携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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しぜんのちからでは足りないと

 

 

 

 殺人とは、他人の可能性を潰えさせる行為に他ならない。

 

 人間にとっての死を「終わり」と位置付けるなら、殺すということはその人間を強制的に終わらせることだ。

 そこから先に辿ったであろうありとあらゆる可能性を強制的に断ち切る。そこに正当性などあるはずもない。確実に言えるのはそれが「間違い」であり、「悪」であることだけだ。

 

 では。

 ――その間違いを止められなかった人間は、「正しい」のか?

 ――「悪」を止めることのできない人間は、「正しい」のか?

 

 止められる力を持っていたのに、止めることができなかったオレは――「正しい」のか?

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 ユヅの話が終わってからしばらくして、ヨウタは簡易テーブルの上にマスターボールを置いた。

 

 

「で、そろそろヒードランをどうするか決めたいんだけど」

 

 

 ヒードラン。あの戦いにおける唯一の戦果だ。

 いつまでも「ひんし」のまま置いておくのはポケモン自身の命に関わるため、もう回復は済ませている頃だろう。伝説のポケモンを抑えることができるヨウタがいれば話す分には構わないだろうが、オレが起きて改めて話し始めるということは、どうやら皆を待たせる結果になってしまったらしい。内心で申し訳なく思いつつ、続くようにオレも口を開く。

 

 

「――オレに預けてくれ」

「え?」

 

 

 意外そうに、あるいは驚くようにヨウタが眉をひそめる。

 

 

「それは……アキラよりも、他の人の方が」

「……分かった。そうだな」

「え?」

「言ってみただけだ。……気にするな」

 

 

 衝動的に口にした言葉だったが、冷静に考えれば当たり前だ。

 東雲さんと小暮さんは、遊撃的にあちこち動き回るオレと比べて、民間人を守るような立ち回りをすることも多い。ギルっていう破格の戦力がいるオレよりも優先されるべきだろう。

 当たり前だ。言ってみただけだ。

 

 心は、凪いでいる。

 

 

「オレは東雲さんがいいと思う。ヒードランの能力は防衛向きだ」

「防衛向きなの?」

「いや、直接戦ったアキラじゃないと分からないけど、そうなの?」

「ああ」

 

 

 単に炎とか溶岩と言うなら侵略向きなように思えるが、ヒードランの能力は本質的には領域(テリトリー)の塗り替えだ。自分がいる場所を「火口」に変える……周囲の物的な被害さえ気にしなければ、あれほど防衛に向いてるポケモンもいない。もしもあいつが万全の状態だったらオレたちじゃあ迂闊に手は出せないだろうし、ヨウタだってきっとてこずるはずだ。

 

 

「しかし……俺は小暮さんの方が、と思ったのだが」

「いえ……私では……やはり、そこは、東雲さんの方が、と思いますが……」

「俺はどっちでもいいと思っぬああ!」

「ニュー」

「あっ、『どろぼう』してる。いけないんだ」

「グルルルルルル……」

「キュッ!?」

 

 

 軽い調子で注意するユヅとは反対に、低い唸り声を上げてニューラを威嚇するルル。ビシャスと離れて良い影響を受けたのか、それともダークボールに入る前はこうだったのか……猟犬のような姿を思うとどちらもありそうな話だ。

 ニューラは促されるまま、朝木から奪い取った一六タルトを返した。これに気を良くしたのは朝木の方だ。返してもらったのをそのまま半分にして分けてやる。これにはユヅもルルもニッコリだった。

 ……問題はその後、ズバットやツタージャ、見覚えが無いが、朝木の手持ちになったらしいウデッポウなどに寄越せ寄越せとタカられてることだろうか。まあ、置いておこう。

 

 ともあれ結局、ヒードランは東雲さんに預けられることになった。

 

 

「……よろしく頼む」

「…………」

 

 

 ……が、そこは伝説のポケモン。その態度はあんまりに素っ気ない上に威圧的だ。

 カプ・コケコ――もう隠す必要がなくなったからか普通に食事に紛れ込んでる――から、「こいつ()高くない?」的な視線がヨウタに注がれる。お前は単に喧嘩売りたいだけだろ。

 

 ――で、だ。

 

 

