はなつみポケモン、キュワワー。アローラに住む人間にとっては、ある意味で最もポピュラーなポケモンだ。
というのは、彼、あるいは彼女らの持つ「癒し」の力にある。
キュワワーは、自身の体液を花に与えることで、その花を「癒し効果を持つ花」に作り替えることができる。この花は特殊な匂い成分を持っており、鼻や口といった粘膜から吸収されると、体内の生体エネルギーを増幅。代謝や免疫、自然治癒力を高め、体力を取り戻す効果を発揮する。
アローラの病院やポケモンセンターには数多くのキュワワーが働いており、こうした能力が医療に役立てられている。
病院の受付や待合室で目にすることも多く、ヨウタも幾度となくそのお世話になっていた。性格も温和で大人しく、出会って心を通わすことさえできれば心強い味方になってくれるだろう、と彼らは期待していた。
出会うことさえできれば。
「そもそもキュワワーが集めてる花ってアレ、ハイビスカスじゃねえの?」
結果、彼らは捜索開始直後に躓いていた。
「うん……」
「いや『うん』じゃねえよ!? 俺らヨウタ君の知識以外頼りにできないんだけど!?」
「正直僕も知識面はロトム頼りなんだけどね……ロトム、どう?」
「呼んだロト?」
と、ヨウタのカバンから出てきたロトムが、キュワワーに関わる図鑑のデータを検索し始める。
数十、数百もの資料の中、適切と思しき研究資料に行きつくと、その画面に表示して見せた。
「研究によれば、キュワワーはある程度どのような花ででも花輪を作るみたいロ。綺麗な花よりも匂いの強い花に引き寄せられる傾向が強いから、バラでもちゃんと花輪を作ると思うロ。外敵と出会ったら花を投げつけて隙を作らなきゃいけないから、特定の種類の花『だけ』っていうのは、キュワワーにとっても都合が悪いのロト」
「だって」
「十文字以内でお願い!」
「バラでも構わないロト」
「お、おう……そりゃいいんだけどよぉ」
朝木は周囲を見回した。
伊予三島運動公園バラ園。六千本以上のバラが植えられた華美なバラ園だが、その広さは約六百平方メートル。あくまで運動公園内の一施設ということもあってか、一面薔薇だらけ、というわけではない。ロゼリアやスボミーといったポケモンの姿は時折見られるが、キュワワーがいるのかと言うと、微妙なところだ。
「アキラちゃんのルカリオに『いやしのはどう』覚えてもらった方が早くねえ?」
「それ、まだだいぶかかると思うよ。それに一番前線に出ていくアキラのポケモンが回復役っていうのも問題があると思う」
確かに、リュオンが「いやしのはどう」を覚えることは重要だ。継戦能力が向上するし、前線ですぐに応急処置ができるようになる。しかし通常、ポケモンが戦闘不能になった場合、回復するためにはメディカルマシンを利用しても一時間以上は必要になる。その間に一分一秒を争うような怪我を負った場合、手の施しようが無くなってしまうだろう。
朝木はその性格もあって、前に出ていくことをほとんどしない。彼が回復役のポケモンを所持していれば、応急処置も滞りなく済むだろう。
「ねーロトム、他に『いやしのはどう』が使えるポケモンって?」
「データだと他のポケモンは……ヤドン、ラッキー、ラルトス、チリーン、タブンネ、ママンボウ、フレフワンなどが使えるロト。他に伝説のポケモンも使えるようだけどロ……」
「伝説のポケモンは無理だねぇ」
「他も珍しいの揃いだな……いや待てよ、タブンネなら……」
「……レイジさん、多分ゲーム基準で考えてるだろうけど、僕らの世界でもタブンネって結構珍しいからね」
「お、おう……タブンネ道場に毒されすぎたか……」
「道場?*1」
「ゴボッ*2」
「どっちにしろ、次善策として他のポケモンに力を貸してもらうことも考えておいた方がいいかもね」
「じゃあウチ、海の方に行ってくる! プールもあるし、水タイプのポケモンならいるかもだし」
「そうだね。ヤドンやママンボウなんかがいたら、こっちに連絡してくれる?」
「オッケー! 行こ、ルル!」
「バウッ」
「ヒエッ」
「時間になったら戻ってね!」
「分かったー!」
現れた
ルルもまたジロリと朝木を睨んだが、直後「こいつはいいや」とばかりに鼻を鳴らした。
どうやら大した脅威とはみなされていないようだ。
「これがアキラちゃん相手だったらどうなってたんだろうな……」
「何でアキラ?」
「いや、あのヘルガー、アキラちゃんが倒したビシャスが持ってたやつだと思うんだが」
「何でユヅがそれを?」
「さぁ……ボールぶっ壊してたから、野生に戻ったのは間違いないけど。それを偶然拾ったとかじゃね? あの戦いも一週間くらい前だし、時期的にはおかしくないと思うけどな」
「ふーん……」
実際のところ、それが事実であるかどうかをヨウタは疑っていた。
可能性は現状ではあまりに低いが、それでも可能性は可能性だ。間が一にもユヅキが敵であった場合のためにも、ヒードランを彼女に渡すことには難色を示していたのだった。
