然のように振り払われただけで。無理だった、と視線で訴えかければ、ヨウタたちは小さく重い息を吐いた。

 そんな彼らの胸中を知ってか知らずか、うわごとのようにアキラは呟く。

 

 

「必要なことだろ……だったら、躊躇うなよ……」

「アキラ……」

 

 

 突き詰めて考えるなら、市民を守るためにもそれは「やらなければならないこと」でしかない。

 あとは重症者を動かすべきかという人道的な問題であり、当の本人がそれでいいと言うなら、やらない理由は無いだろう。

 

 と――そこまで伝えきると、やるべきことはやった、とばかりにアキラは意識を手放した。

 前回、レジスタンスに保護された際は一晩で会話ができるまでに回復したが、今回はそうはいかなかったようだ。言葉を告げる先を見失い、立ち尽くすユヅキ。彼女にとっては二年ぶりの再会となるはずが、この惨状だ。大なり小なり、ショックや悲しさはある。だが。

 

 

(二年待ったんだ。たった数日ッ!)

 

 

 彼女はそれに耐えるだけの芯の強さを持ち合わせていた。

 

 やや身長差のあるリュオンとチャムが、多少の試行錯誤をしながら担架を利用してアキラを処置室に運んでいく。その姿を見送ると、ヨウタは決意を込めて四人を見回した。

 あれだけの重傷を負って、それでも再び立ち上がって自分たちの背を押しにきた友達を目にしては、報いないわけにはいかない。

 

 

「ショウゴさん、ナナセさん、出発の準備をお願い」

「了解した」

「……? ……朝木さんは、どうするのですか……?」

「レイジさんは、僕とユヅと一緒に来てもらう」

「え、なして……?」

 

 

 朝木は情けない男だが、しかしこの一団の医療関係を一手に担う屋台骨でもある。彼がいなければ、不足した医薬品などの補充はおぼつかない。

 ――が、ここは総合病院である。その手の専門家は大勢在籍しているため、彼がいてもいなくとも構わない、というのも確かだ。

 

 

「……しかし、なぜ……?」

「レイジさん向けのポケモンを探しに行きます。このあたりに花畑……とかってありますか?」

「お花……畑……? でしたら、海沿いの運動公園に……バラ園があった、かと思いますが……*1

「バラ……いけるかな……」

「……この状況でポケモンの捕獲に? そもそも、花? というのはどういうことだ?」

 

 

 首をひねるヨウタだが、彼の行動は現状から考えればやや軽率なものだ。東雲が疑問を呈するのも当然と言える。

 しかしヨウタとしては、これも今だからこそ(・・・・・・)必要な行動だと考えていた。

 

 

「花がある場所にいるポケモンなんだ。少し珍しいけど、これからのことを考えたらいてくれた方が絶対にいい」

「花……珍しい……わかった、シェイミだっ!」

「違うよ」

 

 

 珍しさの格が違う。流石に指針も無く「幻」を探し当てられはしない。

 

 

「アキラの治療の手助けになりそうなポケモンだよ。この先の戦い、僕らもきっと怪我をする場面は増えてくと思う。そうなった時のためにも、後ろで待機してるレイジさんの手持ちに入ってくれたらいいかなって思うんだ」

「ハピナス!」

「違うよ」

 

 

 今度は花が関係なくなった。

 とはいえ傾向としては似てはいるのだけど……とヨウタは前置いて。

 

 

「――キュワワーだよ」

 

 

 ――と、果たしてこの世界にやってきているのかいないのか分からない、アローラのポケモンの名前を告げた。

 

 

 

*1
伊予三島運動公園バラ園。五月ごろが見ごろ。




アキラは……鬼なんだろ!?
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