携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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ころがる状況、ころがる精神

 

「アバーッ!!」

 

 

 合流から五分後。朝木はトラックの荷台に揺られながら、ウデッポウに鼻を挟まれていた。

 往年の芸人のようなその光景に肩を震わせるユヅキと呆れるナナセ。対してヨウタは、ごく冷静にその様子を観察していた。

 

 

(本気になったら鼻の方が千切れるんだけどね、あれ……)

 

 

 あくまであれがはさむだけに留まっているのは、ウデッポウが手加減して朝木に痛みだけを味わわせているから。言うなれば、ポケモンから人間に対する「しつけ」だ。

 他のポケモン……特にズバットと――今は落ち着いたとはいえ――ニューラという前例があったことも大きいが、朝木はポケモンに対して基本的に下に下に出て接する傾向がある。

 そういった姿勢を見たポケモンは思う。「あ、こいつはなめてかかっていいやつだ」と。その結果がコレだ。

 

 

「レイジさんさ、もうちょっと爽やかに『これからよろしく頼むぜ!』とか、そんな感じで行けなかった?」

「ムチャ言うなよ」

 

 

 朝木と爽やかという言葉があまりに似合わないということは、彼自身がよく理解していた。そしてその結果がこのザマである。

 四の五の言わずにやっておけば、ウデッポウが力加減をちょっと間違えて鼻血が出ることも無かっただろう。

 

 

「……そろそろ……よろしいでしょうか」

「あ、はい」

 

 

 アキラの様子を見守っていたナナセが、朝木の方に区切りがついたことを察して声をかける。朝木が鼻にティッシュを詰め終えると、三人は揃ってナナセに向き直った。

 

 

「……私たちの、今回の目的は……高速道路を利用して、四国中央市を脱出すること……可能なら、そこから鳴門海峡まで、向かうことになります」

「直行?」

「いえ……土居IC(インターチェンジ)から入った後は、適当なところで降ります……目標はさぬき豊中で……そこから、事前にお話していた通り、山沿いに鳴門海峡を目指します……ですが」

「ですが?」

「そういうタメやめてくれぇ……」

「……その前に……丸亀市付近で、レインボーロケット団の施設を……破壊します」

「わかった!」

「待ってユヅ、キミ反射的に答えてない?」

 

 

 せめてそうする理由を聞こうよ、と立ち上がりかけるユヅキを押さえるヨウタ。

 ナナセはその姿に、作戦があると言うと特に理由は聞かずに即決で乗ってくるアキラを重ねた。やはり姉妹(きょうだい)だ。

 

 

「これは……RR団(かれら)を撹乱する作戦です……。私たちが、伝説のポケモンを求めて旅をしているのは……あちらも、知っているはず。ヒードランを手にした今、ある程度までは……あちらと、戦力を拮抗させられます」

「ってことは……攻め込むのか?」

「……と、いう思い込みを……利用します。これから一度、施設への攻撃を行えば……あちらも次回以降の襲撃を、警戒せざるを得ません。……可能なら、ここで追加で、別の施設への攻撃を行います」

「その後は?」

「逃げます……高速道路でも一度は戦うことになると思いますし、合計三度も当たれば……充分です。警戒が最大限に高まると、思います。そこで……何も、しない」

「小暮ちゃん、君、結構エグいこと考えるな……」

「……嫌がらせは、戦術の基本、ですから……」

 

 

 人間は常に緊張状態ではいられない。必ず、どこかで「(ゆる)む」時間が必要になる。そうしなければ精神の均衡を保てないからだ。

 「確実に自分たちを倒しうる敵が襲撃してくることへの警戒」など、緊張の度合いとしては最高峰だろう。そんな状態でしばらく過ごせば、まず自然と自律神経が乱れて体調不良を起こす。頭痛、耳鳴り、腹痛……自律神経失調症の代表的な症状だ。

 それもしばらく規則的な生活を行えば復調するが、

 

 

「……その後……落ち着く前に、また襲撃をかけます。そうやって、襲撃を繰り返すことで……ポケモンよりも、トレーナーの方を疲弊させるんです。いずれ、体調も……精神も、限界が来る時が決ます。その時に、とどめを……」

「鬼かな?」

「……ゲリラの代表的戦術です」

 

 

 しかしながら、これはヨウタの圧倒的実力を背景に行える、ギリギリの策だ。

 肝心要のヨウタが倒れれば計画は頓挫するし、ボス級のトレーナーが現れればそれだけで確実性はグンと落ちる。

 もっとも、ヨウタ自身はボス級のトレーナーと出くわそうとも負けるつもりは一切無いが。

 

 

「そろそろ高速道路に入る。準備を頼む」

 

 

 話がひと段落ついたところで、運転席の東雲から声がかかった。

 四人は頷くと、それぞれがつくべき位置へと移動する。

 

 