妹であることはまず間違いないだろう。というよりも、あれに血縁が無ければいったい何だというのか。
――が。だからと言って味方であるとは限らない。この地獄のような環境ならば尚更だ。家族だって売る人間は出てくるだろう。そんな腹芸ができるような人間には思えないが、「そういう演技」の可能性もありうるものだ。
「まあ、割り切るでしょ、どっちも。アキラだってポケモンに罪があるとは思ってないだろうし、ヘルガーだって悪い人に操られてたわけなんだから、倒されても仕方ないと思ってるよ、きっと」
「……じゃあ何で俺あんな睨まれたの?」
「なめられてるんじゃないかな……」
「ひでぇ」
朝木ははっきり言って戦力的には大したことのない人材である。
先のビシャスとの戦いにおいては逃げ惑うばかりであり、その上、重傷を負っていたアキラを優先しただけとはいえ、ヘルガーたちからすれば、自分たちを見捨ててそのままどこかに逃げて行った人間だ。当然、ヘルガーとしてはあまり良い印象を持てはしない。
「あんまり時間も無いし、ローラー作戦で行こう。ライ太、モク太、お願い」
「……サム」
「クァ」
「じゃあ俺も……ズバット、ツタージャ……グワーッ!」
「ジュバー」
「ちょっ……レイジさんに『すいとる』しちゃダメだよズバット!」
「ダジャ」
「ズババ……」
ツタージャの伸ばしたツタがズバットを絡め取り、朝木から引きはがす。
ここまで来てまだこれというのは、もういっそこれがズバットなりの愛情表現だったりするのだろうか。ヨウタは小さく溜息をついた。
「出発までそんなに時間は無い。とりあえず一時間、集中して探そう」
「おう、分かったぜ。まあ戦闘にはなんねーから楽だな! はは!」
「……あのさ、もしもって時にはポケモンバトルになるって分かってる?」
「……せやったぁ」
気が重い、などとぶつぶつ呟きながら周囲を散策し始める朝木。彼とは逆の方向に向かうようにして、ヨウタもポケモンたちと共にバラ園を探し始めた。
――そうして三十分ほど。それほど広くないバラ園を探し終えた彼らは、再び元の場所に戻ってうなだれていた。
「まさかこんなに見つからないなんて……」
「ヨウタ君、どうだったんだよ?」
「ポケモンはいたよ。スボミー、ロゼリア、アブリー、ナゾノクサ……って、あんまりちょっと回復向けじゃあないポケモンなんだけど……」
「俺全然だわ……っていうかズバットはまるっきり無視して花の蜜吸うしツタージャはなんかその辺のポケモンと仲良くなってるし……あいつ俺よりコミュ力高ぇ……」
どうしたものか、と二人は互いに顔を突き合わせた。
「いやしのはどう」を覚えるポケモンは、エスパータイプとフェアリータイプ、そしてみずタイプのポケモンが多い。いずれもそれなりに珍しいポケモンだが、ヤドンなどであればそれなりには見つけやすいだろう。
「とりあえず、海に行った方がいいかな。ユヅに連絡して……マリ子やラー子に海に探しにいってもらって……かな」
「俺どうしたらいい?」
「いやそりゃついてきてもらわないとダメだよ。ライ太、戻って」
「だよな。戻れ、ズバット、ツタージャ!」
互いにポケモンを戻し、ヨウタはそれに代わってラー子をボールから出す。
その後、ヨウタはモク太に、朝木はラー子に乗ってそれぞれ海に向かって飛び始めた。
と――その最中、ふとヨウタは気になったことを朝木に向かって投げ掛けた。
「そういえばレイジさん、さっき、外科の先生? ともめてたって聞いたけど」
「ん? それな……あー……まあ、いいか」
朝木は僅かに躊躇いを見せたが、異世界人のヨウタにならまあいいか、と一つ息を吐く。
「俺、昔医療事故起こしてんだよ。そんなやつがもう一回でも医療に携わろうなんてけしからん、だってさ」
「それは……」
「その時に研修医辞めて。先生ともしばらく会ってなかったけどさ……でも、そりゃ言われるって話だよ。俺だって同じ立場なら言う。俺がやったのは、取り返しがつかないことだ」
「うん……」
「あとその時の言い合いでアキラちゃん起きてさ……」
「あの時アキラ起きてきたのレイジさんたちのせいかよ」
「割とマジで悪いと思ってる」
それでもアキラの時は、朝木以外にできる人間はいなかった。それに加えて基本的に現在、四国の医療関係者は基本的に病院内の入院患者や押し寄せる周辺住民などの対処に追われており、ヨウタたちの旅に同行できる人間というのもまずいない。結局のところ、どうにかできるのは今後も朝木くらいのものだ。本職が不安に思っても致し方ないというところだろう。
「俺んち、医者一族なんだよ」
「え、うん」
いや、そこまで聞いてない……とは言えない雰囲気だった。
とはいえ、何か抱えているとするなら、それは他人に吐き出すことである程度はスッキリできるものがあるだろう。仕方ない、と割り切ってヨウタは続きを促す。