「……ヨウタ、一つ二つ聞きたいことがある」

「コケコのこと?」

「いや、どうせサカキ対策に情報が漏れないよう伏せてただけだろ。そっちじゃない。メガシンカのことだ」

 

 

 言って、オレはルルに視線を向ける。

 

 

「……危険じゃないのか? あいつがあんな風になったのは、メガシンカが原因だ」

「あんな風に……って、そういえば気にはなってたけど、どういうこと?」

「自分が発してる熱に耐えきれなかったんだよ。図鑑にもあるだろ、たしか」

「あっ、それ、ウチもちょっと気になってた。ヨウタくん、どうなの?」

「ど、どう……って、ロトム、どう?」

 

 

 困った時のロトムだ。こういう時、常識のすり合わせができるやつがいると本当に助かるな……。

 はいはい、と充電ケーブルが繋がったまま飛び上がると、ロトムはまずメガヘルガーの図鑑データを表示する。

 

 

「アキラたちの言ってるのはこれロ? こっちの世界の図鑑の……」

「うん、オレたちの認識はそうだ」

「強そうだけど、ちょっとかわいそうだよねー。ね、ルル」

「クゥーン……」

 

 

 「ヘルガー自身が苦しむほどの高温ですでに溶けかけている」と、メガシンカに伴うデメリットの方が遥かに強調されている。

 特性も「サンパワー」でオレが戦った時も実際自滅してたし……。

 そう思ってると、次いでロトムはメガシンカに関するプラターヌ博士のものと思しき論文を表示して見せた。

 

 

「ボクたちの世界だと、メガシンカは『遺伝子を辿って』変化する戦闘に特化した姿だと考えられてるロト」

「……つまり?」

「どういうこと?」

「この姉妹(きょうだい)は……」

「歴史上はじめてメガシンカを果たしたのは、レックウザだと考えられてるロ。ゲンシカイキしたグラードンやカイオーガと同じく、古代ではレックウザはあの姿だった……とも考えられてるの」

 

 

 ……それって要するにゲンシカイキでは?

 言葉は無かったが、全員の意見が即座に一致した。

 

 

「それゲンシカイキでは? って思ってるロト?」

「鋭いな。その通りだよ」

「学説の一つだけど、一般に知られてる姿のグラードンとカイオーガは、エネルギーを節約するための形態なんじゃないかって話もあるロト。ちょうど、今のほしぐもちゃんみたいに」

「あれでか?」

「あれで」

 

 

 じゃないと「あいいろのたま」で操ることはできない……と、ロトムは続ける。

 小さいとはいえ、ビルを一棟……「ソーラービーム」で融解させたあのグラードンが、まだエネルギー節約状態。頭がどうにかなりそうだ。

 そのことを知らないユヅは「何かあったの?」とキョロキョロ周りを見回しているが、まあ、後で説明しよう。

 

 

「だからあくまでゲンシカイキはそんな二匹を完全に目覚めさせること、になるね」

「じゃあ、メガシンカは?」

「話長くなるけどいいロト?」

「十文字くらいで」

「疑似ゲンシカイキロト」

「ちなみにメガシンカの負担ってどうなの?」

「三行で」

「メガストーンとキーストーンがあって

ポケモンとトレーナーが信頼してれば

負担はゼロに近づくロト」

「ありがとうロトム」

「ありがとロトム!」

「ホントこの姉妹(きょうだい)は……」

 

 

 となると、現状はオレたち一人ひとりにキーストーンが欲しいところだな。

 原石が無いからZリングは作れないだろうし、手に入るものでもないだろうが……それ以外なら、奪えばいい、か。

 

 

「あ、そうだ。リュオン。ヨウタにルカリオナイト返してあげてくれ」

「ルゥ……? ルルル……」

「返したくないみたいだね……いいよ、そのまま持ってて」

「ルォ?」

「いいのか?」

「僕が持ってても宝の持ち腐れだしね……」

 

 

 まあ、オレたちの中じゃリュオンしかルカリオはいないし、オレが持ってないと確かに意味は無いわけだが……。

 リュオンが返したがらないのは、やっぱり自分のメガシンカに関わるアイテムだと理解しているからだろうか。ポケモン自身は常に進化を求める生き物のようだし、メガシンカっていうのはそれくらいには魅力的なんだろう。

 

 