「……今回、私と……朝木さんは、バックアップ、です。基本は、お二人に前線に出てもらうことになります……」

「うん。基本的にポケモンたちの足は速いから、車の方はどれだけ速度を出してても大丈夫だよ」

「それで……恐らくは、彼らは料金所を検問代わりにして、封鎖していると思われるのですが……」

「うん」

「……全て、吹き飛ばしてください」

「うん!」

「いや『うん!』じゃないよ!? いいのそれ!?」

「……レインボーロケット団の手に落ちている以上……料金所という施設は、もう邪魔にしかなりません。……全責任は、彼らに押し付けましょう……」

「鬼だ……」

 

 

 朝木は戦慄した。

 この女、アキラちゃんと別のベクトルでやべえ、と。

 

 

「じゃ、じゃあ……行きます! ワン太!」

「ウォン!」

 

 

 まず、手本を示すようにワン太にまたがったヨウタがトラックから飛び出す。

 走る車両から飛び出したにもかかわらずその足取りは軽く、着地の衝撃など無かったかのようにそのまま反転。速度を上げてトラックと並走し始めた。

 

 

「よーし、ウチも行ってくる! ナナセさん、お姉のポケモンよろしくね!」

「あ、はい……なんとか、頑張ります……」

「うん! ルル!」

「グァゥ!」

 

 

 ユヅキもまた、それを見習うようにしてルルの背にまたがり荷台から降りていく。

 ワン太と比べると練度が低いため、着地はややおぼつかないものがあったが、それでも即座に軌道を修正――ヨウタと同じようにトラックとの並走を始めた。

 

 

「チャムさん……二人の援護、よろしくお願いしますね……」

「バシャ」

 

 

 それを見届けると、ナナセは一時的に預かったアキラのボールからチャムを出した。

 チャムの方も、やや不承不承ながらナナセの指示に応じて荷台の上に飛び上がって警戒を始める。

 

 そして、ワン太とルルの二匹は、そのまま強くアスファルトを蹴った。ほどなく、トラックのそれを遥かに超える速度で高速道路の入り口へと突入する。

 

 

「モク太」

「クァ」

 

 

 次いで、ヨウタはモク太をボールから出した。

 目標は「できるだけ派手に突破すること」だ。遠慮や躊躇などする必要も無ければ、ヨウタ自身そうしてやる気も無い。先日ダークトリニティを取り逃がした件から、彼自身も内心鬱憤をため込んでいた。

 そんなモヤモヤを全て発散するように、ヨウタはアキラの手術前後に手元に戻ってきたZパワーリングを掲げて叫ぶ。

 

 

「シャドーアローズストライク!!」

 

 

 ――――この日。レインボーロケット団の手によって簡易的な拠点兼検問と化していた土居IC料金所は、消滅した。

 

 

 

 ●――●――●

 

 

 

 レインボーロケットタワーの豪奢な造りの一室。そこでゲーチスは、執務机について報告書に目を通していた。

 

 

「失敗。失敗。失敗――――」

 

 

 彼が目にしているのは、今日までのアサリナ・ヨウタたちとレインボーロケット団との戦闘記録だ。

 マグマ団とビシャスの待ち伏せ――失敗。

 UBによるレジスタンスへの奇襲――失敗。

 アイテム工場の防衛――失敗。

 直後の奇襲は最初から失敗を前提に計画されていたが、ヒードランを回収できなかった点は失敗と言っていいだろう。

 

 四国全体の情勢は今のところ安定しており、支配体制は盤石だ。

 民衆はレインボーロケット団に対抗する術を持たず、ただなすがまま。

 にわか仕込みのトレーナーなどは物の数ではなく、各地で蜂起した反抗勢力――レジスタンスも、香川及び徳島の二組織を残してほとんどは壊滅、あるいは敗走にまで追い込んでいる。

 

 

(おかげで、支配は順調ですがね……)

 

 

 そうした人間たちは、ゲーチスたちにとってはいい「エサ」だ。

 あえて生かして捕らえて、民衆の前で見せしめとして凄惨に殺す。反感は買うだろうが、それによって堪え性の無い――それでいて反抗心にあふれる人間が浮き彫りになってくる。その人間をまた、殺す。

 逆に、従う者には厚遇を約束する。そうすれは彼らはそうそう逆らいはしない。

 

 そして最後に、この状況にあって「どちら」につくか決めかねている日和見主義の風見鶏。彼らはゲーチスの中では粛清対象だ。

 より確固たる支配を敷くためには、多すぎる人間を多少なりとも「間引く」必要がある。レインボーロケット団の団員だけでも相当数の人間がいるのだから、余分な人間は必要無い。

 戦況に一切寄与することの無い彼らを今はどうこうするつもりはないにしろ、アサリナ・ヨウタたちを抹殺してしまえば、不要な人間は全員始末する――というのが、ゲーチスの考えだった。

 

 

「しかし……やはり、彼らは邪魔ですねぇ……」

 

 

 ゲーチスは、ヨウタたちの写真を片目で忌々しげに睨んだ。

 あの一団は今、この四国における台風の目だ。他の戦場においてはほぼ理想的と言っていい戦況の推移を見せているだけに、彼らの立つ戦場だけ(・・)が明確な汚点としてゲーチスを苛立たせていた。

 

 

「ゲーチス様」

 

 