「親父は院長やってるし、兄貴もデカい病院で天才医師って触れ込みの優秀なヤツで……なんてーのかな。俺も追いつこうと努力はしたんだけどな。結局、それも意味無くなっちまった」
「……」
「だからなんてーか、頑張っても仕方ねえやって……いや、そういうのがアキラちゃんとかに嫌われてんだろうけどさ……」
そこでようやく、ヨウタは現在の朝木の性格が形成されるに至った原因に納得がいった。
ある意味で言うなら、それも世の中にはありふれたことだ。経緯こそやや異質ではあっても、単に「努力してきたことが無駄になった」というのであれば、よくある話と言えるだろう。
「でも、こうやって僕らも助けてもらってるんだし、努力そのものは無駄になってないよ」
「そうかぁ? こんな極限状況じゃないと活かせないんじゃあな……」
「普通に暮らしてても怪我くらいするし、応急処置の知識くらいはあっても無駄にならないんじゃないかな」
僕にはできないし、とごく当たり障りない言葉を付け加えると、朝木はどこか肩の荷が降りたような面持ちで口を閉じた。
無論、それで何が変わるというものも無い。過去に起きた事故は決して覆らない。あえて言うならただの自己満足である。この場にアキラがいたなら、彼女は間違いなく厳しい言葉をかけただろう。
「後悔はしてるんでしょ?」
「当たり前だよ。一度も忘れたことは無い」
「だったら、そのことを胸に刻んで、これから先もっと多くの人を助ければいい。それも、レイジさんの償いだと思う」
それでも優しい言葉をかけられたという事実は、僅かではあっても朝木の心は軽くなる。
なんとなしにほんの少しでも自分の価値が認められたような気がして、彼は小さく息を吐いた。
――と、そうこうしている内に、彼らも目的地となる海にたどり着く。
見れば、彼らの視線の先ではユヅキが座り込んで青い「何か」にしきりに話しかけていた。
「あれ、ユヅだ。おーい!」
「あ、ヨウタくんだ。こっちこっちー!」
あまりにも久しぶりにめにした年頃の少年少女らしい呼びかけに朝木が目をやられながらも近づいていくと、その「何か」の正体が見えてくる。
体高およそ50cmほど。右腕が極端に大きな、青い甲殻を持つエビのようなポケモン――みずでっぽうポケモン、ウデッポウだ。
「見つけたよ、ウデッポウ!」
「いやユヅキちゃん、俺らが探してんの、ヤドンとかママンボウとか……」
「いや、お手柄だよ!」
「え?」
「ロト」
「え? あ、嘘、ブロスターって『いやしのはどう』覚えんの……!?」
ロトムが表示した画面に映されたのは、ウデッポウの進化系であるブロスターである。
「ランチャーポケモン」という分類に違わずその技の多くは「はどうだん」や「みずのはどう」といった「撃ち出す」ことに特化した技になるが、その中に燦然と「いやしのはどう」の文字が輝いていた。
「えへへ、『メガランチャー』ってどんな特性だろ、って思って調べてたの覚えてたんだ。ちゃんと『いやしのはどう』も強化される……んだよね?」
「そうだよ。それにしてもよく見つけたね?」
「ルルが砂浜掘ったら出てきた!」
「クゥン……」
ルルは、水で濡れた体をぷるぷると震わせていた。においでウデッポウの存在を感知して掘り出したところ、反撃に「みずでっぽう」を受けたのだろう。
「で……何してたの?」
「この子全然動かなくって。つっついてみても反応しないの」
「ほーん。土ん中埋まってて、クルマエビみたく冬眠みたいなことにでもなってたのかね」
「何それ」
「知らないか? クルマエビ、生きたまま輸送するのにおがくずに包んでるっての」
「知らない知らない」
「あのさ、それよりウデッポウ……」
「あ、そうだった。どうするの?」
「レイジさん、お願い」
「お、おう。任せろ」
言って、朝木はウデッポウにモンスターボールを軽く投げた。
一度、二度とわずかに揺れるものの、すぐに動きは止まり――カチリ。小さく、モンスターボールをロックする音があたりに響いた。
「……できちまった」
「なんてあっさり……」
「と、とりあえずこいつは確保……ってことでいいのか? 何か言っとかないといけないとか」
「それは、うん。少し話した方がいいと思う。けど目的も果たしたんだし、一度戻った方がいいんじゃないかな?」
「さんせー。お……姉の様子も気になるし」
あまりに拍子抜けするようなあっさりさに、三人はやや困惑しながら病院の方へとそれぞれポケモンたちに乗って帰っていく。
ウデッポウはその間もボールの中で大人しくしており、一切暴れだすようなそぶりを見せるようなことは無かった。
――――朝木の鼻が挟まれるまであと10分。
医療事故は起きると割と冗談では済まされない事態です。
本作では深いところまで取り扱うことはしませんが、場合によっては不快感を覚える方がいらっしゃるかもしれません。今回に関しては、今後のお話の布石ということでご了承ください。