「元々はグラジオに渡すつもりだったんだけどね」

「グラジオ? ……だったら、戦いが終わったら返すよ」

「いいよ。あっちの世界に戻ったらまた手に入るし」

「そっか。悪いな」

 

 

 ヨウタと、あと内心でグラジオにも礼を言っておく。リュオンは嬉しそうに再びルカリオナイトを手の中で転がし始めた。

 チャムとギルがちょっと羨ましそうに見てるのは、どちらもメガシンカできるポケモンだからというのはあるだろう。……いや、キーストーン無いから結局まだメガシンカできないんだが。

 

 しかしこれは……どう装着すればいいんだろうか。ヨウタのハッサム(ライ太)のように首輪みたく加工すると装着しやすいだろうが、生憎とそういうものを作る設備は無い。

 小さめの肩掛けポーチでも手に入れて、リュオンに渡してあげよう。

 

 

「ねーねーヨウタくん、ウチのは?」

「無いよ流石に」

「えーっ! 何それお姉だけズルい!」

 

 

 そもそもルカリオナイト持ってたこと自体が割とミラクルなんだが。

 普通、自分の手持ち以外のメガストーン確保しようとは思わないだろう。

 

 ただ、同時にこれは、メガシンカによる急激なパワーアップはそう簡単には見込めない、ということでもある。

 結局のとこ、ヒードランを手持ちに加えられなかったことと併せて、オレは現状維持のまま、ということだ。

 何も変わらないだけだ。

 

 心は凪いでいた。

 

 

「なあ、それよりアキラちゃん、そろそろ寝たらどうだ? まだ体力戻ってないだろ。顔、暗いぞ」

「そうか? ……そうかもな。悪い。先に寝るよ」

「あ、うん。おやすみ」

「おやすみお姉ー」

 

 

 そう口にして、皆から離れてさっきまで眠っていたストレッチャーに戻って寝転がる。

 オレが流したのだろう血液の鉄くさい臭いが、先の戦場の様相を思い起こさせる。

 倒れている人。焼け焦げた死体。目の前で四散したゲノセクト――。

 

 

「……寝よう」

 

 

 呟き、瞼の上に腕を落とす。包帯の隙間から、何か濡れたような感触があった。

 今は――何も考えたくない。

 

 今度は、夢は見なかった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 小さな圧迫感とちょっとした肌寒さを覚えて、オレは目を覚ました。

 わずかに視線を横に向けると、ベノンとチュリが枕元に転がって眠っている。どうやら圧迫感の正体はこいつららしい。

 

 ふたりを起こさないように注意して、身を起こす。

 見たところ、今は早朝……それも、まだ陽が昇り切っていないような時間のようだ。

 幌から顔を覗かせて外を見ると、近くの樹の上でモク太が周辺警戒を行っていた。

 

 

「お疲れ」

 

 

 小さく呼びかけると、もう大丈夫なのか、と言いたげな声で「ホウ」と一声帰ってくる。

 どうやらもう傷は随分塞がっている。骨は接合しきっていないようだが、動くだけならそれほど問題無い。

 大丈夫。――そう、大丈夫だ。問題無い。オレは生きてる。死んだ人は一番言いたいことがあるはずなのに、何も言えない。だったらオレが何か言うのは間違ってる。

 

 

「ん……?」

 

 

 そんな折、外の方から何やら風を切る音が聞こえてきた。

 オレにとってはよく馴染みのある――拳が空を裂く音。

 導かれるように音の元に向かっていくと、木々の合間にできた小さな広場で、チャムが鬼気迫る表情でひたすらに拳を振るっている姿が見られた。

 

 

「チャム……?」

「……!」

 

 

 その動きは、オレが以前教えた「体術」のそれに間違いない。人体としての最効率を目指した最速・最短の動きだ。ポケモンとして考えるとまだまだ効率化していけそうな余地はあるものの、姿かたちが人間とそう変わらず、尻尾のような付属器が少ないチャムに適しているのは間違いない。

 いったいいつからそうしていたのだろうか。その羽毛には玉のように汗粒が浮いている。

 

 

「根を詰めすぎると、逆に良くないぞ」

「バシャ……」

 

 

 人間に限った話ではないが、生物というものは疲労によって大きく肉体的なパフォーマンスを落とすものだ。

 人間と比べれば無尽蔵とも思えるくらいのスタミナを持ってるポケモンとは言え、長時間運動していればそれだけ鍛錬の効率は落ちる。マンガによくある、「疲れたからこそ最高の効率で動ける」という理屈は、現実では通用しない。