 そんな折に、扉が叩かれる。ダークトリニティだ。

 気を取り直して入室を促すと、ダークトリニティの一人――ゲーチスも名は知らない――が、恭しく報告書をゲーチスに差し出した。

 

 

「――報告いたします。アサリナ・ヨウタの一団はドイの検問を破り、北東へと進行。サヌキの検問を破壊して、市街地へ向かった模様です」

「ご苦労。目的地は特定できましたか?」

「伝説のポケモンの居場所と推測しますが、確証は得られていません。お許しください」

「結構」

 

 

 無論、ゲーチスもその程度のことは理解している。伝説には伝説でなければ対抗するのは難しい。戦力差を埋めるには、どうしても伝説のポケモンの力が必要になる。そう考えるのが、やはり自然だ。だが――。

 

 

「報告します。サヌキの市役所が襲撃を受けた模様です」

「そうですか」

 

 

 ――これである。

 となると彼らは、まさか前線基地を潰す気か……と思い至る。ヒードランを手にした今、ありえないとは言い切れない。

 しかしこの状況で、それはいかがなものか?

 

 二人目のダークトリニティに「ご苦労」と返すと、ゲーチスは少し考えて二人へ指示を告げる。

 

 

「――現地人部隊を動かしましょう」

「お言葉ですがゲーチス様、あれ(・・)は……」

「忠誠心が足りない。人格に問題がある……でしょう。しかし、実力は一人ひとりが幹部級に迫る。目的さえ果たしてくれるのならば構いません」

「御意」

 

 

 ダークトリニティは否定しない。逆らわない。懸念を口にはしても、最終的な決定権はゲーチスにある。主に逆らう手足など存在しないからだ。

 一切の不服を申し立てること無く、彼らは部屋を後にした。

 

 ゲーチス自身もまた、滅多なことでは惑わない。

 彼らが部屋を後にした後、ゲーチスはしばし思考を巡らせると、ホロキャスターを手に取った。

 

 

「――確実に奴らを始末する手段を採りましょうか」

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 市役所の襲撃に出かけた三人と、ウデッポウの水を腹に受けてしまったこととストレスで腹を下した朝木を見送って、東雲は一人、アキラの様子を見守っていた。

 

 

(………………)

 

 

 彼女が傷を負ったのは、これで何度目か。

 これまでとは違って、今回は仲間の支援を受けづらい状況であったことは間違いない。

 ただでさえ民間人に犠牲者が多数出ている以上、現場に急行して足止めをするという判断は間違っていない。むしろ、そのおかげでプルートの追撃を許さず、生存者が増えたことを考えればよくやった方だと言える。だが。

 

 

(……頼れと……言っておきながら、俺は……!!)

 

 

 そこから先。ヨウタの「奥の手」が披露されるまで、誰もそこに助けに向かうことはできなかった。

 もっと自分たちに力があれば。そう感じるたび、東雲の掌に爪が食い込む。血がにじむほど強く握った拳は、彼の無念を表すように震えていた。

 

 

「……っ、う……ぁ……」

 

 

 と、そんな折、不意にアキラの口から声が漏れた。ほどなく、彼女の目がゆっくり開かれる。どうやら意識を取りもどしたらしい。

 前回と比べれば遅いものの、それでも十二分に早い目覚めだ。安心すると同時に強く心配しつつ、東雲はアキラへと呼びかける。

 

 

「刀祢さん?」

「……あ……東雲……さん……?」

「ああ。身体は大丈夫か……?」

「……全身、痛い……」

 

 

 当たり前の話だった。全身余すところなく、どこかが傷ついている。

 骨折、切り傷、刺し傷、火傷。これで痛くないと言うのは嘘というものだろう。

 それでも痛みを感じるということは、神経がちゃんと繋がっているということだ。小さく安堵の息をこぼしつつ、東雲は続ける。

 

 

「まだそれほど時間が経っていないからな……痛みがひどいようなら鎮痛剤を飲むか?」

「……いらないです。聞かないと……いけないことが……ッ」

「聞かないと……?」

 

 

 ユヅキのことだろうか、と東雲は考えた。

 一時的に目を覚ました折、彼女は確かにユヅキの姿を見ているはずだ。それなら、と言いかけたところで、先んじてアキラの口が開く。

 

 

「プルートは……どうなったんです……?」

「ぷ、プルート……?」

 

 

 彼女の口から飛び出したのは、思いもよらない人物の名前だった。

 そもそも彼女が最初に意識を失ったのは、当のプルート戦の直後のことだ。気になっても仕方ないのか、と東雲は思い直した。

 

 

「奴は死んだ。恐らくは、ダークトリニティに殺されたのだと思う」

「……そう、ですか……」

 

 

 情報源として身柄が欲しかったのだろうか。あるいは、ナナセに言われたことを気にしているか……いずれにせよ、彼女にとって酷な話だった。

 しかし東雲のそうした想像は、直後にアキラの言葉によって覆される。

 

 

「――――だったらオレは、警告なんてせずに最初(ハナ)ッから殺すべきだった……」

 

 

 ――その声には、聞く者の心を底冷えさせるような殺意が滲んでいた。

 

 

 






11/9 さぬき市→丸亀市に修正

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