 

 

「何でそんなに?」

「バシャ。シャモシャモ……」

 

 

 ポケモンの言葉は分からないが、波動によって言わんとしていることはなんとなく分かる。リュオンならもっとよく分かるが、他のポケモンでもまあ、充分だ。

 感じ取ったのは、「俺があんなところで負けてしまったからあんたに怪我させてしまったんだ」という心。だからもっと強くなりたいと思って、昨夜から鍛錬に励んでいたようだ。

 

 

「……馬鹿言え」

「シャモ?」

「あれは……オレのせいだ」

 

 

 卑怯な手を使われたから何だ。それが原因で負ければ、何もかもを失う。そうなってしまえば取り返しはつかない。

 あいつらはああする、と予測できていれば対策は打てた。あんな手を使うとは想像もできなかっただなんて、言い訳以外の何でもない。オレの怪我は全てオレのせいだ。みんなを傷つけてしまったのも、殺人を見過ごす結果になったのも――全て、オレ個人の責任だ。

 

 

「みんなはよくやってる。本当になんとかしなきゃいけないのは……オレだ」

 

 

 あの場で、オレの判断だけが間違っていた。

 ゲノセクトを撃破して、ヒードランを追い詰めたみんなの実力は間違いなく一線級のものだ。

 オレの考えがあまりにも甘く、ぬるかった。

 だから。

 

 

「だから……」

「バシャ……?」

「どんな手段を使ってでも、みんなを勝たせる。目の前で死ぬことになる人を、一人でも少なくする」

 

 

 そのために――情けも容赦も捨てる。

 オレにできることは全部やろう。限界まで……いや。限界を超えてもまだ頭を回そう。相手を甘く見ることをやめよう。どんな卑劣な手を使われてもいいように備えよう。

 死人に鞭打つようなことを言う気は無い。だから。

 

 ――プルート、貴様のおかげでオレは甘えも情けも人間性も切り捨てられる。

 

 何があろうと許すつもりは無いが、そこだけは礼を言っておく。

 結局のところ、そういう状況に陥ることが無ければオレはきっといつまでも甘い考えのままだっただろうから。

 

 

「シャモ」

「『強くなりたい』か? ……そうだな。だったら訓練の仕方は考えよう。今みたいなやり方じゃ、体を壊すだけだぞ」

「バッシャァ」

「もっと効率的にやるべきだ。鍛錬に近道は無い」

 

 

 無力感は痛いほどによく分かる。

 だからこそ、最も効率的に強くなる手段を採るべきだ。鍛錬というものは地道なものだ。近道なんて無い。

 

 無い、はずなのに。

 

 

(――――力が欲しい)

 

 

 心が、力を渇望する。

 この現実を破壊するほどの力が欲しい。あいつらに好き勝手させないだけの力が欲しい。そんなことはすぐには出来ないと理解してもなお、心がそれを求めてやまない。

 

 他ならぬオレ自身が、それが難しいと分かっているというのに。

 

 

 







◆本作の独自設定

・メガシンカ
 本編では書ききれなかったというか書くと冗長になるためあとがきにて補足。
 過去、現在の姿に進化する前のポケモンは、強くなろうという本能が強すぎて自らの身体を傷つけてしまいかねないほどに力に傾倒した進化をしてきた。当然ながら、そういった生物は生物としては欠陥が多く、生殖能力を欠いたり長く生きられなかったりしたため、進化の過程の中で淘汰された。
 こうした過去の形質を呼び起こすのがメガシンカであるとされている。
 人工的に作られたポケモンであるミュウツーのメガシンカに関しては「ミュウの遺伝子」からメガシンカしている。
 メガストーンとキーストーンはこの「発露する形質」をより微細に調節し、負荷をかけないように肉体の変化を整える役割を持つ。メガウェーブによって変化したポケモンはこの調節が無いため非常に負担が大きく、不安定。
 絆が必要、とされているのは「ポケモンと人間双方が互いを信頼している際に発生する特殊な波動」が必要であるため。(波動≒生体エネルギー、波動使いでなくとも常に微弱には発生している)

 勿論本作の独自設定ですので真に受けないでください。
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